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ネタは尽きない短編集

10/31 Hallowe’en

 朝、俺は顔に当たる朝日を感じて目覚める。

 寝ボケた意識の中で、朝であることを無意識のうちに確認し、おもむろに体を起こす。

 しかし、まるで下に引っ張られるような感覚を覚え、俺の体が起きることはなかった。

 重力がいきなり強くなったのかなぁ……。

 少し頭を振って、寝ボケた頭を覚醒させようとするも、柔らかな布団に倒れた俺に抵抗など許される訳もなく、無意識のうちに無条件降伏の様相を呈していた。


「ご主人っ! 朝だよー!!」


 そんな堕落的でありながらも幸せな時間は耳元からの大声で吹き飛んでいった。


「うるさいぞ、音子ねこ。くそっ……耳が痛い」

「うにゅー、ちゃんと起きないご主人が悪いと思う」


 俺の腕に抱きついたままの狐耳少女に反省の色が見えない……。

 少し呆れながら見つめていると、どうしたのと言わんばかりに首をかしげる。


「起きられないだろうが」

「もう少しダメかなー?」


 言葉で返すよりも先に力任せに放り投げてやった。

 猫のような悲鳴を上げながら飛んでいった彼女は、危なげなく壁を蹴り、軽やかに床に降り立った。一息ついて、顔を上げた先に、俺は上げていた手を振り下ろした。

 ゴッ、と重たい音を立てて俺のチョップが彼女の脳天に突き刺さる。


「きゅぅ……い、痛いよぉ……」

「まったく、ベッドに入るときはちゃんと前日の夜から言っておけと言っただろう。それにな、今何時だと思ってるんだ? 近所迷惑だってこともちゃんと知っているだろうに……」


