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『―白石くんシリーズスピンオフ― 矢納正の思考実験 チャネリング前日譚』  作者: Dicek


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第6章 迷路の中の〈探るもの〉

皇學館大学の一画に、外部者は入れない宗教文化研究センターがある。

そこで行われていたのは、科学でも宗教でも説明できない“意識の観測実験”。

若き研究者・矢納正は、ひとりの少女に未来の可能性を託すことになる。

(1) 2026年4月1日(水)大阪府羽曳野市


 「ママ、パパ、行ってきます」


 日向・D・結が元気よく玄関を出ていく。

 結が中学に進学するタイミングで、日向家は和歌山県のかつらぎ町から、ここ羽曳野はびきの市に引っ越してきていた。宮内庁書陵部の女官である母親の美沙が、古市陵墓監区事務所に異動になったためだ。

 監区事務所から2キロほどの場所のマンションの6階で生活を始めて2年目の春である。結は羽曳野第一中学校の2年生に進級した。


 エレベータホールへ走っていく結を見送っていた美沙は、エレベータの扉が閉まるのを見てから玄関へ戻った。


「結は行ったかい、美沙。テーブルにカフェラテができているよ」


 夫のジョナサン・D・エヴァレットが美沙に声をかけた。


「ええ、行ったわよ元気よく」


「もうすっかり新しい土地に慣れたみたいだね」


「そうね、毎日楽しそう。今日のクラス替えの発表をとても楽しみにしていて、いつもより15分早く行っちゃった、ふふ」


 美沙はテーブルの席につき、カフェラテの入ったマグカップを手にした。


「おいしい。ありがとう、ジョー」


「僕は今日も出かけないでいいんだ。上がゴタゴタしててね」


 彼の手にはスマホがあり、英文のニュースサイトの画面が映っている。


 ジョナサンの務めているのは、大阪アメリカ総領事館の中にあるUSAID(アメリカ国際開発庁)の出張所だ。アメリカの大統領が新しくなり、その政策でUSAIDが解体されるとの噂がまことしやかに流れている。彼にしてみると失業の危機であり、心がなんとも落ち着かない。それを紛らわすために家事全般、料理なども引き受けている。


「ありがとうね、ジョー。じゃ今日も車を使わせてもらうね」


「ああ、いいよ。君も仕事の環境がすっかり変わっちゃったけど、もう慣れたかい」


「ええ、すっかり。勤務場所も近いし、仕事も順調」


「そりゃいい。季節は春だし、今日もお互いがんばろう」


「そうね。このカフェラテ飲んだらもう行かなくちゃ。そういえばあちこちで桜が咲いていたわよ」


「ああ、日本の春は本当に素晴らしい。僕も買い出しの途中で桜を見たよ」


 美沙は古市陵墓監区事務所に異動になって以来、女官としての仕事に加えて新たな職務が増えていた。PEO(Project Execution Organization)、計画実行室員を兼務するように指示され、“神の啓示”に関する活動をしている。USAIDの職員である夫に、それを言うことはできないことがストレスになっていて、娘の結を巻き込みかねないその状況の中で、板挟みになりかけている。


(うまく立ちまわらなければ……)


 美沙は苦悩を顔に出さぬように、席を立って玄関へ向かった。


「じゃぁ、行ってくるわね、ジョー」


 ジョナサンが玄関まで付いてきて、美沙の頬と唇にキスをした。


「行ってらっしゃい、美沙」


「行ってきます」


 美沙が玄関のドアを開けると、春の生暖かい風が吹き込んできた。




(2) 2026年4月1日(水)宮内庁京都事務所


 最上源泉もがみげんせんは朝から侍従の誰とも口を聞かず、執務室の机で考え込んでいた。机の上には書類と古書が山になっている。時刻は10時半になっていた。


 最上は2000年近くに及ぶ皇統の来し方と行く末を思い描いていた。この国に渡来して以来、邪馬台国の吸収、縄文人との拮抗、蒙古来襲、武士の台頭、明治維新、世界大戦の敗戦、戦後の復興……。細かい事態は省いても、これだけのことを選択肢を誤らずに皇統は途絶せずに存続し続けてきた。

