4. 大天狗、青天坊
大天狗。
深山に住み、不可思議な神通力を使い、様々な怪異を引き起こす。
日ノ本には四十八の大天狗が存在すると云われているが、青天坊はその中には入っていない。本人曰く、堅苦しいのは御免じゃ。
自由気まま、悠々自適、骨の髄から自由人。それが、大天狗青天坊。
そんな山人と仙堂家との関わりは、一人の少年から始まる。少年の名は、寅吉。後の初代、仙堂寅吉である。
百姓の子として生を受けた寅吉は、小さな頃から不思議な力を持っていた。少し先の未来が視える、所謂『先見』という能力だ。それは寅吉自身が操れるものではなく、視たくないものまで視えてしまう、厄介な能力だった。
言ったところで、両親にも周りにも真に理解はされないだろう。独り、抱え込んでいた寅吉に興味を持った山人はこう持ち掛けた。
――儂を楽しませよ。儂を心底楽しませれば、お主のその能力、儂が貰ってやろう
――ほんとうかっ。んな事言って、おいらを騙して食うんじゃねぇだろうなっ
――儂は人など喰わん。しかしお主、まだ坊のくせに中々度胸があるのぉ。儂が恐ろしくはないのか
――自分から罠に掛かって逆さ吊りな姿晒しておいて、どう恐がれってんだ??!
――ハーハッハッハッハ!!愉快な坊だ!!!助けてくれ
――おいら何もしてねぇからな?!何コイツなんかめんどくさい!!
……そんな、したかしてないかの口約束であったが。馬が合ったのか、独り抱える必要がなくなったからか。人と山人は長く共に過ごし、寅吉が亡くなった今でも、青天坊は仙堂家を見守り続けている。
「儂はただ、吉坊が守った血族の行く末を見たいだけぞ。己が手で、足で切り開くのをな」
あいつは何をしようとしてる?
寅一は天狗の目を細め、自身の父を見る。ただの紹介ではないだろう。いくら大天狗でも、マガツモノを引き受けるなどできない。いや、そもそもな話、兄とマガツモノは魂で繋がっている状態。離そうとしたなら、兄まで身体から離される可能性大だ。
それとも、切り離す術を青天坊は知っている?
「寅一様、この依頼なんですが」
寅一も考えなかった訳ではない。山の神とも云われる大天狗だ、人が知りえない術を持っている。兄が目覚める前に訊いた時は、無理だときっぱりと断じられてしまったが。
あいつは何か知ってんのか。怨敵を見るように凶悪な目を向けた、その時。
幸祐が、此方を視た。
『覗きとは、随分悪趣味だな』
流石に声までは聞こえない。だが、口の動きで充分に読み取れた。
「っっんの野郎っ……っっっ!!!」
「寅一様どした?!」
千里眼がはじかれ、解除される。幸祐の仕業と分かった寅一、思い切り拳を振り下ろし文机を破壊した。
「兄さんに何かしやがったら、ただじゃおかねぇからな……!!」
「寅一様。向こうは美虎様にお任せして、仕事してください」
怯える三馬鹿を他所に、真門だけは通常通りだった。
「何か言いました?幸祐様」
「いいや、何も」
首を傾げるいずみに笑みを向け、幸祐は寝そべったままの青天坊に向き直る。
おや消えた、と目をぎょろりと動かす仕草で、先程まで兄も視ていたのだと美虎は察した。
いくら心配とはいえど、千里眼まで使うなんて。
「分かりますわ、イチ兄様……!!」
美虎は力強く拳を握った。もし自分もできるなら、躊躇いなく使っていただろう。
全ては兄の身の安全の為。その行為は覗きではない、見守りなのだ。
「美虎?」
「何でもありませんわ」
ふふふと綺麗な笑顔を向け、ごろごろ転がる青天坊に視線を移す。
起きる気は更々ないようだ。
「して、何用だ幸坊。いずみとやらとマガツモノを離せという話なら、できんぞ」
「可能なら、一之進がとうにやっているだろう。私が知りたいのは、いずみの正確な状態だ」
「正確も何も、片方が死ねばもう片方も死ぬ。まっこと不可思議、共存状態よ。それは神代だからそうなった、という訳でもない」
「どういう事ですの?分かりやすく説明してくださいな」
美虎の怪訝な顔に、青天坊はようやく起き上がり、羽団扇でいずみを指した。
「こやつは意志が固い。神代といえど、魂まで浸食されればマガツモノに成り果てていただろう。が、こやつは抑え込んだ。偶におるのだ、魂が固いというか……己が意志を強固に持っている人間が」
いずみが負け、何もかも吞み込まれていたならば。つい、と羽団扇を動かし、二つの旋風を作る。ぶつかり合いながら、片方は呑み込まれ、一回り大きな旋風となった。
「これはまだ、マガツモノではない。ただの『呪』じゃ。命じられた通りにしか動かぬ、木偶そのもの」
「……命じられた獲物の元へ戻る。だが対象はいずみになっていた筈だ」
「たった一人。一人では足りん、跡取りはまだ未熟、器とするにはもっと喰わさねばならん。『家の者共全てを喰らえ』と、そう命じられておったなら、戻るであろう」
