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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
魔法使いの旅立ち編
3/34

迷い子

背も伸びない、しかし年相応の衰えもしない、変わる様子の無いおじい様。それに比べて少し背と魔法が成長した私は、未だにレンさんの誘いを完全に承諾出来ずにいた。

あれから一度、またおじい様から贈り物を貰った。

杖にはめられた深紅の石よりも暗い紅色の腕輪は、使用魔力軽減の効果があるとか。無愛想ながらにも、しっかりと私に似合う贈り物をしてくれるおじい様のことが、私はとても好きだ。

…そんな話はさておき、最近は一人で外出することも許可され、時々町に食材の買い出しに出ている。

ただ、そんな繰り返しの日課が、不意に壊れるものだとは私はおじい様から教わらなかった。

森の出口、もしくは入口。そこにあったのは、見覚えのない小さななにか。

「…君、迷子?」

それはずっと昔の私のように、ボロボロの布切れを羽織った、小さな子供。

これは多分…

「名前、言える?」

「…クラゲ」

「優しいおじい様の居る家があるの。私も住んでるから、おいで。」

クラゲはこくりと頷くとよろよろと立ち上がり、私の傍にやってくる。

私は浮遊魔法を人にかけたことは無いので、不安で出来ない。今頃レンさんのもとで学んでいれば、出来たのだろうか。

クラゲは私よりも少しだけ小さく、浮遊魔法がなくともおんぶが出来ると判断したので、背中に背負って森の中、家に向かう。

…しかし、いつまで経っても小屋が見えてこない。そう言えば前、おじい様とショウさんが結界だのなんだのについて話していた気がする。その影響だろうか。

ふとその記憶を思い出して瞬きを行っただけのその刹那、眼前に見慣れた景色が広がる。何が起こったのかも分からずに唖然としていると、横にまだ私よりも背の高いおじい様が立っていた。

「非知者か?」

「…そうですね。名前が分かること以外、とても私と似ています。」

「よくやった。後はしばらく私に任せなさい。」

おじい様の居ない間に、非知者の子を拾う。その体験は私に安堵と、幾度となく味わってきた危機感を感じさせる。

もし私がクラゲを見つけていなければ、どうなっていたのだろうか。


クラゲをひとまずおじい様に預けた所で、私は町に買い物に行くよう命じられた。とは言え頭の中は当然大混乱。何を買うべきだったかもいまいち覚えていない。

「ヒサメちゃん、大丈夫かい?」

「…いえ、いや、大丈夫です。卵を頂けますか?」

「はい、なんか困ったら周りの人に頼りなよ」

「ありがとうございます、そうします」

硬貨を渡して卵を受け取り、その場を後にする。頼る…と言っても、おじい様は慣れているだろうし、レンさんは今この近くにはいない。それ以外に頼れる人は…

居る。最近は少し肌寒くなってきたしクラゲも心配なので早く帰りたいが、話して得るものがないことは無いだろう。

そう思いながら私は、久々にその路地裏に向かった。果たしているのだろうか。

「…お邪魔します」

来るまでの道で見た風景とは打って変わって一切の廃れがない扉は、商売繁盛の証だろう。そんな扉を開けた先に置かれているのは数多くの杖や装飾品…いわゆる魔道具と呼ばれる物ばかり。

