第1話 旅立ち
彼が生まれたのは、どこの国にも属さない小さな部族の暮らす村だった。
彼が物心ついたとき、彼はもうここにいた。
周りの人は皆彼によくしてくれた。
そのときの彼にはそれが何故かは分からなかった。
幼い彼には皆がただ優しいだけに思えてしまった。
しかしそれは違った。
皆は彼を恐れていた。
彼が一度滅びたはずの《彼の者》に連なるものだから。
彼が大きな力を持っているから。
そして彼は《この場所にいてはいけない》ことを幼いながらに悟った。
大きすぎる力は厄災しかもたらさない。
そのことを理解した大人達は、彼を恐れた。
ある程度成長した彼はそれを理解した。
そしてある日彼は族長から告げられた。
“すまない。”と。
彼は別に部族の皆に迷惑をかけたいわけではない。
彼にとって思い入れが小さな村では無いし、部族の皆も大好きだ。
部族の皆もそう思ってくれていた。
しかしそれは社会の掟。
“個”としての利よりも“全”の利を優先するのが当然。
彼にも異論はなかった。
数日後、彼は部族の決定に基づき、《デルシア部族自治領》を出て、《聖ラトヴィニ皇国》へと旅立った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕はクラウス・L・V・アルヴェルト。
聖ラトヴィニ皇国のとある小さな町、《ラグラリス》に暮らす一人の健全な男子。
僕は今年で15歳。
今年から、王都にある《ラトヴィニ王立冒険者養成学院》へ通うことになっている。
“なっている”というのも、学を修めるのはこの国の民の“義務”なのだ。
僕自身、今まで育ってきたラグラリスでのんびりとした生活を送れるだけでもいいと思っていたので、正直なことを言うと、“面倒”この一言に尽きる。
しかしそんな僕にラグラリスに暮らすとある老人が僕に告げた。
『世界には御主の知らぬことがまだたくさんある。それを知らずしてここで命果てるのは、いささか勿体無い気がしないか?』と。
僕はその言葉を素直に受け取り、町を出ることを決めた。
そして、今日がその出発日。
なんというか、7つのころから過ごしてきたこの町を出るというのも少し寂しい気がする。
思えば、僕がこの町に初めてやって来たのは“前にいた場所”を追われてこの国の中心部に広がる《迷いの森》と呼ばれる森を彷徨っている時に、町に暮らす若夫婦、エリスさんとジョンさんに助けられた時だ。
そんなことを思いながら、町の門を少し出て振り返ると感動的な光景が目の前に広がっていた。
「みんな・・・・。」
そこにいたのは町の皆。
町の住人である総勢120人が総出で、僕の門出を見送ってくれていたのだ。
その中から長老が歩み出てきた。
「皆お主の旅立ちを祝っているんじゃ。」
そう言いながら、長老は懐から妙に膨らんだ巾着を取り出した。
「これは町の皆からの餞別じゃ。」
「みんな・・・ありがとう・・・。」
不覚にも涙ぐんでしまった。
「ほれ。お主にはまだ見ぬ未来が待っておる。」
そして僕は皆に見送られて、町を出発した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラグラリスの町から王都エルフィナまでは普通に歩いて三日。
ぶっちゃけ遠い。
なんでこんなに遠いんですか・・・。
正直僕には関係ないですが何か?
町を出てしばらく歩き、《シトー平原》に差し掛かり、そろそろアレを使おうかと思ったその時。
「キャァァァァァァァァァアアア!」
という悲鳴が聞こえた。
流石にほかっておくのも胸糞悪いので、助けに行くことにする。
少し道を逸れて進むと、車輪が片側のみ泥に埋まった馬車とその中で怯えているお淑やかな感じの少女がいた。
周囲にはイノシシ型低級モンスターのワイルドボア。
馬車にいるはずの御者は既に逃げ出したらしく、そこにはいなかった。
「あー・・・・。」
うん。
御者の人は依頼者ほったらかして逃げちゃだめでしょ。
とりあえず助けようか。
とりあえず、手近にあった石をイノシシに投げつけこちらに気をそらした。
といっても、僕が持っているのは簡易的な食料と衣服だけだ。
武器になるものは無い。
というか、僕の武器はこの身に宿る力そのものだ。
低級のモンスター程度なら難なく退かせることが出来る。
誰の血も流さずにこの場を収めるにはもってこいの力だ。
「開眼。」
僕は目を開き、イノシシを見据えた。