秋と記念日
お待たせしました
更新頻度が上がったり下がったりしますが何卒よろしくお願いします。
なんて事は無い、いつもの授業の最中。
魔法史の授業なのだけれど、内容が以前聞いた事もあるものなので、レンさんの話を一切聞かずに私はあることを考えていた。
…どうすればスピカの元気を取り戻せるだろうか。
私以外の誰かの前では一応気丈に振舞ってはいるけれど、部屋ではどこかぼーっとしていて上の空。
色々な話が積み重なって夏休み後半辺りから浮かない顔をしていることが増えたが、恐らく積み重なった怖い話が堪えているらしい。
くるくると指の上で筆を回しながら考え続けるが、当然そんな方法は思い浮かばない。
「…お前どうした?らしくないぞ、ずっと手元見て」
「…いえ、まあ少し、悩み事と言いますか」
一度手を止め、声の主の方をちらりと見る。流石に不審に思われたのか、サバトから小声で話しかけられた。
「手慰みする程のか、ほんとに珍しいな…アロゼに聞いてもらえよ」
「わっ、ごめん、ちょっと聞いてなかった、かも。どんなお話?」
「お前もかよ…揃いも揃って一体どうしたんだ」
少し呆れながらも、サバトは簡潔に状況を伝えた。まあ私が悩んでいると言う、あっさりとした情報だけなのだが。
「確かにヒサメちゃんが悩むのって珍しいね…でも授業はちゃんと聞こっか、二人共」
「すみません」
「悪い」
アロゼに怒られるのは滅多にない…と言うか、初めての経験だった。
「スピカ、少し買い物に付き合ってくれませんか?」
さて、私の選んだ答えはこれだ。
サバト曰く、あいつはお前のこと好きすぎるから適当に連れ回せばいいんじゃないか。
アロゼ曰く、好きな人と一緒に居られるだけで元気になれる。
授業の終わりに貰った助言を参考にした行動だったのだけれど…一人は楽観視し過ぎているし、もう一人はただの惚気では?
「うん、行こうかな。どこに行くの?」
そんな悩みがありながらも、私が話しかけたからか、普通に嬉しかったのか好感触ではある。
それに今からの用事は…私としては少し恥ずかしいが、その分スピカも喜んでくれるはずだ。
「頼んでいたものがあるんですが、一人では少し時間が掛かりそうなので。あとは…食材がそろそろ無くなりそうだから、好きな物を選んでください」
「びっくりした、荷物持ちにされるのかと思っちゃった。じゃあ今日はヒサメにいっぱい料理作ってもらおうかな」
荷物持ちの為に誘ったと思われそうで咄嗟に出した提案が上手く働いてくれたらしい。
機嫌を損ねずに済んで良かった、と安堵しながら街に向かう。学園の敷地内から出るのが少々久々だったからか、景色はすっかり変わっていた。
…いや、久々とは言ってもせいぜい一週間ほどのはずだ。何があったらこんなに変わるのだろうか。正直結構驚いている。
「寒ーい!けど装飾綺麗だね!そう言えばもうすぐ豊穣祭かあ」
「それでこんなに賑やかな見た目になってるんですね。納得です」
秋が豊穣の時期なのはこんなに寒い時期でも変わらないのか。そう言えば、私の記憶にもうっすらとそんなものがあった気がする。豊穣祭だったか、収穫祭だったか…名前は何と言っただろうか。
「お祭りも楽しみだね。色んなお店とか出るのかな」
「出るんでしょうね。いくつか屋台らしきものが見えますし」
「…なんか興味無さげじゃない?」
「賑やかなところってあまり得意じゃないので、外出の予定は今の所無いですね」
「もー出不精!絶対に連れ出すからね!」
世間一般的に、どうやら私は出不精らしい。まだ森に居た頃は私もおじい様もクラゲも皆村の祭りなんかに出向くことは無かったので、私としてはこれが普通なのだ。
やれ、認識の相違と言うものは本当に恐ろしい。
「それで、頼んでたものって結局なんなの?濁されてるとなーんか気になっちゃうんだけど?」
「…武器ですよ」
「武器ぃ?」
その単語が聞こえた途端に、スピカは少し嫌そうな顔をした。
ところでもちろんだが、一人だと時間がかかる、と言ったのはただの方便。魔法使いが持つ武器と言えば杖か魔剣で、今回の発注は前者では無い。
…この様子だと、どうやら記念日を忘れていそうだ。それも仕方ないか、毎日顔を合わせていると感覚が狂ってしまうのはうなずける。
「…まあヒサメがお願いしてくるのってあんまり無いし、全然良いけど」
「お手数お掛けします」
そんなやり取りをしながら、私達はゆっくりと街を歩いた。寒さで足速になりそうではあるが、案外街の景色が面白くてゆっくりと見て回ってしまう。夏よりも空は澄んで山の色は鮮やかではなくなったが、その反面街は色が増えて鮮やかになった。
…それはそれとして、どうして普段使っている本屋も飾りつけをしているんだろう。豊穣祭では?
