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彷徨のヘカトンケイル  作者: 真先
Stage1: 六本木
4/23

六本木【3】

 文化都市を標榜する六本木ヒルズには、街角の要所ごとに有名アーティストの手によるパブリックアートが陳列されていた。

 街全体が美術館であると同時に、街そのものが一個の作品であるとも言える。


 それらの芸術作品は余りにも前衛的で正直、誠士郎には理解できなかった。

 例えば目の前の電光掲示板――「カウンター・ヴォイド」と呼ばれる作品(?)。ランダムに浮かんでは消える数字を眺めて感じたことは一つ――何で普通に時計を作らなかったのだろう。

 見るもののイマジネーションを掻き立てるという触れ込みだが、誠士郎の空きっ腹を満たしてはくれなかった。


 支部を出た誠士郎と司は、打ち合わせ通りけやき坂通りを下った出口付近で待機していた。

 何もせず待機を続けるのは正直暇だ。

 朝食――あるいは昼食を食べ損ねた誠士郎としては、暇なうちに食事をしたかったのだが持ち場を離れるわけにはいかなかった。


 ひしゃげた碁石のようなベンチ――これもまた『アンナの石』という作品らしい――に腰掛け、虚ろな瞳で壁面を見つめる誠士郎の姿を、通行人は足を止め奇異の目で見つめる。

 だが、少年の纏う制服の意味する所を理解すると、足早にその場を立ち去ってゆく。

 いつものことなので腹を立てる気にもなれない。ため息をついて、自分の姿をあらためて見下ろす。


 光沢の無い漆黒のジャケット。その下には万が一に供え防弾ベストを着込んでいる。

 そのせいで痩せ型の誠士郎でも筋肉質に見える。

 両手には砂鉄入りのフィンガーレス・グラブ、両足には鉄板入りの安全靴。両肘、膝にはエルボーパッドにニーパッド。

 完全武装の出で立ちを見れば、大抵の人間は面倒を恐れて逃げ出す。

 ヘカトンケイルの制服は犯罪者を威嚇し無用な戦闘を避けるようにデザインされているそうだが、一般市民までおびえさせて余計な面倒を背負い込ことがしばしばあった。


 待つことは苦痛ではない。

 空腹にも慣れた。

 しかし、市民の冷たい視線にさらされるのは耐え難い。


「そんな格好しているからよ」


 恥辱に打ちひしがれる誠士郎の心中を見透かすように、傍らの司が笑う。


「バカ正直に完全武装なんかしているから目立つのよ。第一、動きづらいでしょう? その格好」


 得意げに語る司の装いは、誠士郎と比べると随分と身軽に見えた。

 ジャケットとタイトスカートの上下に頭にはベレー帽――同じ制服だというのに、彼女が着るとまったく別物に見える。

 無骨な制服の上からでも彼女のスタイルの良さが見て取れた。


「あたしみたいに、最低限の装備に抑えておけば面倒がなくていいのよ」

「……って、お前、防弾ベストつけてないのか?」

「ええ、そうよ」


 しれっとした表情で司は答える。

 勤務時における防弾ベストの不着用は、明確な隊規違反である。


「防弾ベストなんて、いちいち着ている人なんていないわよ。重いし、動きづらいし。それにボディーラインが崩れて格好悪いじゃない」

「格好なんか気にしてもしょうがないだろ!? 見てくれよりも安全性の方が重要だろうが!」

「なによう。いつだって美しくありたい乙女心が、あんたには分らないの!?」

「わかんねぇよ! 何かあってからじゃ、手遅れなんだぞ!?」

「うっさいわねぇ! 大体、防弾ジャケットなんて意味ないじゃな……」


 言い争う二人を引き裂くように、


 グォオオオオオオオオオオオオオオオッンッ!!


