第2話―1 会議
翌朝、教室に入っていつもと同じように、「おっはよー!」と挨拶をしようとしたそのとき。目の前にカラフルな吹雪が舞って、あたしはあんぐりと口を開けた。
「え、え……?」
『アリス、生徒会入会おめでと~!』
クラッカーを手に持ったクラスメイトが、笑顔であたしを出迎えてくれている。情報が伝わるのが早いなあと思いつつ、あたしも笑顔で「ありがとー!」と言い返す。
にしても、生徒会に入ることが祝われるほどすごいことだなんて思わなかった。登校中、もっと自慢して回ればよかったかも!
「ねねねっ、アンドレア先輩と話した?」
「あ、サナ」
親友のサナがちょこちょことあたしのそばまで歩いてくる。質問に頷けば、すぐそばからまた声がした。
「あーその話聞きたーい!」
「あんなイケメンと向き合って話さなきゃいけない状況とか、卒倒する自信しかないわー」
みんなが口々に会長にまつわる話をし出して、なにか話題になるような面白い出来事はあったかどうかを振り返る。
――会長が泣き虫だったー、とか?
会長が嫌がりそうだな。
――いちいち言い回しが難しいこととか?
それならよさそう!
「聞いて聞いてっ、会長いちいち言い回しが難しくって! あたし話聞くだけでせいいっぱいだったー」
「あー、アリスは、ねぇ」
「アンドレア先輩、きっといっぱい勉強してらっしゃるから……」
ちょっとした嘲笑を感じる声と、あたしについては触れずに会長を褒める声。二個目の声のほうが大きく聞こえたりしたらいいのにな、と考えていたら、頭の上に紙吹雪がのっているのに気がついた。みんなが会長の話で盛り上がっている中、人知れず紙吹雪を手で払っていると、不意に眼下に人影が現れたのが見えた。
「アリスティア様」
ココア色のボリュームのある縦ロールを持っている彼女は、同じクラスのイヴリンちゃんだ。あたしの所感によると、お嬢様で、かわいい。
「イヴリンちゃん! どうしたの?」
「もうすぐ、父の開く舞踏会があるのですけれど、友人を何人か連れてきなさいと父に言われているんです。けれど、舞踏会に出て社交ダンスができるようなクラスメイトなんているかしら……と悩んでいたのですわ。そこで、あなた! 生徒会に入ったあなたにこそ、この招待状を渡すのにふさわしいと思って!」
しゅびっと目の前に手が突き出される。人差し指と中指の間に、封筒が挟まっているのが見て取れた。
「へー、舞踏会! 楽しそう! でもあたし、今のところ踊れないよ?」
「エッ、生徒会に入れるのに、社交界でのマナーは身につけていないの……⁉ あ、ンンッ、げふんげふん。なんでもございませんわ~っ」
おーっほっほっほ、とイヴリンちゃんが誤魔化すように高笑いをあげる。
「あ、それと、渡すのにふさわしい、じゃなくて……。あたしに来てほしいって言われたほうが、あたし嬉しいかな!」
「うえぇっ? そんな気恥ずかしいこと言えるわけありませんわ! やっぱりこの話はなかったことに……!」
あたしがぐいぐいと身を乗り出すと、イヴリンちゃんは勢いよく頬を染めた。あたしの言ったこと、そんなに気恥ずかしい?
身をひるがえして発言を撤回するイヴリンちゃんの手首を、あたしは慌てて掴む。
「わー、うそうそ! 行きたい行きたい~! 行かせてください! あたし頑張ってダンス練習するから! 安心して、体動かすの得意だし!」
「……そういえば、言い忘れていました。これ、男女ペアでの参加が義務づけられているのですわ」
「そうなんだ? んー……、それは大丈夫! だと思う!」
なんてったってローレンがいるし! と思って、あたしは勢いよく頷いた。
「……まあ、そこまで言うなら。渡して差し上げますわよ」
「やった! ありがと~!」
イヴリンちゃんははにかんでいるような表情を浮かべつつ、あたしに封筒を渡してくれる。……あれ、そもそもあたし、なんで招待状ほしかったんだっけ?
まあいいか、些細なことだし。と思いつつ、受け取った招待状を、鞄を開けてクリアファイルの中にしまう。すると、斜め前からなにやら視線を感じて、あたしはそちらに顔を向けた。
「あ、ライラちゃん! おはよー」
「……お、おは、よう……」
ライラちゃんはあたしと同じクラスの、ちょっと物静かな子だ。仲良くなりたいと思っているけど、なかなか機会をつくれない。だから毎日ちょっとずつ、挨拶とかで確実に着実に仲を深めていけたらいいな!
「……生徒会、入ったんだね……」
「あ、そーなの! 会長になんか、誘われちゃって、なりゆきで? みたいなー!」
ライラちゃんはあたしの言葉に二度ほど深く首肯して、あたしから視線を外しそのまま自分の席に戻っていってしまった。