第23話 未来
「かいちょ~! 早く早くー!」
両手をブンブンと振って、たくさんの荷物を抱えながらのろのろと歩いている会長を急かす。
「君ね……。急かすのは百歩譲ってゆるすとして、僕はもう会長じゃないんだけど……?」
「気にするとこそこですかっ! まあでもそうでしたね、えっと、あ、アンドレアさん」
会長を待つために立ち止まりつつ、まだ口が転がし慣れていない名を口にする。
「うん、よろしい。でもなんでいちいち照れるの」
「ま、まだ慣れないんですもん~!」
会長は満足げに笑ったかと思えば、すぐ口角を下げる。こういうところ、表情豊かで面白いって思う。
「じゃ、慣れるまで呼んでみなよ」
今度は面白がるように、意地の悪い笑みを浮かべた。あたしは顔に若干の汗をかきながら、視線をさまよわせる。
「あ、アンディー! アリスー! おかえり~!」
「あっ、ほらセシル先輩が迎えに来てくれましたし、練習はまたこんど……っ!」
王宮の門から腕を振ってくれているセシル先輩を指差して、緩めていた歩調をまた早める。けれど、会長は荷物を持った腕を器用にあたしの腰に回してきた。
「いいじゃないか、セシル相手なら。それにしても君、さっき両親に僕のこと『会長』って呼んでいじられたの、気にしてないんだねー」
会長の言う両親というのは、会長とは血の繋がっていない養親のことだ。そして――あたしの家族でもある。
「う、うー……。……あ、アンドレアさん……」
「うん」
会長はとびきり機嫌よく角を上げた。けれどまだ会長の体は離れない。もっと必要なのか……、と思いつつ、またおずおずと口を開く。
「……アンドレアさん」
「うん」
「アンドレアさん!」
もう半ばやけくそだった。叫ぶように言えば、会長は「上出来」と囁いて、あたしの頬に唇を落とした。
「うわ、実家の前でいちゃつくとか大胆だねぇ~」
セシル先輩のうんざりするような声に、あたしはハッと顔を上げる。
「えへ、えへへ! おねーちゃんが帰ってきましたよ、セシル先輩~!」
「あ、そーでした、アリスおね~ちゃんおかえり~」
あたしの呼びかけに、セシル先輩は手を振りつつノリよく返事をしてくれる。あたしのそばに寄ってきた先輩はうりゃうりゃと頬に人差し指を押し込んできた。
「よく順応するね、ふたりとも……」
今度は会長がげっそりとした声を上げるけれども、すぐさま「まあ君が家族に馴染むのはいいことだけど……」と呟く。
「まあそれはよくて、アリス。セシルとエルヴィス以外のきょうだいの顔と名前、覚えられそう? 確かきょうは全員集合するんじゃなかったかな。晩餐の様子はきっと壮観だよ」
「え、えええっ、一気に家族がたくさん増えたこと忘れてた……! びっくりしちゃうよね、ルシィ!」
背中に背負った鞄から、ルシィがひょっこりと顔を出して同意の鳴き声を上げてくれる。
「それすなわち離れたくても離れられないひとが増えたってことだ。以前の君なら嫌がっただろうけど、それが幸せなんだと今度は僕が気づかせてやるからな……!」
「わざわざ気づかせてくれなくてももう十分幸せですから~!」
拳を掲げて闘志を燃やしている様子の会長の腕に自分の腕を絡めてその勢いを沈静化しようとしつつ、会長を見上げる。
「……家族が増えたのもそうですけど。アンドレアさんとこーやって、学校卒業したあとも一緒にいられるのがうれしいです、へへ」
「……あ、そう」
会長はさっきまで饒舌だったのにすとんとした声を出す。でも、それも照れてるがゆえってことはもうわかりきってるからね。
「会長ってばあたしは入学したばかりなのにすぐ卒業しちゃったし」
「……二学年差あるんだから普通だろ」
「学校に会長がいないの、けっこー寂しかったんですからね」
「ふ~~ん」
会長は機嫌がよさそうにつんと顎を上げた。やっぱりこういうところ、わかりやすくて面白い。
「兄が彼女にデレデレ甘々なの、見てるこっちが恥ずかしいんだけど~~? ま、きょうだいたちにアンディたちが帰ってきたって伝えてくるわ、じゃ!」
セシル先輩が意気揚々と片手を挙げて、走って建物までの道を行く。
「あ、行っちゃいましたね……」
「だね。好都合ではあるけど」
「好都合?」
会長の顔を見上げるけど、会長はしらーっとした顔であたしを見ていた。会長はわかりやすいことも多いけど、無表情にならないというわけではないから、なにを考えているのかさっぱりわからないときもある。いまは後者だった。
「……ねえ、アリス。僕と家族になってくれてありがとう」
立ち止まった会長が、ゆっくりとあたしのほうに体を向ける。
「へ、あ、は、はいこちらこそ。い、いまさらですね~?」
「いまさらじゃないよ。毎朝起きるたびに思ってる。君がいてくれて幸せだって」
「……は、はひ」
「アリスって照れると、そういう返事するよね、いっつも」
からかっているような口振りだけど、その表情は優しくて、穏やかで、面白がっているわけではなさそう。有り体に言えば――愛おしそうな瞳、だった。
「そ、そですか」
「うん、告白したときもそういう返事だった」
「き、記憶力がよろしいことで……」
会長の手があたしの手をとって、指を絡めてくる。
「どうだろうね? 君に関すること限定かも?」
「うっ、うっそだぁ、成績優秀な会長さんなのにぃ~?」
「逆に聞くけど、君は忘れてるの?」
頬をつつかれ、あたしは俯いた。
「……わ、忘れてない、ですけど。さすがに細かい返事とかまでは覚えてられないですよ……」
「ふーん? 君が、『わかりやすい言葉がほしい』ってねだってきたの、とってもかわいかったのになあ」
「お、おねがいアンドレアさん! そういうの、全部忘れて……!」
ぎゅっと両手を握って懇願するけど、会長は上体を逸らし、声を上げて笑うだけだ。
「あはは、いやだね、忘れてなんかあげないよ」
いじわる、とあたしが唇を尖らせれば、会長は見計らっていたかのようにキスをしてきた。そのことでさらにあたしが拗ねたのは、言うまでもないことだろう。
【完】
『おねがい生徒会長!』これにて完結になります。
ここまで読んでくださって方、評価や感想をくれた方、本当にありがとうございます。とても励みになりました。
本編はこれにて完結ですが、気が向いたら番外編も書く、かな……?
とにもかくにも、アリスティアと会長のふたりを祝福してもらえたら嬉しいです。
新作もありますのでそちらのほうもぜひ!
乙女ゲームに転生したオタク主人公が攻略対象たちに嫌われていくけどなんとか乗り越えていく話です(https://ncode.syosetu.com/n7810jv/)