 結局、俺たちの朝は音子への説教から始まってしまったのだった。


__________________________


「そういえば、今日はハロウィンらしいね?」


 何の脈絡もなく、彼女がそう言い放った。

 その言葉に、今日の日付を確認する。


「10月31日……ハロウィンだな」

「うんうん、ハロウィンって言ったらあれだよね! トリックオアトリート!」

「いきなりにもほどがあるが……と、ほれ」


 てきとうにポケットから飴玉を取り出して、彼女の前に吊り下げてやる。

 まさか出てくるとは思わなかったようで、驚いた顔をしながらも視線が釘づけになる彼女。左右に揺れる尻尾からして期待の念がよくわかる。

 それもそのはず、彼女の大好きな“俺特製塩バター飴”をこんなこともあろうかと思って作っておいたのだから。ま、ただであげる気もないし、いたずらしちゃうけどねー。


「音子、トリックオアトリート」

「え、お菓子は……」

「トリックオアトリート。お菓子くれないならいたずらする」

「お、お菓子なんて持ってないよ! そうだ、今から作ってくる!」


 そう言ってキッチンに向かおうとした彼女の尻尾をつかんで引き留める。

 尻尾を乱暴に握られたせいか、腰を抜かしてへたり込む彼女に覆いかぶさる。


「残念ながら、そんな時間はありません」

「うにゃー! 意地悪だー! お菓子よこせー!」


 子供のように駄々をこねながら、俺を弾き飛ばそうと腕を突っ張っている。だが、俺が尻尾を握り続けているせいであまり力が出ないらしい。

 可愛らしい姿なのだが、このままではいたずらができないので解放してやる。

 素晴らしい俊敏性で俺の持つ飴玉を狙いにくる。が、それより前に俺の口の中に放り込んでしまう。落胆の声を漏らしながら俺にしがみつく彼女を見下ろしてにやりと笑う。


「い、いじわるだぁ」


 激しく落ち込んで四つん這いになってしまう彼女。

 そんな彼女の肩をたたいてやると、少し涙目で俺を見上げてきた。


 そんな彼女の体を抱き上げて、唐突にキスをする。

 いきなりなせいか、固まってしまった彼女の唇を強引にこじ開けて飴玉を押し込む。

 彼女も俺の意図を察したのか、飴玉を器用に舌で受け取り、俺の口の中に舌を伸ばしてきた。


「んっ、は……んぅ、ぷはっ」

「ふぅ……どうだ、お味は」

「ん、おいしい」


 お気に召したようで、すりすりと甘えるように頬ずりをしてくる。

 口調が昔に戻ってるし、尻尾がふらふらとかすかに揺れている。

 彼女の機嫌がとてもよくなったところで、俺は今日の本題に話を進めることにする。


「なあ、音子」

「どうしたの、ご主人」

「デートに、行こうか」


 今日は、彼女と出会って以来の、外を自由に出歩ける日なのだから。


__________________________


 夕日が赤く染まり、町は闇に包まれ始めたころに、俺たちは家から出かけた。

 所々、ハロウィンらしいイルミネーションがきらめいている。

 オシャレな家の庭先にはジャック・オ・ランタンなんかも飾られている。


 そして、道行く人の中には、仮装をしている者もいる。


「確かに、これなら私みたいなのでもばれないねー」

「あんまり動かすなよ? 流石に限度があるからな」


 音子が外を出歩けない理由は一つだけ。

 今もピコピコとせわしなく動いている狐の尻尾と耳。音子がちゃんと人化を維持できるだけの精力は提供しているのに、いかんせん制御が苦手らしい。

 そのせいで俺とデートができないからと、頑張っていたこともあったのだが、根を詰めすぎて倒れてからは自重させている。どんだけ苦手なんだか。


「どうしたの? 考え事はよくないよー!」

「ああ、すまん。で、どこに行く?」

「私は外のこと知らないよ?」

「そうかぁ……ま、最後に行くところは決まってるし、適当に歩きながら目指すか」


 おー! と元気な声を上げながら、とある店に駆け寄る彼女。

 看板を見上げてみると、寿司屋のようだ。たまに持ち帰りすることもあるから匂いを覚えていたんだろうか?


「どうしたんだ? なんか食うか?」

「……いなりずし!」

「お稲荷様?」

「うん! でも、稲荷神よりかは倉稲魂命というか宇迦之御魂神の方がいいかなー」

「んなこたぁ知らん。ほら、買ってやるから好きなだけ食べろ」

「やったー! じゃあ、2人前!」


 2人前ってことは、俺の分は入ってないな。ま、それくらいなら問題ないだろ。

 稲荷寿司を3人前買ってきて、俺が1人前をもらう。

 なかなかうまかったので、1人分程度ならぺろりと食べられた。


「ご主人、もう一つ欲しいなー?」

「だーめ、これからも歩くんだからな?」

「ぐぬぅう」


 唸る彼女をなだめすかしていると、視界の隅に知り合いの影が見えた。

 せかせかと荷物を運んでいるところを見ると家の手伝いだろうか。

 やっと落ち着いてきた彼女を連れて近くに行く。


「よう、頑張ってるな。流在ルア

「ん? なーんだ、そっちはデートの途中ね?」

「うん、そうだよー。それにしても、忙しそうだねー」


 音子がトラックの方を見ながら感心したように言う。

 実際、トラックにはまだまだ荷物が残っているように見える。

 それを一瞥して、心底疲れたようにため息をつく流在。


「そりゃあね、一応外来のお祭りとはいえ、日本人ってのはお祭り大好きだから」

「何かにつけては飲んだり食ったりしてるからなぁ」

「ま、そういうわけでケーキ屋やら居酒屋やら兼業してる私ん家は大忙しってわけ」

「見事に祭りの日には儲かる組み合わせだもんな」

「私もケーキ大好き!」


 両手を振り上げてそう主張する彼女。

 ケーキ欲しい、と瞳が雄弁に輝いているがそれはお預けだ。

 てきとうに頭をなでていなしていると、店の方から流在を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ま、デートがんばりなさいな」

