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8. 弟妹の十年




兄は静かに眠っている。

もっと話をしたかったが、まだ目覚めたばかり。何よりもまずは、休息だろう。寅一も美虎も、無理はさせまいと静かに縁側に移動した。本当に居るのだと、喜びを噛みしめながら。


 「あら、此処に居ましたの」


今日の月は随分明るい。御蔭で離れの庭も、よく見えた。おかっぱ頭の子供が、河童を捕まえ遊んでいる。

ザシキワラシだ。

姿が見えないと思っていたら、童子は新入りの河童を追いかけ回していたようだ。


 「程々にしろよ、童子。まだそいつ、力が戻ってないんだから」


童子は分かってるよ、と頷き、皿を撫でている。河童はされるがままだ。


 「…あいつも嬉しいんだろうな。いつもより元気だ」


 「そうですわね。普段はこんなに遅くまで、遊んでいませんもの」


美虎は、穏やかに笑う寅一をちらと見た。兄のこんな顔は、いつぶりだろうか。

あの日以来、兄は己を高める事だけに集中していた。自分が未熟なせいで、要らぬものを背負わせてしまったと、責め、後悔し。

父に頭を下げてまで、ずっと自分を追い詰めていた。

でもそれは、お互い様なのかもしれない。美虎自身も、そうであったからだ。

守られるだけで、何もできなかった。だから、兄を失った。

未熟な自分が許せなかった。子供だったのだからと言われても、慰めになどならない。二人して脇目も振らず、ひたすら妖魔を狩り、己の腕を磨いた。

同時に、ありとあらゆる書物をひっくり返し、時には助言を求め、呪に関しての知識を集めた。

退魔の技を持つ人間が呪を受けた場合、稀に依代として生かされる。

それを知った時、兄は生きているかもしれないと、希望を抱いた。縋った、と言ってもいい。


 ――兄さん程の能力持ちを、使わないなんてありえない。絶対に。


 ――なら、助け出す方法を見つけましょう。


けれど、そんな都合のいい方法なんて無かった。例え呪を祓えたとしても、残るのは亡骸だけ。

どんなに探しても、どこにも。


 「…イチ兄様。呪は、まだいずみ兄様の中に居るのですか」


 「居る。兄さんが自覚してるかまでは、分かんねぇけど」


 「マガツモノ…。随分、大人しいですね」


五年前。

人の姿をしたマガツモノの噂を聞いた時は、耳を疑った。鳶色の髪は、間違えようがない、兄の色だ。

マガツモノはあろうことか、その姿で人を襲い、苦しむその様を見て、嘲笑っていた。

その時は逃してしまったが、兄の体で好き勝手に暴れる姿を見て、心の底から怒りを覚えた。

絶対に取り返す。その思い一つで、五年間追い続け……苦戦を強いられたが、美虎は善戦した方だ。仲間が倒れていき一人になっても、寅一がマガツモノを鎮めるまで立ち続けた。


