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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第一幕

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20/22

20. 怨霊





 「ごめんくださいまし」


広い、仙堂家の玄関口で、真門華恵(まかどはなえ)は訪いを告げた。

ざわざわと騒がしかった奥が、ぴたりと静かになる。


 「姉上は御在宅でしょうか。約束していたのですが」


カラカラカラ、と廊下に続く引き戸が開けられる。人の気配は無い。華恵は気にする様子もなく、草履を脱いで先へ進んだ。

ゆっくりと廊下を進む華恵の前には、使用人の背が。案内するように先を歩く。奥へ行くにつれ、使用人らが慌ただしく行き来する。


 全く、なんだってこんな時に来るんだろうね、気が利かないったら


 一之進様が襲名する大事な日だよ、少し考えれば分かるだろうに


 奥方様はこの日を待ち侘びていたんだよ、妹御は水を差すような真似を……


すれ違うたびに華恵の耳に入るよう、声高になる顔の無い使用人達。

あぁ、いそがしいいそがしい。使用人らはいつもそう零し、揺れながら消えていく。

華恵が目を向ける時には、廊下には誰も居ない。気配も、音も消える。


 「そう。今日は、新しい当主が生まれる日なのね」


庭園は仙堂家の新たな門出を喜ぶかのように、色鮮やかな花々が綻び、艶な香りで満ちる。四季の花全てが狂い咲き、風に揺れていた。

見上げた空は白く、陽光が無いにも拘らず妙に明るい。

しばらく佇んでいると、奥から音が戻ってくる。随分と賑やかだ。


 あな、めでたやめでたや


 なんと聡明な御子達なんでしょう


 この家の未来は明るいぞ


 流石は奥方様の子だ、幸寅様の子だ、奥方様あっての、この家だ


 大事になされよ幸寅様、こんなできた奥方は他におらん


 あぁ、めでたやめでたや……


華恵は襖をすぱんと開けた。賑やかな笑い声が溢れる。

広間には祝い膳が山と並び、酒樽まで積まれ、祝う為に集められたモノらが、手拍子足拍子と踊り盛り上げる。そのモノらも、顔が無い。

華恵は構わず、広間の奥へ向かう。そして、上座でゆったりと微笑む姉の前に座った。


 「姉さん、こんなにおめでたい場に呼んでくれて、ありがとう」


早紀恵は、華恵を見ていない。宴を眺め、満足気に微笑んでいる。

その肩を抱き、寄り添っているのは幸寅だろう。膳の前で大人しく座り、親達を眺めている子供二人は、一之進と美虎。

しかし、同じく顔が無い。

家族でも、これか。予想していた事だが、華恵は呆れた。

顔が無い幸寅が、一之進を指す。


 お前はもう一人前だ、これからお前が仙堂家を盛り立てろ

 『寅』を継ぎ、お前は今日から『寅一』と名乗れ


一之進がゆっくりと頭を下げる。


 はい、謹んでお受け致します

 父上、母上の恥にならぬよう、これからも精進して参ります


それを見ていた美虎が、肩を揺らす。笑ったようだ。


 兄様、そんなに固くならずともいいのよ

 母様の言う事を聞いておけば、全てうまく収まるわ

 この家の繁栄は、母様の御蔭だもの


幸寅も笑う。


 ああ、そうだ

 早紀恵が居てこその、仙堂家だ

 私はお前と一緒になれて、本当に果報者だ


一之進も顔を上げ、笑った。

あはは、あはははは、ははははは。

感情の無い笑い声が、木霊する。早紀恵は終始、満足そうに微笑むだけ。時折そっと、幸寅に擦り寄る。


