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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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5. 取られて行きし、山々を【上】




……霧深い、鬱蒼とした山の中を一人の少年が歩いている。

人の手が一切入っていないそこは、油断するとすぐに足を取られてしまう程、草木が生い茂り視界も悪い。しかし少年の足取りは軽く、道無き道でも迷いなく進む。


 「行きはよいよい、……」


少年は顔を上げ、何かを探すように辺りを見回す。

あるのは、天に届くような高さの杉の大木。風の音。霧が深く、白濁とした景色が広がる。

それでも少年は、目的のものを見つけたように笑った。


 「……帰りはこわい、こわいながらも通りゃんせー……」











 「青天坊。お前の力でも、本当に何もできないのか」


見送りの為、共に出てきた大天狗は今代の子孫を見下ろした。幸祐の視線は、心配顔の美虎と話すいずみに注がれている。

何一つ興味を示さず、己を高める事だけに、生きる意味を見出していたこの子孫が。

思いやりや気遣いに欠け、人の想いをいまいち分かっておらず、人として何か足りないなコイツと、人ではない大天狗にまでそう感じさせた、この子孫が。


 「心配しておるのか。幸坊よ」


 「…あの子が泣く姿を見たのは、初めてだ」


頑張ったとか。

よくやったとか。えらいとか、すごいぞ流石我が子ー、とか。

今まで口にしなかったに違いない。だから子らも弟子も、常に気を張っていた。

誰かに褒められた事がない、いや。できて当たり前という環境に置かれ続けたこの子孫では、かける言葉もまた違うのだろう。


 「儂は嘘はつかん。幸い、強き子じゃ。仙堂家の災難を背負ってくれたのだ、降り掛かる火の粉ぐらいは払ってやらんとな」


 「何があろうと、あの子は手離す気は無い。……泣く程まで耐えていたのなら、私に言えば良いものを」


違う。違うぞ子孫。弟子の心情を思えば、最も言えぬ相手ぞ。


 「頑固な子だな」


違う。ちょっと考えるのだ子孫。養子として引き取られ、才を見せなければ価値が無いという環境に置かれ、弱気なぞ見せられようか?己のせいで連れ合いを亡くした相手に、泣けようか?

否。否ぞ、子孫。


 「前に、いずみに言われた。私は親としては、ポンコツだと」


 「的を射ておる」


 「あれは師としても、ポンコツだという意味もあったのか?だから私には頼れないと」


…頼って、欲しかったのか。そうか、自分でない者に弱気な姿を晒したのが、そんなに不満か子孫よ。


 「……。……、人として色々何か足りんから頼れんのではないか?」





――空間を揺らす程の破壊音に、いずみと美虎が振り返る。大天狗と幸祐が戦闘を繰り広げていた。


 「何してますの?あの人達…」


 「……珍しい。幸祐様が怒ってるよ」


何を言われても受け流し、逆に煽りに煽って相手を怒らせるのが幸祐なのだが、流石に人外に人外扱いされるのは納得できなかったらしい。

美虎は、大天狗と素手で渡り合う父親を眺める。寅一も中々の馬鹿力だ。あれはあの男から継いだのかと、至極どうでもいい事に気付いてしまった。

青天坊は楽しそうだ、高笑いなんぞ上げている。


 「まだ掛かりそうですし、先に帰りましょう、兄様」


 「放っておいていいの?結界が壊れそうだよ」


美虎としては、いずみを一刻も早く休ませたいのだ。心は未だ動揺したままだが、努めて平静を装う。


 「ええ、壊れても人外魔境になるだけです。大丈夫ですわ」


 「大丈夫ではないね、それは」


全く装えていない美虎は、穴を掘って埋まりたい気分だった。埋まりきって生まれ直したい気分であった。

目の前に立つ、怪訝な顔のいずみは、何も言わない。泣いた事を恥じているようでもある。

兄は、弟妹である自分達には寄り掛からないだろう。それは頼れない訳でなく、一人でなんとかしよう、という癖がついてしまっているからだ。誰にも言えず、限界に気付かぬまでに、抱えて。

……思えば。

戻ってきた喜びと嬉しさで、失っていた十年間を取り戻す勢いで、……甘えまくっていた気がする。

弱音を吐ける相手を、兄こそ最も欲していたかもしれないのに。なのに、その心に気付かず、自分の欲ばかり優先させて。

実は内心呆れているのではないか。わがままで、傲慢な弟妹に。


 「くっ……!ごめんなさい兄様……!!私、妹失格です……!!!」


 「どうしたの?!」


兄に見捨てられるかもしれない。極端且つ最悪な考えが美虎の頭を過ぎり、膝から頽れた。


 「いずみ兄様の憂いを晴らす為、私達は力をつけたというのにっ……!なのに私達ばかりが寄り掛かってしまいっっ、これ、これでは何も変わらないではありませんかっっ!成長の無い私達を、兄様が見限るのも当然ですっっ!!」