 周囲に轟音が鳴り響いた。


「……何だ?」


 巨獣の雄叫びの様なエンジン音を鳴り響かせながら、一台の車がけやき坂通りを猛スピードで駆け抜けてきた。

 メタリックシルバーのアウディは通りの出口に差し掛かると急ブレーキを踏んだ。

 耳障りなブレーキ音と共に、タイヤから白煙が舞い上がる。絶妙なタイミングでカウンターをあてると、車体はアスファルトを滑ってゆく。


 呆然とする誠士郎たちの前で――アウディは華麗なドリフトを披露すると、タイヤ痕を置き去りにして環状三号線を麻布方面へ向けて消えていった。


「……何だ? いまの?」

「……さあ?」

 

 困惑する誠士郎と司の二人に、追い討ちをかけるように通信が入る。


『こちら宝生、ヒルズ・アリーナで目標と思しき一団を発見! 総数四。現在、けやき坂通りを下りながら追跡中!』


 インカムから轟く甲高い声に、司は素早く反応した。


「こちら三沢、現在けやき坂出口で待機中! そのままこっちに追い込んで。挟み撃ちにできるわ!」

『了解!』


 短いやり取りを終え、インカムのスイッチを切る。


「ヒルズ・アリーナからここまで、三分とかからないわ。急いで準備して!」

「おう!」


 有無を言わせぬ司の口調に、誠士郎は待ちかねたとばかりに勢いよく立ち上がった。


「……ところで、宝生って誰だ?」


 両手に嵌めたフィンガーレス・グラブを手に馴染ませながら司に尋ねる。


「新宿から来た応援よ。最近入ったばかりの新人」


 深刻な人手不足に悩まされている港小隊は、近隣の部隊から応援を頼むことが頻繁にある。

 新宿本部は訓練中の見習い隊員に、経験を積ませるつもりで派遣してきたのだろう。

 ただですら忙しいのに新人の面倒まで見なければならないとは――舌打ちしながら身支度を整える誠士郎の手が止まる。


「……新人の名前なんて、どうして司が知っているんだ?」


 他所の部隊の、それも見習いの名前を港小隊の司が知っているのも妙な話だ。

 誠士郎に尋ねられると司は複雑な表情をして答える。


「訓練所じゃ有名人よ。何て言ったらいいか。とにかく目立つ子だから……」

「……?」


 歯切れの悪い返答に、ますます疑問が深まる。


「……まあ、見れば判るわよ」


 苦笑いを浮かべ、右手で指差す。

 怪訝な表情で、司の指差す方向を見あげる。

 緩やかなスロープを描くけやき坂通りを見やると街路樹の陰を縫うように、土煙を巻き上げ全力疾走で駆け下りてくる一団が見えた。


「……何だ?」


 通行人を掻き分けこちらに向かって走ってくる一団は総勢三名。

 いずれも体格のいい若い男達で、ヒップホップ系のストーリーファッションに身を包んでいた。

 大きめのデニムパンツはいかにも走りにくそうだ。必死の形相で疾走する様子は、何かに追いかけられているように見えた。


「待て待て待て待てーいっ!!」


 実際、彼らは追われていた。

 三人組の後方から怒声が聞こえる。

 ガラスを引っかくような耳障りな甲高い声。先ほどインカム越しに聞いた声だった。


 男達を追い回しているのは誠士郎たちと同じ漆黒の制服を着た少年であった。

 手足は育ちきっておらず、制服の袖がだぶついている。

まだあどけなさを残したその顔は、どこか楽しげであった。


 柔らかそうな短髪をたなびかせ、少女のような甲高い声で奇声を発し、木刀を振り回して長身の男達を追い回す小柄な少年の姿は――なんというか、よく目立つ。


「……あれが、宝生君よ」

「……成程」


 あきれたような司のつぶやきに。やはり、あきれたように誠士郎が応える。

 突如、最後尾を走っていた男が前のめりに倒れた。

宝生に後ろから木刀でこづかれたのだ。坂道をもんどりうって転がってゆく。


「うわあああああぁっ!!」


 悲鳴を上げて転がる仲間を見捨てて、残りの二人は足を止めることなく全力疾走を続ける。


