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『―白石くんシリーズスピンオフ― 矢納正の思考実験 チャネリング前日譚』  作者: Dicek


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第2章 〈知りたがるもの〉を知るもの

皇學館大学の一画に、外部者は入れない宗教文化研究センターがある。

そこで行われていたのは、科学でも宗教でも説明できない“意識の観測実験”。

若き研究者・矢納正は、ひとりの少女に未来の可能性を託すことになる。

(1)


 矢納正は第一回の思考実験を終え、東京大学認知行動科学研究室の4人を送り出した後、自分の研究室に戻った。彼らは市内のホテルに一泊して明日帰るという。

 ささやかな応接スペースのソファにドサッと座り込んだ。


(僕が前方後円墳の事を考えない日がくるとはな……)


 矢納は千葉県富津市で生まれ育った。千葉県は意外にも前方後円墳の数が全国一である。特に富津市は[内裏塚古墳][九条塚古墳][稲荷山古墳]などが集中しており、子ども時代から矢納は前方後円墳が身近な存在であった。自然と考古学や古代日本の謎について興味を持ち、ついには皇学館大学へと進路を決めたのである。


(古代日本の謎や皇統にまつわる伝説、そして前方後円墳を深く研究したくてこの大学に来たんだ。なのに、なんでこんな天才ちびっこを見つける仕事なんてしなきゃならないのか……)


 中学生のころから、自転車で古墳を巡り、郷土資料館や図書館で資料を読み漁っていた。地元の千葉県内にも前方後円墳の研究者のいる大学はいくつかあったが、矢納が皇学館大学を選んだのは、千葉の前方後円墳には天皇陵墓がないことが理由だった。卑弥呼の死後、古代日本史上最大の謎といわれる「空白の150年」を経て、立ち上がった飛鳥朝廷が、奈良から東北への進出をする際に足がかりにしたのが現在の千葉県であり、この土地の有力な豪族との関係強化のために、大王と同じ前方後円墳の建設を許可したのである。

 矢納は本来の天皇陵墓である前方後円墳を研究したかった。その第一人者である研究者、二宮透教授がいるのが皇学館大学だったのだ。


 しかし、大学の研究室などというところは、国からの補助金も僅かなものだし、製品化に直結するような研究でないと企業のバックアップなど望むべくもないのが現実だ。それがこのプロジェクトには国の予算を回してもらえるという。皇学館大学が一も二もなく協力するのは無理もない。文科省は、いや宮内庁は断れるわけがないことを承知で、皇学館大学へ半ば命令のようにオファーしてきたのだ。


(しかし、前方後円墳の研究に関係なくはないという話だったが、本当なんだろうか? 宮内庁は石室と、天才ちびっこ=〈探るもの〉が関係すると言っていた……)


 今日の実験で出題された画像の元ネタが、『最後の晩餐』だと10分で見抜いた少女の資料をもう一度見ておこうと思い、矢納は自分の机に向かいパソコンを操作した。


========================================================


 日向・ダニエル・結

 11歳 145cm 42kg

 

 和歌山県橋本市橋本小学校6年生


〈全国児童知能検査〉獲得点数 135/135

          順位 1位


 父親 ジョナサン・D・エヴァレット アメリカ大使館勤務

 母親 日向美沙 宮内庁書陵部女官勤務

 兄弟 なし


========================================================


(宮内庁書陵部女官勤務……、このプロジェクトの内輪の人間ってことじゃないのか? そして、父親がアメリカ大使館勤務……)


 今眺めている書類のウインドウの裏で、なにかのアラートが点滅している。見てみるとメール着信の通知だ。そしてそれは宮内庁からのメールだった。

 このメールは宮内庁専用サーバにメッセージが届いたことを知らせるだけのもので、こちらが改めて専用サーバにログインし、メッセージを読むという段取りになっている。こちらのメールソフトには肝心の内容は何も残らない。


========================================================


 本日の実験の映像データと、面接の音声データを受け取った旨、ご連絡差し上げます。

 この実験は、これ以降2ヶ月に一度連続して行い、9月に3回目の実験が終わった段階で、途中経過と、総括と考察のための会合を持ち、被験者の選別を行います。ご承知おきください。


========================================================


 専用サーバにあるメッセージ本文はこんなものだった。

 矢納はその画面をスマホのカメラで撮影して保存した。これが宮内庁からの書類に書かれている手順なのだ。


(まったく、スパイごっこをしているような……)


