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彷徨のヘカトンケイル  作者: 真先
Stage1: 六本木
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六本木【4】

 夕暮れ時の六本木ヒルズに高崎の怒声が響く。


『ノーコメントだ!!』


 けやき坂通りの事件現場に集まった記者達に、事件のあらましを説明していた高崎だったが、相次ぐぶしつけな質問にとうとう怒り出し、強引に会見を切り上げた。

 記者達を背にして高崎は現場を立ち去る。

 それでもしつこく記者達は食い下がり、高崎の背中に罵声を浴びせかけた。


『ちょっと! 説明になってないよ! 質問に応えてよ!!』

『昨日の芝浦での乱闘騒ぎと何か関係あるんですか? 店側と損害賠償でもめていると言う話は本当なんですか!?』

『過激な取り締まりにもかかわらず、麻薬売買が横行しているのはどういうことですか!?』

『要するに防犯体制に問題があるということでしょう? 自警団活動は犯罪抑止に効果的ではないと認めるんですか? ねぇ!?』


 詰め寄る記者達を隊員たちが遮る。

 殺気立った様子で撮影を止めさせようとする隊員達に混じって、カメラに向ってVサインを差し出す宝生の笑顔が大写しになる。


「写ってる、写ってる! ねえねえ、これ録画できないのかな。新宿に戻ったら訓練所のみんなに自慢……、あ痛っ!」


 液晶画面に映し出された自分の姿を見てはしゃぐ宝生を、誠士郎は拳で殴りつけて黙らせる。


 けやき坂通りでの事件を報じる七時のニュースを、誠士郎達は六本木支部のオフィスで見ていた。

 テレビの映像はまだ夕方だったが、窓の外には六本木の夜景が見える。


『……このように、なんの説明も無いまま会見は終了しました。ヘカトンケイルは先日もファミリーレストランを半壊させる騒ぎを起こしており、批難の声が高まるのは必至であると思われ……』


 高崎は憮然とした表情でテレビの電源を切ると、リモコンを机に叩きつけた。


「どいつも、こいつも! 勝手なことばかりぬかしやがって!!」


 執務室は防音設備が整っているため、高崎の怒鳴り声が外に漏れることは無かったが、中にいる人間にはたまったものではない。


「……ったく、気の短い」


 憤懣やるかたない様子の高崎を、誠士郎は呆れ顔で見つめる。

 記者たちの態度に立腹するのはわかるが、会見での高崎の態度は失策としか言いようが無い。


「マスコミの前で逆ギレしてどうすんだよ? また市民から苦情が……」

「うるさい! 大体、お前たちがテレビ局のまん前で、騒ぎを起こしたせいだろうが‼」

「しょうがないだろ! 俺達の都合を考えてくれる犯罪者なんて居るわけ無いんだから‼」

「高崎さん!」


 言い争う二人の間に、執務室の扉を開けて飛び込んできた司が割り込む。


「千代田の片桐さんから電話です」

「……来たか」


 早速、クレームの電話が来たようだ。

 ついさっきまで怒鳴り散らしていたのが嘘のように、げんなりとした様子で机上の電話機に手を伸ばす。


「あ、どうも片桐さん。……ご覧になりましたか。……どうも、こうも、……そういうことです。……だって、しょうがないじゃないですか! 俺達の都合を考えてくれる犯罪者なんて……」


