子供なんて大っ嫌いだ!
「最近隣に家族連れが引っ越して来てさ。小学生くらいの子供が騒いでて超うるせえ」
高校の昼休み。
クラスメイトと弁当を食べていたら、なんとなく子供の話になった。
そういやこいつマンション暮らしだったっけ。隣人ガチャの外れは辛いだろうな。
「分かる。何で子供ってあんなにうるせぇんだろうな」
「高峰なら分かってくれると思ったぜ!」
「子供なんて煩いし我儘だし馬鹿だし汚いし迷惑だし人の話聞かないし口が悪いし害悪でしか無いよな。同意するぜ」
「俺はそこまで言ってねーよ!」
あれ、そうだっけ。
内なる闇が勝手に漏れてしまったか。
「高峰相変わらず子供が嫌いなんだな」
「お前だって少し前は子供だっただろ」
「子供に家族を殺されたわけでもないのに、良くそこまで嫌えるよな」
おかしいな。クラスメイトの言葉に共感しただけなのに、何故か俺が異端児扱いされてしまっているぞ。
「別に普通の事だろ」
「絶対に普通じゃない」
「お前が事件起こしたら、いつかやると思ってましたってインタビューに答えてやるよ」
「精神科に行った方が良いんじゃね?」
「あれぇ?」
そこまで言われる筋合いは無いと思うんだが、そんなに俺の考えは変だろうか。
「ちょっと高峰!」
「げ」
話をややこしくする厄介な女がやってきやがった。
「また子供の悪口言ってたでしょ!」
両手を腰にあてて激怒しながら俺を睨みつけているのは、クラスメイトの女子の甘露寺だ。小柄で普段は可愛らしい顔をしているのに、般若のような怒りの面をつけてしまっていた。
「悪口など言ってない。事実だ」
「何が事実よ!子供は宝!可愛くて私達が守って育ててあげなきゃならない存在でしょ!そんな風に嫌うだなんて人としてありえない!」
「はいはい。どうせ俺は人間失格ですよ。これで満足だろ。さっさとどっかいけよ」
「適当にあしらわないで話を聞きなさい!今日という今日は、絶対に考えを改めてもらうんだからね!」
「うぜぇ」
信じがたいことに甘露寺は子供のことが心底好きな様子で、子供を嫌う俺のことを認められずにこうして良く突っかかってくる。
「考え方なんて人それぞれなんだから放っておいてくれよ」
「ダメよ!このままだとあんた絶対に子供を傷つける!放置なんて出来るわけないじゃない!」
「なるほど確かに」
「そこは否定しなさいよ!」
女子は共感してあげたら喜ぶ存在じゃなかったのか。解せぬ。
「いつもそうやって私の事を馬鹿にして!」
「馬鹿になんてしてない。うざいから関わらないで欲しいだけだ」
「あんたが子供の素晴らしさを理解すれば二度と話しかけないわよ!」
「コドモサイコーチョウカワイー」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!」
こいつに目をつけられたら、昼休み中はずっと怒られること確定なんだよな。
一緒に飯を食ってたクラスメイトもいつの間にか避難しちゃったし、マンツーマンで絡まれ続けるのであれば少しくらいお遊びを入れないとメンタルが耐えられない。
「絶対に本気で改心させてやるんだからああああ!」
これが俺の今の日常。
子供嫌いが子供好きに定期的に怒られるだけの、味気ない日々。
それが変わる日が来るだなんて、この時の俺は全く想像していなかったな。
ーーーーーーーー
とある日の放課後。
お母さんから仕事で遅くなるから放課後児童クラブに弟の光琉を迎えに行って欲しいって連絡が来た。
今日は部活もないし、もちろん快諾したよ。
私はあの子供嫌いの馬鹿とは違って子供が大好きだから、むしろ自分から迎えに行きたいくらい。お母さんからは自分の時間も大事にしなさいって言われて止められてるのが残念でならない。
