密室の故意
血なまぐさい残酷な表現が存在します。
薄いゴム手袋付きの手が、無精ひげの生えた顎に添えられた。
「足りない」
「何が?」
細められた視線の先には無残な死体。
「ゴロクがない」
「へっ?」
狭い部屋の四方の壁には赤い飛沫が飛んでいた。
鼻に付くのは血生臭い吐き気を及ぼすほどの死臭。
七割方の体液や肉片が飛び散った痕の上を、靴をビニールで覆っているとはいえ無造作に踏み散らかしながら死体に近づく。
あまり形をとどめていないひしゃけた腹部の傍らにしゃがみ込み、男は腹の辺りを指差す。
「へ・・・」
恐る恐るその後をついてきた少年はさらに顔色を失いながら、小さく声を上げた。
そして、視線が辺りに彷徨う。
「・・・なんで」
「さあ?」
軽く返すと、男の指が躊躇いなく遺体の内部に潜り込んだ。
ぐしゅりと腐った林檎を握りつぶしたような、なんともいえない音が響き固まりきっていなかった血がどろりと溢れ出した。
「…もっと詳しく調べれば他にもないものが見つかるかもしれないな」
そう言って、無造作に調べていた手を引き抜き、ゲル上の血がこびり付いた手を払った。
「ところで、先輩」
少年は遺体が視界に入らないように辺りに彷徨わせ、時折恐怖と好奇心に負けてはちらりと白い骨が見えた肉塊を瞳に映した。
「?」
先輩と呼ばれた男は、平然と辺りを物色しどこから取り出したのか、ピンセットで何かを摘んでまじまじと観察している。
「ゴロクって、なんですか?」
カシャンと金属音が冷たいコンクリートの床を響かせた。
見れば男の手からピンセットが落ち、黒い目を遺体を見ていたよりも真剣に見開いて背後の少年を振り返った。
「・・・・ボク、何か変なこといいました?」
唖然とした男に少年は訳がわからないと不思議そうに小首を傾げるが、男は乾いた唇を震わせて紡ごうとした怒声を呑み込んだ。
「五臓六腑。もう一度基礎からやり直して来い」
「えー嫌ですよ。だいたい、ボクにはあんなところあまり意味ないですしぃ~」
えっへんと偉そうに胸をそらす。
無駄に知能の高いらしい少年は、それでも好奇心に勝てなかったらしく遺体の前にしゃがみ込んだ。
キラキラと瞳を輝かせて無残な肉塊となった遺体を魅入る少年にため息をついて、観察を中止した男はその襟首を掴み引き摺り上げた。
「何するんですか!邪魔しないで下さいよ。ボクの崇高な芸術鑑賞を」
五体はのこぎりのようなモノで切断され、無理やり開かれた胸郭から覗く肋骨は一昔前のエイリアンか何かの牙のように皮膚を突き破り、大きく口を開いていた。
先端は綺麗に研磨されて一本一本丁寧に鋭角に削られている。
そのアギトのように造形され左右の肋骨との間に、粉砕されおそらくもとは手足であった肉片が詰め込まれている。
そんなグロテスクな死体を前に、芸術だと言い張る少年は興奮を隠せないようだった。
「・・・まずは一般常識を覚えろ」
慣れているらしい、男は呆れて再びため息をつく。
深々なそれに、正気に返った少年は罰が悪そうに視線をそらす。
どうやら少年が抱いていた恐怖は、遺体に対してのモノではなく、単に我を忘れてしまう自分へのもののようだった。
未必の故意の間違いではなくて、あえて使用しております。