 受話器に向って、お決まりの言い訳を並べ立てる高崎の邪魔にならないように、誠士郎は宝生と司を伴い執務室を退出した。


 執務室の外でもまた、電話の音が鳴り響いていた。

 六時のニュースを見た市民達からの抗議の電話だろう。

 電話以外にも、メールでの抗議が殺到したらしい。対応に追われた隊員たちが、オフィスの中をせわしなく行き交う。


 手伝おうかとも思ったが、騒ぎの張本人である誠士郎たちが電話口に出るわけにも行かない。

 暇そうに佇んでいる誠士郎たちを見つけた隊員が、責めるような視線を投げかけてくる。


「……とりあえず、出よう」

「……そうね」


 邪魔者扱いされていることを敏感に察した誠士郎たちは、居心地の悪いオフィスからそそくさと退出する。


 §§§


 追われるようにして誠士郎たちは森タワーから抜け出した。


 ヒルズ周辺を当ても無くさ迷い、三人は気がつくと毛利庭園を歩いていた。

 高層ビル街にあるこの日本式庭園は六本木ヒルズの中にあって唯一、季節を感じることができる場所だ。


 公園内のソメイヨシノはちょうど見ごろを迎えていた。

 庭園の周囲では花見客を当て込んだ屋台が並んでいる。

 桜の季節とはいえ夜になるとまだ肌寒い。冷たい夜気を感じながら、三人は夜桜見物と洒落込んだ。


「うっわ! すっごい!!」


 美しくライトアップされた夜桜に、宝生が歓声を上げる。


「……七分咲きかしらね」


 司もまた舞い落ちる花びらを見つめ、眼を細める。


「満開はあと、ニ、三日先みたいね」

「へーっ、じゃあ満開になったら教えてよ!」


 見ごろになったら出直すつもりらしい。

 司に報告するように頼むと、新宿本部所属の宝生は羨ましそうにつぶやく。


「いいよなー港小隊は。オフィスは六本木ヒルズだし、すぐそばにお花見スポットもあるし」

「……ああ、最高だぞここは」


 桜吹雪の中、はしゃぐ宝生に向かって、誠士郎がつぶやく。


「何しろここは四十七士が切腹した場所だからな」

『…………』


 その陰気な雑学にどんな意味があったのかは知らないが――誠士郎のおかげで、せっかくのお花見気分は台無しになった。


「どうしたのよ、誠士郎?」


 いつにも増して物憂げな様子の相棒に向って、微笑を浮かべながら司が声を掛ける。


「もしかして、落ち込んでいるの? 何よ、今更。乱闘騒ぎでマスコミに叩かれるなんて、いつものことじゃない」

「いつものことだから落ち込んでるんだよ!!」


 乱暴な慰めの言葉を跳ね除け、誠士郎は再び肩を落として俯く。


「……どうしたのよ、誠士郎?」

「……何やってんだろうな? 俺達」


 力ない声でポツリと、誠士郎は呟く。


「市民の安全を守るため、寝る間も惜しんで凶悪な犯罪者達と戦っているのに、当の市民達からは感謝されるどころか苦情の声ばかり。……最近じゃヘカトンケイルの制服を見た途端、みんな怯えたような目で見るんだぜ? まるっきり、街のゴロツキと同じような扱いだ」


 俯いているために表情を窺うことはできなかったが、壬生の声は今にも泣き出しそうな調子だった。

 凶悪な犯罪者達を相手に怯むことなく立ち向かう誠士郎ではあったが、ヘカトンケイルの仕事が終わればごく普通の高校生でしかない。

 うつむいたまま遣り切れない思いを吐露する姿は、多感な年頃の少年そのものだった。

 やりきれない思いと共に、再びつぶやく。


「何だろうな、ヘカトンケイルって。俺達、一体何のために……」

「決まってるじゃない、正義のためよ」

「……正義?」


 小気味良い司の即答に、誠士郎は唖然とする。


「そ、正義のため」


 そして彼女は無邪気に笑った。

 小隊内で評判の、最高の笑顔――久しぶりに見る彼女の笑顔に、救われたような気がした。

 あらためて夜桜をみあげたそのとき、懐で誠士郎の携帯電話が鳴った。


「はい、壬生……」

『今どこに居るんだ!』


 携帯から響く高崎の怒声は、用件を伝えると一方的に切れた。

 渋い顔で固まる誠士郎に司が尋ねる。


「どうしたの?」

「……出動だ。赤坂で強盗事件だと」


 どうやら晩飯もお預けのようだ。

 深々と嘆息する誠士郎に宝生が声をかける。


「何やってんの? 早く行くよ!?」


 いち早く反応したのは宝生だった。

 勢いよく立ち上がると――赤坂とは反対方向に向かって駆け出した。


「あんたは港小隊の隊員じゃないでしょうが!? って、赤坂はそっちじゃない……だから、待ちなさい!」


 止めるのも聞かずに駆け出す宝生の後を司が追いかける。


「…………」


 その場に一人置き去りにされた誠士郎は、わずかな逡巡の後、二人のあとを追って駆け出した。


 ――落ち込む暇も無ければ、考えている暇も無い。

 ヘカトンケイル港小隊所属、壬生誠士郎の一日はまだ終わらない。


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