16. 先代、戻る
……一週間前は大変だった。いずみは思い返し、溜息一つ。
神隠し騒ぎは、まだ後始末は続いているが、とりあえず収束。
無事に戻ってきた兄妹と、突然帰ってきた先代が鉢合わせ、説明する間もなく仁義無き親子喧嘩勃発。
尚、いずみを襲撃した者らはその争いの最中、全員綺麗に庭の池へ蹴り飛ばされていた。
その折、その庭の池を棲み処としていた河童がさめざめと泣き。怨もうとしたとて、相手は凄腕退魔師三人。涙を流したまま見つめられたいずみは、池を浚って全員回収。童子と真門も手伝ってくれた。
襲撃者を縛り上げながらの真門曰く、
『もうこうなったら誰にも止められません』
八割方諦めた口調であった。しかし。
離れが棲み処の童子が怒り、親子の頭上にタライを連続で落とし、見事止めたのである。
が、当然ながら荒れに荒れた離れ。とても休めたものではない。現在、迅速に修理中。いずみは大人しく、童子と河童を連れ、修理が終わっていた座敷牢へ。
母屋に来たらいいと訴える兄妹を断固拒否し、半ば立て籠もる形になっている。何かと兄妹が出そうとするので、鍵を童子に預けたからだ。
相変わらずの閉塞感だが、以前とは違い、襖は閉じられていないので見通しやすくなっていた。以前より、堅牢になっている気はするが。
「お前は酔狂だねぇ。自分から牢に籠るなんて」
隣に話し相手が居るのも、以前とは違うか。いずみは寝転がる師を、ちらと見遣った。
「その言葉、そのまま幸寅様に返しますよ」
「幸祐」
「…幸祐様は母屋に行かれては?」
「追い出されて終いだよ。一之進と美虎のあれを見ただろう?だったらお前と居るよ」
我が子から、凄まじいまでの殺気をぶつけられたというのに、あれの一言で済ませるとは。十年経っても、本当に相変わらずのようである。そして、その実力も。兄妹の攻撃をほとんどあっさり、いなしていた。そのせいで、余計に離れが荒れたのだが。
ごろんと寝返りを打ち、此方を見てくる幸祐は、随分機嫌が良さそうだ。
「本当にいずみなんだね」
その一言で、幸祐が帰ってきた理由を察する。なんやかんやで、我が子が心配だったのだろう。仙堂家にマガツモノが居ると、知っている者は知っている筈だ。
「わたしですよ。…一応は、ですが。イチや美虎、仙堂家の面々を傷付けるような真似はしません」
「あれらは自分でどうにかするだろうから、どうでもいいよ。それより、いずみ。お前の内に飼ってるそれは何?」
ん?と首を傾げるいずみ。
我が子が心配で帰ってきたのではないのか。それどころか、どうでもいいとか言ったな。
「私はね、いずみ。お前が居なくなってから、つまらなくて仕方なかった。お前を奪った呪が憎くてたまらなくて、つい、呪術師を片っ端から潰しちゃってね」
「つい、で出来る所業じゃないでしょう。何をやってるんですか。まさかと思いますが、十年間それをやり続けてたんですか?」
「うん。お前……じゃないな。本来は一之進に向けられたモノだ。…それを追っていたんだけどねぇ。逃げ足だけは早いよ、使っていただろう古寺は、もぬけの殻だった」
でも。幸祐は身を起こし、距離を詰めるといずみへ微笑んだ。
「お前、呪詛返しを使っただろう。向こうはそれで逃げ出した。それが分かった時は、愉快だったよ。やっぱりお前はただではやられない、面白い弟子だ」
「褒めてます?」
「この上なく褒めてるよ。……まぁ、どちらにせよお前は居ない。つまらないままだと思っていたら、帰ってきたと聞いてね。私もこうして戻ってきたんだよ。お帰りーいずみ」
「いやいやいや。繰り返しますが、本当に何をやっているんですか貴方はっ。呪術師追うより自分の子らを守るのが優先でしょうがっっ。一応父親なんですから!」
「あはは、その説教、いずみだ。あの子らは私をアレ扱いするんだよ?父親と思ってないよ」
「そうさせたのは貴方のその態度ですよ!!!わたしは以前から言ってましたよね?!父親の自覚持てって!いつまでも自由奔放に動くなと!!」
笑顔の幸祐に抱擁される前に距離を取り、目を吊り上げて新調された畳をびしりと叩くが効果は無い。童子と河童も真似をして、びしびし畳を叩いている。
