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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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7. 取られて行きし、山々を【下】




目が覚めたら、十年経っていた。

何の因果か、マガツモノとなって生き延びてしまった。

弟妹は無事で、元気な姿を見せてくれた。

師でもある養父も、生きていてくれて。

それを知れただけでももう、充分だと思っていた。


 「クロ」


 『嫌だ』


自分が人でなくなったのは、罪を犯したからだろう。

生かされているのは、償いの為なのだろう。

これから先、どれ程の長い時間になるかは分からない。


 「まる」


 『喜ぶと思うてか?』


命は軽くない。

簡単に奪い、奪われる現世だけれども。決して、軽いものではない。

そう、心に留めている。


 「くろかげ」


 『断る』


目の前に浮かぶ、マガツモノ。

これと共存しているという事は、マガツモノが奪ってきた命も背負う事になるのだろう。

どんなに償っても、足りない。それこそ、永遠になる。

今、生かされている。それが、罰なのだろう。

師も、弟も、妹も。いつか逝ってしまう。

独り、生かされ続ける。


 「くろまる」


 『適当になってやしまいか?』


覚悟は決めていた。

変わっていない、自分の姿を見て。人ではなくなったのだと、薄々気付いていた。

自分が決めた事。受け入れた事。

恨みはしない。憎みもしない。

でも、同じ時を生きれないのは、


 「辛い、なぁ…」


 『お主の名付けの才の無さがか』


 「とぉうっ!」


 「あいたっっ?!」


割ときつめの手刀を脳天に喰らい、いずみは振り返る。呆れ顔の寅吉が見下ろしていた。


 「お前、暗い事考えてたろ。やめれやめれ、それで考え出すと何処までも落ちてくぞ」


 『何っ?!お主、我の名を考えていたのではなかったのか!』


名前つけてやれと投げて渡された、丸い小さなマガツモノ。何か考えがあっての事だろうとは、分かるのだが。此処へ来るまでに色々な情報が入り、いずみは少々疲れていた。

それを見て取り、己もその一端だと自覚がある寅吉は、騒ぐマガツモノを鷲掴んで止めた。

頭をさすりながらぼんやりとする、いずみの前にしゃがみ込む。


 「いずみ、お前何でもかんでも背負い過ぎだ。そんなんじゃ潰れちまう」


 「…平気です」


 「平気じゃねぇの。いっくらお前が言い聞かせてもな、どうにもならなくなっちまう時が来るんだよ」


 「……」


 「だからもっと頼れ。周りに頼れ。頼っていいんだ、いずみ」


幸祐も、寅一も、美虎も。口には出さずとも、いざという時は手を伸ばせるようにしている。

けれど、いずみは頼らない。一人で立って行こうとしてしまう。

人には手を伸ばすのに、自分の事となると抱えてしまう。


 「母御を亡くしちまって、子供じゃいられなかったんだよな。早く大人になるしかなかった」


鳶色の目が揺れる。寅吉は手を伸ばし、がしがしと頭を撫でてやった。


 「お前は頑張ったよ。負けちゃなんねぇってずっと気ぃ張って、背伸びしてでも自分の足で歩き続けてきたじゃねぇか。よくやったよ、いずみ。お前はすげぇ奴だ」


 「…すごくなど、ありません。わたしは」


 「幸祐達と居るのが辛ぇなら、山人界に連れて行ってもいいぞ」


つらい?