 おそらくこの差出人が以前に言われていた[PEO]という非公開部署なのだろう。勿体つけたやり方に馴染めない矢納は、いつまでも画面を睨み続けていた。




(2)


 近鉄山田線 宇治山田駅前にあるビジネスホテルの一室で、石川信一はベッドに腰掛けて考えに耽っていた。


(あの子はおそらく「最後の晩餐」自体を知らないのだろう。しかし、「最後の晩餐」に描かれた人物たちの関係性を言い当てた。いや、関係性を演技していることを見抜いた)


 問題の仕掛けが浅すぎたのかもしれないと考えたが、11歳の子どもに対して行う実験としては適切だったとも思う。


(これ以上問題のレベルを上げれば、彼女以外の子たちは全員脱落してしまうだろう。実験の意義の殆どが無くなってしまう)


 しかし、次の実験までに同程度の問題をなんとか作り上げたとしても、あの子はなんなく解いてしまうだろう。そういう予感が石川にはあった。それほど今日の面接での印象は強烈だったのである。

 たとえば、「ヴォイニッチ手稿」という100年以上前に発見されて、いまだに解読のできない奇書がある。地球上のどの言語とも一致せず、何について書かれたものかがわからない、謎の本である。これを解読するには、言語学や、暗号解読の技術などが必要になってくるのだが、[知覚推理]というのは、こういった案件に力を発揮することがある。言語学の知識はなくともよい。原本の画像や多数の挿絵、発見された背景、実は、かのロジャー・ベーコンが著者なのではないかという都市伝説、そんな多角的な情報から全体像を推理するのだ。この本が何について書かれた本で、誰が書いたのかなどを高い確度で推理することができる事がある。


(そう、「最後の晩餐」を知らなくても、登場人物の関係性を言い当ててしまった彼女のように……。日向・D・結……か)


 石川は研究対象として、俄然彼女に興味が出てきた。

 今日の顔合わせでもらった皇学館大学の担当者の名刺をカバンから取り出した。


(矢納正、日本古代史助教……か。なにか知ってるのかもしれないな)


 ホテルの部屋の電話から外線にかけられることを確認してから、名刺にある携帯の番号にかけてみることした。向こうではホテル名が表示された着信になるはずで、こちらの携帯番号を知られることはないだろうと考えたのだ。矢納は石川たちの宿泊先のホテルを知っているだろうから、こんな時間の電話でも出てくれるだろうと踏んでいた。


“はい、矢納です”


 石川の予想通り、矢納はすぐに電話に出てくれた。


“あー、石川です。きょうの実験ではお世話になった”


“あっ、石川さん。きょうはお疲れ様でした。なにかやり残したご用でもありましたか?”


“いや、そうではないのだが、もう少し今日の実験のことについて、話をしておきたかったなと思ってね”


“……、と言いますと?”


“たいしたことはないんだが、今からどこかで会って話せないかねと思ってね”


“はぁ、そうですか。まだ、二宮教授にも報告ができていない状態でして、勝手に打ち合わせなんかすると……その”


“打ち合わせなんかじゃないですよ。ちょっとだけあなたとお話をしたいんだ。お茶って時間じゃないから、少し呑みながらどうですか”


“……。はい、では今からホテルのある駅前に向かいます。そのあたりでないと店なんかは無いですから”


“ありがとう、感謝する。では、30分後にホテルのエントランスにいることにするから、よろしく”


 受話器を置いて石川は立ち上がった。窓際まで歩いていって外の様子を見る。もう日は暮れてしまって、駅のある一体だけが商業施設や店舗の照明で明るくなっていた。


(日中は汗ばむほどだったが、夜は少し寒いかもしれん)


