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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
魔法使いの旅立ち編
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遭遇

最初はそこそこ苦痛だった名簿の精査も順調に進み、ほとんどの生徒の白が確定した。

残りの白が確定しなかった生徒たちは、新学期からじっくりレンさんと精査をする予定だ。

「ヒサメ、買い物行かない?」

「…レンさんと話が」

「あの人帰省中でしょ!それにそろそろ学園指定の上着買わなきゃでしょ?」

最近、私の扱いが上手くなってきたな、この子。

それはさておいて、確かにそれは買いに行かなければならない。

食材も切れてきたし、潮時だろう。

「準備するので、先に行っててください。すぐに追いつきます」

「ちゃんと来るんだよー」

先に出たスピカを見送って、手元にある名簿をしまう。そこそこの量の魔力を使って守るぐらいなら、レンさんに預けておけばよかったと何度目かの後悔をした。

もうすぐ長期休暇が明けるからか、寮内に生徒が多く見られるようになった。それに伴い奇異の目で見られることが増えたのが少し不愉快だけれど。

魔族を倒せるのなら人も倒せるだろうとは言え、もしも私より経験の豊富な人との戦闘が行われるとしたら、私はどうするだろうか。実戦形式の授業があるとは言え、それ以外で人と戦ったり…そういう面倒事だけはごめんだな。

行き道で帰りに買う食材を流し見して、スピカが居るであろう店に到着する。周辺の店よりも人が多く、学生ぐらいの背丈をしている人達は、恐らく私達と同じ目的だろう。同級生も居たりするのだろうか。

「お待たせしました」

「すごいよヒサメ、多分おんなじ学園の子達がいる!」

興奮しつつ、しかし周囲の目を気にしながら、スピカは小声で言った。

見た目も性格も明るい彼女はとにかく周りの目を引くようで、そこそこの数の視線を感じる。私まで同じような目で見ないで欲しい。

「ヒサメは私よりちょっと小柄だし…このぐらいの大きさで良いかな?」

「何でもいいですよ、いざとなったら買い換えますし」

私よりも先に来ていた彼女は、どうやら私の分も見繕ってくれていた様子。多少袖は余るけれど体に合っているし…最近は本当に、どちらがどちらを引っ張っているのか分からない。

そんなどうでもいい事を考えていると、今仮着用しているそれに、くいっと何かの引っ掛かりを感じる。

「…猫?なんで私に」

爪は立てられていなかったものの、私の上着…正確には私の足に器用に足を立て、私の匂いを嗅いでいた。持ち上げてみるとそこまでの重さはなく、前脚をぐでっと伸ばして、無抵抗で揺れる。野良猫では無いな。

「ヒサメ、それ召喚魔法で出てきた子かも。魔力ある」

「…野良ではないと思いましたが、どうりで」

またこれか。もうこの感覚はお腹いっぱいだ…しかし攻撃をされた訳では無い。だとしたらこの子の主人はどこに?目的は何なのだろうか。

「あっ、猫ちゃん、すみません」

「この子の召喚主さんですか?」

「そうです、ごめんなさい。愛玩用で出してるんですけど…命令をちゃんとしてなくて、すぐどこかに行っちゃって…」

その人はスピカよりも少し高い程度の背丈で、暗めの髪色。第一印象はおっとりとした人だな、という感じだ。

猫は自由な生き物だけれど、そうは言っても愛玩用で召喚魔法を使うとは…少し意外だ。そんな発想もあったのか。いや確かに可愛いけれど。

「その服…学園の子?」

「あっ、はい。そう、なんですけど…休み明けから通います。私はスピカで、こっちの子はヒサメです」

猫を撫でながらそう言うスピカ。しかし抱いた猫はじっと私を見ている。どうも私は自由奔放な生物に好かれる体質らしい。誰とは言わないけれど。

「じゃあ後輩ちゃんね。私はカトロよ。あなた達よりは…一つ上の学年になるのかしら?」

「そうなんですね!また学園で会ったら、色々教えてください!」

類は友を呼ぶ、とはこの事か。比較的明るい二人はいとも容易く意気投合したように見える。

…まあ先輩との繋がりが出来ることはいい事ではあるだろう。一つ気になることがあるけれど。

「…ヒサメ?」

「…すみません。その、猫を…召喚魔法を目的もなく使う人を初めて見たので…」

「あら、ヒサメちゃんの召喚魔法はその、そんなに可愛くない…?」

「いえ、兎ですね。可愛い…方だとは思います。でも、可愛がる用なら戦闘の際はどのようにしているんですか?」

「その時は一時的に、杖の方に保存したりするわね」

そんな技術もあるのか。おじい様やレンさんからは聞いていない…と言うかそもそも二人の召喚魔法の詳細を知らないな。ふとそんなことを思う。

「…スピカも出来るんですか?」

「んーたまに?私のはほら、特性上常に出しておいた方が良いから、あんまりやらないけどね」

「スピカちゃんはどんな子?」

「私のは星霊です」

そんな明るい二人組でわいわいと盛り上がってる様子を見ながら買い物を済ませる。気の合うお友達が見つかるのはいい事だ。ただ私にはあまり分からないし、正直スピカだけで満足している。

しかし…召喚魔法が猫だと、召喚魔法の事を子、とか呼び始めるのかと少し困惑する。良い悪いを言いたい訳では無いが、なんと言うかこう…やはり召喚魔法で個性が色濃く出るのだなと思った。