 「美虎、落ち着こう。本当にどうしたの」


 「当然っ、かも、しれませんがっっ……!見捨てないでください兄様!!兄様がまた居なくなってしまったら私達はもう、もう……!!」


 「……どうしよう…」


何言ってるのか全然分からない。

いずみの困惑は深くなるばかりだ。振り向けば、父である筈の男は大天狗とまだ戦っているし。向き直れば、妹が子供に返ったように大泣きしているし。

何をどうしたらいいのか。助けてイチ。

……此処には居ない弟に思わず助けを求めてしまういずみだが、居たら居たで彼も妹と似たような状態になっていただろう。


 『おい、何か来るぞ』


これまでずっと大人しかったマガツモノの声に、いずみは顔を上げる。

同時に、一陣の風と共に、自身の体が浮き上がるのが分かった。何かに巻き付かれたように、身動きが取れない。


 「――にっ兄様っっ??!」


更にひゅる、と風が吹き、空へと高く舞い上げられた。慌てた美虎の声が、小さくなる。

大天狗の結界内だと油断していた。脱出を試みるが、術者との力の差があるのか、強固な縛りで何の反応も無い。


 『何しておるっ!早う解かんかっ!』


マガツモノも縛られているのか、焦った声が頭に響く。


 「……っ!」


 「おおっっ?!」


気付いた幸祐が青天坊を踏み台に跳び、いずみへ手を伸ばす。

しかし旋風が阻み、更に突風が襲い、幸祐は弾き飛ばされた。旋風はそのまま上空へと上がり、ぱ、と消える。

それは一瞬の事。静かになったそこに、いずみの姿は無い。美虎は原因に鋭い目を向けた。


 「…何のつもりだ、青天坊」


茅葺屋根に着地した幸祐も、鋭い紅。いや、目が合った全てを射殺しそうな、本気の殺意を向けている。それらを意に介さず、悠々と飛ぶ青天坊は呵々、と笑った。


 「悪いようにはせぬ。いずみ坊と話がしたいと言うでな、手を貸したまで」


 「誰です?それは」


 「いずみ坊にも気分転換が必要であろう。なぁに、終われば無事帰る」


しかし、殺気は収まるどころか、膨れ上がるばかり。

子孫達のその様子に、やはり青天坊は笑うだけだった。










 「――あだっっ?!」


 『うおぉっっ??!』


風の音が止んだ途端、いずみは空中に放り出された。

身動きが取れぬまま地面に叩き付けられると思われたが、大木が緩衝となり勢いが落とされ……それでもべしゃ、と折れた枝と共に地面に落ちた。

ぐらぐらと意識が揺れ、起き上がれそうにない。四肢を投げ出したまま、見える範囲の景色を探る。

先程まで居た青天坊の結界内とは違い、霧が深く見通しも悪い。ずんと聳える木々も、白濁に覆われ更に鬱蒼とし、薄暗い。此処は奥山、深山幽谷か。


 『いつまで寝とる、早う起きろ』


 「……お前はいいだろうけどね…。眩暈が酷いんだ、起き上がれない」


 『軟弱な。お主、少々たるんでおるのではないか』


 「……次から次へと色々起こって、付いていくのがやっとだよ」


 『の、割にはちゃっかりしておるではないか。我の始末を山人なぞに頼みおって』


 「山人…?」


 「天狗の事だ。あいつらは自分の事を天狗じゃなく、山人と呼んでる」


割って入ってきた子供の声に、いずみは首を動かす。

驚きはない。自分を此処へ連れてきた者が居るのは、考えずとも分かる。霧を割って現れたは、山伏姿の烏天狗。一本歯の高下駄を鳴らし、天狗はいずみを覗き込んだ。紅と鳶色が合う。

よくよく見れば、烏天狗の面を付けているのだと分かった。


 「慣れねぇ内は、そうなるんだよな。悪ぃな、こうでもしねぇと、お前と話せそうになかったからよ」


 「……はぁ、」


暫定天狗に、敵意も殺意も無い。いずみは安堵し、なんとか起き上がると、大木に身を預ける。


 「青天坊様の、お知り合いですか」


 「……知ってはいたけど、目の当たりにすっと違うな…。本気じゃねぇか幸祐も美虎も。……あいつらは青天坊に任せたからよ、まぁ大騒ぎになる事はねぇよ。安心してくれ」


本当だろうか。いずみの顔には、心配の文字がくっきり書かれていた。


 「絶対大丈夫とは言えねぇけど、まぁあれだ。結界さえ破れなきゃ、ちょっとこの辺揺れてんなってぐらいで終わる。多分」


暫定天狗は一つ頷き、そうだそうだと面を外した。

その下から現れた素顔に、いずみの目が丸くなる。よく似た人……親子を知っているからだ。


 「お前、いずみだろ。おいらは寅吉、仙堂寅吉だ」


寅吉は、そのままよっこいせと高下駄を脱ぎ、切り株に面と共に揃えて置く。

そして徐に、いずみの前に膝を揃えて座り、地面に打ち付ける勢いで頭を下げた。


 「今代の子孫達がご迷惑かけて、大変申し訳ございませんでしたぁ!!!!」





したぁっ

したぁっ……

したぁっ…………




幽谷響、と書いて『やまびこ』と読むとは、よく考えられたものである。

いずみは耳を押さえ、取り留めのない事を考えていた。


 『どうするんじゃこいつ……』


どうしよう。若干引いているような、マガツモノの声に相槌を打ちながら、綺麗な土下座を披露したままの寅吉を眺めた。







補足ですが寅吉さんは、幸祐と寅一を足して割ったような外見。

目の色は同じ紅ですが、髪は黒に近い臙脂色です。


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