「はいはい、また後でな」

「うー! ケーキはー?」

「お預けだ」


 これ以上彼女の邪魔をするのも悪いので、音子を連れて歩き出す。

 にしても、流在は普通にしてたな。必要ないからかねぇ。


「なんか、今日のご主人は意地悪だよ」

「そうか? いつもこんな感じな気がするが」

「だって、いつもならケーキくらい買ってくれるよ?」


 たしかに、いつもならケーキくらいは好きなだけ買ってやるのだが。

 それでも、今日は特別な日なのだから……少しは俺もわがままを言いたい。

 そんな思いはとりあえず胸の中にしまっておいて、とある看板を指さす。


「あれとか、どうだ?」

「話を露骨に……仮装体験? もう仮装してる……ていう設定なのに?」


 設定……いやまぁ、そうなのだが……違和感が……。

 ほかに言い表す言葉もないのでそれでいいか。


「仮装と言っても、コスプレみたいなもんだ。あいつの店だし」

「ふぇ? あー、金華きんかちゃんのお店か」


 何かを察したように声のトーンを落とす彼女。

 金華に着せ替え人形にされるのを想像したのだろう。

 今回は事情が違うんだけどな。


「おいっすー、元気か?」

「元気じゃないわよぉ。カップルばっかり来やがってからにぃ」

「すっごい服の量だね……これは後で売り物にするの?」

「そうよ? 半分くらいは貴女にあげてもいいけど」


 あははー。と音子が愛想笑いをしている間に服の物色を始める。

 流石にこの量の半分は洒落になってないだろ……保管場所的に。


「どうして、それでお店が大丈夫なんだろう……」

「何度も言ってるけど、私の腕がいいからよ?」

「腕がいいのは認められるのになぁ……」


 えっと、確かここらへんに……おお、ホントにある。


「おーい、音子!」

「んー、なになに? どの服着ればいいの?」


 俺の差し出している服を見て、しばし彼女は逡巡する。

 押し付けるように再度差し出すと、観念したのか更衣室に入って行った。


「あの服を作ってくれ、なんて言われてびっくりしたわよ?」

「んー? いつも作ってるだろうに、何をいまさら」

「そうじゃなくて、あなたが服を作ってくれっていうだけでも珍しいのにぃ……もう」


 両手を腰に当てて語り始めた金華を手で制する。

 どうせ、すぐにわかることだしな。


「うー、着てきたよー?」

「うん、なかなか似合ってる。注文通りだし、文句なしだな」

「似合ってるわよぉ、音子ちゃん。そのまま接客してくれないかしら」

「これからも行くところがあるんでな」


 音子に抱き付こうと腕を広げる金華の襟首をつかんで引き留める。

 女性としてあるまじき声が出てたが、放っておく。

 俺特注の巫女服を着た彼女の腕を引っ張って店の外に出る。


「さて、あと一時間ってところだが……」

「なんていうか、浮いてるなぁ……」

「完全に和風だしな。ま、多少浮いててもいいだろう?」

「うん、べつにかまわないよ……ご主人の考えもわかってきたし」

「そいつは重畳。さて、エスコートぐらいはしますかね」

「えへへ、よろしくね」


 軽く微笑みながら、差し出した手を取る彼女。

 とりあえず、難しいことは考えずに遊び倒すことにしよう。


___________________________


 とは言ったものの、あまり時間もないし、後のことも考えると遊び倒すというほど歩き回れないのは当たり前だった。

 どうにも不完全燃焼気味だが、彼女は楽しそうだし……それだけでも十分か。


「それじゃあ、入ろうか」

「うん! えっと、ねぇご主……ふにゃ?」


 意を決して、俺を呼ぼうとする彼女の頭に手をのせる。

 人差し指を立てて、唇に添える。もう少しだけ、その言葉はお預け。


「ほら、音子……玄関を開けてごらん?」

「え、え……う、うん」


 だいぶ困惑している音子の背中を軽く押す。

 ゆっくりとドアノブを回して、ドアを開けた。


「わぁ……」

「おお……」


 予想以上に、最高のパーティ会場が、家の中にできていた。

 よく見ると飾りの一つ一つは市販品のものがほとんどだが、アクセントに使われているオリジナルの飾りや、それぞれの配置が絶妙にマッチングしている。


「これって……」

「あぁ、流石は流在ってところか」

「お褒めに預かり光栄ね」


 リビングから顔を出した流在が軽く手を振る。

 音子もそれに応えるように尻尾を振りながら、リビングに駆けていく。


「すごい……」