「ヒサメさんか。今日で良かったね、昨日なら留守だったよ…一人かい?」

「はい。おじい様は今…少し用事がありまして」

「そうか…何か話したいことがありそうだね。具体的に言えば、そのお師匠の用事について」

魔力の流れとやらは心の中まで読めてしまうものなのだろうか。いや、流石に魔力不可視の私でも分かる、そんな事はありえないだろう。単にこの人の洞察力が高いだけだ。

しかし気付いてくれたのであれば話は早い。前置きは話さず、私はいきなり本題から始めることにした。

「非知者を、保護したんです。私が」

「そうだったんだね、今回は少し早いか」

「…早いとか遅いとかあるんですか?」

私は結構深刻に考えていたのだが、ショウさんはいきなり話を一段階飛ばして話し始めた。やはり長く暮らしていると、そういう周期のような物も感じるのだろうか。

「僕はこの町を拠点に商売してるけど…僕が杖を選んだ子は三人だね。君とレンさんを含めて」

「そうなんですか…それは何年間でですか?」

「八年かな。僕が今三十一歳で、森を出て商売を始めたのが二十四の時だから…うん、間違いない。ちなみに、僕と君の間には四人非知者が居るはずだよ」

ショウさんが杖を選んだのが三人、つまり一人選んでいない人が居るということか。

…レンさんとこの人、さほど年齢が変わらないように見えた気がするのだけれど、一体何歳差なんだろうか。どうでもいいが、そんなことが気になってしまった。

「…そう言えばレンさんってお幾つですか?」

「それ僕に聞かないで欲しいな?確か二十一だよ」

「言っちゃうんですね」

淑女の年齢はどうこうという発言がどこからが聞こえてきそうだが、淑女がそれを聞く分にはまあいいだろう。それにしても若く見えるな、ショウさん…

そんなことはさておき、本題に戻ろう。

「…つまり周期はだいたい三年とか、そして今回は二年で少し早いって事ですか」

「そうなるね。僕はもう慣れてしまったけど…そうか、ヒサメさんは初めてか、それであんなふうに深刻そうな顔をしていたんだね」

「すみません、やっぱり少し怖くて」

「仕方ない事だよ、僕も、それこそちょうどレンさんがやって来た頃ぐらいまでちょっと怖かったからね」

どこか飄々としているこの人にも怖い事があるのか、なんて少し失礼なことを考えつつも、自分は異常では無いのだなと思う事が出来たので一安心だ。

「お師匠の教育は本当にしっかりしてるから、そこも安心するといいよ…もちろん君の心配事も正常だ。君がその子を保護出来たおかげで、一人救えたんだよ。胸を張っていい」

「ありがとうございます、そこまで、言っていただけるとは」

少し、訂正。魔力の流れが見えると、本当に人の心まで読めてしまうのかもしれない。

私はつくづく良い人に恵まれているな、と思う。だからこそ、私が不安がらずにクラゲを導いていってあげないと行けない。ショウさんに話をしたおかげで、心が少し軽くなった気がした。


「姉様、起きてください」

誰かからの声で、目が覚める。しまった、もう朝か。

「…姉様はやめませんか、クラゲ」

寝起きの目には少し毒な白く輝く髪。そんな声の主、私を姉と慕うクラゲはどうも私に懐き過ぎてしまった。いや、私的にも彼女的にも悪い事はなんら無いのだけど。

昨日、数ヶ月ぶりにショウさんと会い、彼が集めたクラゲの生活の為の物を運んだ。その疲れで今日は普段よりも長い時間眠ってしまったのだろう。

やはりショウさんはあの町でのみ商売をしている訳では無いらしく、召喚魔法の馬を用いて各地を移動し、露天商のような事をしているらしい。そんな職業柄、各地で必要なものを集めていてくれており、それが相当な量になったから助けて欲しかったのだとか。私が言えた口では無いのだが、レンさんもショウさんも、この森育ちの非知者に甘すぎでは無いだろうか。