 確か、パーカーを持ってきていたはずだと、石川はキャリーバッグを漁り始めた。



 矢納が約束のホテルの前で、しわくちゃのグレーのパーカーを来た石川を見つけたのは夜の8時前だった。矢納は小走りで近づいていった。


「お待たせしてしまいましたか、どうも申しわけありません」


「いや、いい。どこか店を知ってるかい?」


「はい、ではよく行くバーがありますので、そちらにご案内しましょうか」


「まかせる。案内してくれ」


 駅近くの伊勢豊受稲荷神社裏に老舗の占い屋があり、その地下に[BAR-祈-]があった。矢納はそこへ石川を案内した。

 駅前だけが栄えている地域の一番端っこにその店はあった。すぐ裏は稲荷神社なので、この時間になると人通りも騒音もまばらな場所だった。


「なにやらマニアックな店だなぁ」


 同じビルの1階にある占い屋の店構えを見ながら、石川は呟いた。


「まぁ、小さいですが静かな店なんで、お話するにはいいかと」


 古びた木製のドアを押すと、申し訳程度に足元を照らす照明を頼りに、ゆっくりと店の中に進んでいった。

 店の奥にあるカウンターにマスターがいるが、そこには座らず、すぐ横のボックス席に腰を下ろした。

 

「いらっしゃいませ、矢納さん。きょうはお堅い服ですね」


 カウンターから出て、席まで来たマスターにそう言われた矢納は、実験の試験官のときの服装そのままのスーツ姿だった。

 ネクタイを緩めながら、「まぁな」と答え、「生ビールをふたつ、ジョッキじゃなくグラスでくれ」と注文する。


 生ビールはすぐに来た。矢納は「殻付きのクルミも頼む」とさらに注文した。


「さて、まずはお疲れ様でした」


 矢納と石川は、ビールのグラスを目の高さに掲げ一口目を飲むと


「ふーっ」


 と息を吐いた。


 他に客はいない、マスターもカウンターの中に戻っている。


「どんなお話なんでしょうか、石川さん」


「いや、そう改まったことでもないのだが……。最後に面接した女の子がいただろう、たしか日向とかいった」


「ええ、全国児童知能検査でも注目されていた子ですね。あの子がなにか」


「なんというか、興味がわいてきてね。彼女の詳しい情報を君なら持っているだろうと思ってね」


(そうか、東京大学認知行動科学研究室は、文科省からの指示しか受けていないのか。我々が宮内庁から聞いている事項は、契約の守秘義務の範疇に含まれるってわけだな。困ったぞこれは)


 矢納は次に答えるべき言葉を探して黙っていた。


「文科省から伝えられる指示はいかにも事務的だ。単なる外注としてわれわれが扱われているようで、癪に障ってもいる。このプロジェクトには大きな背景があるのだろうと思っているんだよ」


「……」


「実施されるのが皇学館大学というのも不思議だ。神学文化研究室というのも、日本古代史考古学助教の君が担当者というのもね」


 マスターがつまみの皿を運んできた。


「矢納さん、これ頼むってことは、次は日本酒かな」


 洒落たデザインのくるみ割り器もいっしょにテーブルに置きながら、マスターが次に飲む酒を聞いてきた。


「そうだな、大吟醸をロックグラスに入れてくれ」


 マスターは石川の顔を見た。あなたはどうしますかという意味だ。


「クルミか……」


 珍しそうに殻付きのクルミを眺めながら


「そうだな、じゃぁ白ワインをグラスでもらおうか」


 矢納が「ほうっ」とう顔で石川を見る。ナッツ香のする白ワインもクルミには合うだろうと感心したのだ。

 マスターが去った後、早速矢納がくるみ割り器を使って殻を割っていくのを、面白そうに石川が見ている。


「殻付きのクルミを出す店を初めて見たよ」


「そうですか。時間が潰れていいんですよ。何もすることがなくて酒を飲むようなもんですから、僕は」


 石川の分も殻を割ってあげながら、矢納はさっきの答えを考えていた。


(守秘義務に違反するのは、おそらく“宮内庁” と “神の啓示を受け取る=〈探るもの〉”というワードだろう。あの子の個人情報の一部を教えたところで、それ以上のことはなにもわかるまい)


「あの日向結って子ですが、彼女についてわれわれが知らされているのはこんなもんですよ」


 矢納は殻を割ったクルミを石川の方に近づけて、自分のスマホの写真フォルダの中の画像を表示させた。


=====================================

 日向・ダニエル・結

 11歳 145cm 42kg

 

和歌山県橋本市橋本小学校6年生


〈全国児童知能検査〉獲得点数 135/135

          順位 1位


 父親 ジョナサン・D・エヴァレット アメリカ大使館勤務

 母親 日向美沙 宮内庁書陵部女官勤務

 兄弟 なし

=====================================


「どれ……」


 石川は「コンタクトは外してきたんだ」といいながら、スマホごと手に取り目を近づけた。


「うーん、なるほどね……」


 マスターが注文した酒を運んできた。矢納はマスターの持ったトレイから2つのグラスを受け取った。その数秒の間に石川が写真フォルダの画面をスクロールさせて、他のいくつかの画像を見たことには気づかなかった。


