第11話―2
あたしは階段を急いで駆け上り、勢いよく生徒会室のドアを開けた。
「あ、アリスティア。遅かったな――」
「ちょっと、すみませんみなさん! これを見てほしいんです――!」
あたしにいの一番に近づいてきたハリソン先輩の言葉を遮って、あたしは真ん中にあるテーブルに先ほど受け取ったチラシを叩きつけた。端っこにちょっと、というかだいぶ皺が寄っているけど、ご愛嬌。
「ん……? なになに、『黒衣会に清き一票を!』――って、どういう意味?」
僅かに腰を屈めテーブルに置かれたチラシを読んだ会長が、訝しげに眉根を寄せてあたしに視線を向ける。
「あ、ここになんか色々書いてあるわよ。『創立以来グレイグランド学園の自治を担ってきた「白亜会」を学園に相応しい生徒会に一新させるための選挙を行う予定。学園側にかけ合っている最中のため、選挙の日取りは未定』……ですって」
セシル先輩が、チラシの下部に書かれている小さな文字列を読み上げた。
「白亜会を一新させるっつうか、この黒衣会ってヤツらが生徒会の立場を乗っ取りたいだけだろ」
ハリソン先輩は頬杖をつきながら気怠げに呟く。
「役員決めの選挙は学校によってはあるのは知っているけど、会ごと選挙するなんてのは聞いたことがない。……チラシに書かれてるメンバーみんな、面接に来たことすらない人たちだ。ハリーの言うとおり、生徒会役員になること自体じゃなく、生徒会を乗っ取ることを目的としていそうだね」
「あ、黒衣会ってアレじゃないっすかー。有志たちがつくったっていう魔物保護組織。最近よく聞く」
ソファに寝転がっていたナターシャ先輩が不意に上半身を起こした。学園に流れてる噂とか、あたしもクラスメイトの子たちからたまに聞くけど、黒衣会のことはきょう初めて知ったから、ナターシャ先輩がすでに知っていたということに驚く。
「魔物保護組織ねえ……。倫理的によろしくないと思うんだけど、平気なのかしら」
「学校側がそんな選挙を開くことを許可するわけがないよ。白亜会は伝統的なものだし、第一魔物保護を謳っている組織に学校の自治権を渡すわけがない。眉唾程度に考えていようね、みんな。というわけでこの話はおしまい」
会長がチラシを持ち上げて、パタパタと小さく折り畳む。こういうときぐしゃぐしゃに丸めたりしないのがなんだか会長っぽいかも。……なんて、そんな悠長なこと言ってる場合じゃなくって。
「待ってください、会長……」
「なに?」
あたしの切実な声に応えるように、会長が顔を上げてまっすぐにあたしのことを見据えた。
「黒衣会の会長さん、みんなのほかのひとには知られてないようなこと、バンバン暴露しちゃってたんです……!」
「……は?」
啖呵を切るように勢いづけてそう叫べば、みんな一斉にあんぐりと口を開ける。かろうじて会長が声という反応をくれたけど、ほかのみんなは呆けたみたいになにも言わない。でも、具体的にどんなことを言われていたのか伝えないと。
「セシル先輩は紅茶を飲むか錬金術にばかり熱中してて書類仕事は滅多にしないだとか、ナターシャ先輩は実質寝るために生徒会室に来てるだとか、ハリソン先輩は後輩にウツツを抜かしてて、ローレンは滅多に生徒会室に来ないだとか、あたしについてはショムの仕事内容すら知らない、だとか……!」
「え、僕についてはなんて……⁉」
会長が驚いた表情のまま、自分の顔を指差しつつずいっと身を乗り出してくる。会長とあたしの距離が目と鼻の先くらいになってるけど、会長気にならないのかな。
「うーんと、役員たちにジャチボウギャクの限りを尽くしている~、とかなんとか言ってました!」
あたしの言葉に、ナターシャ先輩が不思議そうに首を傾げた。
「どれもこれも見事に生徒会室に出入りしてないと知り得ない情報ばっかっすねー」
「僕のは違うだろ⁉」
「ええっと、とにかくあたしが言いたいのは、そういうあたしたちにまつわる悪い噂が学園中に広まることで、あたしたちへのハンカン? 的なのがみんなの中で高まっちゃって、生徒会を変えるべきだっていう意見が多くなるでしょ? そうなれば、学園側としても選挙をしたいっていう黒衣会の声を聞き入れざるを得なくなるんじゃないかな~……って」
ジェラルドさんが言っていたことはどれもこれも事実だけど、それで学園の自治業務がおろそかになっているわけではないし、なんならそういうみんなの個性を会長はうまく利用して生徒会や学園を回してるとあたしは思っている。むりやり働かせたってべつに効率的になるわけじゃないし。
だけどそれって、ただ開き直ってるだけかな。ジェラルドさんの言うことも一理あるって思ったけど、実は百理くらいあるのかな。ううむ、教えて会長!
「……確かに。アリスティアにしてはよく考えているじゃないか。……でも君、どちらかというと黒衣会の理念に賛成している側じゃないの? そっちに所属しなくていいわけ」
不意に、会長が唇を僅かに尖らせて、つんとした視線を向けてきた。
「え、なんでそういうこと言うんですか~っ! 確かに白亜会とか、会長とかの目的とあたしの目的じゃ違うかもしれませんけど、これまでうまくやってこられたでしょ?」
「どうだか。いままでうまく行っていたからって、これからもうまく行くとは限らないよ。第一君の目的を叶えるための道筋は、当初は褒めてたけど本当のところは理想論ばかりだと思ってたから、僕は……!」
「はいはいアンディ、落ち着いて。ちょっと不安になるとすぐ変なことを言ってもゆるしてくれそうな人に詰め寄るんだから~」
セシル先輩が呆れたようにため息を詰めつつ会長の両肩を持って、むりやりにあたしとの距離をとらせた。
「……うるさい。口の中に札束と金貨をありったけ詰め込んでやる……」
「なにその幸せな拷問は……⁉」
セシル先輩の声がきゃぴきゃぴとはしゃぎ始めた。会長はそんなセシル先輩の様子に鬱陶しそうな顔をするも、空気を入れ換えるように咳払いをして、みんなことを見渡した。
「……さっきは無視してと言ったけれども。概ね事実であるとはいえ悪評を騒ぎ立てられているんだ、ノーリアクションを貫き通すのも無理がある。本当はやりたくないけど……。仕方がない。僕らのイメージアップのためだ、例のアレを――敢行するよ」
「……会長、アンタマジで言ってんの」
「マジマジ、大マジ」
「あ、アレだけは嫌なんすけど――!」
信じられないものを見るような視線を会長に向けるハリソン先輩と、珍しいことに大声を上げるナターシャ先輩。
ふたりがなにに怯えているのか、全然わからないけど、とにかくおおごとであるらしい……。




