魔法使いの人狼
「…妙じゃない?」
「…妙です」
私達が見つめるのは授業の日程表。普通であれば何ら変哲も無い、色々な情報が詰まった紙切れだ。
問題は…それが本当にただの紙切れだったこと。
「…なんで二週間も空きがあるの、なにこれ、もう年末だっけ」
「そんなはず無いです。いくら寒いとは言えまだ豊穣祭…でしたっけ?それも始まってませんよ」
そう、当分の授業日程と内容が書かれるはずだったその紙に、何も書かれていないのだ。
こういう事があったのは長期休暇前、黒い砂塵の噂を聞く数日前にレンさんから渡された紙が同じようなものだった。もっともその時は大きな字で夏休み、と書かれていた訳だけれど。
…今思えば紙の無駄遣いでは無いだろうか、あれは。
そんな事を考えているうちに、とあることに気付く。
「…前もこんな事、ありましたよね」
「ああ、夏休みの時の…あっ…」
その単語が引き出された途端、どうやらスピカも気付いたらしい。
あの夏休みと書かれた日程表と言う紙に関与していたであろう、そしてこの真っ白な紙にも関与しているであろう、一人の人物をの存在に。
「またなんか企んでるなぁ!先生ぇ!」
あのスピカにここまで大声を出させるのだ。あの人はやはり只者ではない。
…良くも悪くも、だが。
教室に移動すると、広場に移動!と大きく書かれていたので移動する。もうこれも何度目の光景だろうか。
私とスピカの予想は多分大当たりで、またレンさんが何かを企画したと言う事だろう。しかし想定外なのは長期間と言う事だ。
今までの場合、広場に集まってそのまま戦闘訓練と言うのが何度かあったし、そのうち一回は上の学年としたこともあった。しかしそれらはあの人の急な思いつきで、一回分の授業時間内で、と言うとても狭い時間内のことだ。
しかし今回はどうだろう。数日後に何故か二週間空白の予定がある。つまりある程度計画された事柄が長い時間行われるのはほぼ間違いない。
そしてその首謀者であろう人物が、首謀者ですと言わんばかりに仁王立ちしている。
「今日はなんですか、レンさん。寒いですしスピカも怒ってるので手短にお願いします」
「まだだよ?人集まってないし…今なんか凄いこと言った?ごめんスピカちゃん」
依然むすっとして何も答えないスピカに慌て出すレンさんはさておき。
…人が集まってないと言うがいつもの面々は揃っているはず。強いて言うならカロンが居ないぐらいだ。なんだったら知らない人も居る。
…まさかエルーナ先輩達も巻き込まれているのだろうか。
「お、来たねえ、上級生達」
ふらっと入口の方を見たレンさんがそう呟く。それにしたがって私もそちらを見たのだが…やけに人数が多い。見たことが無い人が半分程居る。
「…ねえルナちゃん、アリスちゃんとナナラは?」
「アリスはどうせ先生の企みでしょ、私その日程無理なのでって伝えておいてください、って怒ってた。ナナラは頼んだ、って一言だけ」
「こればっかりは私の詰めが甘すぎた!後で謝りに行ってくる!あとナナラは説教!」
成程、私の知らなかった二年生も癖が強い人が多いのか。そしてなんの躊躇いもなく伝えるエルーナ先輩もいつも通りおかしい。それは慣れすぎてはダメな状況だと思う、多分。
「あの、先生」
「何かな、クアリゲ君」
「…アウレリア先生もグルですか?」
「グルです」
「逃げ場なしですか僕ら…」
アウレリア、初めて聞く人名だ。先輩方の担任なのだろうか。と言うか今思えばレンさん以外の教員を私達は知らなさ過ぎる気がする。恐らく個性が強い大人をこれ以上受け付けることを、脳が自然と拒否していたのだろう。
よく見ればレンさんの後方に一人、穏やかそうな女の人がニコニコと微笑みながら佇んでいる。
「…さて、君達の担任ですら私に協力した理由、知りたくない?」
ですら、と言う言葉を使っているところを見ると、普段は堅実な人なのだろうか。
…いや、レンさんがぶっ飛んでいるだけか。
「すごく癪だけど知りたい」
「知りたいと答えるしかない状況なの、腹立つよね」
「まあ落ち着いてみんな…」
そんな風にやり取りする女子三人と先程からずっと眠そうにしている男子達…
エルーナ先輩とカトロ先輩、クアリゲ先輩以外はみんな知らないが恐らくレンさん被害者の会だ、私はそう察した。
「大丈夫、君達の二週間は絶対に楽しいものになる…魔法使いの人狼ならね」
「最新式魔道具の売り文句みたいなこと言ってら」
魔法使いの人狼。内容だけ聞いてみれば正直いい線をいっている競技だと思った。
遊戯ではなく競技だ。これは遊びでは無い…はず。
人狼と言う遊びは一応知っている。人狼は巧妙に嘘をつきながら市民を減らしていき、市民は人狼を探りながらその脅威を排除していく、劇場型の遊戯だ。
通常の物であれば一つの村に複数の役職が存在するのだが、この魔法使いの人狼は全てがひと味違う。その中でも特に違う点と言えば、市民が人狼に対抗可能な事だろう。
「だって市民って言うけどみんな魔法使いじゃない?魔法使いがいぬっころに負ける道理がないでしょ」
「いぬっころって言い方!狼ですからね、一応…全員こっち見んな!」
狼にやたらとこだわりを持つ気が強そうな女の人…ライラン先輩はどうやら召喚魔法が狼の人らしい。狼の召喚魔法…無難に強そうではあるがどうだろうか。少し怖い。
「狼と犬は別ですよ!狼の方が強いですし、犬は可愛いですから」
アロゼと似た雰囲気の小柄なこの人はリオン先輩と呼ばれている人だ。口ぶりからして召喚魔法は犬…なのだろうか。どちらが強いとか可愛いとかはさておいて、両方ある程度の賢さを持っているはず。どちらも兎に比べれば強そうだ、と私は一人心の中でぼやく。
さて、次に通常の人狼と大きく異なる点は、村が一つじゃない事だろう。レンさん曰く、一年と二年の本格的な親睦会を含むから、らしい。急に私情が入り込んできたな。
「ウサギ村、ネコ村、イヌ村、トリ村の四つかなあ…あ、割り当てはこっちで考えるから安心して。力関係ももちろん考えるよ、安心して」
「トリ村のこじつけ感がすげぇな…」
そう言葉を漏らしたのは召喚魔法が鳥らしいキア先輩。猫に犬に狼に鳥に…二年生の召喚魔法だけで愛玩動物が揃うのでは?