 最上家は皇統発祥以来の宮家であり、始祖は神武天皇の末弟にあたる。影となり皇統を支えてきた一族である。

 昭和天皇が戦後、戦勝国から要求されていた死刑を免れて、血筋を繋ぐことに成功して以来、皇統が選択を迫られるような重大な事案はなかった。このまま自分の代は終わると思っていた。しかし、ここに来て「2206年の環境大変化」という重要案件が浮上してきた。情報の出どころはアメリカである。

 2206年に人類の存亡に関わる環境変化が起こるというのだ。大氷河期の到来か、ポールシフトか、地球温暖化の限界か、最終戦争か……。


(おそらくは、〈万物の正体〉とのチャネリングで得た預言であろう)


 戦後GHQが日本統治のためにやってきた時に、マッカーサーが真っ先にしたことは、青森の「キリストの墓」の訪問と、仁徳天皇陵墓の発掘調査だった。

 アメリカは、日本の頂点である天皇の統治の秘密に気付いていた。神の神託により未来を知り、国家の継続を続けていく日本に畏れを抱いていた。

 マッカーサーは、神の啓示を受け取る場である仁徳天皇陵墓の石室を調査し、アメリカから帯同してきたチャネラーに〈万物の正体〉を紐づけたのだ。敗戦国である日本にそれを拒否する権限はなかった。しかし、その代わりに皇室は存続し続けることができた。


 アメリカはチャネリングの研究を続け、ついに遠く離れたアメリカ本土から、仁徳天皇陵の石室に封印された〈万物の正体〉との交信に成功したのだろう。


(その結果が、「2206年の環境大変化」ってわけだ……)


 しかしアメリカは〈探るもの〉の存在と、その必要性を知らない。または、知っていても重要視していない。

 神の啓示は、それを正確に理解して伝えてくれる “解釈者” がいてこそ意味を持つ。〈探るもの〉が統治者である王、すなわち〈知るもの〉に正しく伝えなければならない。

 かつては卑弥呼はそのどちらの能力も持っていた。卑弥呼は〈万物の正体〉と直接交信できる力を持ったチャネラーであり、また、その意味を正しく理解できる〈探るもの〉であり、さらにそれを国の統治に活かした〈知るもの〉でもあった。

 日本に渡来してきた皇統の祖先は、卑弥呼と交わりその遺伝子を引き継ぐことを得た。邪馬台国の消失後にヤマト王国を興した当初の皇族は、その力を受け継いでいたが、同族での交配を繰り返していくうちに、その能力は稀にしか現れなくなっていた。


(今の大王には〈探るもの〉がどうしても必要だ……)


 〈探るもの〉の候補として、宮内庁書陵部女官の娘である、日向・D・結が見つかったが、彼女には〈万物の正体〉と交信、つまりチャネリングする力がない。彼女とペアを組むチャネラーを見つけることが、最上の、つまりはPEOと宮内庁、皇統の急務なのだ。


(しかし、アメリカが掴んだ預言の「2206年の環境大変化」とは、一体何なんだ。2206年といえば、今から180年も後のことではないか。慌てることはないように思えるが、アメリカはすでに行動を起こしているし、対応を急いでいるように見えることが気にかかる……)


 何度考えても、日本に今できることは優秀なチャネラーを見つけ出すことだという結論になる。こちらでも神の啓示を受け、「2206年の環境大変化」の真偽を確かめなければならない。そこまで考えが進んで、最上はようやく執務室から出ようと立ち上がった。

 すかさず最上の秘書を務める女官が、ドアを開いて頭を下げる。


「大阪まで出る。新幹線でも車でも、早い方を手配してくれ。わしは事務所のロビーにいることにしよう」


「かしこまりました」


 女官は一礼して、さっそく内ポケットからスマホを出した。最上がひとりでエレベータホールへ向かうと、どこからか黒スーツの男が二人、最上の後ろに従った。



 2026年4月1日(水)皇学館大学 神学文化研究室


「矢納くん、文科省から通達がきたぞ。今年度のプロジェクトについてだ」


 二宮が書類を手にしながら研究室に入ってきた。


「おはようございます、二宮さん。なんと言ってきたんですか」


 矢納は椅子から立ち上がって二宮を出迎えた。


「相変わらず、文科省とAOBを通して言ってきよる。今年度もプロジェクトを継続するとさ」


 二宮は通達書類をヒラヒラさせながら矢納に渡した。

 それを受け取った矢納は、自分の机に戻り注意深く書面を読んだ。


「被験者が日向・D・結の一人になっても、このまま実験を継続するということですが……。現状でもうこれ以上彼女に対して実験することはないと思われます」


 結ひとりに候補者を絞り実験を続けるようになって2年が経っている。実験の内容もチャネリング能力に関するものに変更して以降、試すべきことはすべてし尽くした感がある。そして結にチャネリング能力はないという結論も出ているのだ。


