第1話―1 白亜会
校舎の裏側の、日の当たらない影の中、あたしは魔法で周囲を照らしながら慎重に歩く。
「かいちょー、こっちにはいないみたいですよ~」
あたりを見回しながら、あたしは通信機器の奥にいる会長に話しかけた。
『僕の勘が信じられないって言うの、アリスティア?』
耳に填めた魔法デバイス越しに非難するような声が聞こえてきて、あたしは首を横に振る。
「えーっ、そんなんじゃないです!」
『まあいいや、僕もそっちに行くから……。って、うわ!』
「かいちょー? かいちょ、……会長――!」
あたしが叫んでも、会長からの返事はなかった――
▼ △ ▼
『新入生のみなさんは、これからの学園生活に期待に胸を躍らせていることでしょう』
『僕は、みなさんの入学を心より歓迎致します』
ほぼほぼ生徒会長が喋っていた記憶と、奥様方が会長を見てキャーキャー言っていた記憶しかない入学式から早一ヶ月。勉強は毎日大変で難しくて時々ヤになっちゃうけど、友達に毎日会える学校、そして寮での生活は最高に楽しい。学校の立地はちょっと悪くて、深い森に囲まれてちょっとカンキンされてる気分にならなくもないけど、楽しいからよし!
授業も終わり、うきうきるんるんとした気分で寮までの道を歩く。すると、突然目の前の地面に影が見えて、その影があたしのほうまでやってくるから、あたしは咄嗟に空を見上げた。
そこには、飛び降りてくるもふもふとした動物のような塊と、校舎の最上階の窓から身を乗り出してあたしを見下ろしているひとの姿があった。
「――逃げるんだ!」
そのひとはあたしの姿を確認するなり、そう叫んでくる。咄嗟のことで処理ができなかったあたしは――視界に勢いよく飛び込んでくるもふもふを両腕で抱き留めた。
「うっわー! 見た目以上にもっふもふ! きみなんて言う子? 魔物さんでしょ?」
「ニクイーッ!」
「にくい! だって! お肉食べたいの?」
「『憎い』の意味もわからないやつに、僕の役目がとられるだなんて……⁉」
真上からそんな叫び声が聞こえてきて、あたしははっと顔を上げた。
「え、えーっとぉ?」
なんでそんなことを言われているのかわからなくて、あたしは頬をかきながらもふもふと目を合わせる。
「待ってて。そっちに行くから」
そんな声が聞こえてきた次の瞬間、窓のサッシに足をかけて、あたしの目の前に飛び降りてくる。その姿には見覚えがあった。
「――ああ! 入学式のとき挨拶してた、かいちょーさん!」
目の前のひとを指差してそう言えば、そのひとは嫌そうな顔をした。
親友のサナが王子様みたいだとか言っていたひとだ。確か――三年のアンドレア先輩。サラサラの金髪に不思議な紫色の目が印象深い。
「はあ……、どうも。僕のこと知ってるなら話は早いよ。ねえ君、僕の指示を聞かなかった上に、役目を奪ったね?」
「え? そ、そーなの、かなぁ……?」
口早に、なにかに反撃するように言われて、頭の中が混乱する。
「『そーなのかなぁ』じゃ、ないよ! 僕の数少ない、僕にできることを奪われて、僕は、僕はぁ……ッ!」
突然地面に膝と手をついて泣き崩れ出す会長に慌てるが、腕の中にいるもふもふがあたしの腕の拘束を解こうとし始めるから、あたしはさらに腕に力を込めた。
堂々とスピーチをしていた会長のイメージが若干崩れるけど、普段がこれならスピーチ中はすごい頑張って気を張ってるってことなのかなぁ、このひと。それってすごすぎ……!
「よくわかんないですけど、この子の友達になりたいんですか? だったらあたし、この子のことかいちょーに紹介してあげられますよ! 先に友達になったので!」
「はぁ、友達ねぇ~……? 契約なしに魔物と友達になれるわけないだろ? それに、契約できるほどの知能を持った魔物だって限られていて……」
いきなり立ち上がった会長が顎に手を当てて腰を軽く曲げ、疑うような視線であたしの顔を覗き込んできた。
「ケーヤクとかしたことないけど、ちっちゃい頃から友達の魔物さんいますよ! ほら、出ておいでルシィ」
鞄の中に押し込んでいた、A4サイズ程度のキャンバスを取り出して、絵として閉じ込められているルシィを呼び出す。このキャンバスは魔道具で、魔物を捕らえるのに一般的に使われているものだ。
「アウゥ」
「えっ……、今ルシィって言った?」
紫のふさふさした毛が特徴の、グリフォン型の魔物・ルシィはあたしの幼い頃からの友達だ。ふわふわと宙に浮いているルシィを見て、会長は目を真ん丸にしている。
「はい! かわいいでしょ~?」
「いや、かわいいっていうか怖――じゃ、なくて! 君、僕の仕事を奪った責任、とってくれるんだろうね?」
「またその話ですかー?」
この話を初めて聞いたルシィでさえあくびを零し始めた。
「またって、勝手に話を逸らしたのは君なんだけど⁉ とにかく、大事な話がある。その魔物二匹を連れて、明日生徒会室に来ること。いいね?」
「はいはい! 質問です! 生徒会室にはふかふかのソファはありますか⁉」
「……」
手を挙げて元気よく質問をすれば、会長は眉根を寄せてふいっとあたしに背中を向けてしまう。
「えっ無視? 無視ですかー⁉」
「……そんな質問に答える意味がわからない」
振り返りながらうっとうしそうに吐き捨て、会長はそのまま去って行ってしまった。
「……結局なんだったんだろうね、ルシィ?」
あたしは隣で浮いているルシィと顔を見合わせて、首を傾げた。