「こりゃずいぶんと変わった組み合わせの両親だな」


 石川はごく自然な所作で画面を閉じながらスマホを矢納に返し、代わりにグラスのワインを受け取った。


「アメリカ人とのハーフとなると、また別の因子があるのかもしれんな」


「名前と勤務先がわかれば、ある程度のことまでは石川さんの方で調べが付くでしょう」


「そうだな。東京に戻ったら少し調べてみよう。最初の実験の考察を、文科省への報告書に書かなければならないからね」


「おまかせします。それよりもクルミはどうですか、割ったばかりだと湿り気があって美味いでしょう」


「ああ、白ワインの後味とうまく溶け合っている」


「日本酒もそうですよ。ヒノキの香りを付けた樽酒よりも、クルミの香りのほうがよく合うように思います」


 その後、石川は飲んでいた白ワインをデキャンタで頼み直し、矢納も大吟醸のロックを5杯飲み、ふたりは遅くまでそのバーで話し込んでいた。決して意気投合したわけでもないのだが、お互いの研究のことや論文の苦労話などで時間を過ごし、ふたりが店を出たのは0時過ぎだった。



 翌日の午前10時半、石川と東大研究室の面々は東京行きの新幹線に乗っていた。みな思い思いにスマホを見ている。

 石川は彼らを視界の隅に入れながら、夕べの矢納との会話を思い出していた。


(夕べ見た矢納のスマホの画像フォルダにあった写真……)


 矢納にスマホを渡されたとき、石川は画像フォルダにある他の写真も素早く盗み見ていた。見せられたのはモニタに映ったメッセージの写真だったが、その前後にはピントが合わなかったもの、画角がずれてしまったものなど数点の失敗写真があったのだ。

 そして、その中の一枚はパソコン画面全体が映っていた。よくある素っ気ないサーバの画面だったが、メッセージ画面の背景に透かしロゴが入っていた。


(あれは……十六葉八重表菊だった。皇室か? いや、皇室があんなサーバを運営してるわけはない。とすると、宮内庁か政府官邸……。皇学館大学の性格をを考えれば宮内庁だな)


 石川は一気にそこまで推理した。


(宮内庁と皇学館大学に関係があることは不思議ではない。矢納が “神学文化研究室” の研究員であり、助教であるという事を踏まえれば、今までも何らかのやり取りがあったのだろう。しかし、[児童才能開発プロジェクト]の被験者のデータを宮内庁が持っているということは……)


 かねてから、このプロジェクトの背景には文科省以外の何者かがいると感じていた石川は、それが宮内庁であることに思い当たったのだった。


(だとすると、目的は何なのだ……)


 下車する品川駅に到着するまで、石川は目を瞑って推理に耽っていた。




(3)


「矢納くん、どうだったかのう? 昨日の実験は」


 第一回の思考実験の翌日の昼過ぎ、研究室に現れた二宮教授は上機嫌で矢納に話しかけた。


「おはようごさいます、二宮さん。まぁ、つつがなく終わったというか、何事もありませんでした。実験結果の考察もまだ始まってませんし」


「ほうか。東大の連中はどうだった」


「はい、優秀そうなリーダーと、スタッフでした。心理学の学者とは初めて会いましたが、さすがに東大という印象ですね」


「ほうか、ほうか。なら、君に任せておいても大丈夫そうだな」


 二宮は自分の机にカバンを置くと、「次もよろしく頼むわ」と言いながらソファに腰掛けた。

 矢納は給湯室から二宮のためにコーヒーを運んできてテーブルに置いた。


「俺の方も、まずまずやったで。文科省から予算が下りたということで、主任教授が目を丸くしとったで、ははは」


 それはそうだろうと、矢納は思った。決して学力が低い訳では無いが、神道、宗教に特化した弱小大学である。大小の宗教関連からの寄付で成り立っているような運営状態の大学なのだ。そこへ、思考実験用の新棟まで建設できるような予算が、国から下りたのである。予算は研究室ではなく、大学に振り込まれる。そこから新棟建設を発注するのであるから、大学側にも旨味はあっただろうと思われる。


