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11. 神隠し 【二】





 「兄さん、いいか?」


 「イチ。何かあった?」


離れに、寅一が難しい顔でやってきた。そのままどかりと正面に座り、報告書の束を手渡される。

自分が見てもいいのかと首を傾げたが、寅一もなんでもホイホイと与えたりはしないだろう。いずみは遠慮なく読み進めた。


 「真尋のヤツが美虎をほったらかして他の女に入れ込んでて、美虎もそれを知ってるみたいなんだがどうしたらいい?」


 「…纏めたね。そんなのとは別れろの一択だろう」


 「俺もそう思う。けど美虎は、俺が知ってるのを知らない」


いずみは報告書を返し、少し考えるように天井を見上げた。そこにはかくれんぼ中の河童が張り付いている。


 「美虎は心配させないように、イチには黙ってるんだね?で、そのまま結婚しようとしていると。親が決めた結婚だし、愛が無いのも愛人を作るのも仕方ないとか思ってそうだねぇ」


 「俺は、そんなヤツに妹を任せたくねぇ。寧ろ叩き潰してぇ」


 「今の当主はイチだろう。白紙にはできるんじゃないかい?」


寅一は仏頂面だ。二人の間を、童子が見回しながら通り過ぎる。


 「そうしようとした。けど竹岡の方が、改めて頭下げてきたんだ。俺が当主になった時。断るつもりでいたけど、当の美虎がこのままでいいって言い張った」


 「……当主になったばかりのイチに、余計な負担はかけられない」


 「だろうなと思った。けどな、真尋が大事にすると言った時……美虎のやつ、ほんの少し嬉しそうにしてたんだ。だから、二人のこれからを信じてみようと思った、が、」


寅一から滲み出る怒気が、ビリ、と離れを揺らす。河童が童子の上に落ち、捕まった。

妹の幸せを願い、頷いたというのに。寅一の心は荒れている。本心から、叩き潰したいのだろう。

おー、やれやれぇ。と、無責任に囃し立てる呪の声は流し、いずみは頷いた。


 「会ってみたいね」


 「…ん?」


 「竹岡真尋。実際に会って為人を見たいんだよ。会わせてくれないかい?あ、美虎には内緒でね」


離れに満ちていた怒気が、霧散した。寅一は兄を凝視する。

微笑むいずみの背から、童子と河童が顔を出した。


 「兄さん、本気か?俺はあんな奴に会わせたくないけど?」


 「いい機会だと思うんだよ。わたしが人にどう映ってるか、それを知りたい」


 「兄さんは兄さんだ」


 「そう言ってくれるのは、嬉しいよ。でも、他は違うだろう?真門さんを始め、他の人達はわたしをよくは思ってない。イチと美虎がいくら言っても、不安や不満は抑えきれるものじゃない。今後どうすべきか、それを判断する為にも知っておきたいんだよ」


いつまでも離れに閉じ籠っていても、何も片付かない。しかし、寅一の目は鋭いままだ。

兄弟の静かな戦いに、童子と河童は顔を見合わせ、いずみの膝に収まる。二人は賛成のようだ。

寅一の目が更に吊り上がる。


 「イチ、わたしは弱くはないよ」


 「……知ってる」


 「あと、答えを出しても、此処を出て行く気はないよ。出たら、逆に大騒ぎだろう?」


いずみは大きくなった弟に、優しく微笑んだ。


 「折角、イチと美虎に再会できたんだ。わたしはまだ、二人を見ていたいよ」


寅一の纏う空気が変わる。

いずみの勝ちを確信した童子と河童は、揃ってニヤリと笑った。







 「か、彼女は知人でして…、一人歩きは危険なので送ろうかと……」


 「あぁ、そうか。神隠し騒ぎもあるしな」


寅一は深く追求せず、二人を眺める。女の方が小さく頭を下げてきたが、それには構わず、視線を繋がれた手に移した。知人、ねぇ。そう呟けば、真尋の肩が分かりやすく揺れ、視線が泳ぐ。