「おそらく上の方のやつらはな…」


 二宮は自分の机には行かず、応接用のソファに腰掛けながら答えた。


「日向・D・結を囲い込んだままにしたいのだろう。彼女をキープしながらチャネラーを探し出したいのだ、PEOは」


「キープと言っても、彼女をここに呼んで何をすればいいのでしょう」


「オカルト好き同士、おしゃべりでもしていたらどうだ」


 矢納は冗談ではないと思った。これ以上本来の研究を差し置いて、中学生のお守りなどしていられない。


「東大にも同様の通達があったのでしょうか」


 ソファで矢納の表情を観察していた二宮は、顔を横に振った。


「石川さんたちは、今年度からはプロジェクトから外れるようだ。きみ以上にやる役割がないからのう」


 矢納は二宮の言葉に驚いた。


(東京大学認知行動科学研究室がプロジェクトから外れただと)


「まぁ仕方がないだろう。思考実験はしないとなればな。東大は予算に困っているわけでもないだろうし」


(石川さんはどう思っているんだろう。本来の研究に戻れて喜んでいるかもしれないが……)


「差し当たって、5月の連休前後には一回目の実験をしなきゃならんだろうな。なにをするか考えておいてくれや」


 相変わらず矢納に丸投げするようなことを言って二宮は手帳を見始めた。


「今日は今年度最初の教授会議があるんでな、わしはそっちのことでバタバタしとるんじゃ、頼んだぞ矢納くん」


 「はい」と返事をしながら研究室の窓から、隣に建つ「宗教文化研究センター」を見た。

 思考実験のためにわざわざ新設されたのに、今や日向・D・結ひとりのためにしか使っておらず、多くの部屋が神学文化研究室の資料置き場と化している。


「今年度も国からの予算がこの大学に下りてくるからのう、教授会議の後の懇親会も年々豪華になってきてな。今夜はカニ料理の店らしい」


 使命として研究をするものもいれば、仕事としての研究を維持、経営するものも混在している大学という場。そこに身を置くものとして、矢納は複雑な思いの行き場がなく、窓の外を見つめ続けていた。





(2) 2026年5月10日(日)


 5月の連休の最終日、日向・D・結は近鉄南大阪線の電車の中にいた。皇学館大学で行われる[才能開発プロジェクト]に参加するためで、小旅行とも言える2時間半の道のりである。


(今日は何するのかな。また古墳の資料をいっぱい見せてくれるとうれしんだけどな)


 小学校5年生のときからこのプロジェクトに参加して、もう4年目になるが、2年前から参加者は結ひとりになってしまった。それからしばらくは、チャネリング実験といわれて、いろんな降霊術を試されたりしていたが、中1の後半からは古墳の研究について教えてもらうようになっていた。まるで日本考古学のゼミのようになってきたのだが、結にはそれが楽しかった。皇学館大学の神学文化研究室には多くの資料があり、この地域の古墳からの出土品の写真やレプリカなどを見せてもらえて、知りたがりの結にとっては2ヶ月に一度の楽しい勉強会のようなものだ。


 結の母親にその様子を伝えると「もうしばらくは通ってごらんなさい。お勉強にもなるし」と言って、意外にもこのプロジェクトの参加の継続を勧めてくるので、結ひとりだけになってしまった後も皇学館大学に出入りしている。それに今回からまたチャネリング実験を再開すると、矢納助教から言われていた。


(チャネリングの実験はあまり好きじゃないし、わたしもあまり役に立ってないみたいだけど、ひとりで電車に乗って遠出するのは、すごく好き。駅を降りてから、バスに乗らないで、大学まで散歩みたいに歩くのも好き)


