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2. 目が覚めたら 【二】





 「お待ちくださいっ……!近付いてはいけません、相手はっ」


 「化け物でもない穢れ者でもない!!あれはいずみ兄さんだ!」


 「まだ分からないでしょう!」


外が騒がしい。ガチャガチャと鍵が開けられる音がする。いずみは目を開け、グラグラとする意識を抑えながら、布団へと這い戻る。

駄目だ、全く分からない。自分の中に居るという『呪』は、静かだ。眠っているのだろうか。

意識を失ってから、そう時間は経っていないようだ。


 「……いずみ、にいさん?」


太い木の格子。その向こうに、襖がぴったりと閉まっているので想像するしかないが、そこにも扉があるのだろう。鍵の音は忙しなく続いている。

数人がかりで止めているのか、荒い足音が……いや、誰か蹴られたか投げられたかのような音もする。随分と大暴れしているようだ。

聞き間違いでなければ、自分の名が出たような。布団を掛け直し、寝そべるいずみは首を傾げる。

いやだが、それでも一回眠らなくては。いずみは目を閉じた。


 『……お主、肝が据わっとるの…』


起きてたのか。

仕方ないだろう、と心の中で言ちた。意識が戻ったと知れたら、何をどうされるか分かったものではない。これ以上の混乱は御免だ。


 『まぁ良いか。我もあやつは苦手なのだ』


『呪』は、向こうで騒ぐ者らを知っているらしい。訊いた方がいいか、と思案していると、鍵が開く音。

襖が乱暴に開けられる。すう、と風が通り、外の気配が座敷牢に入ってきた。

いくら整っていても、四方をぴたりと閉じられていたら、閉塞感がある。外の空気を吸いたいと、そう考えていた事もあり……目を、開けてしまった。


 「……」


此方を見下ろす青年と、目が合った。

格子の向こうに居る青年の目は、紅い。稲穂色の髪。いずみは、記憶の奥に居る弟と重ね、思わず微笑んだ。


 「……あぁ、懐かしい、いろだ」


 「っ、……待ってくれ、いま、今開けるから」


はて、と首を傾げる。青年は泣きそうになっていやしないか。鍵を持っているのだから、大暴れをしていたのは彼なのだろう。自分を出そうとしている彼は、何者だ。少なくとも、いずみには記憶がなかった。

足音が近付いてくる。青年は、あっという間に取り囲まれた。揃いの着物を身に着けた男達だ。しかし、青年は目もくれず、鍵と格闘している。止めようとした一人に、的確に裏拳を入れて。


 「諦めましょうよぉ、もうこうなったら誰も止められませんよぉぉ!」


 「馬鹿か!!放っておいたらマガツモノが出て、っっ?!」


 「離れて下さい寅一様!!マガツモノがっっ、」


 「うるせぇな!!お前らが騒ぐから、うまく鍵がはまんねーだろうが!!!」


 「そっそそそんなことより、おき、起きてます起きてるマガツモノがっ!!」


 「それがどうした!つかお前ら無礼だろうが!ここに居るのは俺の兄さんだぞ!!」


いずみは静かに、事の成り行きを眺めていた。元よりここまで騒がれたら、眠るのも難しい。現状把握をした方が良さそうである。

青年は『とらいち様』と呼ばれていた。この男達の頭だろう。後から来た三人は動揺し、此方に恐怖の感情を向けている。少しでも離れたいという気持ちを、隠せていない。

座敷牢は、お世辞にも広い造りはしていない。襖を開ければすぐ、幅の狭い廊下に頑丈な格子。それだけが、四人といずみを阻んでいた。

いや、と格子に目を遣る。符が張り巡らされているので、結界もだ。

ここまで厳重に閉じ込めるのは、自分の中に居る『呪』の存在を警戒しているのだろう。


 『その通り。いやはや、お主は理解が早くて助かる』


相槌を打ってくるが、まだ全く理解していないのだが。訊いた方が早いのかもしれないと、いずみは一人頷く。騒がし過ぎる上、青年はまだ鍵に手間取っている。恐らく逆だ、それでは入らない。


 「マガツモノとは、わたしの事なのか?」


シャベッタアアァァァァ――――ッッッ!!???!

三人が仲良く悲鳴を上げた。青年だけが、輝く表情を向けてくる。鍵が落ちた。


 「反応を見るに、そうだと判断して良さそうだね。……わたしは何をしていたのか、記憶が無いんだ。教えてくれないだろうか」


 「記憶が無い……っ?!じゃ、じゃあ俺の事も分からないと??!」


 「……悪いけれど。うん…、でも似ている子は知っているよ」


途端に落ち込む青年に、いずみは鍵を拾って渡す。


 「その髪に目の色、弟とそっくりだ。……あの子はどうしているだろう。無事に、生きているだろうか。見届けられなかった……それが心残りだったように思うんだ」


 「……、……仙堂、一之進」


 「…知っているのか?教えて欲しい、イチは、無事なのか?元気なのか?」


青年は下を向いたまま、答えない。オロオロオロと三人の視線は、泳ぎまくる。


 「 、あ、あぁ、そうだな……。わたしは、マガツモノ、だったな」


答えられる筈もない。『呪』は表に出ていないだけで、まだ居る。うかつに口にすれば、また一之進を狙うと思われても仕方がないのだ。

せめて、弟妹が元気だと知れたら良かったのだが。いずみは壁を感じ、下を向いた。

分からない事が多過ぎるが、これだけは分かった。自分は、禍をもたらす厄介な存在なのだと。


 「……」


沈黙が、座敷牢を包む。しかし、男三人の焦りと動揺ぶりが酷過ぎて、空気がどことなくうるさい。オロオロオロロオロロと視線が行き来する。


 「………す、」


みし、と音がした。


 「………れ、です、」


みし、みしみしと。不穏な音に、いずみは顔を上げ座敷牢を見回す。

気のせいか、格子が少し曲がっているような。青年の指が、太い堅牢な格子にめり込んでいるような。


 「仙堂一之進は、俺です!!!此処に、居ます!!!!」


べっきゃああぁぁ、と、青年……改め仙堂一之進は、堅牢な格子を素手で破壊した。輝く笑顔で。

それを、無表情で見上げるいずみ。


 「兄さんの御蔭で、俺はこうして生き、且つ元気です!!ああ、やはり兄さんは兄さんだ!人を思いやり慈しみ誰よりも慈悲深い……!!」


一之進は、邪魔だとばかりに格子を投げ捨てた。男達の悲鳴が上がる。

二人を阻む、牢も結界も消えた。一之進は笑顔のまま、固まるいずみの手を取る。


 「出よう、いずみ兄さん!兄さんにこの場所は似合わない。景色のいい部屋があるんだ、そこに行こう!」


展開についていけず、されるがままのいずみ。


 「安心してくれ、兄さんに何か言う奴は俺が黙らせる。その為に俺も美虎も、力をつけたんだから。成り行き上、当主になっちまったけど問題は無い。寧ろ当主は絶対!逆らわせるものか!!」


この男、当主の権限を全力で利用するつもりだ。

いずみは引きずられていく。だから『寅一』と呼ばれていたのかと、他人事のように考えながら。


 『だから、言うただろう。苦手だと』


『呪』の声音は呆れている。だから、それだけで分かる訳ないだろう。

止める術も分からぬまま、当主と……いずみの姿を確認した者が固まり、或いは慌てふためいて駆け出し。

これはまた騒ぎになるぞと、いずみは上機嫌な暫定弟を見上げ……諦めた。




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