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彷徨のヘカトンケイル  作者: 真先
Stage2: 表参道
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表参道【4】

 救急車のサイレンは地下駐車場にまで聞こえてきた。

 階上で何かあったらしい。

 不安と焦燥に苛立ちながら、愛車の傍らでタキは乗客を待ち続けた。


 居住者専用の駐車場は閑散としていた。

 高級マンションの住人は自分で運転などしないものらしい。

 まばらに並んだ高級車の間から、一人の男がこちらに向かって歩いてきた。


「あんたがタキさんかい?」


 年のころは二十代前半。

 どちらかというと痩せ型だが適度に日焼けしているので病的な印象はない。

 切れ長の目に彫りの浅い東洋的な顔立ちでは、鮮やかに染め上げられた金髪は似合わない。

 いかにも『遊び人風の大学生』といった風体だ。

 タキが想像していた『やり手のブローカー』のイメージとは遠くかけ離れている。


「……あんたが韮澤さん?」

「ハルって呼んでくれ! 仲間はみんなそう呼ぶ」


 訝しげに訊ねると、ハルと名乗るその男は気さくに微笑みながら右手を差し出してきた。

 客に握手を求められるのは初めてだった。


「……とりあえず、移動しよう。ここは危険だ」


 戸惑いながらも手を合わすと、車に乗るように促す。

 頭上ではヘカトンケイルがうろついているのだ。地下駐車場に気がつくのも時間の問題だろう。


「芝浦のマンションまで頼む。道順は出発してから指示する」


 そういって韮澤は助手席の扉を開けた。

 あわてて後部座席に座るように指示しようとしたが、それよりも先に殺気に満ちた声が地下駐車場に響いた。


「韮澤晴臣だな?」


 どこからともなく現れたその少年は、ヘカトンケイルの制服を着ていた。

 行く手をふさぐように、車の前で仁王立ちして怒りに燃える瞳で韮澤にらみつける。


「ヘカトンケイル港小隊だ! 覚せい剤取締法違反でお前を逮捕する!!」


 §§§


 部屋の中にいたのは五名。

 いずれも十代前半から後半ぐらいの少女達だった。

 全員半裸、もしくは全裸に近い格好であるため、身元を明らかにするものは何も身につけてない。


 おかげで名前も住所も一切が不明。

 判っていることと言えば、全員重度の麻薬中毒患者であるということだけだ。


「……それで、韮澤はどこにいるんだって?」


毛布に包まれ、救急者に運び込まれる患者達を眺めながら須藤は尋ねる。


「どうやら、部屋には居なかったようっすね」

「そんなこたぁ分かってるってんだよぉっ!」


 須藤はおもむろに安田の襟首をつかんで上下に揺さぶった。


「こんだけ大騒ぎして『逃がしました』じゃ済まされねぇぞ!! 韮澤だけじゃねぇ、あの女の子たちの身元も調べろ!」

「ま、まだ探していない所があるはずっす! 現在、全力で周囲を捜索している所っす!!」

「何が何でも捕まえろ! 港小隊の連中が見てるんだぞ! 壬生の前でみっともない……」


 はたと気がつき、振り返る。

 そこには先ほどまで少女たちの面倒を見ていた司が立っていた。

 一人で。


「壬生はどうした?」


 隣に居るはず少年を尋ねた瞬間、


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッンッ!


