第2話―3
「会長! コイツ……、さっき話に上がってた富豪・バーネットの主催する舞踏会に呼ばれてやがって……!」
「ええ⁉」
会長より先に驚くあたしをローレンは一瞥しつつ、「この紋章、バーネットの野郎の家紋で間違いねえ」なんてことを言っている。
「なるほど。ということは、招待状を偽装、もしくはどこぞの貴族から強奪する必要はないってことね……。君の割によくやったじゃないか」
「ん? もっと直接的に褒めてくれません~?」
ひねくれた物言いをする会長にそう提案するも、会長はことごとく無視をして、ローレンから招待状を受け取った。
「で、この招待状。もらってもいいかい? 僕とセシルで行ってくるよ」
会長が顔の横でひらひらと招待状を振る。
「え、うーん……。イヴリンちゃんに行くって約束しちゃったしなあ……」
舞踏会に誘ってきてくれたときのイヴリンちゃんの顔が思い浮かんで、あたしは素直に会長の言葉に頷けない。
「イヴリン……。ああ、彼の娘か。別にいいだろう、約束なんて。それより任務のほうがよっぽどだい――」
「任務もそりゃ大事ですけどっ。あたしにとっては約束も同じくらい大事なんですー! 会長のわからず屋っ」
「わ、わからず屋……⁉」
あたしが短く叫べば、会長は驚愕したような表情を浮かべて固まってしまった。
「アリスは罵倒の語彙がかわいいわねえ」
一部始終を傍観者として見ていたセシル先輩がのんびりとした声を上げる。一方で、固まっていた会長は突然ふらりと生徒会室の床に膝と手を順についてしまった。
「わ、わからず屋だなんて言われたのは……。人生で初めてだ……」
「……そんな言葉で落ち込むこっちもかわいいといえばかわいいか……」
セシル先輩が崩れ落ちた会長を見て、呆れ半分戸惑い半分といったような、複雑な表情を浮かべている。
「アリスの気持ちもわかるわ。イヴリンはクラスメイト?」
「はい!」
セシル先輩の問いかけに、あたしは大きな頷きで返す。
「クラスメイトの誘いをそう易々と無下にはできないわよねえ~。アンディにはそういう相手いないから、どうでもいいと思っちゃったんだわ。というか、誘いをどうでもいいと思うからそういう相手ができないのか……」
「……セシル……?」
徐々に小さくなっていくセシル先輩の言葉だったが、会長は全部聞こえていたみたいだ。床から顔を上げて、セシル先輩を笑顔で睨みつけている。
「キャッ! 睨まれちゃった~! ……ま、というわけで、ワタシ的にはぜ~んぜん、アンディのパートナーがワタシである必要はないと思ってるのよね~」
「……セシル、それ、本気で言ってる?」
会長がうろんげな瞳でセシル先輩を見た。え、会長今のでセシル先輩がなにを言いたいのかわかったの? ちょっと待っておいていかないで、あたしまだわかってないからー!
焦りでセシル先輩と会長を交互に見るけど、ふたりはあたしが困っていることなどわかってくれない。知ってたけどね! わからないならわからないって言わないと!
「だってアンディ、最近ワタシのこと働かせすぎだしー。早いとこ新人教育もしておかないと、どんどんどんどん後手に回ってこの調子じゃアリスは一生新人ちゃんよ? アンディがスカウトしたんだし、責任とって初任務はキミが付き添ってあげなさいね~~~~」
「セシル、お前……っ!」
会長がぐぎぎと奥歯を噛んでいるのが、はたから見ているだけでもわかる。なにもそんなに嫌がることないと思いますけど、会長!
「……先輩たち、本人の前で押しつけ合いやめません? そんな嫌ならオレ、行ってきますけど」
「ろ、ローレン……!」
救世主のように現れたローレンに、あたしは思わず両手を組んでローレンを仰いだ。そんなあたしの仕草に、ローレンはあたしを見つつ照れたように首の裏をかく。あ、その仕草小さい頃もよくやってたなー。見た目とかすごく変わっちゃったけど、そういうところは変わってないみたいだ。
「ローレンとアリスのコンビかー……。ローレン、腕は立つけど団体行動は苦手って、自分でもわかってるわよねえ。初心者のひとになにか教えたりするなんて以ての外。キミは色々自分でやり方を編み出したり工夫したりするのは得意だけど、だからこそ他人の向き不向きに合わせられないから」
「げっ……! なんかめちゃくちゃ分析されてるんですけど……⁉ いつの間に……!」
ローレンがぎょっとした顔をして後ずさる。
「自分の出した分析結果がソースになってるっすね~」
ローレンの疑問に、ナターシャ先輩ののんびりとした声が答えた。
「あ、なんとなくわかりますーっ。ローレンってば全部自分でやれちゃうんだよねー! でも、全部できちゃうからこそ全部やっちゃうから、あたしの得意分野ではローレンを休憩させたいなっていう気持ちもあるっていうか!」
「あら、意外といいコンビ? これぞ幼なじみクオリティってこと? アンディの出る幕ないみたいね~」
ふと、セシル先輩がにやにやとした顔で会長を見た。あたしもそれにならうような形で、セシル先輩の視線の先を追いかけて、会長を見る。会長は、なにやらまがまがしい雰囲気を帯びていた。