「どけぇぇぇっ!!」


 けやき坂通りの出口に待ち構えていた誠士郎たちにそのまま突進してくる。丁度良い具合に、二対二の体制になった。


 両手を大きく広げ襲い掛かってくる男の懐に、司は素早くもぐり込む。

 男の右腕をつかむと、短い掛声とともにそのまま投げ飛ばした。


「ハッ!」


 突進力を利用した背負い投げは、猛烈なスピードできれいな弧を描く。

 男は受身を取ることもできず、背中からアスファルトに叩き付けられた。


 一方、誠士郎に襲い掛かった男は、顔面めがけて右ストレートを放った。

 大きく振りかぶった、それも走りながら放たれたパンチが当たるはずもなく、誠士郎は首をわずかにかしげて男の拳をかわす。


 同時に、男の右膝に向かってローキックを放った。

 足の裏で膝小僧を踏み抜くようなローキックを喰らって、バランスを失った男はその場で崩れ落ちた。

 誠士郎はさらに追い討ちをかけるように、前かがみに倒れた男の後頭部に拳を振り下ろした。


「ガッ!」


 男はアスファルトに顔面を打ち付けてくぐもった悲鳴を上げる。

 瞬く間に、二人の男達を叩きのめした誠士郎と司に向かって、宝生が歩み寄る。


「……あー、疲れたぁっ!」


 肩で息をしながらつぶやく宝生に、誠士郎が尋ねる。


「これで全員か?」


 アスファルトに横たわる男たちの数は三人。報告では四人だったはず。


「もう一人いたんだけど、逃げられちゃったよ。車で逃げられたらどうしようも……」

「この男が『ノブ』のようね」


 言い訳をする宝生の隣で横たわる男たちを検分していた司は、誠士郎の倒した男の右腕を持ち上げ二の腕に彫られた刺青を指差した。

 褐色の肌に鮮やかな真紅の薔薇が刻まれている。

 さらに男の脇に転がった、黒皮のポーチを空けてみる。


「……間違いないようね」


 一杯に詰まった青色の錠剤を見て、司は小さく口笛を鳴らす。

 どうやら主犯格の男だけは取り逃がさずにすんだようだ。


「任務完了~っ!」

 

 安心したのか、宝生はその場で座り込んでしまった。


「まだ仕事は残っているぞ」


 疲れきった様子の宝生を無視して、誠士郎は作業を始める。


「高崎さんたちが来るまでこいつらを拘束しておかなければならない。ぼけっとしていないで、野次馬がこないように見張っていろ」


 応援が来るまで現状の確保に努めなければならない。

 ポケットから取り出したプラスチック製の結束バンドで、失神した男達の両手親指をくくりつける。

 同様の手順で三人の男たちを拘束してゆくと、地べたに座り込んでいた宝生が唐突に叫んだ。


「テレビカメラだ!」

「……何だって!?」


 気がつくと、周囲にいつの間にか人だかりが出来ていた。

 宝生の言うとおり、どこからともなく現われた報道カメラマン達がこちらに向けてカメラを構えている。

 レポーターも何人か来ているらしく、実況中継の声が聞こえる。

 さらに、テレビクルーを見つけた野次馬達が続々と集まってきた。

 騒ぎの中心で誠士郎は呆然とした声で呟く。


「……何でマスコミが?」


 いくらなんでも来るのが早すぎる。

 男達を逮捕したのはつい先ほどのことだ、カメラを用意して現場に駆けつけるまで時間がかかるはず。

 と、その時。誠士郎は自分達の居る場所を改めて思い出し、頭を抱える。


 忘れるはずが無かった、六本木ヒルズ周辺の地図は頭に叩き込んである。

 くれぐれも穏便に、と高崎に釘を刺されていたのにもかかわらず、よりにもよってこの場所で騒ぎを起こすなんて……。


 誠士郎は自分の迂闊さを呪った。

 けやき坂通りの南、環状三号線と合流するその場所にあるその施設は、


――テレビ局だった。


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