第1話―4
ふとローレンがあたしに向き直る。真正面から見上げると、その顔には右と左、両方の頬を跨がるようにして傷跡ができているのがわかった。ムキムキになっていたり、傷跡があったり、会っていない間に色々と経験を積んで、変化をしていたみたいだ。あたしはというと、全然変わってないなってローレンに思われていそうだけど。
しばらく無言で見つめ合っていたら、突然、ローレンが勢いよくあたしの両肩を掴んできた。
「……アリス、悪いことは言わねえ。やめとけ。お前には無理だ! 魔物と仲良しごっこするのが好きなお前には酷だ! それになにより討伐する能力が、ない……!」
「えー、そんな風に言わなくてもいいと思います! そもそも、討伐ってなに? やっつけちゃうの? 悪いことしないでって頼めば済む話じゃないんですか⁉」
そりゃあ、魔物に襲われて怪我したひととかのニュースはたまに見るけど、仲良くしてくれる魔物がいるのもまた事実で……。
「頭が痛くなるほどお気楽な考えしているね、君は……。最近では魔物の凶暴性が増しているとして、もはや国、世界全体の問題になっているのを知らないの?」
「……そもそも、魔物ってなんで存在するんでしたっけ?」
あたしの純粋な疑問に、会長が眉間を押さえながら深いため息をつく。
「……一般的には。魔法動物が、自然発生する魔力と結びついた人間の発するネガティブな感情を食べて、魔物に変性すると言われている。今は普通に繁殖している場合が多いだろうけど、起源自体はそんな感じで……」
「会長の言い回しって、やたらと難しいですね! けどわかりました! 元は無害だったけど、人間のしくしくめそめそだったりトゲトゲな感情を食べちゃったから変わっちゃったんですね……!」
「……元々は植物や動物を食べていた魔物が今では、魔力と結びついたネガティブな感情を食糧とするようになってしまったから、人里に降りてきている個体が多いんだよ。特に都会や――学校なんかの、ひとが集まり、その上で鬱憤が溜まりやすいような場所にね」
会長、あたしの言葉に一切反応しなくなってしまったな。
「ネガティブな感情を食べてしまった魔物は、余計に力を増幅させるから、危険なんだよ……。君には関係ない話かもしれないけど、僕らのように契約なしで魔物と仲良くなれない人間とか、そもそも魔力がなくて対抗手段がない子とかにはね」
「むむむ……、それは確かに……」
会長の言葉を頭の中で整理しつつ、うんうんと頷く。
「……あ、聞きわけは意外といいんだね」
「あたし、会長にどんな風に思われてます?」
「んー……。傷つけるのは本意じゃないから言わない」
「ええ⁉」
そういう言い方がすでにぐさっとくるかもしれないって、会長は思わないんだろうか。特に傷ついてないからいいですけど!
「……会長、アリスと出会って精々数日でしょう? 会長がそんなひとと親しく話してるの初めて見ましたよ……」
「うっ、彼女がやたらめったら距離感バグってるせいだから、これは……!」
「それはわかりますけども……」
アンドレアが呆れ混じりにため息をつく。
「とにかく、アリス。やめるなら今のうちだ。お前だって魔物と仲良くし続けたいだろ……!」
「……むーん……」
こめかみのあたりに人差し指を当てて、うーんうーんと頭を動かす。
「あ? なに? 考えごとしてんのか? アリスのくせに⁉」
そんな言葉が聞こえてくるけど、あたしは考えごとを続ける。そして、出した答えは――
「――わかりました。じゃあ、全員あたしの友達にしてみせます! もちろん今すぐには無理だと思うし、みなさんはあたしに遠慮なんかせず、今までどおりのやり方で魔物トーバツしてください! でも、いつかは必ず、一匹残らず魔物を人間の敵じゃなくしてみせますからっ。そうなる前にみなさんにトーバツされちゃった魔物は、必要な犠牲だったって片づけるしかないんですけど……! いずれは、助けられる数のほうが多くなるはずです!」
両手で拳をつくって、顔の横で掲げてみせる。そうと決めれば俄然燃えてきて、今すぐにでも生徒会室から飛び出していきたい気持ちだった。
「……」
ふと前のほうからなにか言いたげな視線を感じて、あたしは一度腕をおろし、会長のほうに顔を向ける。
「ええっと、だめですか? これもお気楽すぎ?」
「……」
あたしがそう尋ねれば、会長はますます口を硬く閉ざして、目さえ伏せてしまった。
「おねがいです、会長……!」
会長の顔を覗き込んで、両手を合わせる。
「……わかった、わかったよ。……意外と、君自身のやりたいことと僕らの利害とに折り合いをつけた案を出すんだなって、ちょっと感心してただけで……」
「えっと、褒められてます? わーい!」
両手をめいっぱい挙げて、全身で喜びを表現する。これで晴れて、あたしも白亜会の一員だって――!