「でも姉様は、おじい様の弟子のようなものなのですよね」

「…まあ弟子と言われれば弟子なんでしょうね。魔法も教わりましたし」

正確には師匠は一人では無いのだが。去年長期間魔法を教えてくれた、少し騒がしい姉弟子の顔を思い浮かべながらそんなことを思う。

「であれば姉様は姉様です…それより姉様、おじい様が、私を町に連れて行ってあげて欲しいと言っていました」

「…私がですか?それに少し早いのでは」

「嘘は吐いてません。確かおじい様は、姉様は特殊だったからな、と言っていた気がします」

「私は名前も忘れていましたからね。ところで、おじい様は?」

「既にどこかに行かれました」

クラゲが無邪気な子供であれば嘘をついている可能性が考えられるが…この子はあまりにも落ち着きすぎているし、嘘をつく利点がない。

授業も通常であればそろそろ終わった頃だろうし、クラゲとおじい様を信じて、私は彼女を町に連れて行くことにした。

「少し待っていてください。身支度をします」

「はい、お願いします」


クラゲにとっては初めての町。ただ、私にとって今の町は、彼女に見せたかった景色をしていなかった。どういう事だろう、何が起こっているのだろうか。

空は暗くカラスが飛び不吉な感じが…と言うのは一切関係なく、すれ違う人みんなの目がなにかに怯えている、疑心暗鬼になっているような目をしているのだ。

「あの、何かあったんですか」

今回は食材の買い出しも兼ねているので、いつものお店にやってきたついでに店主のおば様に聞いてみる事にした。

「どうもね、変な人が居るらしくて…」

「変な…ってここにそんな人居ましたでしょうか。皆さん良い人で…もしかして」

「そう、旅人の方らしいんだよ」

要は不審者事案という事だろう。

しかしこの町には、守護者や警備者と言った人が居る訳では無く…まあ強いて言うならショウさんやおじい様なんかがその役割を果たしているのだろう。ただ、刑務所や牢屋なんてものは確実に無いので…いざ問題を起こされるとどうしようもない。

これは…早い内に解決しておかないとまずい気がする。

「具体的に何をされてるんでしょうか、その方は」

「私が聞いた限りだと、どうも子供を狙ってるらしいよ。でも少し追いかけてすぐ離れてるとか何とか…本当に変な感じだよ」

思っていた五倍嫌な不審者みたいなので、素直に嫌そうな顔をしてしまった。しかしそうなると、クラゲを連れて回るのは少し怖いな…ショウさんにでも預けようか。

「私に出来る事、何かないでしょうか」

「って言われても…ヒサメちゃんだって狙われるかもしれないのよ?」

「承知の上です。返り討ちにします」

意気込んだのはいいが、果たして私に出来るのだろうか…いや、クラゲを守る為には出来ないといけないのだ。

そういう訳でクラゲをショウさんのお店に連れて行き、私は聞き込みを始めることにした。


買い物も町の案内もクラゲの紹介も全てを放り出して聞き回った結果、いくつかの事が分かった。

一つ目、問題の不審者とやらは屈強な大男である事。

二つ目、子供を付け狙っていると言うのは少し語弊で、正確には小柄な人を探し回っているらしい事。

三つ目、町を全て見終わったからか、今は宿から出てきていない事。

「変だろ?だからもういっそ宿から追い出そうかなって考えてんだよ」

怒りやら困惑やらが入り交じったような声と表情で、宿屋の主人である青年は私にそう伝えた。彼の妻も少し後をつけられたが、当の宿の経営者と言う立場もあり、本当に困っている様子。町の人間や妻からは追い出せと言われるが、しっかり金銭を落としている客であることに変わりは無いので、彼としても追い出しにくいのだろう。

「その方の持ち物は?凶器なんかを持っていたりは…」

「いや、普通に旅人って感じの持ち物だったよ。大きなカバンを背負ってて、その中に何が入っているかまでは分からないけど…」

「お客様の荷物検査まではやり辛い、ですよね…」

私のような余所者が首を突っ込んでもいいのだろうかと思っていたが、こうして私に話してくれる所を考えると、是が非でも早く解決したいのだろう。

おじい様も居ない今、どうするべきだろうか…

…一度会って見てみる事しか、今は出来ることがなさそうか。

「その方は今も部屋ですか」

私は小声で問う。もっとも、今小声で話をしたところで意味は無いのだが。

「あー、確か魔道具店見に行くとか言ってたよ。ショウさんのところじゃないか?」

しまった、それは想定外過ぎる。

クラゲの安全の為を思った行動がこうも裏目に出ることが普通あるか、いや、あってたまるか。

「ありがとうございました、助かります」

「あっおい!気を付けなよ!」

危ない物は持っていなくても、図体が大きくて動きが不審だと安心とは言いきれない。小柄な人の跡をつけていたと言うのも、噂ではなく色々な人が経験して目撃している確実な事象。

