第21話―1
――長期に渡る治療を受けなければ、数年先、下手すれば数ヶ月後も生きていられるかどうか。
――けれども殿下は治療を拒んでいらっしゃいます。
――治療を受ければ、自分のものだけでなく、弟が体を張って分け与えてくれた魔力も消えてしまうから、と。
「……馬鹿じゃないの、兄さん」
病床に伏せるエルヴィスの部屋から立ち去りながら、アンドレアはぽつりと呟く。
「兄さんにあげた魔力はもう兄さんのものだから、どうなろうと僕には関係ないんだよ……。なんにせよ、僕にはもう戻ってこないものなんだから……」
けれども、魔力を分け与えたとて意味はなかった。エルヴィスの体には確実に病魔が巣くっていて、蝕んでいた。アリスティアはそれを知って、己とエルヴィスを頑なに会わせようとしていたのだ――きっと。
アンドレアはだれにもバレぬように王宮をあとにしながら、思う。本当はずっと、エルヴィスや親を恨む理由など、その必要などないことには気がついていた。けれどもその所業をゆるしてしまえば傷ついてきた過去の己に示しがつかないと思っていたからだ。己を慰められるのは己しかいない、ゆるさないことでしか慰められない、そう思っていたから。
彼女はずっとアンドレアのことを想って行動してくれていたのに、アンドレアは自分のことしか考えていなかった。後悔の念がアンドレアを蝕む。
数時間ほどひたすらに歩き続けていたら、いつの間にか寮の前に辿り着いていた。王宮から学園まで歩いて来れるものなんだな、とアンドレアは驚きつつ、以前雨に打たれている最中にアリスティアと会った寮の裏のほうに足を伸ばす。
人目につかない場所に辿り着いたら途端に力が抜けて、アンドレアはキャンバスを抱き抱えながら両膝を地面についた。
「……アリスティア。君はずっと、僕が過ちを犯さないように、後悔しないように、僕に疎ましがられようとずっと、忠告してくれていたのに、僕は、……ッ」
地面に小さなシミがいくつもできていく。しゃくり上げて、涙を流しても、変に気を遣ったりせずいつもと変わらぬ笑顔を向けてくれるひとは、この場にいるようでいない。それは、他ならぬ自分のせいであると、アンドレアは十分すぎるほどわかっている。
「アリスティア、ごめん……、僕ずっと、意地を張ってたんだよ……! それがこんな、大変なことになるなんてわかってなくて……! 本当に脳天気なのは僕のほうだった……!」
これまでの人生の中で、アンドレアは大切なのは自分だけだと思っていたのだ。けれども、アンドレアはずっと無自覚に、もっと多くのものを愛していた。養親のことも、生徒会のことも、実の家族のことも、――アリスティアのことも。ただその愛し方を知らなかった。それがたくさんの後悔に繋がるだなんて、思いもよらなかった。
「……なんで、泣いてるんですか、会長」
「あっ⁉」
キャンバスからにょきっと見慣れたピンク頭が飛び出してきて、アンドレアは体勢を崩し地面に倒れた。その際キャンバスも倒れてしまうが、そのピンク頭の持ち主が地面に手をついたことで潰れずに済んだ。
「ちょ、あ、アリスティア、この体勢はまずいんじゃないかな……」
「久々の再会なのに、開口一番がそれですかっ。それに、会長落ち込んでるんじゃなかったの? 元気になったならそれでいいですけどっ。じゃあ、帰りますねあたし……!」
「はっ? ちょ、待てアリスティア……!」
キャンバスの中から上半身だけを出していたアリスティアは、アンドレアのいつもどおりの様子を見て拗ねたようにキャンバスに戻ろうとするが、アンドレアがその腕を掴んですんでのところでとめる。
「なんですか、離してください」
「……ねえアリスティア、僕はたくさん、君に言わないといけないことがあるんだ」
「……」
アリスティアはちらりとこちらを伺うように瞼を上げる。その目にはどこか、怯えのようなものがあるように見えて、アンドレアはまたしても、己のしたことの罪深さを知る。
「君を傷つけないと約束する」
「……そ、ですか」
アリスティアが、ぶっきらぼうに呟いた。
「ごめん。たくさん傷つけてごめんね。僕、君のことなにも知らなかった。知らないことすら、わかってなくて。君はなんでも僕に言ってくれているって、勝手に勘違いしていたんだ。教えてくれなかったことを責めているんじゃないよ、ただ自分の振る舞いに後悔してるんだ……」
「……あたしに関することで、会長に後悔してほしいわけじゃないです……」
「君ならそう言うと思った。でも、させて。そうじゃないと僕はまた、君のことを無自覚に傷つけるかもしれないし、それに……っ。……それに、君のことを僕がどれだけ大切に想っているのか、そうすることでやっと、自覚できるんだよ……」
どうでもいい相手を傷つけたって後悔なんてしない。人間というのは大概、冷たいかもしれないけどそういうものなのだ、と――反芻と反省を繰り返してアンドレアはそんな答えに辿り着いたのだ。




