第16話―1 選挙
体育館のステージ裏、緊張した面持ちで会長がステージを見ている。いまは黒衣会の会長、ジェラルドさんがステージでスピーチをしている最中だ。
この選挙で、白亜会と黒衣会、どちらかがグレイグランド学園の生徒会を担うかが決まることになる。つまり、黒衣会が当選すれば、あたしたちはもう生徒会ではなくなるということだ。
「……悪いね、僕たちの個人的な諍いに付き合わせて」
「いえいえ、ここまで来たらイチレンタクショーですから!」
会長が空笑いを浮かべてあたしに目配せしてくる。清濁併せのんで、すべて受け入れた、みたいな会長の表情に、あたしは胸の奥が引きつったみたいな心地になった。
「……覚悟は決めたけど、やっぱり不安でいっぱいだ。生徒会は――白亜会は、僕の大事な居場所だったから……」
「……これからも、会長の居場所でいてくれますよ、きっと」
過去形で話す会長の言い回しが気になって、ぽそりとそう呟く。
「……君はそう思う?」
「はい」
「……なら、君を信じる」
会長がぶっきらぼうに片手を差し出してくる。首を傾げていると、「……緊張を和らげてほしいんだけど。……手を握って」なんて、やたらと小さな声で懇願してきた。
「え? ああ、はい、いいですよ!」
「そこー、しんみりしつついちゃいちゃしないー!」
「わっ……! セシル先輩!」
後ろからセシル先輩に会長ともども抱きつかれ、少し体勢を崩す。
「やれるだけのことはやったし、きっと大丈夫よ」
笑顔を浮かべたセシル先輩が、あたしと会長を交互に見やる。
「そーそー、このためにいったいどれだけの犠牲を払ったかー」
後ろからもうひとりの声がして、あたしは振り返る。そこにには、ナターシャ先輩とハリソン先輩、ローレンがいた。
「それは僕のセリフだろ、ナターシャ……!」
「アリスティア、俺も緊張してる。俺の手も握って」
ハリソン先輩がそそくさとあたしの元にやってきて、強引にあたしの右手をとる。
「緊張してるならオレが繋いでやってもいいですよハリソン先輩……!」
ハリソン先輩の少し後ろでローレンがわなわなと拳を震わせていた。
「だれだっけお前」
「このくだり何回やれば気が済むんですかねえ……⁉」
さっきまで緊迫した空気が流れていたのに、みんなが集まればそこはあっと言う間に生徒会室になる。あははと声を上げて笑っていると、体育館中に拍手が鳴り響き出したのが聞こえた。
「……演説、終わったみたいだね」
「ですね」
「みんなの命運は僕にかかってるから……、頑張ってくるね……」
心臓のあたりを押さえながら会長がステージに向かってゆっくりと歩き出す。その足はどうにも震えているけれど、会長なりに虚勢を張っているみたいだった。
「そうやって自分にプレッシャーかけるのやめなさいよ。まあ、どうなっても構わないから、気軽にやってきなさいな」
「セシル先輩の言うとおりですよ、会長……!」
セシル先輩とあたしの言葉に、会長は深く頷いて、司会をやっている副学園長の声に導かれるようにステージに立った。
『……みなさん、こんにちは。これより白亜会の会長、アンドレアの演説を始めさせていただきます』
音声拡大魔道具に会長の声が乗る。
『……まず、始めに。このような選挙が行われることになったこと。それ自体が僕の生徒会長としての不足の現れだと深く痛感しています』
最近、遅くまで作戦参謀のナターシャ先輩とセシル先輩と三人で演説用原稿をつくっていたと聞いている。せっかく会長の弱いところをさらしたんだから、それをいかしていけ、という作戦らしかった。
『みなさんが白亜会に不満を覚えていたのなら、それはすべて僕の責任であり、ほかの白亜会の役員にはなんら罪はありません』
ナターシャ先輩とセシル先輩とで考えたとは聞いていたけれど、演説で語られている内容はどれもまぎれもない会長の本心だろう。だってどの言葉も、会長が嘆きながら呟いているのが容易に想像がつく。きっとふたりは文章として、演説としての体裁を整えるのを手伝っただけだ。
『ですが、この演説を謝罪だけで終わらせるつもりは毛頭ないのです。どうかもう一度、僕にチャンスをくださいませんか。みなさんの意見を聞き、生まれ変わると誓います』
会長が誠心誠意頭を下げると、体育館内が拍手に包まれる。
もう後悔はないだろう、本当にやれるだけのことはやった。あたしは生徒会役員としていられた時間は少なかったけど、それでもたくさんのいい経験ができたし、気づきの連続だった。
会長がスタスタとステージ裏に戻ってくる。よかったよーと囃し立てるあたしたちの横を素通りして、会長はステージ裏の隅に座り込んだ。そのまま、なにやらブツブツと唱えているよう。
「平常運転ねー」
「ですね!」