ひゅ、と扇ぐと旋風ははじけて消えた。青天坊のぎょろりとした目が、いずみを捉える。
「だからこやつは抑えた。記憶にはなかろうな、お主は己に封じを掛け、強力な結界まで張って抗い続けた」
呪術師は、あの女の欲を利用した。人の姿の呪物を創ろうとした。
仙堂の跡取りならば、それができるやもしれんと考えた。人の道に外れた行為ぞ。
しかしそれは、防がれ返された。己が力を過信していた術師は、体の一部を失い逃げた。
「が、術師の思惑は成就した。お主は時を掛けマガツモノと成り、人ではなくなった。お主は此の世に存在してはならん、呪物よ」
「っっなんて事言うの!!」
目を吊り上げ立ち上がった美虎を、いずみは止める。
鳶色の目は、静かに青天坊を見た。
「恨むか。全ての災厄をお主に押し付け、のうのうと生き永らえ、人として生きる仙堂家が、憎いか」
「……憎いと言ったら、青天坊様はどうなさるんです」
「ここでお主の首、刎ねてやろう」
ピリ、と殺気が膨れ上がる。大天狗を見る幸祐の目が鋭い。
「儂は吉坊の一族を守ると約束した。お主がマガツモノとして仙堂家に害を為すというならば、儂自ら引導を渡してくれる」
「……ならば、その時が来たなら。青天坊様にお任せします」
「今はそうではないと申すか」
はい。いずみはきっぱりと返した。
青天坊に向ける鳶色は、真っ直ぐだ。
「わたしが引き受けると決めたのです。押し付けられた訳じゃない」
「ほう」
「何もしなかったら、できないと諦めてしまっていたら。今の時は、無かったでしょう。後悔はありません、……生きていてくれたのですから」
言葉にも、嘘はない。
それが分かった青天坊は、羽団扇を下ろす。
「それでも、いずれは吞み込まれてしまうかもしれない。……自分で始末をつけられれば、一番いいんでしょうが。わたしがただの呪物に成り果てた時は、お願い致します」
いずみは静かに、青天坊に頭を下げた。
ずっと、考えていた事だ。今は均衡を保って、抑えられている。
けれど何かの切っ掛け一つで、崩れる可能性だってあるのだ。自身が吞み込まれた時、目の前に居たのが弟妹、師であったなら。到底、耐えられない。
「わたしは、もう誰も死なせたくはない」
「……」
幸祐も、美虎も。何も言わず拳を握る。
やはり、己を責めているのだ。例え赦すと言われていても、いずみが養母の命を奪ったのは事実だから。
「……面を上げよ。お主の覚悟、しかと受け取った」
青天坊の大きな手が、いずみの頭をわっしと掴む。そのまま加減無く、わしゃしゃしゃと撫で散らかした。突然の事で呆けるいずみは、されるがままに右へ左へと揺さぶられ、首が折れてしまいそうだ。
「全く、坊のくせに固い。固過ぎる。恨み憎み、欲のまま生きれば楽になるというに、己が信念を貫こうとしおってからに。お主は吉坊か!?いや吉坊の方が固いがの!!」
「き、きち?いだだだだ」
「にっ兄様!?やめなさい青天坊!」
「坊のように泣き喚いて助けを乞うのかと思えば、儂に命を預けるとは豪胆!豪胆極まりない!恐れるどころか儂の力をとことん使うと宣言した吉坊のようではないか!いや吉坊は余程の時しか頼らんかったがな!!」
「いだだだだだだだ」
「やめてー!兄様がハゲたら貴方を一生坊主にするわよ!!?」
いずみを撫で散らかしながら高笑いする青天坊、全く聞いちゃいない。
これは、気に入ったな。幸祐は青天坊を見遣る。
あの天狗が、初代を引き合いに出す事は懐に入れた証明だ。抑えられているとはいえ、いずみが危惧している通り脆いもの。手立ては多い方がいい。
例え人でなくなっていても、失いたくない。これは幸祐の本心だ。
「いだだだだだだだだだだ」
「青天坊。お前の馬鹿力がいずみの首をへし折る前に、私がお前をへし折るがいいか?」
「本気だの幸坊!儂に負けん力を持つお主も、充分馬鹿力じゃ安心せい!!いずみ坊よ!」
意識を飛ばしかけ、ぐにゃりとなったいずみの両肩をがっしと掴む。返事は無いが、青天坊は気にしない。
「約束しよう。お主が負けた時は、儂が終わらせよう。儂は仙堂の者を守る。背負わせぬと、約束しよう」
「……、が、とう、ござます……」
「いずみ坊よ」
「は、はい……」
「よぉ頑張った」
青天坊を見上げる、鳶色の目が丸くなる。
「よぉ一坊を守った、よぉ仙堂家を守った。吉坊に代わり、礼を言うぞ」
「は、……っ」
ぼろ、と鳶色から涙が零れ出る。
……ようやく、坊らしい顔つきになった。青天坊は、うむと一つ頷き、己の立派な体躯を活かして壁となってやるのだった。
……しかし。
いずみに関しては何かと目敏い親子は、しっかり目撃しており。
初めて目にしたその姿に、二人は少なからず動揺していたのである。