 ――ああこれが、姉が求め、欲した形か。


華恵は目の前の、ばかばかしい寸劇を眺めていた。

こうして虚構の世界を作ってしまう程、早紀恵は欲していた。何が何でも手に入れようと、もがいて、もがいて……そして、呪詛に手を出した。


 「……滑稽ね。貴女は全然変わっていない。子供の頃から」


早紀恵は、妹に目を向けもしない。ただ、己の世界に浸っている。

取るに足らぬという事か。華恵は目を細める。今も昔も、姉は妹を見くびっていた。


 「……駄目よ、姉さん。足りないじゃない。もう一人、居るでしょ。家族が」


ぱしん、と手を叩くと、鳶色の髪の少年が現れる。もう一つ、ぱしんと叩き、黒髪の女が現れた。

二人も、やはり顔が無い。

早紀恵の表情が、初めて歪んだ。


 「いずみ君も家族なのに、仲間外れは酷いわ。あんなに、一之進君と美虎ちゃんを可愛がってくれていたのに。この子も一緒に祝いたい筈よ、ね?ほら、こんなに仲良しなのだし」


兄妹はいずみに走り寄り、揃って抱き着く。


 「義兄さんも。唯一のお弟子をあれだけ褒めておいて、呼ばないなんて酷い事、しないでしょ?」


幸寅は立ち上がり、いずみの隣へ。

早紀恵の目が、ようやく此方へ向いた。


 「そうそう、今日はおまきさんも呼んだのよ。お茶仲間だったのでしょう?受け入れるフリをして、子を流す薬を飲ませていたのよね。おまきさんが教えてくれたわ」


 ――ヤメロ、ヤメロ、カエセ、


 『早紀恵、私がお前の思い通りに動かないからといって、周囲に当たるのは子供の癇癪そのものだ。やめてくれ。……いずみは離れに移す。お前は手を出すな』


 ――ヤメロ、ハイッテクルナ、


 『そんなに嬉しいかよ、兄さんが消えて。俺が何も知らないと思ってんのか?!馬鹿にすんな!!』


 ――チガウ、チガウチガウ、カエセカエセクルナッッ


 『母親面しないでっっ!!アンタなんて大嫌い!兄様を返せっっ返して!!!』


 ――私ノ、セカイヲ壊スナアァァァァァ!!!!


宴の場が消える。賑やかだった広間は静まり返り、あちこちにひっくり返った膳が散らかる。

早紀恵の顔は崩れ、土気色の肌が露になっていく。床に手をつき、喘ぐだけの早紀恵を見下ろすは、夫と二人の子。

助けを乞うように手を伸ばしたが、返ってくるのは冷たい紅。

夫も、子らも、早紀恵から離れ、消えていく。

動かない体で必死に這い、手を伸ばし続ける。


 ――チガウ、私ハ、幸寅、サマ……、


 「気付かれるに決まってるじゃない。何故、隠し通せると思えたの?」


空っぽの宴の場に居るのは、早紀恵と華恵の二人だけ。

ぎし、と空間が歪む。虚構の世界が崩れ始めた。


 「姉さんは結局、自分本位なのね。欲しいのは、名誉と名声。家族ですら、姉さんに箔を付ける飾りに過ぎない」


 ――チガウッッ!!チガウチガウチガウッッッ!!!


 「なら何故、顔が無かったのかしら。何故、呪詛に手を出したのかしら。貴女は貴女だけが優秀で、周りの人間は全て下。そう思っていたからこそ、分かる筈がないと嗤っていたのでしょう」


姉妹の間に亀裂が入る。音を立てて、崩れる、消えていく。


 「義兄さんは言わずもがな。一之進君も美虎ちゃんも、……いずみ君も。貴女が思うより、貴女よりずっと、聡明よ。貴女の周りもね。見くびらない方がいいわ」


呆けたように座り込む早紀恵は、聞いているのかいないのか。その隣に、おまきが寄り添う。


 ――イズミが悪イ


 「……この期に及んで?ねえさ、」


 ――アイツガ悪イ、アイツガ、アイツガ全テ壊シタ、消サナケレバ、アイツヲ消セバ!!


