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12. 神隠し 【三】 





 「初めまして、になるのかな」


にこりと微笑む、目の前の青年。穏やかな空気を纏う彼は、寅一とも美虎とも似ていない。

鳶色の髪と、同色の目。彼の色だけ、仙堂のものではなかった。

けれど、彼が持つ退魔の腕は、仙堂家に相応しい力。だからこそ、養子であっても彼は『長兄』として、この家に居られるのだ。


 ――けれどそれは、過去の話だろう?


真尋は知らず知らずの内に、拳を強く握っていた。目の前に座る彼の姿は、十年前と同じ。


 ――死んだ筈だ。自身の力に溺れ、呑まれ、自滅した、愚かな、


 「何で生きているんだって、顔をしているね」


深い、鳶色の目に覗き込まれ、真尋は固まった。そして、思い出した。

マガツモノの騒動を。兄妹が、目の色を変えて追い掛けていた事を。ソレは数ヶ月前に、寅一の手で鎮められた筈だ。

仙堂兄妹がマガツモノに執着したのは、目の前の人物の姿だったから。

だから、自分達の手で決着をつけた。そう、思っていた。


 「……、生きている、筈がない」


生きていたとしても、そこに居るのは、穢れ者。

穢れ者は、忌避され続ける。この先の人生、苦痛しかないと分かっていながら、果たして生きたいと思うだろうか。


 「…苦痛を知らぬままな方が、幸せだ」


いずみは何も言わず、静かに座っている。その表情からは、怒りも悲しみも感じられない。










 「嘘ですわよね?」


 「残念ながら本当だ」


隠れてコソコソするのは、土台無理なのだ。仙堂家に出入りする全員が、事情を汲み取れはしないだろう。 

幾人かは察して黙っていてくれたようだが、幾人かは悪気なく妹の耳に届けてくれた。

婚約者の方が来てますよ、と。寅一様が応対しておりましたよ、と。

美虎がすっ飛んで帰ってきたのは言うまでもない。そして、応対している筈の寅一が目の前に居る。


 「兄さんから会いたいと言い出したんだ。あの人は決めたら、簡単には折れないだろ?」


 「だからと言って、本当に会わせるなんて!どいてください、真尋さんが何を口走るか……!」


美虎の心配は、いずみへ全力で傾いている。


 「あの人は為人で判断しません、周りから聞いた話を鵜吞みにするのです!穢れ者になった兄など忘れろと言い放った男ですよ?!」


 「それは後で詳しく聞かせてもらう。相手がそうなら、実際会って話すしかないんだ。自分の目で見りゃ、嫌でも分かるだろ」


 「ですがっ!」


 「美虎、お前はどうしたいんだ?聞いてる限りじゃ、お前はもう真尋の事をどうとも想っていない。なのにこのままでいいと言う。はっきり言うが、俺は反対だ。あいつじゃお前は幸せにはならない」


イチの気持ちをちゃんと伝えなさい。いずみはそう、優しく笑った。

いくら兄妹だといっても、お互いの全てを分かれる筈もない。結局は話し合いしかないのだ。


 「今の当主は俺だ。例え親が決めた事だろうが、俺が無効と言ったら無効にできる。我慢なんてしなくていい」


 「我慢など、私は……」


美虎は俯いた。渡り廊下の奥から覗いていた童子、美虎に近寄り着物を引っ張る。河童はまだ怖いのか、その場から動かない。美虎は表情を和らげると、しゃがんで童子の頭を撫でた。


