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面影  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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第十話

「佐々木家の様子はどうでしょうか」

 と私は尋ねた。光安様は幾分躊躇するようなそぶりで言った。

「どうも兼忠殿が信明殿とうまくいかないようだ」

「信明様がご病気がちだと聞き及んでいます」

「確かに、信明殿もお年であるからのう」

 光安様はため息をつかれた。

「麗様はいかがでしょうか」

 光安様は私の顔をうかがうように見た。

「それを聞いてどうする」

「やはり心配です」

「兼忠殿とは夫婦じゃ。夫を支えておることだろう」

「それならば宜しいです」

 その日は寺に泊まることにした。思わぬ戦いであったため、心が落ち着かなかった。そのため寺の本堂で阿弥陀如来に手を合わせていた。そこへ、子供の頃より知っていた円徳という御坊が入ってきた。

「明綱殿、話があります」

「何用か」

 円徳殿は声をひそめて言った。

「麗様のことです」

「何かごぞんじか」

 私は身を乗り出した。

「光安様には言わないで下さい」

「もちろん。どのような話か、お聞かせ願いたい」

 円徳殿が話した。

「少し前に、麗様がこの寺にいらっしゃいました。そのときのご様子がはかばしくないので、どうなさいましたかと聞きますと、その場で泣き始めました」

「麗様が」

 麗様の泣き顔が思い出された。

「そうです。夫となられた兼忠様はどうも気性が荒いようで、時々麗様を殴るなどの暴力をふるわれるようです。それで信明様も怒られて、兼忠様と信明様も険悪になられたようです。その事で麗様は光安様に相談に来たのです」

「なんという話か」

 あの兼忠という男はそういう人間なのか。そんな男と麗様は暮らしているのか。

「麗様は何か私について言っていましたか」

「はい、明綱様はお元気かと。光安様は元気だから心配しないようにと、そして明綱のことはもう忘れるようにと言っていました」

「そうでしたか」

「麗様がお気の毒でしたので、明綱殿に話しておきたかったのです」

「かたじけない」

 円徳殿は話終えるとその場を去った。私は麗様がそのような不幸な思いで暮らしていることに憤りを覚えた。だが、どうすることもできない身であったのだ。


 佐藤家に戻ってくると、ご領地の市で乱暴狼藉した者が現れ、騒ぎになるという事件が起きていた。佐藤家の御家来衆が駆けつけたときには、すでにその者たちは去った後だった。立ち並ぶ店は打ち壊され無惨な有様になっていた。

「無法者の一団だとは思うが、この頃の領地争いと関係あるかもしれない」

 同じ御家来衆である三村殿がそう言った。佐藤家は近頃、領地を隣接する増田家との小競り合いが多発していた。

「明綱このような大事なときに、どこへ行っていました」

 小夜様に会ったとたんに、そう言われた。

「光安様にお話しする儀がありまして、寺に行っておりました」

 小夜様はふふんというような顔をされた。

「小夜様、新しい着物を頂き、かたじけのうございました」

 私は着物のことを思い出して礼を言った。

「礼などいいと言ったのに。そなたが着物をほころばせ、あまりにみっともないので、見るにみかねてのことです」

 小夜様はばつが悪そうだった。

「申し訳ございません。これからは身なりに気を配ります」

「そうしなさい。身だしなみを整えるのも、武士にとっては大切なお努めです」

 小夜様はいつものとおりだった。心配した程のこともなく、ご気性のとおりのさっぱりした態度だった。普通の女子のようなじめじめとした余韻がないのには助かった。

 それからしばらくして、佐藤家が騒然とするような出来事が起こった。

 私が夕時、いつものように部屋で笛を吹いているときだった。激しい足音とともに三村殿が入って来た。

「佐々木殿大変でござる」

「どうなさった」

 その血相に私は驚いた。

「小夜様が遠乗りに出かけられてから、帰ってこないのだ」

「おひとりで行かれたのですか」

「そうじゃ」

 小夜様はひとりで遠乗りされることが多く目についていた。近頃の不穏な状況では危険であると、父上の常春様より注意を受けていた。


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