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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第一幕

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17/23

17. 先代、語る




……幸寅は違和感を覚え、らしくもなく走っていた。

家の方角から、濃い気配がするのだ。例え何かに襲撃されていても、いずみが控えている筈。あの子は簡単にはやられはしない。それは誰よりも、幸寅がよく分かっている。

けれど、


 「いずみっ!」


仙堂家からはじき出されるように、姿を現した弟子の様子が明らかにおかしい。

瘴気を纏い、合った目の色は黒く変わっていた。

いつもより強力な結界は、ザシキワラシが張ったものだろう。家を守る事に特化している妖魔は、害を為すと判断したモノを遠ざける。


 「何があった、何故お前が呪を受けている」


 「……、……イチ、……引き受ケタ。あの子は、モウ大丈夫です」


いずみは本来、呪を受け付けない。元々そういう体質で、いずみ自身を守る能力であった。それが今は、無い。無防備なまま、呪に侵食されている。苦しげに息を吐き、身体がよろめく。

急いで手を伸ばした幸寅だが、符に弾かれ声を荒げた。


 「何故対象を変えるなど馬鹿な真似をした!?」


 「……侵食、ガ、早イ……。アノ子が、耐えらレ、ない。アナタが戻るマデ、待てナカッタ」


 「お前でも抑えられないのだろう!結界を解けいずみ、私なら祓える!」


 「だめ、ですよ。幸寅さま」


ゆっくりと首を振り、微笑んだいずみの目が、本来の色に戻る。


 「これは、わたしが引き受けるものです。貴方にも、イチにも美虎にも、背負わせませんから」


 「なにを、」


 「わたしが勝手にやった事だと、恨んで切り捨てても構いません」


それは一瞬で、再び真っ黒に塗り潰された。

間に合わなくなる。幸寅は力ずくで結界を破ったが、溢れた瘴気で視界を奪われる。


 「……っいずみ!」


それを祓い、顔を上げた時にはもう。

いずみの姿も気配も、何もかもが消えていた。









叔母は、綺麗な人だった。

それは本人もよくよく分かっていて、周囲の人間が口にする賛辞を当然のように受け取っていた。立ち振る舞いも堂々と、美しく。叔母がそこに居るだけで、華やいだ雰囲気になった。

対して、母も綺麗な人だが、大人しく内気で。周りはどうしても叔母と母を比べたいのか、賛辞の後には必ずと言っていい程、母への酷評があった。

母はいつもの事だと流していたが、叔母の表情は優越感に満ちていた。

苦手な人だと思った。できるだけ近付かないようにしていたが、向こうは違った。

事ある毎に、吹き込んでくる。養子として入ってきた、『いずみ』がどういう子か。

……今なら分かる。何故、そんな事をしたのか。


 「先入観を持たせて、貴方の存在を疑う。私を、手駒にしたかったのかもしれません」


 「やりかねないねぇ、早紀恵なら」


うすらと笑う幸祐を見、いずみは無言のまま、真門に視線を戻した。

彼女が早紀恵の思い通りにならなかったのは、母親の御蔭であるらしい。姉妹なのだ、姉の性格はよく分かっている。


 「何を聞かされても、自分の目で、耳で得たものを信じなさいと。私はいずみ様と同期でした。貴方は話題になる事も多かったですし、見る機会も。……それもあって、私は外側に居ることができました」


 「……そうですか…。すみません、覚えてなくて……」


 「お気になさらず。それで、」


 「事実だよ。あいつは、いずみの呪詛返しを喰らったんだ」


あっけらかんと告げる幸祐に目を見張り、知っていたんですかと真門は問う。


 「一之進も美虎も、承知してるよ。あの子らも馬鹿じゃない。自分の母親が、呪詛を使っていずみを殺そうとした。早々に気付いていたね」


幸祐は笑ってはいるが、ぞっとする程冷えたもの。真門は、確信した。

母親の話になると、寅一も美虎も同じ空気を纏っていたのだ。周囲の者は理由までは分からずとも狼狽え、禁句となるには時間が掛からなかった覚えがある。

彼らはまだ、赦してはいないのだ。


 「……狙われたのは、寅一様だったと聞いておりますが…」


 「いずみが何もせず、見ているだけだと思うかい」


 「……、まさか…自分の子を、使ったのですか?!」


 「私も大概のようだけど、あいつも『母親』ではなかったよ。それらしい事は言っていたけどね」


早紀恵は、優秀であった。周囲が手放しで称賛する程に。そして、周囲が放っておかない程に、美しい人だった。

彼女は生まれながらに全てを持ち、思い通りにならない事は、何一つなかった。

彼女と幸祐が一緒になったのは、家同士で決められた事。

年頃にはもう我が強く、何にでも口を出し自分で決めていた早紀恵だが、婚姻に関しては何も言わなかった。仙堂家が大家(たいけ)であり、幸祐が実力者で外見も申し分なかったからだろう。

