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13. 神隠し 【四】





 「私、寅一さんに助けて欲しくて……!」


周囲の微妙な空気も意に介さず、華は涙目で寅一に縋る。

阻む美虎と真門が間に居なければ、抱き着いてしまいそうだ。…実際にやれば、彼女は助けを求めた当人に、跡形なく消し飛ばされていただろう。寅一の顔は凶悪だった。


 「へぇ?お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」


 「分かっております!重々承知してます!でもこのままだと私、ひぃっっ??!」


 「散々好き勝手しといて、助けてくれだと?寝言は寝て言えや」


凶悪顔の寅一に、襟首掴まれ持ち上げられ、華はようやっと青い顔で慌て始めた。ただ、完全に気圧されて、違う違うとかぶり振るしかできていない。

傍目には、いたいけな少女を脅す当主にしか見えない。事情が分からぬ者達に、動揺が広がっていた。こんな状況になっても、正体を隠し続ける華の能力は中々である。


 「寅一様、一旦落ち着いて下さい」


 「イチ兄様、話を伺いましょう」


美虎とて、何を図々しい事をと胸倉掴んで揺さぶってやりたかったが、兄の御蔭で冷静になれた。真門と共に、二人を引き離す。必死の形相で縋り付いてきた華に、笑みを一つ。


 「しばき倒すのは、話を聞いてからでも遅くはありませんわ」


 「ひぃぃぃぃぃっっ??!」


 「貴方達は下がりなさい。お二人とも、此処では目立ちます、別の場所で……」


真門がピタリと止まる。彼女も、華が人間ではないと気付いているようだ。妖魔を入れる部屋など、無い。


 「私が斬り捨てますか?」


 「ひぃぃぃぃぃっっっ?!!?!」


刀の柄に手をやった、本気の真門。更にざわつく、仙堂家正面玄関。

その隙間を縫うように、ひらひらと一枚の人型が舞い飛んでくる。それはくるくると、寅一達の周りを飛び……、


 「ひぃぶっっ」


 『来い』


びしゃりと華の顔に張り付き、引っ張り始めた。華はそのまま、滑るように屋敷の中へ。わたわたとした手足を動きと、合っていない。あの方向は、離れだ。


 「流石兄さん、気付いてたぁ……」


 「そうですわ、気付かない筈ないですわー……」


兄妹の、何処か感動している様子に、やはりかと真門は離れを見据えた。


 「この場は私が。後で参ります」


 「真門、来るの?」


 「はい。見届けたい件ですから」


その一言で、美虎は兄にバレた訳が分かった。






……真尋はぐったりと、なんとか座っていた。出会いから今に至るまでの経緯を、ごっそりと白状させられたからだ。逸らす事も逃げる事も許されず、弁解する余地すらないまま。


 「そんなに一理華という子が大事なら、全部白紙にしてもらったらどうだい?美虎に悪いと言うのなら、せめて行動で示すべきじゃないか?」


風が通るよう、障子は開けられているのに、部屋の空気は重く冷たい。その根源であるいずみの目が、すいと細められる。


 「それとも、こうして仙堂家に……寅一様に会いに来たのが、自分の覚悟を伝える為だったのなら。わたしは要らぬお節介だったかもねぇ、どうなんだろう真尋君」


 「か、かく、覚悟?」


 「そう、覚悟。何が何でも、この子と添い遂げるという、覚悟」


いずみが手をすい、と動かすと、どんどん悲鳴が近付き、人が飛び込んできた。ふぎゃっっ、と顔から叩きつけられた少女の背格好は、見覚えがある。真尋は目を見張った。


 「華っ?!っ……ど、どうして、」


 「え、あ、その声は……真尋さん??なんで??」


がばと身を起こした華の顔には、人型が張り付いたままだ。そのまま辺りを見回し、いずみの存在に気付いたか、思い切り肩を震わせる。


 『こやつ、我に気付いたぞ』


 「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!殺さないでください!!」


華の体も声も震えており、心底怯えているのがよく分かる。これが芝居なら大した役者だ。

何かしたのかい?心の内で呪に訊いてみるが、知らんと一言、素っ気ない返事であった。真尋が声を掛けても、華は必死に命乞いを繰り返すばかり。いずみは睨まれてしまった。


 「華に何をしたんだ?!」


 「何も。初めましてだよ、彼女とは」


 「こんなに怯えているのに、何もない訳あるか!お前が脅したのか?!」


 「どうやって、会った事もない相手を脅すんだ。決めつける前に、彼女に訊いたらどうなんだい」


 「うるさい!!穢れ者の言う事など信用できるか!これ以上喋るな近付くな!穢れが華にうつる!」


埒が明かない。いずみは溜息を堪え、口を閉じた。片方は極端に怯え、もう片方は激昂。話し合いなんぞできないだろう。落ち着くのを待つか、それとも。

いずみは、目の前の二人が畳にめり込む様子を眺めていた。それをやったは、殺気を隠しもしない、兄妹である。揃って凶悪顔で、容赦なく。

畳が耐えられず、床板も割れた。







 「真尋さん。私、今日という今日ほど、貴方に怒りを抱いた事はありませんわ。婚約白紙以前に、もう斬り捨てていいかしら?貴方如きが、私の兄様を貶していいと思っているのですか?」