「あはは、これくらいは朝飯前よ? とはいっても、金華たちの協力が無かったらできなかったでしょうけどね」

「あら、珍しく素直ね」

「私だって、認められることは認めるわよ?」


 認められないことは認めない、と言外に言っているあたりはさすが流在だな。

 とたとた、と足音が近づいてきたので足元を見ると、音子が俺の裾をつまんで引っ張りに来ていた。


「ご主人も、行こ?」

「あぁ……喜んでもらえて何よりだ」


 どうしようもなく嬉しい、と体中で訴えてくる音子に笑みがこぼれる。

 色々と走り回った甲斐があるというものだ。


「おお、料理も豪華だな」

「あんたが頭を下げて回ったんだから、粗末な物にできるわけ無いじゃない」

「ふふふ、みんな頑張ってたわよぉ? あなたが頼ることってあんまりないもの」

「感謝してもしきれないな……音子、パーティを始めようか」

「うん!」


 彼女は目をキラキラと輝かせて、大きくうなずいた。

 自然と俺たちからも笑みがこぼれる。

 主催は俺なので、全員のグラスにワインを注いでいく。


「じゃあ、音子、なんでパーティを開いたかわかるか?」

「私と、ご主人が出会ってから、ちょうど一年」

「ああ。一年間、いろいろあったけど……これからもよろしくな」

「ずっと、ずっと、一緒にいる」

「お熱いわねぇ。妬けちゃうわよぅ?」

「ほらほら、私たちも混ぜなさいってば。私たちだってあんたと離れる気はないんだから」


 音子と一緒に乾杯をしようとすると、金華と流在もまざってきた。

 全員で顔を見合わせて、軽く笑う。ひとしきり笑って、グラスを掲げる。


「じゃあ、俺達のこれからを祝福して……乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 大きくグラスをあおって、一気に飲み干す。

 ワインの味などわからないが、確かに美味いものだと思える。


「うん、美味い」

「おいしい」

「結構アルコールきついわね、これ」

「ほんとぉ。足元ふらついちゃうわぁ」


 そういう金華の足元にあるはずの足は見当たらない。

 ちらりと流在を見やると、背中から蝙蝠のような羽が生えていた。


「貴女に足は無いじゃない」

「気分よ」

「完全に茶番じゃねえか」

「くすくす……」


 何が面白いというわけでもなく、ただ笑い合う。

 ゆっくりとすぎる宴の時間は、豊かな心が寄り添う場所なのだろう。

 上り始めた十六夜の月が、カーテンの隙間から顔をのぞかせていた。


_________________________


「宴もたけなわ、だな」

「そうね、もうお酒も料理もないし」

「これで私たちは解散ねぇ……」

「みんな、お疲れ」


 夜も更け、民家の明かりも少なくなってきた頃には宴も終わりを迎えていた。


「じゃ、後は二人で楽しみなさいね」

「二人の仲を邪魔するのも悪いわぁ」


 そう言って、二人は夜の街に消えていった。

 普通なら送るところなんだろうが、あいにくと普通じゃないからなあ。


「さて、と」

「かたづける?」

「いや、二人だけで酒盛りといこうか」


 冷蔵庫の奥に放り込んであった日本酒を取り出す。

 実を言うと、お神酒なのだが……まぁ構わないだろう。


 二階に上り、ベランダに腰を掛けて酒を飲む。


「こうしてると、一年間を思い出さなくもないな」

「うん、こうやって……いろいろ話し合ったね」


 いつも、何かしらの話があるときはベランダに腰かけて月を眺めながら話したものだ。一年間で喧嘩もしたし、アレなこともあったし、物騒なこともあった。


「どんなことがあっても、俺はお前と一緒にいたい」

「それは、私もだよ……絶対に離れたくないから」


 しっかりと目を合わせて、彼女と誓いを交わしていく。

 俺を好いてくれている奴は多くいるし、その中でも金華と流在のことは俺も悪しからず思っている。それでも、俺は彼女を選んだ。


「ずっとずっと、この命が尽きるまで、お前の傍にいると約束するよ」

「貴方の命が尽きても、私の心が貴方と共にあることを誓うよ」


 どちらからともなく、柔らかく微笑みあって、ついばむようなキスをした。


 しっかりと彼女を抱きしめた俺を、彼女と十六夜の月だけが見つめていた。


興が乗りすぎてハロウィン関係なくなった……。


活動報告にて人物紹介とあとがきがあります。

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