正に、順風満帆。しかし。

子が、できない。

同じ時期に結婚した者らは子を成し、役目を果たしているのに。

更には、後に結婚した妹にすら。


 「跡取りが無いのは大問題だ、何人でも囲え…と。周りは好き勝手な事を言うよ、面倒で仕方なかった」


 「……囲ってましたね」


 「……囲っていたと聞いていますが」


 「一人だよ。能力があるなら養子でもいいじゃないか。お前を見付けた時、そう思ったんだよ。でも、あいつは『自分の子』に拘った」


幸祐が見出した子だ。表面上は、受け入れた。けれど自分も幸祐も持っていない、鳶色の髪と目は、早紀恵には異質なモノに映った。子を授かった後は、尚更。

彼女はあからさまに、いずみを遠ざけた。一之進にも、美虎にも、存在を教えなかった。居ない者と、扱った。

しかし、いずみの能力は無視できない程で。いつか幸祐と並ぶのではないかと、周りが期待する。話をする。完全には、消えてくれない。

その上誰も、自分の事は話題にしない。あれほど褒めそやしていたのに。あれほど羨望の目を向けていたのに。

もう一度見られる為には、正当な跡取りが優秀でなくては。赤の他人に負けるなど、あってはならない。


 「叔母も先代様も、厳しかったと。母は異常に感じていたようです」


 「真門さん、幸祐様に限っては、素です。この人、自分ができる事は他もできて当然と思い込んでるので」


 「…そうでしたか。苦労なされたのですね、いずみ様も」


 「こんなに話を聞かない人が居るんだなと、幼心に思ったものです」


 「私の子なら、できると思うじゃないか」


 「貴方とあの子らは別だと、何度言わせるんです」


ぎろ、と睨まれている筈の幸祐は、堪えた様子もなく笑顔だ。師と弟子の間には、気安い空気が流れていた。

真門は思う。これも、叔母にとっては気に入らないものだったのだろう。少なくとも、夫婦で並んでいる時に見た姿ではない。幸祐が、いずみを特別視しているのは明らかだった。


 「いずみ様は、どう思っていたのですか。叔母の行動を」


 「……どう、取り繕っても。他人ですから、わたしは。でも、引き取られないままだったら、わたしは何処かで野垂れ死にしていたでしょう。恩人で、感謝もしていた。その気持ちに嘘はありません」


でも、家族にはなれないと、諦めていました。そう答えるいずみに、真門の心は痛む。

子供がたった一人、何もわからず放り出されて生きていける程、世の中は優しくはない。

幸祐に見付けられたのは、運が良かったのだ。厳しいだけの修行に耐えたのは、少しでも恩を返す為。けれどその頑張りが、早紀恵を狂わせたのだとしたら。呪詛を使うまでに追い詰めたのだとしたら。

そうだとしたならば、


 「わたしに直接、向ければよかったんです」


ぞわ、と背筋が粟立つ。いずみの目は鋭い。

真門は逸らしたくなる気持ちを抑え、視線を合わせる。


 「あの人は自分の子を使った。まるで道具のように。あの人だって分かっていた筈だ、呪詛がどういうものか。分かっていながら、使った。それが許せなかった」


 「……いずみ様は、いつ気付かれたのですか」


童子と河童が、いずみによじ登り頭を撫でる。それで我に返ったか、怒気は収まった。お前は怒ると怖いねぇ、と幸祐は平然としたままだ。胆力が違う、と半ば呆れる真門。


 「…すみません。……呪詛を引き受けた時です。それまでは確信が持てなかったのですが…。術者と、あの人が視えた」


真門は更に呆れるやら驚くやら。

マガツモノになるくらいだ、強力な呪詛である事は把握していた。対象を変える行為自体、難しいというのに。正気を保つので精一杯の最中、正確に呪詛返しを行うのがどれほどの事か、想像がつかない。

それを考えれば、いずみは相当の腕を持っていたと言える。単純に狙えばしっぺ返しを喰らうと予想できたから、早紀恵は自分の子を利用する事を思いついたのかもしれない。

決して、許されるものではないが。


 「術者はまだ生きてる。素人じゃないからねぇ、対策はしてたんだろうけど」


幸祐は、古寺に残されていた痕跡を思い返す。四方に飛び散ったままの、血の跡。

案内を頼んだ年寄りが腰を抜かしていたので、中々の惨劇の跡であったのだが。弟子の仕業と分かった幸祐には、愉快な現場だった。


 「腕か足か、或いは両方か。使い物にならなくなったのは、間違いないねぇ」


対策をしていた術者でも、体の一部を奪われ。

依頼した早紀恵は、命を落とした。

幸祐の妻を、兄妹の母親を奪ったのは、いずみだ。

だから恨めしいと、憎いと、


 「私はお前を恨めないよ、いずみ」


恨んでくれていい。いずみがそう言い残したのは、誰が何をしたか、分かっていたから。


 「早紀恵はお前が何もせずとも、同じ最期だったろう。人を呪わば穴二つ。これを知らないとは言わせんよ、退魔師の家の者が」


 「……」


 「折角戻ってきたんだ。もう居なくならないでくれ。本当につまらなかったんだ、この十年は」


下を向いているいずみが、どんな表情なのかは分からない。

けれど、跳ね除ける事無く、大人しく頭を撫でられていた。






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