奇妙な光景を見ながら奇妙なことを考えていると、目的地と…待ち合わせをしていた人物を見つけた。
「…お、来たね」
「お待たせしてすみません」
「うんや、概ね時間通りでしょ?」
「なんで先生がここに…?ヒサメ、やっぱりなんか隠してるでしょ」
「…まあちょっと」
「いやちょっとじゃなくて、大分隠し事でしょ」
待ち合わせ済み、と言う事は当然この人も私のやりたかったことを知っている訳で…それどころか、この人が居なければあの武器は作れなかったのだ。知識とか技術とかではなく、権限とか権利の方面で。
「まあ正確には私が武器制作の依頼人な訳だし、私も共犯っちゃ共犯なんだけどね」
「そうですよ、名義貸しありがとうございました」
「いいのいいの、娘達の武器の為に親が力貸すのは当たり前のことなんだから」
「娘じゃないですしもう何が何だか訳わかんないんですけど…」
ちなみに魔道具制作や購入に際しての名義貸しは一応違法では無いらしい。私のあの杖も、正確にはおじい様の物だ。
武器…ではなく実際には魔道具。それは私では制作の依頼が出来なくて…そしてスピカへの贈り物になる物の正体。
「問題なく完成済み、だそーです。ヒサメちゃんとスピカちゃん、一本ずつで合ってるよね?」
「はい、ありがとうございます…スピカ、これどうぞ。出会って一年記念の…ちょっとした贈り物です。」
私達が今までよく目にしてきたそれは、レイラの武器としての物、つまり魔剣。しかし今私達の手中にあるこれは、それよりもはるかに小さい。
ちょっとした、とは言ったが形にそぐわず結構な額面になってしまったけれど、そこで躊躇うほど私は愚かでは無い。この世界での記念日は、それほどの重さがあるものだと私は思っている。
それに、スピカも一度お揃いのものを贈ってくれたのだ。私はそれにお返しする義務があった。
「…これ、魔剣?」
「そうらしいよ。私も聞いた時はびっくりしたんだけどね、魔剣を短剣にしてお揃いにするって」
「ちょっと黙って貰えませんか」
もちろんその意図なのは間違いないのだけれど、いざ本人の前で言われるとさすがの私としても恥ずかしい物があるので、ぜひやめて頂きたい。いや本当に。
「おー怖い…それでスピカちゃん、満足して貰えた?」
「それ本来私が聞くやつですし、あんまり本人に聞かない方がいいやつではないでしょうか」
「…ううん、そんなことない。ありがとう。すごく大切にする」
そう言ってスピカは…久々に眩しい笑みを零した。
とりあえず良かった、作戦成功と思ってもいいのだろうか。
「いやあ、友情って素晴らしいね…それ以上の何かがある気もせんでもないけど。良し、お母さんが短剣を入れられる革鞘でも買ってあげよう」
「だから娘じゃないですって」
「ところでさ、ヒサメ?」
ぽそっとスピカが私につぶやく。その表情は予想外に不安そうで…私、何かやってしまっただろうか。
「…魔剣ってどうやって使うの?」
「私達ってどうやっても締まらないですよね」
「いやはや、すっかり街も色付いたね。もうそんな時期かあ」
とても冬の街中で聞くような物では無い台詞をレンさんが呟く。それ秋の山に向かって言うやつでは?
ともあれ初見じゃない人でもそんな反応をするのか、なんて思いながらまた街を見渡す。
忙しなく大人が動き、さっきよりも更に街が明るくなった…気がする。いや絶対に気の所為なのだけれど。
「見た目は好きなんですけどね、雰囲気は苦手です。騒がしいのは」
「うわー、静かなの好きそうだもんね。先生もクラゲちゃんも似たような事言いそうだなあ」
レンさんが思っていることは間違いでは無いと思う。実際に三人で暮らしていた時はとても物静かなもので…と言うよりも、どうしておじい様と暮らした上で明るくてよく喋るこの人が誕生したのだろうか。むしろそちらの方が珍しいのでは?
「まあお祭りで盛り上がってる分マシよ。向こうはどうもきな臭くなって盛り上がってるらしいし?」
「向こう…と言うのは中央の事でしょうか?」
「そ。南部が創った魔法の情報を寄越さないとか何とかで…っと、まあそんな話はどうでも良くて」
「だいぶどうでも良くなさそうだったんですけど」
「私らが関わらない事はとりあえずいいの。北部魔法学園の関係者達は豊穣祭の警備の事を第一に考えなさい」
まあ確かに中部も南部もここからは遠くて私達にはあまり関係は無いが、本当にきな臭い。そういう話は国家間とかで起きるものだと思っていたのだけれど、学園間でも…
…今なんて言った?
「先生?豊穣祭の警備って…なんの事ですか?」
「あれ、誰かしらが話してなかった?教員も生徒も基本祭りの日は強制外出、警備と言う名の散策を楽しめるんだよ合法で」
まるで違法か脱法での楽しみ方があるかのような言い方はさておき、それは少々想定外である。
私の穏やかな休日が潰れてしまうことはまだいいのだが、問題はその代わりに労働があるということ。いくら名目上の警備とは言えど、万が一に備えておく必要はあるだろうし。
そもそも何かの警備だなんて、旅の道中に乗せてもらった荷車の護衛以来やった記憶が無く…と、そんな感じで不安要素があまりにも多すぎる。
「ま、良い機会じゃない?ヒサメちゃんはこの世界の文化に触れて、スピカちゃんは目いっぱい楽しみなさい」
「…それもそうですね。魔道具漁りでもしましょうか」
「あらやけに素直。それじゃ私、この後ちょっとお話があるから。あとはお二人で楽しんで〜」
「あっ逃げた」
素直、と言われても良い魔道具があればまたクラゲに贈ってあげようとしているだけである。そういう場所では良質な物が格安で手に入ったりするのでは無いだろうか、知らないけれど。
強制参加させられるのであれば、目的を作って達成することに専念してみよう。そんな邪な考えを抱きつつも、若干豊穣祭が楽しみになった。