「鳥も兎と同じく一羽二羽って数えるからじゃないでしょうか」
「その通りだよヒサメちゃん、流石すぎるね」
「後輩、悪いことは言わんからこの人に適応するのはやめとけ」
「したくてしてる訳じゃないです、みなさんもでしょう」
「それは本当にそう」
これは仲良くなれる、しかしキア先輩とは流れ的に名前的に村が別になりそう。非常に残念。
「みんな好き放題言ってくれるじゃん…」
「こればっかりは先生が悪いわよ」
「違いない、カトロの言う通り」
周囲からそう言われ、レンさんは不服そうにむすっと膨れ上がる。何故だ。
「良いもんね。実戦であんたらみんなボコボコにしてやるんだから」
普通はいい大人の教員が言うような台詞では無い。では何故彼女はこう言っているのか。
簡単である。この人も魔法使いの人狼に参加するからだ。
「子供みたいなこと言ってる、と思いましたが、超越者の件があるんでしたね」
超越者、とかっこつけて言ったのはいいが、簡単に言えば人狼以上の存在のことである。例えば人型の魔物、例えば結界が使える魔物。レンさん自身がその立ち位置で参加しようとしている、という事だ。
「まあ実際大結界の外に出る訳だし、そう言うのに遭遇する可能性も無くはない、か…本物の超越者に遭遇したりしないです?それ」
用心深いそんな質問をしたのは…確かクルルド、と自己紹介していた人だっただろうか。
それは私も気になっていた事であり、実際私はその恐怖を知っている…レンさんがどれほど強いのかは未だに知らないが。
「大丈夫、協力者のおかげで出来る限りその可能性は排除してある。怖くないよ」
「俺は貴方の人脈が怖いです」
至って普通のことだけどな、と言いたげな顔をしながら、レンさんは首を傾げる。クルルド先輩の恐怖は正しいものだと思うし、実際私だって怖い。何その人脈、と不思議に思う。
「…まあいいや。それじゃ、まとめね」
そうして彼女が先生らしく、知的に語ったのは、魔法使いの人狼の決まり事の要約だ。
一つ、役職は人狼と狂人と魔法使いのみ。
二つ、通常の人狼とは違い、人狼を返り討ちにする事が出来る。
三つ、通常の人狼とは違い、人狼が殺害をしない選択も出来る。
四つ、村の数は四つ。合流は自由だが、村からの離脱は禁止。
五つ、上位存在として、レンさんが森の中を常時ふらついている。
「…レンさん、やはり最後が異色すぎでは?」
「んー…じゃ、いつもの杖じゃなくて魔剣を持つって事でどう?私あれの使い方分かんないし」
待てよ、この競技案外詰めが甘いのでは…?
「なんなら杖無くても強い無法の人が魔剣持っちゃダメでは」
「召喚魔法が無法の毒持ちの君が言うんじゃないよ」
いかにも仲良さげにレンさんと問答する、毒持ちと呼ばれる二年の男子の中で一番小柄なその人はミュゲリアと名乗った人だっただろうか。
毒のある召喚魔法使いは一人としか戦ったことは無かったが、確かにあれは質が悪かった記憶がある。久しく会っていないが、そんなクラゲは元気にしているだろうか。
「…まあ細かい決まり事はもうちょっとだけ調整しておこうかな。せっかくアウレリア先生も協力してくれる訳だし」
レンさんよりも少し大人に見えるアウレリア先生はこちらに向けて一瞥する。そう言えば一言も喋らなかったな、この人。
初めて会ったレンさん以外の教員なのだし、いつかちゃんと話をしてみたい。
魔法使いの人狼が前日まで迫った数日後、各々に役職と属する村が書かれた紙が配られた。他者との事前協力は当然禁止なので、その日はスピカと会うことすらなく眠りについた。
かくして、私がこの学園に来てから一番大規模な企画が始まるのだ。