 「……力があっても、私は血を繋ぐのが役目。相手がお人形のような女性を求めていても、それは仕方がないと諦めてました」


ちらと美虎は視線を上げる。寅一は黙って先を促した。


 「でも、正直に言うと……嫌です。無理です。全てを鵜吞みにし、我こそが正論と的外れな中身の無い話にはもう付き合いたくありません」


 「これっぽっちも好意は無い、と」


 「ありません。……改めて向こうから話があった時は、もう一度頑張ってみようと思いました。でも結果は、イチ兄様も知っての通りです」


美虎は童子に撫で返されながら、ハッッと吐き捨てた。

妹は随分と我慢していたらしい。さっさと切っておけば良かったと、寅一は申し訳なく思う。


 「その相手の、一理華なんだがな。会った事は?」


 「なんですの。女らしくて可愛過ぎて守ってやりたいとか、イチ兄様まで言いますの?」


 「いや、趣味じゃない」


寅一の本気の切り捨てに、美虎の据わっていた目は元に戻った。噂を耳にしただけで、実物とは対面していないらしい。愛想が尽きて、見捨てていた線は消えた。


 「アレ、巧みに気配を消してるが、人間じゃない。今回の神隠しに、大いに関係ありそうだ」


 「…まさか。いくら何でも、真尋さんが気付くでしょう」


 「普通の状態なら、或いはな。けどあいつは、あの女にご執心だろう。違和感を違和感と認識できなかった」


 「嘘ですわよね?」


 「残念ながら、そうじゃねーかなと思ってる」


恋は盲目とはいうけれど。美虎は呆れて物も言えない。確かに、妖魔の中には相手を魅了し、操る力を持つモノも存在している。けれど真尋が操られているなら、流石に気付く。


 「……彼女に会ってきましょうか。この目で見極めた方が早そうですわ」


 「今からか?……、」


気配を感じ取り、寅一と美虎は外に視線を投げた。童子と河童も顔を見合わせ、首を傾げている。







 「……。…一理華さんだったかな、君が親しくしてる」


 「し、親しいとかでは、」


 「そういうのはいいよ、もう」


いずみは真尋を一瞥し、気配を探った。

間違いなく、仙堂家正面玄関に居る。バレないと高を括っているのか、随分豪胆な妖魔だ。


 「人の心は儘ならない。そういうものだと、美虎も理解はしている。でも、君が他の誰かに惹かれてると知った時、あの子が傷付かなかったと思うかい?」


情はあった筈だ。親に決められたとはいえ、幼い頃から一緒に居たのだから。

もう何とも思っていないと口にしていたが、それは何度も傷付いた後。いずみにとっても、美虎は大事な妹だ。目の前の男に任せる気には、到底なれない。


 「……あなたには、関係ないでしょう」


離れに来てから、中々目が合わなかったが、真尋はようやく、視線を上げた。その目には、嫌悪の色。

……成程。いずみは内心で頷く。今更その程度で怯みはしない、黙って見返した。


 ――他人が家族面するなと言いそうだね。


 「あなたは確かに、長兄という立場だが、それはもう過去の事。今は誰も、あなたを認めやしない。他人は口出ししないでくれ」


 ――穢れ者は大人しく閉じこもっていろ、とか。


 「思い上がって穢れ者に堕ちたのに……まだその立場に縋ろうというのか。浅ましく愚かだな、あなたは。穢れ者は表に出るべきではない、それが分からない訳ないだろう?」


 ――イチと美虎の優しさに付け込んで、とか。


 「寅一さんも美虎も、あなたの事は信頼していた。だからあなたはこうして生きているんだろうが、自分がやった事を棚に上げ、また居座るなんて正気の沙汰じゃない」


このお人は、わたしに関して何を聞いたのだろう??

いずみは表情は変えぬまま、内心で思い切り首を傾げていた。マガツモノになってしまった以上、こうして嫌悪されるのは分かってはいたし、仙堂家で認められない云々もまた然り。

縋るも何も、出ていけば大騒ぎ。此処に居候するのが一番平和なのだ。マガツモノなので。

しかし、『思い上がって穢れ者に堕ちた』の部分が、分からない。


 『どうせ、周りのニンゲンが面白可笑しく吹聴したのであろう。ニンゲンはニンゲンの不幸が好物なのだろう?』


呪の見解も、まぁあるかもしれない。……或いは、己の所業を隠す為に。

寅一は、誰が自分に呪を送ったか、知っているのだろうか。


 「……。わたしが此処に居るのは、二人を見守りたいからだよ。それ以上以下もない。ところで、真尋君。今はそんな話はしていないよね?」


竹岡真尋の人間性は分かった。


 「確かにわたしは他人だよ、養子だからね。でもだから何だい?血の繋がりはなくとも、あの子達はわたしの大事な弟妹だ。その、妹の、婚約者が、気持ちだけとはいえ、不貞を働いてると聞かされて、黙っていられると思うかい?わたしがどうとか、今はどうでもいいんだよ。話を逸らさないでくれないか?」


自分の事は棚に上げてとは、よく言えたものだ。いずみの迫力ある笑顔に、真尋はたじろぐ。


 「話を逸らして逃げ切ろうなんて、お前さんの姑息なやり方はよーく分かった。こうなれば洗いざらい全部、ぶちまけてもらおうじゃないか」








 「わ、私、その……寅一さんに、お会いしたくてっ……!」


 「……」


応対していた真門は、無表情のまま兄妹を振り返った。

兄妹もまた、無になっている。


 「私、一理華といいます!」






 ……お前、嘘だろ。



退魔で知られる仙堂家に、妖魔が乗り込んできた、初めての事例であった。







怒ると怖い、いずみ兄さん。



更新遅くて申し訳ありません……



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