第十二話
小夜様を無傷で取り返すことができたため、常春様は大変喜んだ。
「三人はよくやってくれた。心より礼を申す。そなたたちには恩賞を約束する」
ひとまず解決したことに皆安堵したが、さすがに小夜様は気分がすぐれないようだった。
数日たってから、侍女のお菊殿が私の処へ来て言った。
「小夜様が明綱殿の笛が聞きたいそうです。殿もおいでになるので、今宵は奥にぜひいらして下さい」
「うけたまわりました」
私も小夜様の様子が気になっていたので、今宵は笛で心をお慰めしたいと思った。
その日は雲もなく、美しい月が出ていた。
奥に行くと、常春様と正室で、小夜様の母君の輝様もいらしていた。小夜様はやはり元気がないようだった。
「今宵はお招きに預かり、ありがたき所存」
私はその場で平伏した。
「明綱、酒も用意してあるからのう」
と常春様が言った。
「明綱、この度はよくやってくれました。そなたには母として礼を言いたかった」
と輝様が言った。輝様は公家の血をひく方で、色白でほっそりとした京風の美人であった。
「とんでもございません。家臣として当然のことをしたまでです。この度の事は、三村殿や佐間殿とともに戦ったため首尾よくいきました」
「他の者もよくやってくれたが、そなたの働きがあってこそ。さすが明綱、山賊どもを倒すのもあっというまであったそうだ」
と常春様が機嫌よく言った。
「剣の動きが、誠よめぬといわれています。あっぱれです」
と輝様が言った。
「本当に明綱のおかげ」
やっと小夜様が声を出した。私は小夜様を気遣って言った。
「小夜様、お加減はいかがでしょうか」
「ありがとう。でも、もう心配はいらぬ大丈夫じゃ。今日はそなたの笛を聞きたいと所望した」
「かしこまりました。さっそくお聞かせいたします」
部屋は開け放たれ、その日の月は青く輝いて私の心をかきたてた。笛を吹きながら、心にある人のことが思い浮かんだ。
「なんと美しい音色であろうか」
輝様が感服してそう言った。
「明綱、そなたは剣の腕前もすばらしいが、笛の音もたいしたものである」
と常春様が言った。
「子供の頃よりたしなんでおりました。多少はお慰めになりましたでしょうか」
「小夜、どうじゃ」
と常春様が小夜様の方を振り向いて言った。
「美しいですが、せつない感じがしました」
「それも今宵は、風情があってよいではないか」
と常春様が言った。
「明綱、誰かを思い出したのではないか」
小夜様が私を見て言った。
「いや、それは、月にはいろいろ心を巡らせるものでございます」
小夜様に心の内側を覗かれた気がした。
「そんなことより、さあ、今宵は飲もうではないか」
と常春様はその場を盛り上げようと、盃を私に渡した。
「明綱、そなたにはそれなりの事を考えておるからな」
「殿も私も、そなたのような腕の立つ家臣を持って幸せじゃ。のう小夜」
輝様が酒を私につぎながら言った。小夜様は何も答えなかった。
「小夜はそなたのことをいつも案じています」
輝様が続けて言った。
「母上、やめて下さい」
「いいではないか。小夜」
小夜様は恥ずかしげに顔をそらした。
「明綱、そろそろ身をかためてもよいのではないか」
と常春様が言った。私はそういう話かと理解した。相手はそれでは小夜様か。
「それは考えておりません」
と私は言った。
「それは、なぜじゃ」
常春様が怪訝な顔をした。こんな言い方をして失礼にあたるかもしれないとは思った。
「今の私の身分では、妻をめとるなど考えられません」
「心配するな。わしがなんとかする」
「いいえ、そういう事でなく、妻をめとるには今の自分では迷いがある気がします」
「迷い」
と輝様があきれたように言った。
「もう、おやめ下さい」
と小夜様がそのとき、毅然と言った。
「明綱、もうよい。父上も母上も、明綱を責めないで下さい」
「小夜、明綱に伝えたいことがあるのではないか」
と輝様が言った。
「母上もういいのです。明綱、すまなかった。そなたの気持ちはよくわかっています。この度のこと、心より礼を申します。私はそなた来なければ自害していたであろう。そのそなたを苦しめることはできぬ」
「小夜、それでよいのか」
輝様が涙ぐんで言った。
私は小夜様のやさしさを感じた。
「ご無礼のほど、お許し下さい」
私は心から詫びた。
「今宵の笛の音は忘れがたいものになりました」
と小夜様は悲しげな顔をして言った。そして美しい月も、いつしか雲が出て見えなくなっていた。




