21話 子供たちの歌
「女王陛下のお馬車が来た!」
私はグーラ帝国に向かいました。
王家の紋章を掲げて行く私の馬車の隊列は、近衛兵たちに守られています。
街道筋は、領主たちが面子にかけて警備を強化しています。
「近衛隊だ!」
「女王陛下が来たよ!」
行く先々の街や村で、煌びやかな王家の馬車の隊列を、人々は物珍し気に見物していました。
田舎に行くほど、こういった隊列は珍しいようで、目を輝かせた子供たちが走りながら後をついてくることもしばしばありました。
警備兵たちにやんわりと追い払われていましたが。
この道は、かつてレミュエルと一緒にハイゼルバーグへ行ったときに通った道です。
あのときあの村で、豆を剥いていた子供は、もう大人になっているでしょうか。
私が女王になったくらいですもの。
きっと……。
――あれが全部、麦なの?!
――そうだよ。麦畑だもん。
あのときと変わらぬ麦畑が広がっています。
私の隣で、拙い解説をしてくれるレミュエルはいなくても。
風景は次々と流れて行きます。
エステリア王国の頂上に立ち、並ぶ者がいなくなった私の窓の外を。
◆
ハイゼルバーグで、今回の旅行の随行者ベルテ子爵と合流しました。
「レミュエル様はいつも前衛で、先頭に立っておられました。自分にできることは命をかけることくらいだからとおっしゃり……」
老齢のベルテ子爵は、かつてレミュエルが指揮した援軍の副将でした。
「護衛たちは必死でレミュエル様をお守りしておりました。傷一つつけてなるものかと」
「レミュエルが皆に迷惑をかけてしまいましたね……」
「とんでもありません。大変な名誉でした。勇敢な主に仕えることができて、皆、誇りに思っておりました」
やはり。
作戦を立てたり実際に指揮したりしていたのはベルテ子爵を始めとする参謀や将校たち、そして強かったのはレミュエルの護衛たちだったようです。
レミュエルは素直でしたから。
信頼して任せていたのでしょうね。
「常に大将が自ら先頭に立ち、イルシャの脅威から家族を守るために戦うのだと、勇敢にも立ち向かう姿に皆が高揚しました。おかげで軍の士気はいつも高く、十二分な働きができました。あれも一つの才能だったのだと思います。レミュエル様は旗印として見事なお振舞いをなさった」
◆
「女王陛下、ようこそグーラ帝国へ」
私がグーラ帝国を去ってから、一年が経過していました。
私が今回グーラ帝国を訪問した名目は、東部ティリスの地での慰霊です。
グーラ帝国側は、私の申し出を快諾してくれました。
ティリスに赴く私に、グーラ帝国側からは第一皇妃と軍部の有志が同行し、共に慰霊を行うことになりました。
「陛下、お懐かしゅうございます」
「第一皇妃様、私的な場では『陛下』の敬称は不用ですわ。どうか今まで通りコーデリアと呼んでください」
「では私のことも、どうかアレシアとお呼びくださいませ」
「感謝します。……アレシア様の口から『陛下』という言葉を聞くと、何だか嫌なものを思い出してしまいますので……」
「お気持ちお察しいたします。実は私もコーデリア様に『第一皇妃様』と呼ばれることに少し抵抗がありますの。あのお方のお顔が浮かんでしまって……」
「忌まわしい記憶ですわね」
「ええ、本当に」
ディアラス皇帝と再婚して第一皇妃となったアレシア様と、私は久しぶりに私的なおしゃべりをしました。
「こちらでも捜索は続けているのですが。良い報告ができなくて心苦しい限りです」
グーラ帝国ではレミュエルの捜索を続けてくれています。
それはレミュエルだけの捜索というわけではなく、東部の水害での行方不明者全般の捜索です。
◆
私はグーラ帝国東部のティリスの地を訪れました。
反乱軍との最後の戦が行われた地です。
レミュエルは、こんな遠くまで来ていたのですね……。
青い青い空の下。
緑の平原には、雄大なモシュネ川が横たわっています。
「……」
私に随行しているベルテ子爵は、物思いに耽るような茫洋とした眼差しで風景を眺めています。
緑に覆われた平原には……。
血のように赤い雛芥子の花が、たくさん、たくさん、咲いていました。
かつて戦場だったこの地の彼方此方に咲いている赤い花たちは、風に吹かれて、彷徨う霊魂のようにゆらゆらと揺れています。
このたくさんの花たちのどこかに、英雄レミュエル・ハイゼルバーグの血を吸って咲いた花もあるのでしょうか。
あのとき私が手を放してしまったから……。
レミュエルは似合わない英雄なんかになって。
そして花になってしまった。
いいえ、違う。
レミュエルが花になったら。
きっと、白か薄青の花。
この赤い花たちはレミュエルではないわ。
そんな考えが浮かぶのは。
この蒼穹の下、レミュエルはどこかにいるはずだと信じていたい私が、私の心の片隅にひっそりと息づいているからでしょうか。
真っ赤な花たちは何も語らず、ただ風に吹かれゆらゆらと揺れています。
「神の御元にて、安らかならんことを……」
モシュネ川の畔で慰霊は行われました。
そこは綺麗に草が刈られて、祭壇が用意されていました。
私たちのためにティリスの領主たちが準備してくれたのでしょう。
聖職者は聖句を唱え、私たちは祭壇に花を捧げて祈りました。
慰霊に参列しているのは。
ティリスの教区の司教をはじめとする聖職者たち。
私と、私に随行したベルテ子爵。
グーラ帝国側からは、第一皇妃アレシア様、グーラ帝国軍の将校、そしてティリスの領主と、近隣の村の村長たち。
身分を持たない村長たちは緊張しているようでした。
私たちが慰霊祭を行っている様子を遠巻きにして、民たちが眺めていました。
王侯貴族や近衛兵が珍しいのでしょう。
大人も子供も珍しいものを見物するようにして私たちを見ていました。
◆
「エステリアの女王陛下とグーラの第一皇妃殿下にご訪問いただけるとは、真に名誉なことでございます」
私とアレシア様は、ティリスにある教会付属の療養施設を慰問しました。
一年前には、怪我人が大勢運び込まれたという施設です。
「ええ、あのときは大変でございました。とにかく人手も薬も足りないのに、街道が土砂で埋まってしまい、応援も呼べず……」
私とアレシア様は、教会の司教と療養施設の施設長と会談して、当時の話を聞きました。
そして療養施設を見学しました。
私たちは司教に案内されて施設内を歩きました。
廊下のいくつかの窓は開いていて、風が通っています。
風に乗って。
遠くで子供たちが歌う声が聴こえて来ました。
――瞳はまるで緑のカエル。
――髪はまるで池の泥。
「……!」
私の心臓が跳ねました。
悪口のような、変な詩……。
レミュエルが私のために歌ってくれた……。
幻聴?
レミュエルはもう、子供のころのような高い声ではないもの。
何かの聴き間違い?
子供がはしゃぐ声は聞こえています。
私の心臓は早鐘を打っていました。
「司教、ここには子供がいるのですか?!」
私がそう尋ねると、案内をしている司教は少し慌てた様子で謝罪しました。
「も、申し訳ありません、陛下。おそらく近所の子供たちでしょう。騒々しくて申し訳ございません」
「いえ、良いのです。子供たちに会わせてください。聞きたいことがあるのです」




