狐の使いとウサギの女
大人しく耳の下で結ばれた髪。ソバカスやアバタの目立つ頬。
見たことのない制服を着た少女。
縦じまの入った紺のスカートに飾り気のない銀ボタンのブレザー。
ボタンが取れるほどに詰め込まれたブラウンのリュックサック。
この田舎町で一人きり浮いている彼女。
俺は元はこの田舎町の住人ではない。
シングルマザーであった母が亡くなった時に、この町にいる母の弟が俺を引き取ってくれたのだ。
叔父夫婦は俺を本当の子のように接してくれたが、母を亡くした悲しみは強く、
家を抜け出しては神社に行ってただ座っていることが多かった。
神社に特別な存在がいることは、ここに来たばかりの時は知らなかった。
ただ狐の親子が住んでいて見かけてはよく話しかけていた。
そのうちに俺の頭が変になったのかなんなのか。
狐の声が聞こえるようになったのだ。
「お前、人にしちゃあ。イイヤツだと思うわよ」
顔に傷のある母狐がそういった。
「だからあなたに頼みがあるの」
ほっそりとした小さな子狐がそういった。
頼みとは狐の中のキツネの神、オキツネさんの為に、
人助けをしろというものだった。
その内容は実にバラバラで、しかしそのおかげか日々に明るみが戻っていった。
高校生になった今だってそれは続いているわけで。
神社のオキツネさんに人助けを頼まれている俺は、
どうしたのかと彼女に尋ねた。
「私、今逃げているの」
リュックからそれはそれは大事そうにうさぎのぬいぐるみを取り出して、
彼女は呟いた。
「何から」
「大事な人からよ」
スカートのプリーツは小さな居り目と大きな居り目で
もようを作っているようで彼女はしきりにそれを気にしている。
「逃げなくてもいいじゃないか」
俺のその呟きに彼女は悲しそうな顔をする。
ウサギを俺にそっと渡して、
ゆっくりと言い聞かせてくれた。
「カワイイでしょう。それ、私に似てるってその人がくれたのよ。
全然似てないのに変な人、でも大好きよ」
くりくりとしたガラスの目玉の愛らしいウサギと、
今にも忘れてしまいそうな荒れた頬の彼女は
全く似てはいなかったので俺は素直に頷く。
オキツネさんは後ろでにっこりと笑った。
上等なお客様だと。