そう呟くいずみの顔は、随分間が抜けている。


 「……離れたら、楽になるでしょうか。幸祐様も、イチも、美虎も」


 「ん?」


 「わたしが居ると周りから色々と言われるし、思い出してしまうでしょうし……。煩わしさが無くなるのであれば、そうですね。わたしは離れた方がいい…」


 「待て」


手の平を目の前に出され、口を噤んだ。いや待って、と真剣な顔で繰り返す寅吉に、いずみは頷く。

妙な静寂が辺りを包む。事の成り行きを見ていたマガツモノが、口を開いた。


 『こやつ、あの親子に関しては鈍いぞ』


 「え。間近であの入れ込みようを見てるのに」


 『受け流し方が異様なのだ』


 「え。幸祐のアレで一之進のソレときて美虎のコレだぞ」


 『受け入れ方も異様なのだ』


あの親子が、いずみに向けるは執着に近い、多分、愛情。

それは、親に興味すら持ってもらえなかった反動か。

それは、厳し過ぎる親から守られ、愛情を注がれた反動か。

とにかく、向ける感情がデカく重く酷い。

何でこんなになっちまったんだと、寅吉が困惑してしまう程だった。

……子孫達が本当にごめん。

寅吉は真剣な顔のまま、心の中で土下座した。


 「……。あのな、いずみ。お前が辛いんなら、心底離れてぇなら、山人界で保護するぞ」


いずみは考えるような素振りで下を向き、間を置いて首を横に振った。

そうかと相槌を打ちながら、寅吉は安堵する。

本気で行きたいと言うなら、全面戦争するしかないからだ。子孫相手に。

あの言い様から察するに、いずみは自分はさておき、親子の事だけを心配している。どこまで相手に心を砕くのか。今は、己を労って欲しいものだ。


 「そんなら、お前が背負ってるモン、おいらも持つよ」


大方、自分を罪人だと思っているのだろうが、実際に止めを刺したのは自分だと寅吉は思っている。幽世へ行く事を許さず、消滅するよう仕向けたのだから。

けれどいずみは、それで良しとはしないだろう。だったら、共に背負う。少しでも軽くさせる為に。

困惑した様子のいずみに、にかりと笑ってやる。


 「おいらは初代様で、天狗様だぞ。恩人に何も返さねぇなんて、ケチな真似はしねぇよ」


 「…でもわたしは、」


 『お主、やはりたるんでおるの』


しびれを切らしたらしいマガツモノが、くっつく程ににじり寄る。いずみの視界は真っ黒になった。


 『償いだの山人だの初代モドキだのと、我にはどーでもいい。お主ときたら翻弄されぐだぐだぐだぐだと、余計でしかない事ばかり考えよる』


 「おいらはモドキじゃねぇぞ」


 『言っておくがな。我が喰らったモノは我のモノぞ。お主にはやらん』


離れたとはいえ、一部。マガツモノといずみは共有したまま。

記憶も、考えている事も、筒抜けなのだ。


 『喰らいに喰らって、我は成ったのだ。我そのものぞ。それを勝手に奪うは、いくらお主でも許さんぞ』


マガツモノの真っ黒な目に、丸くなった鳶色が映る。


 『覚えておけ。お主は我の獲物ぞ。お主は我に怯え、縮込まっておればよいのだ。下らぬ事ばかり考えておらんで、さっさと我の名を決めろ』


ふん、と鼻を鳴らし離れ、漂うマガツモノに呆れた視線を送る寅吉。

ぽかんとしつつも、言われた言葉を反芻し、いずみはようやく目を細めた。


 「わたしがいつ、怯えたっていうんだ」


 『隠しても分かるわ。お主は本心では我が怖いのだ。それが証拠に、山人に頼みおったろうが』


睨み合う一人と黒玉に、寅吉はにやりと笑う。


 「お前、意外といずみの事気に入ってるんじゃねーか」


 『何を馬鹿な。我がニンゲンを?ニンゲンは全て我の糧ぞ』


すぐさま否定するマガツモノに、ますます笑みを深める。


 「だってそうだろ。いずみの事だ、お前を引き受けちまったからには、お前のやらかした事も背負うって決めてたんだろ。けどそこまでさせると、潰れちまう。だからお前、回りくどく止めろって言ったんだろ」


