第2話―4
「……みんな……、揃いも揃って僕の唯一の役目を奪う気かい……」
「なに言ってんですか会長」
いつの間にか膝を引き寄せ丸まって床に座っていた会長が、なにやらぼそぼそと呪文のようなものを唱え出す。そんな会長に、ローレンが呆れたような声を上げた。ローレンだけでなく、セシル先輩やナターシャ先輩も微妙な反応をしているのを見るに、こんな状態の会長は珍しいというわけではなさそうだった。
「ああそうかい……。そっちがその気なら僕にだって考えがある。ローレンと彼女が任務に出ている間、嫉妬に狂った僕が魔物を引き寄せてその魔物が学園中をめちゃくちゃにしてしまっても、君たちは構わないってことだね⁉」
「アンディとしてはむしろそっちが本望なんじゃないの……。噂の真偽を確かめに行くっていうちまちました任務より、巨大魔物が確実に存在しているほうがアンディにとっては好都合でしょ」
セシル先輩がうっとうしそうに吐き捨てれば、会長は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「そこ、揚げ足とらない。で、どうする? 僕が任務に行くか、ローレンが任務に行くか……!」
会長がびしりとローレンを指差す。ローレンはローレンで会長をしかと見つめ――というより睨みつけていて、ふたりの間には火花が散っているみたいだった。
「なんか本来の話と変わってしまったような……? まあいっか!」
最初はあたしが出るかセシル先輩が出るか、みたいな話だった気がするけど、会長を筆頭にみんなしてセシル先輩に丸め込まれたみたいだ。セシル先輩みたいな話術、あたしもほしい!
「んじゃ、手っ取り早くバトって決めちゃうっすかー」
ナターシャ先輩が、どこからか懐中時計を取り出して微笑んだ。
▼ △ ▼
「より強いほうが任務に出る――合理的判断だね、ナターシャ」
小さな魔法陣を展開して、魔道具であるキャンバスを取り出した会長は、ナターシャ先輩をにこやかな顔をして褒める。
「御託はいいんでさっさとやっちゃってー」
校庭の隅で膝を抱えて座っているナターシャ先輩は会長からの褒め言葉をさらりと受け流して、手をメガホンにしてふたりを急かす。
「二歳も下の後輩にボロ負けして、泣いたりしないでくださいねー会長」
ナターシャ先輩の言葉を受けて、ローレンが会長に向き直った。その足元には、会長と同じようにキャンバスから出現させた使い魔がいる。赤いリスだ。かわいい。
「さすがにそんなことは……。……」
「言い切れないのね」
歯切れの悪い会長に、セシル先輩が面白がるようにぼそりと呟いた。
「……コホン。とにかく、始めるよローレン」
会長の声で、ナターシャ先輩が手元の懐中時計に視線を下ろした。
「制限時間三分、先に地面に膝をついたほうが負け」
短く端的に言い切ったナターシャ先輩に、ふたりが頷く。
「へーい。んじゃ、オレから行かせてもらいまーっす!」
ローレンは軽く助走をつけてジャンプすると、手に持っていた燭台型の魔道具を会長に向かって振り下ろす。会長は一瞬目を丸めて、咄嗟に杖の両端を持ち受け止めた。
「……君のその魔道具って、それで使い方合ってるの?」
会長が呆れたように言う。
「オレの魔道具なんで、オレの好きなように使わせてもらえません~?」
地面に着地したローレンが燭台に手をかざすと、ろうそくに火が灯される。いつの間にかローレンの体をのぼって肩に乗っていた使い魔のリスは、燭台を持っているローレンの腕に飛び移り、その炎を食べてしまった。すると、次第にリスの体が大きくなっていく。会長はそれを受けて、会長の使い魔――水色の犬に杖の先を向けて、魔法をかける。犬は黒い魔力を帯びて、ローレンの使い魔と同じように巨大化した。
「ベリィいけ! 会長の使い魔なんざ喰っちまえ!」
ローレンのかけ声で、赤色のリス――ベリィというらしい――は駆け出す。その隙に、ローレンは燭台についている火を会長に向けて放った。
「おっと、同時に攻めてくるなんてなかなかこざかしい手を使うね……」
会長はさらっとシールドを展開して火の猛攻から逃れつつ、そばに立つ使い魔に指示を出して、ベリィを追撃させる。火を絶え間なく放ちつつ、隙さえあれば手や足を出して会長を攻撃しようとするローレンと、そのすべてをきっかり防御した上で的確に魔法を放つ会長。そして、それぞれの魔物も互いを攻撃し合っている。
「うわ~、渾沌としてきたわねえ」
あたしの隣に座っているセシル先輩が、苦笑混じりに零した。
「決着つくんすかねえこれー」
「お互いの戦闘スタイルがそもそも全然違うし、噛み合ってないわよね」
ナターシャ先輩はその言葉を最後にあくびを零し始めて、あろうことかこくりこくりと舟を漕ぎ始めた。戦いでどちらが任務に出るかを決めると言い出したのはナターシャ先輩なのに、最後まで見守る気はないらしい。
「アリスの隣は渡してやるかよ……!」
「任務は僕のものだ……!」
ふたりがそう、同時に叫んだ声が高い空にこだまして、よりいっそう勝負は苛烈になっていき――