 「随分とややこしくしてくれたなぁクソアマ。てめぇ何しに来た?俺の兄さんを愚弄させに来たのか?あ?ビビッてねーで答えろや」


場の空気もなんのその。童子と河童は、破壊された畳をつつき、穴を覗き込んでは遊んでいる。気を付けるんだよと声を掛けるいずみは、縁側へ移動し庭を眺めていた。

正座し、ただ震えるだけの真尋と華の首に、刀を突き付ける兄妹の姿。あれこそ脅しだ。絶対に堅気じゃない顔をしている。


 「み、美虎、その、」


 「いずみ兄様は、私達を守り、慈しんでくれた最愛の方。そんな兄様を穢れ者だと罵倒する貴方は何様ですの?何処の立場からモノを言ってますの?婚約者という立場から退かず、そこな女の手を取るわけでなく、何もかも中途半端な貴方が、いずみ兄様を蔑むなんてよくできたものですね?」


 「聞こえてねーのか話せっつってんだよ。大体誰よりも慈悲深く懐深い俺の兄さんが、手ぇ出す訳ねぇだろうが。兄さんがうるさい?お前らのがきったねぇわ。さっさと吐け、首飛ばされてぇのか?」


 「ひぃぃぃぃ………!」


輩だ。輩が居る。十年という歳月は、無情なものを見せてくれた。

いずみは指を動かし、人型を取り返した。ずっと華の顔に張り付いたままだったのだ。あの状態で逃げようなどとは、考えないだろう。

……真尋の悲鳴が上がった。華を突き飛ばし、必死に後退り距離を取る。寅一は、それを殴って止めた。


 「うるせぇ。この程度で騒ぐな」


 「…っっだ、だって、かおっ!かおっ、が!!?」


身を起こした華には、顔が無かった。目も鼻も、口も無い。ただ、つるりとした輪郭がある。当の本人は、あれま、と顔を撫でるだけ。腰を抜かす婚約者を見る美虎の目は、冷たい。


 「のっぺらぼうですね。あなたは確か、喰った人間の姿を模すのでしたっけ。その程度の能力で、この仙堂家に乗り込んでくるなんて、いい度胸だこと」


 「く、喰った?」


 「ここまで驚いてくれてよかったな。いい反応が得られたんだ、もうやり残した事はないだろ」


 「お、おおおお待ちをお待ちを!?浅はかなやり方で取り入ろうとした事は謝りまする!しかししかし、私の話も聞いて頂きたいのです!昨今、都を騒がせております神隠し、その正体を私は知っておりますっ!どうぞ平に平にっっ!」


 「全部吐いてくたばれ」


情け容赦ない寅一の鋭い眼光に、華……もとい、のっぺらぼうは地に伏すばかりだ。それを青褪めたまま、茫然と眺める真尋。まだ、理解しきれていないようだ。いずみは呼び掛けた。


 「どうだい、真尋君。彼女は見ての通り、人じゃなく妖魔だ。添い遂げる覚悟は決まったかい?」


一気に離れが静まり返る。

童子と河童も動きを止め、兄妹も怒りを瞬時に抑える。のっぺらぼうが吹き出した。


 「ぶっふう!!何言ってんですかぁ、この人にそんな度胸ありませんよぉ!口は達者ですけど本気じゃないなって分かるし!結局の所、婚約者さんに未練があるんでしょーねぇ、というか家を出るまでの根性が無い?いえいえその前に私そんな気一切ありませんよ!!」


 「少し黙っててくれるかい。お前がどんな情報を持ってるにしろ無事に此処から出られると思うな」


 「なっ、そりゃ…ぶっっ?!」


童子と河童のグーが入った。のっぺらぼうは沈む。


 「真尋君」


 「っっ、」


 「わたしは他人だし、また過去の人間だ。でもね、妖魔が隣に居ても全く気付かないどころか籠絡されてしまうような人間に、大事な子らを任せようとは思わない。能力あるなしは関係無いよ。人には誰しも勘が備わっていてね、どんなに妖魔が上手く溶け込んでも違和感を覚えるものなんだよ。それでも何も感じないというのは、無関心か己で勘に蓋をしたかだ」


真尋は後者だろう。一理華という人物に惹かれていたのだから。


 「君は退魔師としての自覚と覚悟が、少しばかり足りない。よって、……わたしはこの男は美虎様に相応しくないと判断します。寅一様」


 「ん?」


 「当主様が、良い判断をしてくれますよう」


頭を下げるいずみを見て、あぁ、外への態度はこうするって事ねと理解した寅一。のっぺらぼうは伸びているし、一先ず真尋から片付ける事に。


 「妹との婚約は破談。この件も後、竹岡に連絡を入れる。訊くなよ、こうなった理由ぐらい分かるよな」


告げられた言葉がようやく届いたか、真尋の顔が青を通り越して白くなる。縋るように美虎を見るが、冷たい紅が返ってきただけだ。


 「どうぞ、妖魔とでも何でも、お幸せになってください」


 「っ、……、」


真尋は、がくりと肩を落とした。







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