……いずみの頼みがなければ、今此処で見限っていたかもしれない姿だ。寅一は呆れた。


 「…ま、お前も用心しろよ。色々と」


 「あ、あのっ、寅一さんはどうして此処に…、」


 「早く連れて行ってやったらどうだ。遅くなると家の者が心配するだろ」


横目で睨んだまま冷たく言い捨てると、さっさと通り過ぎ大通りへと向かう。幸い、追いかけては来なかった。

来ていたら、躊躇いなくぶん殴っていただろう。

よく耐えた、俺。寅一は心の中で己を称え、頷いた。


 「……あれだと、明日明後日には来るな」


真尋にとっては、一番知られたくない相手に目撃されたのだ。美虎の留守を狙って、仙堂家に来るだろう。此方としても、兄と対面させるには好都合。

寅一としては、兄を使うようで全く以て嫌であるし、今も納得もしていないのだが……『マガツモノ』と対面した真尋の反応で、今後が決まる。

いずみの存在を拒絶するのならば、あの男は必要無い。これは、妹に相応しいかどうかとは、別の話。

最愛の兄を否定し、害を為すのであれば、誰であろうと容赦はしない。


 「あら?」


 「お、」


見回りと称して出てきたので、周囲に目を配りつつ通りを歩いていると、路地から出てきた美虎とバッタリ会った。その後ろには揃いの着物を身に着けた少女達。二人は寅一を見て、慌てふためき姿勢を正す。


 「見回りか、お疲れ。感心感心、ちゃんと組で動いてるな」


 「子供扱いしないでくださいまし。過信は命取りと、心得てますわ。イチ兄様こそ、見回りなんて珍しい…」


 「思いの外、手掛かりが少ないからな。実際に見たらなんか分かるかと思って、野暮用ついでだ」


 「野暮用とはなんですの?」


美虎は不審な目を向けてくる。勘が良い妹だ。

しかし、寅一にはそれを逸らせる策があった。すいと身を寄せ、耳打ち。


 「兄さんが、久々に菓子を食べたいって言ってたんだよ。んで、買いに」


 「私も行きますわっっ。…申し訳ないのだけど、先に戻って報告してくれないかしら。私はイチ兄様と用事を片付けてきます」


久々の、兄妹が並ぶ姿に見惚れていた少女達はいい返事。赤い頬を隠しながら、屋敷へ走っていった。

それを見送り、美虎は和菓子処へ足を向ける。


 「さっ、いずみ兄様お気に入りの店は、『いっきゅう庵』ですわ!」


 「え?向こうだろ?『いっぷく』の饅頭のあんこが好きで、よく行ってた」


兄妹が指す方向は、見事に反対だ。


 「何を仰ってますの。『いっきゅう庵』の大福です」


 「『いっぷく』の饅頭」


互いに譲らない兄妹の間で、火花が散った。


 「いっきゅう庵」


 「いっぷく」


大声ではないが、通りの真ん中で言い争う兄妹は、それはもう目立った。ほっこりする争いの中身に、行き交う者らは、どっちもうまいよねーと頷き合っていたそうだ。






……その日の夜。離れには饅頭と大福が山と積まれていた。

童子と河童が喜々と食べ続ける横で、いずみも一つずついただく。


 「久しぶりだし、好物を覚えていてくれたのは嬉しいよ。でも、こんなには食べられないね」


買い過ぎでしょうが。という副音声が聞こえたのは、気のせいではないだろう。兄妹は怒られる前に、隅で正座していた。しかし、和菓子の山は二人の妖魔によって崩されていく。結果的に、量は適正だったようだ。見事空にし、童子と河童は仲良くお腹をさする。


 「……いつもよく食べるとは思ってたけど。気に入った?」


兄妹の分を、先に取り分けておいて良かった。いずみの問い掛けに、何度も頷く童子と河童。


 「偶にお菓子もいいかもね。でも、食べ過ぎはよくないから、程々だよ。ありがとう、二人とも。『いっぷく』も『いっきゅう庵』も、味が変わってなくて嬉しいよ」


いずみの微笑みに、兄妹は息を吐いた。争いが激化し、ついつい買い占めてしまい、母屋で配ってもあの量だったので、流石に怒られると覚悟していた兄妹である。

童子と河童には、感謝しかない。ここまで食べるとは想定外であったが。


 「あ、お茶が…」


 「私が持ってきますわ!」


急須を受け取り、美虎は母屋へ向かった。兄が喜んでくれたと、その足取りは軽やかだ。

それを見送り、寅一は手短に報告。いずみは頷く。


 「わがままを言ってすまないね、ありがとうイチ」


 「こんなの、わがままには入らないって。……あと、ちょっと気になったのが女の気配なんだけどさ」


 「気配?」


寅一は怪訝な顔になっている。


 「いや……いくらなんでも、真尋が気付かないのはおかしい。だから考え過ぎかとも思ったけども、違和感がさ…」


 「そういう時は、自分の感覚を信じなさい。それで?」


 「ああ、うん…」


聞き終わる頃には、いずみも同じ顔になっており。


 「お待たせしました、多目に持ってきましたわ!……え?」


それで出迎えられた美虎も、同様に。

童子と河童は、ぽっこりお腹で転がっていた。






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