 「多分、だけどな。兄さんじゃないかと思う。真門達が乗り込んできた時、確かにあいつの気配がした。でも出てくる事はなかったんだ」


 「それは…、イチ兄様を警戒したのでは?」


 「かもしれない。でも、弱体化させたって言っても、祓う事はできなかったんだぞ。それにあいつにとっては、逃げ出すいい機会だった筈だ」


 「座敷牢は、イチ兄様の馬鹿力で壊れてましたしね」


寅一は目を逸らす。やらかした自覚はあるようだ。わざとらしい空咳を二度、三度。話を続ける。


 「…それをしなかったのは、兄さんが抑えてるって事にならないか?お前も確信しただろ、あれはいずみ兄さんだって」


 「ええ、私は間違えたりしません。でも、だとしたら兄様に自我があるのは…」


 『お主らは揃って察しがいいのぉ』


気配が変わった。二人が振り向くと同時に、いずみの周りに結界が張られる。

兄はいつの間にか身を起こし、背後に立っていた。兄妹を映す目は、鳶色ではなくなり、真っ黒だ。


 『そう警戒するな。我はもう、お主らをどうこうする気は失せた』


 「だったら何しに出てきやがった」


 『お主らが我の話をしておったからだ。あと、暇だ』


 「兄様はっ」


 『寝ておる。こやつが寝ておる時は、出られるようだ。とはいえ、閉じ込められているのは変わらんが』


警戒を崩さない兄妹に、『呪』は大人しく、その場に座り込んだ。


 『知りたいのだろう?我が答えてやるぞ。こやつは話さずで良いなら、我の事も黙っているつもりであったようだしの』


 「いや、兄さんから聞きたいからいい」


 「私もですわ」


 『揃いも揃って付き合い悪いのぉ』


不満気な『呪』に、兄妹の鋭い眼光が向けられる。

不愉快だ。それに尽きる。ただでさえ、兄の中に居るというだけでも気に食わないのに。


 「兄さんの姿で話すんじゃねーよ」


 『仕方なかろう。閉じ込められとるんだから』


 「不愉快ですわ、とても不愉快。さっさと消え去ってもらって構いませんのよ?」


 「そうだそうだ。あれだけ好き勝手やりゃ、もう充分だろ。謳歌したろ」


 『これがニンゲンの理不尽というやつか。しかし、いいのか?我が消えればこやつも消える。残るは骸のみぞ』


 「どういうことだ。さっさと吐け」


 『見事な手の平返し』


やはり苦手だの、と『呪』は言ちた。

やる事がなさ過ぎて、暇を持て余し、持ち主が深く寝ているのをいい事に出てきたが。この兄妹、めんどくさい。

『呪』にとって、いずみの体はもう馴染んだモノ。マガツモノにまで成れたのだから、離れられる筈もない。だが、この体には面倒な兄妹がついていた。天涯孤独なれば、もっと自由だったかもしれない。兄妹に代わる代わる揺さぶられながら、『呪』は口を開く。


 『大事な兄という割には、扱いが雑ではないか?』


 「あ゛?何でお前を兄さん同等に扱わなきゃなんねーんだよ。もう一戦いくか?」


 「イチ兄様、落ち着いて。シメるのは吐かせた後ですわ」


結局シメるんかい。

体は一つだというのに、この兄妹の判断基準が分からない。躊躇いを見せるのが、普通の反応であろう。


 『我もよく分かっておらぬ。こやつを取り込む時もそうであったが、とにかく抵抗が凄まじくてな。乗っ取るのに時間が掛かった』


兄妹は深く頷く。流石兄、と顔が言っている。


 『動けるようになっても、上手く力を発揮できなんだ。察するにこやつ、元々呪を受けない体質だったのではないか。そう考えた我は、魂ごと乗っ取る事にしたのだ』


 「何してくれてんだ」


 「やはり許し難いですわ」


 『まぁ聞け。結果的には、我は負けたのだ。試合に勝って勝負で負けたとはこういう事ぞ』


 「何言ってんだお前」


 「ぶん殴りますわよ」


『呪』を見る兄妹の目は絶対零度だ。いずみには決して向けない目である。


 『ニンゲンは脆い。だがこやつは違った。逆に我を抑え込みおったのだからな。ただ、我は今、こやつの魂とくっついておる状態。無理に剥がせば、我共々こやつも消えよう。互いを生かしておるのだから。一心同体というやつだの』


 「違うわ」


 『比翼連理?』


 「もっと違いますわ」


 『一蓮托生』


兄妹はがくりと肩を落とした。合っているようである。


 『こんな芸当ができたのはこやつだからか、はたまた別の理由があるのか。我には分からん。分からんが、長い付き合いになりそうではあるな』


よろしく頼むぞ?

そう言ってニヤと笑うは、兄のそれとは全く違う。やはり、腹立だしい。

……睨みあう三人の間を、それまで大人しく見ていた童子が陣取った。手には河童を持ったまま。

じぃ、と『呪』を見る。


 『我に何か用か』


童子は喋らない。いつも動きで、自分の意思を伝えてくる。

まずは、自分。次に兄妹。そして河童。最後に、『呪』を指した。

それだけでは分からない『呪』は、首を傾げる。


 『何が言いたいのだ、この童は』


同じ動きを繰り返すだけの童子、そして最後に、でーんと胸を張った。


 『何なのだ?』


 「…あー、そういう。ここでは兄さんが一番だけど、次は童子で一番下はお前って言ってんだ」


 『なっっ、我が一番下?!ふざけるでない、こやつが上なら我も上だろうが!』


 「違いますわ。童子が居るのは、アナタの存在すら無かった時からですもの。アナタ如きがいずみ兄様と同じ?ちゃんちゃらおかしいですわ」


美虎は思い切り鼻で笑ってやった。決して、いずみにはしない態度だ。


 『いや、いやいやいや!それでもそこな河童よりは上であろう!我、こやつと一緒におったぞ!』


童子はぐいいぃぃぃぃ……と、小さな指を『呪』に向け続ける。子供特有の怖いもの知らずか、全く恐れている様子はない。

何がなんでも、お前が下。童子はそう言っている。


 「…兄さんが河童に身体与えた時、コイツ居たか?」


 「いませんでした」


お前が下。

全員が『呪』を指した。河童まで。


 『扱いが酷くないか?!大事な兄ではないのか!!』


 「お前、いずみ兄さんじゃねーだろ」


寅一の至極当然な一言に、全員揃って頷いた。






……翌日。

起きた瞬間から、ぎゃんぎゃんと『呪』に文句を並べられ、困惑するいずみが居た。






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