 「無理よ。貴女如きじゃ相手にならない。あの子の内のモノに、喰われて終わり」


華恵は、もう生前の面影すらない姉を見遣った。


 「そうそう、義兄さんは来ないわよ。私に任せてくれるそうだから。ずぅっと会いたがってるけれど、姉さんの望みを叶えるつもりはないの」


眼窩を昏く光らせ、早紀恵は咆哮する。しかし、蛇体となったおまきに絡みつかれ、動けない。

幸祐なら、今のように回りくどい真似はせず、跡形なく祓えるだろう。

けれどそれは、早紀恵の望みでもある。苦しくて仕方ない今の状態から、彼に助けて欲しいと訴えているのだから。

それを、華恵は許さなかった。散々貶され利用され、踏み台にされた恨みは、無いとは言わない。しかしそれはとうに、過去の事。

姉をどうしても許せないのは、娘を当たり前のように使おうとした事。

呪詛に手を出した挙句、自分の子を利用し、養子として尽くしていた子の人生を壊した事。

自分の、自分だけの尊厳の為に。


 「貴女が作り出した呪詛は、貴女が持っていきなさい。ここから先は、此世を生きる者達の世界」


華恵の手から、無数の符が舞い散る。


 「貴女は亡者。二度と此方には来られない。……消え去りなさい」


放たれた符は、早紀恵とおまきをも巻き込み、燃え上がった。引き裂くような悲鳴が上がる。

もがいてももがいても、炎は衰える事なく、欠片も残さぬよう勢いを増していく。

華恵と、おまきの目が合った。蛇のそれではなく、生前の目だ。


 ――ようやく、果たせました


ゆっくりと頭を下げ、金切り声を上げ続ける早紀恵を抱き込んだ。

浄化の炎は、更に強く、強く燃え上がった。










 「母さん、」


 「あら、ユエ。待っていてくれたの?大丈夫、終わったわ」


真門家の奥の間から出てきた母を、ユエは気遣わし気に見る。それに、華恵は微笑んだ。

……姉、早紀恵を此処へ連れてきたのは、ユエだ。強い未練と恨みを纏いながら、彷徨っていた亡霊。


 「母さん、これでも腕はいいのよ?旦那様が褒めちぎってくれるくらいなんだから」


 「…知ってる。私が、できれば良かったんだけど……」


 「これは私の役目だったのよ。そっちはどうなの?」


 「…監視役は、先代様に。いずみ様も、それがいいと…」


身を清めながら、華恵はあら、と目を丸くする。よくあの子らが許したものだ。


 「いずみ様の一言で。実際、適任は他に居なかったし。それが無かったら、また大喧嘩が始まってたと思う」


 「あの子は相変わらず凄いわねぇ。あの義兄さんも大人しくさせるんだもの」


もし、彼が居なかったら。そう考えると、背筋が冷える。

姉の暴走は起こらなかったかもしれない。けれど、姉が望んだ、あの歪んだ世界が出来上がっていたかもしれない。幼子は、親に染められやすいから。


 「……ああなっていたら、仙堂家は容易く滅んでいたでしょうね」


 「母さん?」


外側から見ていたから、彼には分かったのだろう。あの家の、歪な部分が。

だからせめて、兄妹は守ろうとした。自分ができる範囲で、動いていた。

それが、姉には恐ろしかったのだろう。思い通りにならない事を、何よりも厭う人であったから。


 「ユエ、明日義兄さんに、全て終わったと伝えてくれる?」


 「勿論。今からでも、」


 「ダメです。ユエは今から私とお話しましょう。折角帰ってきたのよ?娘と過ごす時間が何よりも、疲れに効くんだから。旦那様もそろそろ帰ってくるし、久しぶりに団欒しましょ、団欒!」


えぇ、とためらいつつも嬉しそうな娘の顔を見て、華恵はようやく、肩の力を抜いた。







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