「光琉、今日は学校どうだった?」
「別に……」
あれ、今日はご機嫌斜めモードなのかな。
手は繋いでくれるけど、お話しをしたくない様子。
こういうところも可愛いよね。
ここで大事なのは何があったのかを無理に聞き出そうとしないこと。
かといって何も聞かないのも心配だし、内心では聞いて欲しいと思っているかもしれないのでスルーも厳禁。
私はあらゆる手を尽くして、光琉が元気になるように頑張ってみた。
「お姉ちゃん」
「何?」
「うるさい」
「うっ……」
ま、まぁこういう時もあるよね。
お母さんだったら上手くやれるんだけどな。
もっと子供との触れ合い方を勉強しなきゃ。
なんてことを考えながら住宅街を並んで歩いていたら、この状況で絶対に会いたくない奴に会ってしまった。
「げ」
「げ」
子供嫌いの天敵、高峰。
まずい。
非常にまずい。
弟に何をされるか分かったものではない。
何もしなかったとしても、敵意を向けられてしまえば弟は怖がってしまうだろう。
私は弟を自分の身体で隠すように前に出……
「お兄ちゃん!」
「光琉!?」
私が動くより早く、なんと光琉が私の手を離して高峰に駆け寄ってしまった。
どういうことなの!?
「どうして今日来なかったのさ!」
「うるさい」
「一緒に遊ぼうって約束したのに!」
「うるさい」
目の前の光景が信じられなかった。
高峰はいつものように顔を顰めて嫌そうな顔をしているのに、光琉は全く嫌そうな顔をしていない。
いやそれよりも、光琉が高峰のことを知ってるっぽいんだけどどうして!?
それに一緒に遊ぶ約束って何!?
子供嫌いな高峰が光琉と遊ぶ!?
わけがわからないよ!
「約束なんてしてない」
「そんなこと言いながらいつも来てくれるのに。もしかして大事な用事があった?」
「ねーよ」
「あ~その言い方、何かあったんだね。じゃあ明日こそは来てよね!」
「行かない」
「待ってるからね~」
「チッ、これだから子供は」
なんか逃げるように帰っちゃったんだけど。
「ひ、光琉? 今の人と知り合いなの?」
「うん、時々クラブに来て遊んでくれるんだ」
「え!?」
子供嫌いの高峰が、子供が集まる放課後児童クラブで、子供と遊ぶ?
いやいやありえないでしょ。
そもそもなんでクラブの大人達はあんな危険人物が近づくのを止めないのよ!
「クラブの人達はあの男の人について何か言ってる?」
「僕達と遊んでくれるし、勉強も見てくれるし、手伝ってくれるから助かるって前に言ってたよ」
「そ、そうなんだ」
それって本当にあの高峰なのだろうか。
その話だけを聞かされていたら間違いなく別人だと思うけれど、目の前であいつを見た上に光琉が懐いている様子なのを見てしまったから否定できない。
というか光琉が元気になったのが納得できないんだけど。
私じゃダメだったのにどうしてあいつが!
「で、でもお姉ちゃんはちょっと怖そうに見えるな。光琉が心配だよ」
「あはは。お兄ちゃん少し口が悪いからそう見えるだけだよ。本当はすっごい優しい人なんだよ」
「優しい……」
「うん! たとえば前にクラブで渡辺君と佐藤君がケンカしちゃった時なんか……」
光琉の口から語られたのは、子供好きの聖人かと思えるくらいのエピソードの数々だった。
そのいずれもが子供嫌いだったら絶対に出来ないことであり、学校での高峰のイメージと全くマッチせずに頭は混乱するばかり。
そして何よりも光琉が高峰のことを楽しそうに嬉しそうに話すのが悔しくてたまらない。
子供をこんなに笑顔にさせられるだなど才能でしかない。
それなのになんであいつは子供が嫌いだなんて言ってるのよ!