 皇学館大学は、東に小高い山室山があり、大学周辺も緑が多いので結のお気に入りの場所になっていた。


(早く電車を降りて歩きたいなぁ)


 膝に置いたリュックサックに入ったお弁当の感触を確かめながら、結は車窓からの景色を楽しんでいた。



「こんにちはー、来ました。日向でーす」


 神学文化研究室の入口からの元気な声に、論文の資料を整理していた矢納は顔を上げて声の主を見た。


「やぁ、結さん。遠いところをご苦労だったね」


「ちょっと早く着いちゃったみたいです」


「なに、問題ない、元気そうで良かった」


「矢納さんはお疲れみたいですね、髪ボサボサだし、隈もできてますよ、ふふふ」


 気さくに話しかける結に、曖昧に笑いながら矢納は応接用のソファへ向かう。


「まぁ、こっちに来て座っていてください」


「おじゃましまーす」


 入口で立ったままだった結が研究室の中に入ってきて、ソファに腰掛けた。矢納は給湯室の冷蔵庫から麦茶を出してきて結の前に置き、自分も向かいのソファに座った。


「昨日から泊まり込みでね、むさ苦しいのは許してほしい」


「大変なんですね、大学の研究って」


「まぁね、好きでやってることだからね。どうってことはない」


 出された麦茶を早速美味しそうに飲む結を見ながら、


「そんなことより、きょうは何をしようか」


「えっ、どういうことですか。チャネリングの練習しないんですか?」


「ああ、もうしないことにした。誰にでもできることではないことがわかったからね」


「ごめんなさい、私に才能がなかったということですよね」


「いや、気にすることはない。もともとそんな才能がある人間なんてめったにいないんだから。むしろ、君に申し訳ないことをしてしまったと思っているんだ」


「いえいえ、全然。とても楽しかったですよチャネリング実験」


「そう言ってもらえると多少気持ちが楽になるが……。ともあれ、[才能開発プロジェクト]は今年度も続くことになったんだが、今後君と何をするか決められないまま今日になってしまったんだ。お詫びに何でも君の好きなことをしよう、大学の見学でもするかい?」


 結は矢納の言葉に戸惑っていたが、「それなら……」と言い出した。


「それなら、古墳研究の資料をまた見てみたいです。去年引っ越したところが前方後円墳がいっぱいある地域なんです。だからちょっと興味があって」


「ほう、前方後円墳ね。それじゃ僕たちの仲間の資格が十分だな。前方後円墳の研究はこの研究室の専門分野だ。いいよ、本当は企業秘密みたいなもので内緒なんだが、まだ君に見せていない前方後円墳から出土した埴輪なんかがあるんだ、数はとても少ないんだけどね。あまり知られていないものなので、君の好奇心も満足すると思う」


「わぁ、本当ですか。見たいです見たいです」


「よし、じゃぁ今日の予定は決まりだな。準備をするから少しだけここで待っていてくれ」


「はいっ」


 結は元気よく答えて、残りの麦茶を飲み干した。



「お母さんが、宮内庁で働いていて、去年から大阪の羽曳野にある前方後円墳の管理事務所みたいなところで働いてるんです」


 研究室の隣の「宗教文化研究センター」に向かう途中に、結が矢納に話しかけた。


「ああ、知っているよ、資料にあった」


「それでね、日曜日とかにお母さんの職場に遊びに行くと、前方後円墳の敷地を少しだけ見せてくれるんです」


「ほう」


 関西に多くある前方後円墳は宮内庁が管理していて、天皇陵墓に関しては発掘や調査はおろか、敷地に入ることも許されていない。しかし、多くの前方後円墳は民間の施設や住宅と隣接しており、監視は厳しくないのが実情ではある。それにしても日向・D・結の言う応神天皇陵は全国で2番目に大きなものだし、隣には応神天皇を主祭神として祀る誉田八幡宮もある。年に一度の“お渡り”の行事以外には陵墓内には立ち入れないほど厳しく管理されているはずだ。


「もう少しして夏休みになったら、敷地の中を散歩させてあげるってお母さんは言っていて、すごく楽しみなんです」


「ふむ……」


 結はチャネリング能力はないものの、〈探るもの〉の候補として、宮内庁にほぼ認定されているようなものだ。その〈探るもの〉を前方後円墳の敷地内に入れ、例の石室に近づける……。矢納はそこに宮内庁の、いやPEOの何らかの作為を感じたが、その意図まではわからなかった。