 地下駐車場出入り口から、爆音を上げて一台の車が飛び出してきた。


 十分な助走と共に地下駐車場のなだらかなスロープをジャンプ台代わりにして、白銀のアウディは抜けるような青空をバックに弧を描きながら表参道に着地した。 

 上等なサスペンションをもってしても衝撃を吸収することができなかったようで、アウディは接地した瞬間、車体の底をこすり派手な火花を散らした。


 ジャンプも見事ならば着地も見事だ。

 通行車両をうまく交わしたアウディは、表参道をスピンしながら横切りケヤキ並木に激突する、寸前で停まった。


「…………え?」


 唐突に始まったカースタントを呆然とした表情で眺めていた須藤は、辺りに響き渡るクラクションで我に返った。


 停止したアウディのエンジンが再びうなり声を上げる。

 しかし須藤の視線はすでに車よりも、ボンネットにへばりつく少年の姿に注がれていた。


「壬生ッ!」


 その異名をしめす通りに、渋谷の狂犬は犬歯をむき出しにして雄たけびを上げた。


 §§§


 高速で駆け抜けるスポーツカー。

 そのボンネット上で人間の出来ることなどそう多くはない。

 必死でしがみつくことと、車中の男達をにらみつけることぐらいだ。


「振り落とせ!」


 助手席の男――韮澤に応じるように、運転手の男はハンドルを切った。

 ハンドルの動きに合わせて車は蛇行を始める。


「だあっ!!」


 歯を食いしばり、振り落とされないよう四肢に力をこめる。

 蛇行運転は徐々に大きくなってゆき、危うく進行方向からやってきたトラックとぶつかりそうになった。

 つまり、この車は対向車線を逆走しているのだ。


 突如、車体に衝撃が走った。

 揺れる車体にあわせて体重を移動させバランスを取る。


「正気か!?」


 悲鳴を上げたのは誠士郎ではなく運転席の男だ。

 隣にはいつの間にか、黒いミニバンが併走していた。

 横から車体をぶつけてきたのだろう。ぶつけたショックでウインカーが割れている。


「……須藤!!」


 運転席では狂喜の笑みを浮かべた須藤が巧みにステアリングを操っていた。

 須藤の凶行から逃れるため、運転手はアクセルを踏み込んだ。

 加速したアウディは表参道を青山通り交差点方面に向けて駆け抜けてゆく。


 馬力で勝るアウディだったが、ボンネットの上の誠士郎が視界をふさいでいては迂闊に加速することも出来ない。

 一方、須藤の操るミニバンは遠慮なくアクセルを踏み込んでくる。

 運転席で凶悪な笑みを浮かべた須藤がこちらに向かって何か叫んでいる。


「壬生ッッッッ!」


 表参道を吹き抜ける風音。

 アウディの奏でるエンジン音。

 車体がぶつかる衝撃音、そして転倒した際に生じる様々な破壊音。


 聞こえるはずがないのだが、なぜか須藤の声は全ての音を突き抜けて誠士郎の耳に届いた。


 §§§


 夕焼け空を背景に折り重なるように横転した二台の事故車は、いっそ美しいとさえ思えた。


「……どうすんだよ。コレ?」


 通行の妨げにしかならない鉄のオブジェを眺め、高崎は頭を抱える。


 渋谷から連絡を受けた高崎はすぐさま事故現場に駆けつけた。

 事故現場は表参道と青山通りの交差点だった。

 六本木から連れてきた港小隊所属の隊員たちは事故現場を遠巻きに眺める野次馬達を追い払い、手際よく交通整理をしている。


 現場には安田率いる渋谷小隊の姿もある。

 表参道ヒルズの事後処理もまだだろうに、さすがに疲労の色が隠せない。


「それで、韮澤はどうした?」

「……逃げられました」


 見れば分かることなのだが、安田は律儀にも答えてくれた。

 アウディ――今は唯のスクラップ――のフロントガラスは粉々に砕け散っていた。

 運転席と助手席に人はいない。

 中から突き破って逃げたのだろう、這いずり出た痕跡もある。


「まだそれほど時間はたってないっす。怪我をしてるようですし、そう遠くへはいけないはず。非常線を張って追い込むっす」

「……待て」

「すぐ近くに地下鉄の駅があるっす。駅員に聞き込みをしてみるっす。それから、周囲に……」

「だから、待ってくれ安田!」


 追跡をはじめようとする安田を、高崎は強引に引き止める。


「……どうしたんっすか? 高崎さん」

「韮澤の追跡は俺たちで行う。渋谷小隊は手を出すな」


 安田は細い目を吊り上げた。


「……それは一体、どういうことっすか?」


 交差点の真ん中でにらみ合う安田と高崎。高まる緊張感に港小隊と渋谷小隊の隊員たちは固唾を呑んで見つめた。

 珍しく怒りをあらわにする安田に、高崎は涼しげな顔で答える。


「周りをよく見ろ。ここは何処だ?」

「……?」


 余裕綽綽の高崎に、安田は怒りを忘れて思わず周囲を見渡す。


 沿道に高級ブティックとレストランが立ち並ぶ交差点。側には地下鉄表参道駅の入り口が見える。

 明治神宮に至る参道の入り口であることを示す石灯籠があるこの場所は、


「……北青山」


 安田はうめくように答える。


「そう、『港区』北青山三丁目! 青山通りからこっちは港小隊の管轄だ。渋谷小隊の好きにはさせないぞ!」

「……くっ!」


 得意げに語る高崎を、安田は悔しそうに歯噛みする。

 高崎とて港小隊の一員。誠士郎ほどではなかったが『渋谷流』を忌々しく思っていたのだ。

 今までの鬱憤を晴らすかのように、さらに追い討ちをかける。


「ここから先は俺たち、港小隊が引き継ぐ。渋谷小隊は表参道ヒルズで保護した少女たちの面倒を頼む。韮澤を捕まえたら彼女たちは重要な証人となる。身元調査から事情聴取まで、しっかり頼むぞ」

