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第20話―2

 アンドレアは尊大な態度で足と腕を組んだ。アンドレアと対面する、アンドレアによく似た男――エルヴィスはそんなアンドレアを見てにこにこと機嫌がよさそうに笑っている。


「来てくれて嬉しいよ、アンドレア」


 ふたりが顔を合わせている庭園では冬の近さを感じさせないほどのどかな雰囲気が漂っている。アンドレアはあまりの己の場違いさに身震いをしながら、手元からキャンバスを取り出した。


「……挨拶はいいから、彼女をこの中から出してほしいんだけど」


 見るだけでいとわしくてたまらない記憶が夥しく思い起こされる王宮へわざわざ足を運んだのは、エルヴィスと他愛ない話をするためではないのだ。


「おや、アリスティアくんがキャンバスの中に?」


 エルヴィスは不思議そうに目を丸めながらキャンバスに手を伸ばす。アリスティアの入っているキャンバスに兄が触れたことに怖じ気を感じたアンドレアだが、頼み事をしている以上、アンドレアはむやみやたらとエルヴィスにかみつける立場ではないことは理解していた。


「……ねえ、兄さん。毎日のように彼女を呼び出していったいどんな話をしていたの」


 キャンバスを色々な角度から眺めているエルヴィスに、アンドレアは恐々と声をかける。


「うん? 知りたい? 僕に興味を持ってくれて嬉しいなあ」

「兄さんに興味があっての質問では断じてないけど……!」


 こののんびりとした語尾と花でも纏ってそうな笑顔が腹立つんだよな、などとアンドレアは顔をしかめた。


「あ、そう? ええっとね、アンドレアの学園での様子とか話してたかな~」


 ――想定どおり過ぎて、むしろ想定外の返答が来てほしかった。


「幼い頃は僕に関してたくさん迷惑をかけたから、もう遅いかもしれないけど、君にはのびのびと学園生活を過ごしてほしかったんだ。たくさんのひとと仲良くなって、たくさんの生徒の前に立って話をしたりして、成長したねえアンドレア」


 エルヴィスが肩にかけているジャケットの下から腕を伸ばし、アンドレアの頭を撫でた。


「うっ、やめ、兄さん、髪が乱れる……!」


 これでもアンドレアは二時間ほどかけて髪をセットしているのだ。ベッドから起きてひとりで部屋で執務を行うエルヴィスにはわからないだろうけど、なんて嫌みな感情を視線に湛えるが、エルヴィスには微塵も伝わっていなさそうなのがこれまたアンドレアには鼻につく。


「だ、だからさっさと原因を究明してくれないかな……! 彼女にはさっさと出て来てもらわないと困るんだよ!」


「……これって、アリスティアくんが閉じ込められているわけじゃなくて、彼女の意思でここに入っているということで合ってるのかな?」

「え? まあ……、そうなんじゃない?」


 顎に手を置いて、エルヴィスが長く息を吐く。顔色は上々、爪の色も健康そのものとは言いづらいが許容範囲。最後に見たときよりは確実に体格がよくなっている。食事もきちんととれているようだ――などとひとしきりエルヴィスの健康状態を確認してから、無意識のうちに己がしていたことに気がついてアンドレアは自己嫌悪のため息をついた。


「むりやり出すことはできないだろうね。アンドレアは彼女の連れている魔物や、彼女と契約していないんだから」

「……は」


「彼女の魔物――ルシィって言ったかな。ルシィが普段キャンバスに入っているのは彼女と友人関係、家族関係を築いているからで、本来は大人しくキャンバスに入っているような存在ではないよ」


「……それは、僕にもわかるけど……」


 わかるけれども、魔物と友達になれる理屈がアンドレアにはどうにも理解できていなかった。アリスティアと出会って数ヶ月経ったいまでも。


「アンドレアだって、レヴィをキャンバスから出すとき、魔法陣を展開しなきゃいけないでしょう? その魔法陣は契約印を意味するものだし、本来キャンバスに魔物を入れるのも、出すのも、契約が必要であることもわかるよね? でもそこに魔物の『入ってもいい、出てもいい』という意思があれば、契約は不要」


 でもそうじゃないのであれば契約がいる、ということがエルヴィスは言いたいのだ。


「……じゃあ一生このままってこと……」

「アリスティアくんが魔物になりかけるほど悲しむなんてよっぽどのことがあったんだろうね。なにがあったか知ってる?」


 エルヴィスはなぜアリスティアが魔物に近い存在になり得ることを知っているのだ? とアンドレアは不思議に思いながらも、おずおずと口を開く。


「……僕が、ひどいことを言ってしまった、らしい……」


 でもこの件に関しては、エルヴィスとアンドレアの仲がかんばしくないことを知っていてエルヴィスと仲良くするアリスティアが悪いのだとなおも拗ねながら、アンドレアは叱られた子どものように呟いた。


「どんなふうに? なぜ?」

「……なんで兄さんに言わないといけないのかな」


「ふたりの問題だものね、無理に言う必要はないけど、傷つけたのなら謝らないと。アンドレアは謝り方がわからなくて僕に相談に来たんじゃないのかい?」


 見透かされている、とアンドレアは思った。兄のこういう鋭いところも、アンドレアにとってはまた気に入らない箇所のひとつ。

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