突然の展開にパニックしていた。
光琉の前で無ければ頭を抱えて苦悩してしまいそう。
そんな私の前に、逃げたはずの例の男がまた姿を現した。
ただし今回はばったりと会ったのではなく、進行方向にある角から走って曲がって来た。しかも遠目からでも分かるくらいに物凄い形相だった。
「甘露寺!逃げろ!」
逃げろって何から?
あんたから逃げろってこと?
すでにパニック状態だった私の頭は、全く回転してくれなかった。
せっかく高峰が危機を教えてくれたというのに。
そんな私の様子を見て、高峰は何故か笑顔を浮かべた。
学校では見たことのない慈愛に満ちた笑みで、不覚にも私の胸が少しだけ高鳴った。
だって子供を見守る優しい大人の笑顔だったから。
「光琉!ダッシュだ!ハイタッチしよう!」
「うん!」
「え、光琉!?」
再び光琉が私の手を離して高峰の方へと走り出した。
私も反射的になんとなく弟の背を追った。
「いえーい!」
「いえーい!」
高峰は光琉とハイタッチすると、そのまま脇をすり抜けるように走り、私の方へとやってくる。
「え?」
私はまた思わず呆けてしまうが、高峰の目的は私では無かったらしく、私の脇もすり抜けた。
「うおおおおおお!」
高峰の叫びに反応して後ろを振り返ると、高峰が通学鞄を体の前に出し、そこに包丁が突き刺さっていた。
「甘露寺!光琉を守れ!」
「!?」
あまりの光景に足が竦みそうになったけれど、大事な子供を守れとの言葉に今度は体が動いた。
「お姉ちゃん!お兄ちゃんが!」
「え!?」
後で思った。
私はまだ子供だったんだって。
本当はここで弟の言葉を無視して、強引にでも一緒にその場を離れるべきだった。
あるいはトラウマにならないようにと怖い場面を見せないように体で弟の盾となるべきだった。
でも私は弟と一緒に高峰の様子を見る判断をしてしまった。
「高峰!」
高峰の脇にはズタズタになったカバンが捨てられていた。
高峰の向こうには大きな包丁を持った中年男性。
目つきが怪しく、言葉にならない言葉を叫んでいる。
私達は通り魔に襲われるところだったんだ。
閑静な住宅街とはいえ、帰宅時間の今はそれなりに多くの人が歩いている。
こんなところで襲ってくるだなんて!
悲鳴があがり、警察を呼んでいるらしき人もいるから、男はいずれ捕まるとは思う。
でもそれまでに何人の人が犠牲になってしまうか。
「女子供を狙う卑怯者が!どうせ誰でも良かっただなんて言うつもりなんだろ。だったら俺を狙ってみやがれこのチキン野郎が!」
「▽★〇■×★▲!」
何煽ってるの!?
逃げなさいよ!
刃物を持った相手に敵うわけないでしょ!
「俺は絶対に負けない!誰一人として傷付けさせない!」
馬鹿だ!
絶対に馬鹿だ!
煽るどころか好戦的だなんて意味が分からない!
刃物を持った相手なんて、素人どころかプロだって警戒するって聞いたことあるのに!