「……ぐぬぬぬぬぬぬぬぅっ!」


 大物ブローカーを取り逃がした上に、地味な割に大変な仕事を押し付けられたのだ。

 渋谷小隊としては悔しくてしょうがないだろう。

 歯軋りをして沈黙する安田の目前で、勝ち誇るかのように高崎は部下たちに指示を出す。


「この現場は港小隊が預かる! 渋谷小隊は速やかに撤収しろ! 港小隊の隊員は韮澤の追跡に向かえ。ここには最低限の人員を残し……」

「……その前に」


 三丁目交差点に響く高崎の声は、しかし背後からかけられた冷ややかな声に遮られた。


「その前に、私に事情を説明してほしいのだが? 」


 聞き覚えのある声に呼ばれ、高崎と安田は同時に振り返る。

 いつの間に忍び寄ってきたのか、二人の背後にその男は立っていた。


 整髪料で撫で付けられた髪と銀縁眼鏡をかけた中年男だ。細身の体に地味なスーツを着込み、さらにその上からブルゾンを纏っていた。

 理知的な顔立ちのその男には似合わない、安っぽい漆黒のブルゾン――ヘカトンケイルの制服の二の腕には『1』の番号が刺繍されていた。


「片桐さん!?」

「片桐隊長!?」


 見知った同僚の名を、二人は同時に叫んだ。


「久しぶりだな、二人とも。元気そうで何より、と言いたい所だが……。いささか元気が良すぎるのではないか?」


 ヘカトンケイル第一小隊――通称千代田小隊――隊長、片桐栄一は皮肉と共にスクラップのオブジェを見上げた。


「片桐さん……その、何を……」

「『何をしにここに来たのか?』と言うと――先日、港小隊が逮捕した被疑者が取調べ中、大怪我をしたという報告があったので高崎に会って事情の説明を聞こうと六本木支部に行ったのだが居ないので留守番の隊員にどこにいると訊ねたら北青山で事故があってそっちにいるというので――ここに来た。答えになったか?」

「……あう」


 過不足ない明瞭な説明に、高崎はうめき声をあげることしか出来なかった。


「おおよその経緯は留守番の隊員に聞いている――なんでも渋谷小隊の須藤と安田が無理やり押しかけ被疑者に対して暴行を加え、入手した情報をもとに表参道ヒルズで違法捜査を行った――ということなのだが、本当か安田?」

「……あう」


 言い訳の余地のない事実を突きつけられ、安田もうめき声をあげることしか出来なかった。


「まあ、その件は良いとして――良くはないがとりあえず置いておくとして、だ……」


 こらえていたものを開放するかのように、片桐の口調は徐々に怒気を帯び始めた。


「路上麻薬取引事件がどうやったらこんな大惨事につながるのか説明してもらおうか! 高崎、安田!!」

『ハイィっ!!』


 激怒する片桐に、二人は直立不動で敬礼した。


「……ここでは人目もある。高崎、とりあえず六本木に戻るぞ。怪我をした被疑者――秋山とやらも交えて話を聞かせてもらう。渋谷小隊はそのあとだ。それまでに、ここの後片付けを済ませておけ。それと……」


 二人の返事も聞かず、矢継ぎ早に指示を出してゆく。

 最後に、交差点の隅を指差し二人に命じた。


「とりあえず、あのバカ共をなんとかしろ」

『…………?』


 片桐の指し示す方向から、罵声と怒号が轟いた。


「なめてんじゃ無ぇぞ! クソガキィッ!!」


 罵声と共に放った須藤の回し蹴りは、誠士郎が避ける必要も無く外れた。 攻撃を外した上に、須藤は体制を崩して危うく転倒しそうになる。


「ふざけてんのはお前だろうが! 須藤!!」


 怒号と共に誠士郎は殴りかかる。が、拳は見当違いの方向に向かって飛んでゆく。


「他人の縄張りで、勝手なことしてんじゃねぇぞ! コラァ!!」


 再び須藤の攻撃。今度は命中したが、腰の入ってない蹴りは誠士郎にダメージを与えることはできなかった。


「洒落になってねぇだろうが! 殺す気か、テメェ!!」


 誠士郎は受け止めた蹴り足を掴み、そのまま引きずり倒す。

 二人はもつれ合うように倒れた。

 須藤の足を掴んでいた誠士郎は受身を取ることができずに、アスファルトに背中を打ち付けてしまった。


「……何やってんだか」

「……まだやってたんっすね、あの二人」


 事故直後から誠士郎と須藤の二人は殴り合いの喧嘩を続けていた。

 幸か不幸か、事故の衝撃は二人から平衡感覚を奪い去っていた。

 覚束無い足元から繰り出される攻撃は相手に命中しないし、当たったとしても相手にダメージを与えることは無い。その結果、喧嘩とは呼べないじゃれあいを二人は延々と続けているのだ。


 最早立つことも出来ないくらいに衰弱している。

 アスファルトに膝を着き、中腰になって殴り合っている、というよりも出鱈目に手足を振り回している。


 大事故の後だというのに、この二人の頑丈さと無神経さにはただ呆れるしかない。

 二人の傍らで司が両膝をついてうなだれていた。

 さっきまで二人を止めるため手を尽くしていたが、諦めたようだ。


 最早打つ手はなかった。

 二人の体力が尽きるまで放置しておく他はない。


「大体、テメェは生意気なんだよ! ちったぁ年長者を敬え!」

「だったら、年長者らしことして見せろ! このクソ野郎!」


 元気一杯で二人は吼える。

 体力の限界までまだしばらくかかりそうだ。


「須藤ォッ!!」

「『さん』をつけろよ! コラァ!!」


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