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01話 追憶

 血のように赤い雛芥子(ひなげし)の花が、たくさん、たくさん、咲いていました。


 かつて戦場だったこの地の彼方此方(あちらこちら)に咲いている赤い花たちは、風に吹かれて、彷徨う霊魂のようにゆらゆらと揺れています。


 このたくさんの花たちのどこかに、英雄レミュエル・ハイゼルバーグの血を吸って咲いた花もあるのでしょうか。


 あのとき。

 私が手を放さなければ。


 レミュエルは、似合わない英雄になることもなく。

 平穏でなくとも、苦難に満ちていようとも。

 今でも二人で一緒にいられた未来があったのでしょうか。






『コーデリアのために歌うよ』






 私、エステリア王国の第一王女コーデリアと、ハイゼルバーグ公爵の一人息子レミュエル・ハイゼルバーグが婚約したのはお互いに八歳の時でした。


 親同士が、すなわち国王と公爵が決めた婚約です。

 王女と公子との縁談はさしておかしくありません。


 仮令(たとえ)、私が『捨てられ王女』と呼ばれていて、レミュエルには『頭も血筋も足りない公子』という悪評があったとしても。


「コーデリア王女殿下、初めまして。レミュエル・ハイゼルバーグです」


 婚約者として初めてレミュエルと顔合わせをしたとき。

 拙い作法ながら臣下の礼をとって、そう自己紹介したレミュエルの容姿を見て、私は内心で大いに戸惑いました。


 そこにいたのは『頭も血筋も足りない公子』という前評判から想像していた子供とはまったく違う、異質な存在だったからです。


 婚約者の少年だという事実すら裏切っているような異質さでした。


 だって女の子にしか見えなかったのですもの。


 私の婚約者で、いずれ結婚する相手ですから、男の子であるはずなのに。

 男の子の服を着た女の子のような子供が現れて、私は混乱しました。


 月光を紡いだような銀色の髪に、水宝石(アクアマリン)の瞳。

 人形のように整った甘い顔立ち。

 儚く美しい姿はまるで絵画で見た妖精のよう。


 声を立てたらたちまち消えてしまうのではないかと思うほど、レミュエルは浮世離れした美しい子供でした。


 彼の姿を見た瞬間、私の頭からは『頭も血筋も足りない公子』という前評判はすっぽり抜け落ちてしまいました。


 ですが……。


 その後、私が王宮の庭園を案内すると……。


「カエルだ!」


 庭園の池の端にカエルを発見したレミュエルは、すぐにカエルを手づかみで捕らえて、誇らしげに私に見せました。


「捕まえたよ!」


「……」


 私は別にカエルは怖くありませんが。


「ひっ!」

「きゃあ!」


 私に付き添っていた乳母や女官は悲鳴を上げました。


「こ、こら、レミュエル!」


 レミュエルの付き添いで来ていた彼の父ハイゼルバーグ公爵が慌てふためいて飛び出し、すぐにレミュエルを窘めました。


「カエルを逃がしなさい! 女性にカエルを見せるんじゃない!」

「ええー、どうして?」

「どうしてもだ!」


 レミュエルは妖精でも女の子でもなく、人間の男の子でした。

 しかも頭があまり良くない。


 『頭も血筋も足りない公子』という前評判は、なかなか真実を突いていました。


 もう八歳なのですから。

 王宮にお客として来訪したら、お行儀良くしていなければならないと理解できるはずです。


 心のままに遊んで良い状況かどうか八歳なら解るでしょう?


 私も同じ八歳でしたがそのくらいは理解していましたもの。


「コーデリア殿下、申し訳ございません! レミュエルが失礼をいたしました!」


 ハイゼルバーグ公爵は私に平謝りしましたが、その隣で、レミュエルは間抜け顔でポカンとしていました。

 レミュエルは妖精のような美貌でしたから、間抜け顔すら、何か美しい夢を見ているかように幻想的でしたが。

 父親が何故私に謝罪しているのかレミュエルは意味が解っていない様子でした。


 私の婚約者は……評判通りの、お馬鹿さんなのかも……?

 と、私は何か確信を得た気分になりました。


 お馬鹿さんと私を結婚させようだなんて。

 私が父に疎まれ継母に憎まれている『捨てられ王女』だという噂話は、本当のことかもしれないと。


 私は父とはほとんど顔を合わせることがありませんでしたが、父は国王ですので忙しいのだろうと納得しておりました。

 疎遠でしたが、嫌われているとは思っていませんでした。

 ですがこのとき私は父に嫌われているのかもしれないと思いました。


 後になって知ったことですが。

 私のそのときの推測は当たっていました。



 ◆



 私とレミュエルとの縁談は、ハイゼルバーグ公爵が持ちかけたもので、それを大喜びで後押ししたのは、私の継母である王妃でした。

 前王妃の娘である私が『頭も血筋も足りない公子』と結婚することを、前王妃より血筋が劣る王妃は大いに喜んで大賛成したそうです。

 格下との結婚により、私の血筋を汚したかったのだとか。


 父は、王妃の心を乱す前王妃の子、つまり私を持て余していたので、王妃の意向に賛成しました。

 王女の降嫁先として公爵家は適当ですので、公爵家との縁談なら、疎んじている王女を冷遇したと誹謗されることはありません。

 私に良い縁談があれば、私を嫌っている王妃の機嫌が悪くなりますが、血筋や資質が劣ると悪評のある公子に嫁がせるなら、王妃は大満足です。

 父にとっては、体よく厄介払いができる良いことづくしの縁談だったようです。


 一方、ハイゼルバーグ公爵は。

 母方の血が劣るレミュエルを公爵家の嫡子とすることを親族たちに反対されていました。

 親族たちを黙らせるには、レミュエルに血筋の良い妻を娶らせる必要がありました。

 そこで彼が目を付けたのが私です。

 『捨てられ王女』を厄介払いしたい国王は、私とレミュエルとの縁談を承諾するだろうと算段して、ハイゼルバーグ公爵は王家に縁談を持ちかけたのでした。


 要するに。

 ハイゼルバーグ公爵は血統の良い嫁を望み、国王は厄介払いを望み、王妃は私を貶めることを望んだのです。

 私とレミュエルとの婚約は、公爵と国王の利己と、王妃の悪意により成立した婚約でした。


 ですが、私にとっては、そう悪い婚約ではありませんでした。

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