 『我は我のモノだと言うただけではないか』


 「素直じゃねーなぁ。本気で乗っ取る気なら、黙って見てりゃいいんだよ。なのに態々自分で潰したんだ。……お前、実は今の状態楽しんでるだろ」


 『んな訳なかろうが!そのにやけた顔やめんか!!』


 「ほーん?そうかそうか、青天坊に始末頼まれたんがそんなに気に入らなかったかー。『我はお主が気に入っておるのにっ』って拗ねてたんかー」


 『なんじゃその声色!我と似ても似つかんわ!』


黒玉の攻撃を軽くいなしながら、寅吉は実に楽しそうに笑う。そのやり取りを眺めながら、マガツモノにまで気を使われたのかと反省するいずみ、やはり少しズレていた。

……とうに覚悟を決めたというのに、らしくもなくあれこれと悩んでしまった。

入ってくる情報が多過ぎた事もあるが、実は疲れていたのかもしれない。帰ったら休もうと決めたが、思い返す内に引っ掛かった。


 「初代様、幸祐様が受けなくていい罰を受けたって、言ってませんでした?どういう事ですか」


黒玉と寅吉が静かになる。

これが、いずみの異様な受け流し方。聞いてはいるが、必要な部分以外はさらりと流す。

あのクソ重たそうな想いを受け止められているのは、この技能の御蔭かと納得。寅吉は空を見上げながら、口を開く。


 「幸祐の奴が未だに、元凶捕まえられてねぇっておかしいと思わなかったか?あいつ、すぐに動いてたんだがな、邪魔が入って結界の外に追いやられてたんだよ」


結界の外。

都を守る四方の結界。そこから一歩出れば、魑魅魍魎が跋扈する世界が広がる。人の世の道理が一切通じない、隔絶された世界。そこへ流された者は生きて戻っては来れないと、言われているが。


 「簡単に話すな。呪詛は本来、手ぇ出していい代物じゃねぇのは知ってるな。バレたらお咎めがあるのも」


 「はい」


 「一之進の件がどっかから漏れてな。幸祐の耳に届いた時には、いずみが当主の座を狙って呪詛を使った、それに気付いた母親がその身を犠牲にして守った、呪い返しを受けたお前はその場で死んだ。…って事になってた訳だ。それを見抜けなかった幸祐に、何も咎めはないのかって騒いだのが居てな」


幸祐、切れてたよ。

冷めたその一言で、騒いだのが仙堂家を良く思わない者らだと察する。


 「まぁ結局、一之進が十五になって継がせるまで監視されて、それから結界外に放り出されたんだわ。幸祐が居なくなりゃ、若輩者なんぞどうとでもできるとか思ってたんだろうけどなぁ」


一之進と美虎、切れてたよ。

また冷めた一言で、相手は何もできなかったのだと察する。


 「それから五年間、幸祐ずっと外で妖魔狩ってたんだ。流石に心配だから、青天坊に頼んどいたんだけどな。で、その最中にお前がマガツモノになって復活」


 「……、すみません…」


 「なんで謝んだ?で、青天坊が戻ってきたぞーって教えたら、あいつ最後に一帯の妖魔全部狩り尽くして、帰ってきたんだ」


 「…ん?」


 「うん。おいらも何言ってんのか分かんねぇ。けどありのままに話すとこうなる。多分、お前が戻ってきたって聞いて、嬉しくなってああなったんじゃねぇかな」


 「余計、分からなくなりました」


 「うん。おいらも分かんねぇから、とりあえずそのまま受け取ってくれ」


初代をも混乱させる、幸祐のぶっ飛んだ行動。何はともあれ、生きていてくれてよかったと思う事にする。

寅一も美虎も、この件は恐らく知らない。幸祐も、話す事は無いだろう。

幸祐は、自分のやり方で仙堂家を守っていたようだ。自分の子らを、守っていた。

なんでもできるのに、不器用な人だ。

いずみは溜息を吐いた。


 「…教えてくれて、ありがとうございます。初代様とこうして会えなければ、知らないままでした」


 「あいつ何も言わねぇからな。ついでだ、蓮条(れんじょう)石動(いするぎ)には気をつけろよ」


いずみは首を傾げた。聞き覚えがある名だったからだ。

しかし、何処でかは思い出せない。


 「……時間だ。悪いないずみ、長居させちまって」


ひゅる、と霧を搔き分け、風が二人を隔てた。体が浮き上がる感覚に、またかと引き攣る。ぐんぐん空へと向かって押し上げられ、木々を抜け霧が開ける。


 「……っうわ、…!」


目を開ければ、逆さになった連なる山々。深い緑が何処までも続いている。

結構な高さまで舞い上げられているのに、見渡す限りの山々だ。此処はやはり、人の世界とはまた違う場所に在るのだと、分かった。

一際強い風と気配に目を向けると、黒い翼を広げた寅吉が居た。


 「話せてよかったぞ。また会えたら、次は山人界を案内してやるよ」


 「わ、わたしも、会えて嬉しかったです!」


呵々、と寅吉は楽しそうに笑う。羽団扇を振り、いずみに風を纏わせると、指を差す。


 「一之進の所でいいか、うまく受け止めるようには言っとく。おーし、行けぇ!」


ごおぉっっ、と唸る風と共に、いずみの悲鳴も小さくなる。

その中で、我の名はどうしたぁぁぁっっ!……と聞こえた気がしたが……。

寅吉は、大笑いするだけであった。









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