「ほらほらどうした!そんなんじゃ当たらねーぜ!」
高峰は通り魔を煽りながら、人気が無い方へと逃げて行く。
そうか、注意を引いて人が少ない場所へと移動させるつもりなんだ。
「お、お姉ちゃん」
「大丈夫。大丈夫だよ」
視界から二人が消え、私は光琉を抱き締めた。
光琉を安心させてあげるためだったんだけど、私自身の恐怖を和らげるためでもあったのかもしれない。
現実離れした光景に思考が追いついていなかったけれど、今になって猛烈な恐怖が押し寄せて来た。
高峰が来てくれなければ、私達は後ろから包丁で刺されて死んでいたかもしれない。
怖い。
怖すぎる。
今になって涙があふれ、震えが止まらない。
光琉は私の震えに気付いたのか気付いていないのか。
ただ無言でしっかりと抱き締め返してくれた。
やがて激しいサイレンの音が聞こえ、私達は警察に保護された。
その時に通り魔が逮捕されたことと、高峰は無事だけど少し怪我をしたから病院に運ばれたという話を聞いた。
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後で聞いたことだけれど、高峰は私達と別れた後に、ぶつぶつと呟いて歩く不気味な男とすれ違ったらしい。嫌な予感を覚えた高峰はその男を監視して何かあれば警察に通報しようと思ったけれど、振り返った時には見失っていた。慌てて走って探したところ、男が私達の後ろで包丁を取り出そうとしたタイミングでやってきたらしい。
そのおかげで、私も光琉も傷一つなかった。
でもそれは肉体的な話であって、精神的に傷ついているだろうとのことで精神科に通うこととなった。
その結果、光琉よりも私の方がダメージを負っていると言われて、最初は信じられなかった。
だって通り魔が包丁を持って人を襲うなんて場面、幼い子供が見たらトラウマにならないわけがないのだから。
その疑問をお医者さんに聞いてみたら、とんでもない答えが帰って来た。
「恐らくですが、お二人を守った高校生の方のおかげでしょう」
「え?」
高峰のおかげってどういうことなのだろうか。
「どうもあの現場にいたお子さんにとって、彼の姿がヒーローのように見えたそうなんです」
「ひ、ヒーロー?」
反射的に光琉を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「あの時のお兄ちゃん、超格好良かったもん!ヒーローだよ!」
そう言われてみれば、悪人に向かって堂々と立ち振る舞い、皆を守ろうとしたその姿は確かにヒーローだ。
まさかあいつ、わざと好戦的なフリをした?
注意を引き付けるだけじゃなくて、子供達が心に傷を負わないようにヒーローらしく振舞った?
自分が死ぬかもしれないあの状況で、そんなことまで考えられるだなんて。
相当な子供好きってことじゃない!
今までのあいつの態度を考えると信じられない。
でも光琉の証言や放課後児童クラブのスタッフの人に改めて聞いたあいつの評判と照らし合わせるとそうとしか思えない。
口では嫌いだ嫌いだなんて言いながら、好きすぎるだなんて反則じゃない。
ツンデレかよ!
「お姉ちゃんどうしたの?」
「う、ううん。何でも無いの」
しまった。
顔を赤くしてしまったことを光琉に訝しがられてしまった。
ここのところずっと心が落ち着かない。
夜も全く眠れない。
それは通り魔に襲われそうになった恐怖だけじゃない。
そのことを思い出すと同時に、あいつの背中が脳裏に蘇ってくる。
『甘露寺!逃げろ!』
必死な形相で私達を案じてくれた。
光琉だけじゃなくて、私も守ろうと思ってくれていた。
『女子供を狙う卑怯者が!どうせ誰でも良かっただなんて言うつもりなんだろ。だったら俺を狙ってみやがれこのチキン野郎が!』
自分の命を懸けて必死の煽りで通り魔の注意を引き付け、私達を守ってくれた。
『俺は絶対に負けない!誰一人として傷付けさせない!』
堂々と力強く立ち向かう背中があまりにも頼もしく、胸の動悸が止まらない。
実は子供が大好きで、弱き者のために命を懸けて行動できる。
私のタイプでしかない男性。
率直に言って格好良すぎた。
高峰のくせに!
高峰のくせに!
毎晩ベッドの上で悶えちゃうのはあんたのせいよ!
覚悟しなさいよね。
こんなに大きな恩を受けて、しかもこんなに大事な気持ちを抱かせたんだから、たっぷりお礼をしてあげるんだから。
そして素直に子供が好きって言わせてやる!
つ、ついでに私の事も……