丁寧にたたまれたローブを鞄に仕舞い、話している二人の所に、正確にはスピカの所に向かう。

「私、他の買い物をして帰るのでスピカはゆっくり帰ってきて下さい。ではカトロさん、先に失礼します」

「あ、食材切れてるって言ってたっけ。私も持つよ。じゃあ先輩、また学園で」

そうしてスピカは会話を切り上げ、抱いていた猫をカトロさんに手渡しする。

私をお気に召して後を追おうとしているらしい猫を宥める声を背に受けて、私達はその場を後にした。


カトロ・アスハ。

特にこれと言った特徴は無い人だけれど、一つ気を付けるべきことはやはり、レンさんの教え子だと言うことだろう。

つまるところ私と同じ、攻撃魔法と防御魔法が使える、現状この世界における数少ない人種。スピカが仲良くなったところ非常に悪いが、容疑者の一人と言う事になるな。

彼女の経歴、使える魔法、そんな文字列を再び眺め、私はふとあることに気付く。

どんな顔だっただろうか。

いや、記憶から無くなった訳では無い。今更すぎるが、この名簿には写真が無いのだ。

そんな違和感を感じながらも、再び私の意識は文字列の方に集中する。召喚魔法、猫。あの人は杖に魔力として愛玩用のそれを保存すると言っていた。

「…どうせもうすぐ寝るし、試すか」

普段名簿を隠している戸棚に貼ってある強めの防御魔法を吸収し、それと同等の魔力量を使った兎を一匹呼び出す。

杖で軽くその兎に触れると、原理は分からないがそれは光って杖に吸い込まれた。これは…召喚魔法そのものに組み込まれた仕組み、なのだろうか。

難なく保存、とやらができた事に驚いたのか、ずっと文字を読んでいた疲れからか、ため息が出る。

この激動の半年間、色々な技術を習得した。

自分で研究したものもある訳だが、当然人から学んだもの、盗んだものもある訳で。

「素性の知れない奴から学び過ぎだな、私…」

おじい様とクラゲ、レンさん達なら褒めてくれそうではあるけれど…私としてはあまり、特に魔物から学んだ技術の方はいい気がしない。

あとは新学期でじっくり精査を、と思って気を抜いていたところに今日の遭遇だ。授業の始まるまであと一週間は息抜きをと思っていたのに、結局残り数日も、なんだかんだで気を引き締めることになりそうだ。


「ただいまヒサメちゃん!」

「なんで皆さん私の部屋に急に入ってくるんですか」

残りわずかとなった休日を使い英気を養っていると、突然レンさんが部屋にやってくる。

「いやあ、クラゲちゃん可愛いね。あ、腕輪、すごい喜んでたよ」

「…そうですか、良かったです。二人は元気でしたか?」

「元気…ではあったけど、やっぱりすごい落ち着いてるね。ヒサメちゃんと同じぐらい」

常に明るいレンさんのそんな意見を聞いて、そういえばこの人が来ていた時以外あの家はとても静かだったな、なんて事を思い出す。

「あの、レンさん。名簿、お渡ししても良いですか?」

「お、どうしたの、なんかあった?」

私は椅子から立ち上がって、名簿を入れてある所に移動する。

「まああったにはあったんですけど、やっぱり私が持っておくの、怖いです」

「…誰と会ったの?」

「カトロさんです」

そんな風に、師弟というより上司と部下のように事務的なやり取りをしながら魔法を解いて行き、名簿を探す。

名簿に乗っている人物に実際に会って、この紙束の確実性が急に怖くなってしまった。私が握っているのは、とてつもなく怖いものなのだと再認識した。

だから、私はこれを持つべきでは無い。

「そっか…色々気回させちゃったかな」

「いえ、元々は私が持ち込んでしまった話ですし、仕方の無いことでしょう」

ようやく名簿を見つけ出す。避けられなかった戦闘とは言え、あそこで魔物と戦った時点でこうなる事は決まっていたのだし、そもそも非知者を守りたいと言う気持ちのもとこの学園にやって来たのだ。この程度の苦労、造作もないはずだった。

「君はいい子だね、いい子過ぎるよ」

「…そんな事ないです。それではこれ、お願いします」

せいぜい十枚くらいのはずなのに、そうは思えない重さをしているその紙束をレンさんに渡す。

苦労は厭わないと決めていたのに…こうもすぐに折れてしまうとは。私もまだまだ子供だな。

「はい確かに…そうだ、内緒のお話。ヒサメちゃんとスピカちゃんと同じクラスの子の名簿も上から降りてきたから、軽く目通したんだけど…もしかするとちょっと苦労するかもしれない」

「案外律儀なんですね、上層部の方は」

「というかそれ以前に私だって教員だからね。あともう一つ内緒の話」

「なんですか?」

頑なに言おうとしないレンさんは手招きをしている。んー、とかいややっぱり、とか言いつつはっきりと明言することを避けている。

…名簿の話も結構周囲に気遣ってした方がいいはずなんだけどな。そう思いながら私は彼女の呼びかけに応じて近くによる。

「私、二人の担任になっちゃった」

なんだかこちらに来てから、常に気の休まらない日々の連続な気がする。

普通学園生活の始まりはもっとこう、それこそスピカが言いそうな言葉で言うなら…キラキラ、とやらに囲まれて始まる気がするけれど…私の学園生活は本当に大丈夫なんだろうか。

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