02話 恋歌
「コーデリアのために歌を作ったんだ」
顔合わせした後、レミュエルは王宮に頻繁に遊びに来るようになり、私たちは親睦を深めました。
レミュエルはまごうことなきお馬鹿さんでしたが。
素直で優しい性質で、しかもとびきり美しかったので、私は彼に会うことは嫌ではありませんでした。
手のかかる弟ができたような感じでした。
今まで私の周りには大人しかいませんでしたので、同い年の子供と遊ぶことは新鮮でした。
「コーデリアのために歌うよ」
ある日、レミュエルはルウードを抱えて現れました。
ルウードは持ち運びができる六弦楽器で、弦を張る枝に雫型の共鳴部分がついているものです。
「聴いて!」
レミュエルは満面の笑顔で、拙い手つきでルウードを爪弾き始めました。
銀色の髪に少女のような風貌のレミュエルがルウードを抱えている姿は、まるで詩神のように美しく、一幅の絵画のようです。
ルウードを爪弾きながら、レミュエルは元気いっぱいに歌い始めました。
――瞳はまるで緑のカエル。
――髪はまるで池の泥。
――頭の中は虫図鑑。
――絶対に笑わない僕の恋人。
――どうか結婚しておくれ。
「……」
ええ、解りますよ……?
恋歌を私に捧げてくれたのですよね?
レミュエルはお庭の生き物が好きですものね。
大好きなカエルや、良い感じの楽しい泥濘に私の容姿を例えて、褒めてくれたのですよね。
虫図鑑というのは、私の知識を賞賛してくれているのですよね。
私は虫以外のことも知っているのですけれど、レミュエルが興味を持ってくれたのは虫についての知識ですものね。
笑わないというのは、レミュエルを嘲笑しないという意味ですね。
レミュエルは他の貴族の子供たちと交流する機会があって、そのときにお馬鹿さんだと笑われたことを、悲しそうな顔で話してくれましたもの。
解りますよ?
でもね、レミュエル、その詩は恋歌には向いていないと思うの。
控えている乳母や女官たちも呆気にとられたような微妙な顔をしていました。
「ありがとう、レミュエル。それは私のために作ってくれた歌よね?」
「そうだよ!」
「嬉しいわ」
私がそう感想を述べると、レミュエルは天使のように微笑みました。
「でも、お願いだから、私以外の人の前では歌わないでね?」
私は釘を刺しました。
この歌を他の人に聴かれたら、私がレミュエルに虐められているという噂が立ってしまうかもしれませんもの。
「え……」
レミュエルはお馬鹿さんですが、人の顔色を良く見ているのか、察しが良いところがあります。
「どうして? 気に入らなかった?」
「……とても独創的で……素敵よ。お庭のカエルや泥が出て来て楽しい歌だわ。でも私のためにレミュエルが作ってくれた歌なのだから、他の人には聴かせたくないの」
「ルウードが下手だからダメだった?」
「そ、そんなことないわ。上手に弾けていたわよ?」
「まだたくさんの弦が押さえられなくて、ジャーンって鳴らせないから……。これからもっと練習するよ!」
「充分、上手だったわ」
「自分でも解ってるんだ。ジャーンって弾けないとイマイチだよね。ジャジャーンって鳴らしたほうが格好良いよね」
レミュエルは自分の演奏を反省すると、しかつめらしい顔で私に言いました。
「歌を作って聴かせれば、女の子は絶対に喜ぶって吟遊詩人が言ってた。もっと上手く出来るように、僕、頑張るよ!」
「そ、そんなに頑張らなくて良いのよ?」
「頑張るよ! 結婚式に上手く歌えるようにルウードも毎日練習する!」
「え……そ、その歌を、結婚式で歌うつもり?」
「うん。結婚式で歌を捧げれば花嫁は絶対に感動するって吟遊詩人が言ってた」
一体どこの吟遊詩人でしょうか。
レミュエルにおかしなことを教えたのは。
そのときは吟遊詩人を恨めしく思いました。
ですが、今となっては、ただただ懐かしいばかり。
あの変な歌を、もう一度聴けるなら。
私はきっと、どこぞの吟遊詩人の思惑通りの反応をするでしょう。
◆
あの頃の私は、レミュエルと結婚する未来を信じて疑っていませんでした。
お馬鹿なレミュエルが英雄と呼ばれるようになるなんて、これっぽっちも思っていなかったことは言うまでもありません。
私はレミュエルと結婚して、お馬鹿なレミュエルを支えて、ハイゼルバーグ公爵夫妻として二人で生きて行くのだと思っていました。
ですが少しずつ、私たちが歩いていた未来へと続く道は、曲がりくねり、やがていつしか分かたれました。
どこで道が分かれ始めたかといえば。
やはり十二歳のとき、ハイゼルバーグ公爵の領地へ行ったときからでしょう。
あのときハイゼルバーグへ行っていなければ。
私はレミュエルとの婚約破棄に積極的になることはなかったでしょう。
レミュエルもまた剣をとることはなかったでしょう。
あのとき私がハイゼルバーグへ行かないことが正解だったのか。
それは解りません。
ただ確実に分岐点であったことは確かです。