「焼きハマグリで飲む燗酒は最高やったで、学部長が猫なで声でお酌してきおるしな、はは」


 二宮が教授会の後の懇談会の様子を話す。


「われわれの本来の研究費に回してもいいのでしょうか」


「かまへん、かまへん。帳簿と決算書しだいでどうにでもなることだ」


「はぁ……」


「矢納くんはその〈探るもの〉探しをがんばってくれたらいいんや、頼んだで」


 二宮が思考実験の話題に戻したので、矢納はあの少女のことを話しておこうと思った。


「教授、その〈探るもの〉候補の子どもたちの中に、東大の石川さんも驚いていた少女がいました」


「ん? あのフルスコアの子か」


「そうです。日向結という子です。東大研究室側が作った設問を10分で見抜かれてしまいました。面接を終えて石川さんが大変興味を持っていたようです」


「ふーん、日向結か……。東大が驚いたちゅうても、果たして宮内庁のメガネに叶うもんものなのかね」


「〈探るもの〉がどのような人材なのか、僕にはまだよくわかりませんので」


 ソファの上で二宮は姿勢を起こして、矢納の顔を見上げた。


「あのな、矢納くん。世の中には都市伝説やら、終末予言やらが溢れておるじゃろ」


「はい」


「だが、どの予言も外れて人類はまだ生き残っとる」


「……」


「なんでだかわかるか、矢納くん」


「予言が嘘だったということでは」


「それもある。だがな、いくつか本物の予言もあった。その予言を正しく受け取れていなかったからだ」


 二宮は、矢納の持ってきたコーヒーを一口飲むと、さらに続けた。


「予言にある言葉は抽象的な単語が多いし、文脈も整っていないものが多い。〈探るもの〉に正しく翻訳してもらいたいってことだ」


「それが[知覚推理]に長けた〈探るもの〉ということですか」


「そうじゃ。君の好きそうな話じゃろ」


「そう……ですね」


 矢納は自分の机の椅子に移って考え込んだ。狭い研究室なのでこれでも会話は十分できる。

 

(確かに、子供のころの「ノストラダムスの大予言」、マヤ文明やネイティブインディアンやイヌイットに伝わる予言、最近の日本壊滅の予言なんかは、外れたと言えば外れたが、解釈違いである可能性もあるかもしれないな……)


 矢納は、自分の見聞きした都市伝説や心霊現象について思い出していた。そういったオカルト系の情報を夢中で聞いていた少年時代だった。

 矢納の父親は地元の千葉県で小さな出版社を経営している。都市伝説やスピリチュアル関係の本ばかりを出版している、異端児的な出版社だったが、少年時代の矢納はそれらの本を片っ端から読んでいた。

 中3の時に母親が亡くなったこともあるが、大学に進学したときから親子関係は希薄になっている。考古学の勉強に傾倒していた矢納と父親の間で、オカルト系の情報についての見解の相違があり、会話もなくなり疎遠になっていたのだ。

 今、矢納はそのころの父親の言葉を思い出していた。


「予言というものは、人の口を通じて伝えられ、それを書き記すものによって残され、さらにそれがいろんな言葉に翻訳され、多くのバイアスがかかっている」


 それをよいことに、いたずらに不安を煽る言葉で本を出版している父親と、矢納は距離を取るようになったわけだが


(今となっては、その予言の真意を探る仕事にかかわっちまっている……。なんてこった)


 矢納は考えを振り払うように頭を左右に振って、仕事に思考を戻した。


「それで、二宮教授は宮内庁、いやPEOへの報告書はどうするおつもりですか?」


「わしは実験も、その被験者の少女も見ていないからな。君が下書きを書いてくれ。俺が清書するからな」


「清書というと?」


「このプロジェクトができるだけ長く続くように誘導しないといかん。うまいもんが食えなくなるからな」


「……。そういうもんですか」


「そういうもんだ。そういった雑務はできるだけ早くすませて、本来の研究を進めるチャンスじゃぞ、予算が残っているうちにな」


「はい、承知しました」


 芸術の円熟や科学の発展、知識の研究などは金持ちのパトロンや、権力者の後ろ盾があってこそ実を結ぶものだ。常々二宮が言っていることを矢納は反芻した.


(またこれも教授の手柄になるんだろうな……)


 そう思いながら矢納は、パソコンのファイルを開き、報告書作りという不本意な仕事に取り掛かった。



(つづく)

最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。

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