怒られている筈の幸祐は、ニッコニコのまま見つめてくる。真面目に聞けと言っても、これだ。十年前からだ。ああこの人こんな感じだったと、いずみは脱力した。
「イチと美虎がああなるのは、もう仕方ないです。いつまでも親子喧嘩してください。相手にしてくれるだけ、良しとしてください」
「投げ出すのが早いよ、いずみ。もう少し寄り添ってくれてもいいじゃないか」
「年単位のふっかい溝は埋められません。諦めましょう。幸祐様にできる事は、視界に入らないよう大人しくする、それだけです」
「酷いなぁ。一之進が継ぐまで、私当主頑張ってたよ?一応、修行にも付いたし」
『当主として』我が子に接していたのであって、『父親として』ではないのだろう。その違いが分かっていない辺り、幸祐はそもそも『親』に向いていないのかもしれない。
「ほんとーに、貴方は父親としてはポンコツですね」
「そうズケズケ言うのはお前くらいだよ」
……本当にずけずけ言ってんな。
実は居た、見張りの三人組は静かに耳を傾けていた。先代が声を弾ませるなど、初めてだ。三人は顔を見合わせる。
彼らは以前にも、座敷牢にて『いずみ』と対面した。鳶色の髪に同色の目。その面差しは穏やかで、見た目はただの人。本当にマガツモノなのかと首を傾げたものだ。何より驚いたのが、寅一の表情が一気に変わった事。
それまでは、兄妹揃って何処か冷たい印象であった。冷静とはまた違う、無感情と言ってもいいくらいで。それが、『いずみ』に会った途端に、凍っていたものが一気に融けた。そんな感想を抱いた三人である。
「まさか、先代も…?」
「そういう事だろ」
「何者なんだろう、彼って…」
「三井、馬淵、鹿沼」
三人にとっては、マガツモノだけでなく先代も恐い。姿を見られないよう、襖ごしでコソコソしていたが、真門に呼ばれ姿勢を正す。
「代わります。貴方達は万が一の時、寅一様を止めてください」
え゛、と三人は固まる。今現在、寅一は相当お怒りなのだ。唯一止めてくれそうな、美虎も。
絶対大荒れになると思ったから、見張りを買って出たというのに。何かあっても先代居るし、大丈夫!……と楽そうな方を選んだのに。
「え、えーと、真門様が居た方が、寅一様も冷静に事を運べると思いますがっ」
「無駄です。とうに二人、やられました」
「やられたの?!寅一様やったの??!」
「残り四人。美虎様も参加されてますから、あとどれくらい持つか」
「真門様?!なんでそんな冷静なんですかっ?!」
「やったとはいえ、まだ息はあります。それに、当主の命に背いた彼等にも非はありますから」
「あの、真門さんとそこな三人組の人。少しいいかい?」
びっくうぅぅ、と肩を揺らした三人に対し、真門はよく見えるよう、襖を全て開けた。
「程々にと、寅一様と美虎様に伝えて欲しいんだ。当主が感情のままに動くのは、余り褒められたものではないと思うから」
「…他には何かありますか?」
「他?特には。……あの後からは忙しなくて、ろくに話せていないしね…」
「……分かりました。三井、これを寅一様に。必ず渡しなさい」
真門はすばやく書き付け、折り畳んだ紙を三井に手渡す。三人組は否応なく行く羽目になった。
とぼとぼと、けれど足早に去る後ろ姿を見送ると、真門は格子の側にきちりと座る。それに驚くはいずみ、目を細めたは幸祐だ。
「おや……お前も恐がってると思っていたよ。ユエ」
「これまで見て、私が出した答えです。今のいずみ様は、人に害を為すモノではない」
真っ直ぐに見つめてくる真門に、嘘はない。
「改めまして、私は真門ユエ。八年前から、仙堂家に仕えております」
「……あなたが、ずっと二人を守ってくれてたんですね。ありがとうございます」
いずみに深々と頭を下げられ、真門は虚を衝かれたように固まる。礼を言われるとは、思っていなかったのだ。
彼は、本当に兄妹を大切に想っている。目の前に居るのは知っている彼だと、真門は安堵した。
「いずみ様。貴方に訊きたい事があります。……不愉快に思われるでしょうが」
真門は幸祐を見、そしていずみを見た。
「……貴方が、早紀恵様を死なせた。それは、本当でしょうか」