「それはいい体験になりそうだな。でも、結局はお墓なんだ、亡霊なんかが出てくるかも知れんぞ、ははは」


「やだー、おばけには会いたくないけど、昼間だから大丈夫ですよ」


「肝試しも、真っ昼間じゃ怖くもなんともないものな」


 やがて「宗教文化研究センター」の入口に着き、矢納が鍵を取り出して玄関の扉を開け放った。


「さぁ、入って」


 矢納が管理室に入って照明のスイッチを入れると、薄暗かった玄関ホールと廊下が明るくなった。


「廊下の一番奥の部屋が資料置き場になってるんだ、そこへ行こう」


「ここ、普段は誰もいないんですか」


「あぁ、君たちの実験のために建てられたものだからね。今や結さん専用の建物だ。うちの研究室も、内緒でかさばる資料なんかの物置として使わせてもらってるんだ」


 矢納は突き当りの部屋のドアを鍵で開けた。照明のスイッチを入れると15畳ほどの部屋が見渡せた。

 真ん中に置かれた大きなテーブルには、前方後円墳の立体模型と、それとは違う形をした古墳の立体模型がいくつか置かれている。壁際にはスチールラックがびっちりと据えられていて、分厚いファイルがズラッと並べられている。出土品の写真やレプリカの埴輪もいくつか置かれている。


「すこし、不気味な雰囲気ですね」


「墓の研究をしてるんでね、どうしても辛気臭い資料が多くなる」


「いろんな形の古墳があるんですね」


「ああ、前方後円墳が造られるようになる前は、前方後方墳という前も後ろも四角い古墳が造られていた。また、前方後円墳が造られなくなった後には、丸い部分だけ切り離したような円墳、四角い部分だけを切り離したような方墳などが造られた。もともとは方形周溝墓という、四角く溝を掘っただけのものが原型になのではないかと言われている」


「へぇ、そうなんですか、面白い」


「まぁ、この鍵穴の形の前方後円墳が有名だよな」


「そうですね、教科書にも載ってます。でもわたしは鍵穴というよりは、オリオン座に似てるなって思ってました」


「!」


 矢納はドキッとして結の顔を見た。


「オリオン座……。確かに」


 前方後円墳の形は、牛車の形を模したものであるとか、ユダヤ教の神器のひとつ“マナの壺”であるとか諸説ある。英語表記でも“Keyhole shaped tomb”となっていて“鍵穴”というのが一般的ではある。矢納も単に円形の墳墓と方形の祭祀場を結合してデザインした結果として、あの形になったと考えていた。数も多く、大小も様々な前方後円墳群は、その配置や分布もまちまちで、おそらくこの古墳時代初期は天文学の蓄積も、風水の考えの伝来もまだだったのだろうと思いこんでいた。しかし、ひとつひとつがオリオン座を象ったものだという、結の推測は大いにあり得るものだと矢納は感じた。


「さすがに、[知覚推理]の天才は発想が違う。個々にある資料を全部結さんに見てもらったら、前方後円墳の謎が解けるかもしれないな」


 矢納は半分本気でそう言った。


「やだ、そんなことないですよ。でも、資料は見てみたいです」


「どうぞ自由に引っ掻き回してくれ」


 矢納は自分の今までしてきた、前方後円墳と古代日本史の研究の転機になるかもしれないという予感があった。


(日向・D・結……。〈探るもの〉、天の啓示を正しく読み解くもの、袋小路の迷路の出口を見つけるものか……)


 棚に並べてある、出土品の埴輪のレプリカを手にとって目を輝かせている結を、矢納は見つめ続けていた。これからきっと何かが動く、そんな確信めいたもので頭が満たされていく。

 一つだけの窓から、五月の日差しがスポットライトのように結を照らしていた。



おわり


(『中2の夏に、白石くんが神様になった』へ続きます)

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。

『白石くん』シリーズではあまり触れることができなかった、都市伝説やオカルト要素を入れ込むことができました。

矢納正の生い立ちや、皇学館大学 神学文化研究室の環境や、考古学者としての姿勢を知っていただき、

改めて本編を読んでいただけたらとても嬉しいです。

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