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第8話―3

 いくら早足で歩かれたって、こんどは追いつけてしまうのだ。あたしは自慢の脚力で瞬時に先輩の隣を歩いてみせて、わずかに驚いている表情を浮かべるハリソン先輩に向かって口を開く。


「なんでメアリーさんのこと、警察に行かせたんです?」

「……その質問に答えるなら、一から説明したほうが早い」


「というと?」

 ハリソン先輩はあたしの問いかけに、再度前のほうを向いた。


「そもそもの話だ。ケビン、アイツの行動はすべてが不自然すぎる」

「ふむ……」


「彼のいない間にメアリーが攫われたのは事実だろうが、それ以外はすべて嘘――というか、ケビンが仕掛けたことだろう」

「え……⁉」


 驚いて声を上げるあたしに、ハリソン先輩はあたしを宥めるようにちらりとあたしを見下ろす。


「……限りなくマイルドに話すと……。ケビンは恐らく、金持ちの好事家たちにでもメアリーと魔物の映像を売り捌こうとした。しかし、席を外したところで魔物が娘を拉致した。そんなこと、警察には話せないだろ? そもそも、警察には協会と提携して魔物対策部が置かれている。魔物にまつわる被害があればまずそこに連絡するのが一般常識なんだから、ケビンがそれをしなかったのはあまりにもおかしい」


「だから、ケビンさんが犯罪をしていた……と?」

「そういうこと」

 そう決めつけるには、あまりにも情報が少ないと思うんだけど、ハリソン先輩は確信しているみたいだった。


「そもそも、メアリーがケビンの本当の娘かどうかも怪しい」

「えっ」


「ケビンは帽子を被っていてどんな顔かはあまりわからなかったが……。ケビンとメアリーは似てないと直感的に思う」

 そういえば、ケビンさんがハリソン先輩に二度目の拍手を求めたとき、俯きがちだった顔が初めて上げられて――目の色を見た気がする。それが、ハリソン先輩が握手を拒否した理由だったり?


「そんな……。依頼するひとって、助けを求めてるひとって悪いひとはいないと勝手に思い込んでました」

「ハンターに依頼をした、というのを、悪いことをしていない証拠にする人間は少なくない数存在する。利用されるのは慣れてる。魔物はたまったものじゃないだろうけど」


 まあ、今回意思をもって拉致したのは魔物自身だけど、とハリソン先輩がつけ足す。


「欲にまみれた魔物は往々にしてああいう行動に出る。べつに珍しいことじゃない。ケビンは魔物にも欲があることを忘れていたか、知らなかったかだろうな。アイツの悪事が露呈したのはそういう迂闊さのせいだ。俺にバレなくたって、遅かれ早かれ明らかになっていたはずだ」

 ああいう行動というのは、人をさらったりということだろうか。


 ふと、ハリソン先輩が狙撃銃を入れているバッグの肩紐をぎゅっと握り締めた。


「それにしたって、ハリソン先輩、かなり早い段階から疑ってましたよね? どうして?」

「……俺は本当に、そういう経験をしたから」

 なんでもないことのように呟かれる。あたしはこくりと頷き、傾聴する気であることを見せると、ハリソン先輩は強張っていた全身が解れたかのように肩を落とす。


「……年の離れた姉がいるんだ。行方がわからなくなって、もう十年になる……」

「それ、って……」


「家の中が魔物に荒らされた形跡があった。奇しくもケビンと似たような状況だったろうな。でも、ケビンは――あまりにも冷静に見えたから」


 俺はいまでも夢に見るのに。ハリソン先輩はそう呟く。ハリソン先輩からしてみれば、きのう攫われたばかりだというのに、犯人を魔物だとし、ハンターに依頼をしたケビンさんの態度はあまりに不自然だったのだろう。ケビンさんが警察に相談しないことや、メアリーさんと似ていないことを抜きにしても。


「初めは、俺にはなにもできない、というより、なにかするべき、なにかできる、なんていう発想がそもそもなかった。魔物の前に人間は無力だと思っていたし、なにも行動しなかった。姉との別れを悲しむ以外の選択肢がなかった。……けど」


 ふと、ハリソン先輩が空を見上げる。ケビンさんと会ったのがそもそもお昼過ぎの三時頃で、廃校についたのが夕方頃だったから、もうとっくに日が暮れていた。


「学園に入学した昨年度、副会長を務めていた先輩が俺の背中を押してくれた。俺だって技術と知識を身につければ魔物に対抗できるんだって教えてくれた。だから……、いまは、白亜会に所属しつつ、個人でも依頼を承けて、各地から集めた情報を手がかりに姉を探してる」


 個人で仕事をしてる理由、お金じゃないみたいですよ、と心の中でセシル先輩に声をかけつつ、ハリソン先輩の言葉に頷く。


「お前が気になってるのは活動報告書を提出しない理由だろ。俺がそもそもハンターをしてるのは、協会のためでも、ましてや世界のためでもない。協会に協力してやる義理なんか、俺にはないから」


 だからハリソン先輩は頑なに報告書を提出しなかったというわけか。

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