第7話―2
あたしの手の側面は、会長のふわふわの髪の分け目に着地した。それから手を退ければ、会長はなぜか不満げにあたしを見上げてくる。
「……痛くない。もっと痛くしてくれないと困る。死んだほうがマシに思える痛みをくれないと僕は磔刑に処されるだろう……⁉」
「あたし訴えないから、会長罰もなにも受ける必要ありませんけど」
生徒会に入ったばかりの頃、役員全員会長に対する扱いが雑だなと思っていたけど、そういう対応になるのも無理はないかな、と若干思い始めている。
「はいはい、被害妄想も大概にしましょうね~。アリスがドン引いてるわよ」
「アリスティア⁉ 君でさえも僕をうっとうしがるの⁉ そんなのゆるさないからな……!」
「会長、もうすぐ授業始まるし、教室行ってきていい?」
生徒会室の出入り口を指差して、会長に許可をとる。会長の態度的に、報告書を書き直させられることはなさそうだとわかったからだ。
「……あ、うん、どうぞ」
会長はほうけたような顔をしつつ、油を差していないブリキのようになめらかでない動きで頷く。
「アリスのスルースキル、ワタシも見習ったほうがいいかしらね……」
すると、生徒会室の扉が開かれた音がして、あたしたち三人は一斉にそちらを見た。
扉を開けたのはハリソン先輩だった。ハリソン先輩はあたしたち三人に視線を注がれていることを気にも留めていない様子で、ソファに腰かけるなり鞄から出した本を読み始めてしまった。
「出たわね、ないないづくし男……」
セシル先輩がハリソン先輩を仇を見るかのように見つめながら小さく呟く。
いつもなにを熱心に読んでいるのか気になるし、聞いてみたいけれど、話しかけるなと言われているし、それにいまは時間がない。あたしは会長たちに挨拶をして生徒会室を去る――つもりだった。
「……ハリー。ついに協会のほうから活動報告書を出すようにという催促の手紙が送られてきたんだけど」
ドアノブに手をかけつつ、会長の話に思わず耳を傾けてしまう。
「あー、またその話ですか」
ハリソン先輩は鞄を肩にかけながら気怠げに立ち上がると、ズボンのポケットに両手を突っ込んでスタスタと歩き出した。
「邪魔」
ドアの前に立ち竦んでいるあたしを一瞥して、ハリソン先輩が短く言い放ってくる。あたしが反射的にドアノブから手を離せば、ハリソン先輩は視線をドアに戻して、生徒会室から出て行ってしまった。
「はあ……。また逃げられてしまった」
「もう放っておきましょ……。って言いたいところだけど、協会からクレームが来てる以上、放置したらワタシたちも怒られかねないしねえ――って、アリス。もしかして出て行くタイミング見失っちゃった?」
ふとセシル先輩が未だドアの前にいたあたしの存在に気づき、目をしばたたかせる。
「あ、はいすみません……。呆気にとられて……。えっと、協会にも活動報告書って出さなきゃいけないんです?」
だとしたら、会長はなんとか解読してくれたけど、あたしの字が読めないって言うひとが出て来るかも――でも会長受理してくれたし、たぶん平気。
「そうだね。協会所属じゃない、僕たちのような組織も、最終的には協会に退治した魔物の数や種類なんかを報告しなければいけない決まりになってる。協会は毎年、生息している魔物の数と、その年退治した魔物の数を民間人や国に報告しなければならないからね。と言っても、ハリーが出していない報告書は、彼が個人的に依頼を承けてこなした任務のものだけど」
「個人的にって?」
「ハリーは白亜会に所属しつつ、白亜会を介さずに個人でも仕事を請け負っているのよ。フリーランスとはまた違うかもしれないけど……だいたいそんな感じ?」
あたしの質問に、セシル先輩が簡潔に説明を加えてくれる。
「ワタシたちにくる任務って、『白亜会に依頼されている』のであって、だれが担当するかは指名されてないじゃない? もしくはワタシたち自身が問題を発見するかよね。ハリーはそれじゃあ回ってくる任務の数があまりにも少なすぎるぜ~って言って、自分で色んなひとに名前を売って活動してるのよ」
「だから生徒会室にはあんまり来ないんですね……。って、でもそれじゃあ白亜会に所属してる意味ないんじゃ?」
「個人仕事はいい点もあるけど不安定ではあるから、安定的な任務もほしくて白亜会にいるんじゃない? 詳しいことは知らないんだけどね……。でも、個人だと色々武器とかの申請とかが面倒ではあるけど、報酬は自分で設定できるうえに協会なんかに一銭もとられないから金銭面では最高なの~!」
きゃはは! とセシル先輩は楽しげに笑いつつ、目の奥をハートにしているのが見て取れた。
「セシルの個人的な嗜好の話はどうでもいいとして……。そうだアリスティア、君、ハリーのことなんとか説得するなり力でねじ伏せるなりして、活動報告書を出させてくれない?」
「え、いいですけど……。ハリソン先輩のあたしへの態度、会長も知ってますよね……?」
「知っているよ、だからこそに決まってるだろう。最初からハリーは君への好感度がゼロなんだから、これ以上下がっても白亜会の今後の活動にはなんの影響もない!」
ビシッ、と会長があたしを指差す。あたしがハリソン先輩を説得させる係に就任するのは、どうやら会長の中では決定事項のようだった。