丁寧に、しかし急ぎながら戸を開ける。ショウさんの店は…こっちか。

そんな人とクラゲを、接触させる訳には

「やっぱり変なのが嗅ぎ回ってたな」

「っ…!?」

何かで殴られたが、咄嗟に杖で防ぐ。防御魔法は間に合わない。

「私はあなたの事を知りませんが、どちら様でしょうか。何の目的でこの町に?」

時間稼ぎに会話を始めたつもりだったのだが…今は動揺を抑える為の行動になってしまった。

そうか、この世界では…当たり前の様に魔法使いが存在するのだ。

「ちょっと人探し…これも十分に活用した上で、な」

そう語る、図体には合わない杖を持つ大男。そしてその肩の上に蠢く黒い何か。あれは…カラスか。

おじい様は、魔法使いであれば手の内は明かさない方がいい、と言っていたはずだが、果たしてこの大男は馬鹿なのだろうか。こんなもの、召喚魔法がカラスだと言っているようなものでは無いか。

「…何だ非知者、そのバカにした様な目は」

何故、私が非知者だとバレているんだ?

分からない、分からないが…今この場にこの男を留めておくのは危険だ。

「馬鹿にはしてません。馬鹿だとはっきり思っています」

「…っ、召喚、カラス!」

「着火」

挑発が功を奏し、相手の眼中に完全に私しか居ない状態になったのはいいが…さてどうすべきか。

ひとまず火でカラスを牽制して、この町から少しでも遠ざけないと。

「浮遊」

「待てガキ!追え、カラス!」

召喚物の動向を口にするのはあまり賢くない。

カラスに追跡されるのが分かった訳だが…今の目的はこいつを連れて離れる事だ。それに兎では空中のカラスに対抗のしようがない。何やら下からカラスも落とせないのか、と言った煽るような発言が聞こえたが、無視だ。

宿屋を飛び越し、畑も越えた。ここなら問題なく戦えるだろう。

…ただ一つ気になることがあるとすれば、私に実戦が出来るのかという事だ。

「召喚、兎」

火を消し、着いて来た数羽のカラスを兎の角で刺して消滅させる。消滅した召喚物の場所を突き止める方法があるのならばそれで良いし、そうでなくてもカラスを落とす手段がある事を知らせる事が出来れば最悪それでも良い。

それはさておき…この兎は見せられないな。一旦隠しておこう。

「カラスが落ちてった場所に来てみれば…おい、こんな開けた場所で戦う気かよ」

口には出さなかったが、バカだなとでも言いたそうな目をしている。

「戦うつもりは特に無いですが」

「じゃあどうすんだ?こんだけ町から離れて助けでも呼ぶ気か?」

大男は、その図体に合った大声で高笑いする。

余程自分の魔法に自信があるのか、それとも私が子供だから舐められているのか。正直どちらでもいいが、そんな驕り昂り、非知者を見下し、町中で何も考えずに魔法を使う様な人間は放ってはおけない。

しかし一応、一応だが、念の為に気になる質問はしておかないといけない。まだ捨てていない可能性、善人である可能性を潰さないと戦うのは少しおかしい気がするのだ。

「…もう一度聞きます。今度は答えてください。この町に、何の目的があって来たんですか」

「魔法使いを…そうだな、その中でも妙な奴を探しに来たんだ。お前みたいなな」

「そうですか。なら安心して戦えます」

「召喚、カラス!浮遊!」

さっきとは動きが違う、やはり変えてくるか。

カラスの量も多いし、浮遊の詠唱も聞こえた。

「着火」

カラスは強い光が苦手だ。なのでこれで対応出来る。

問題はあの男。動いていないのであれば上から攻撃魔法でも…いやおかしい、浮遊の詠唱をしていたはずなのになぜ飛んでいない?

「っ!?」

カラスは火に怯えて急停止する。それは当然だ。しかしそのカラス達の一部は…次の瞬間、消滅した。

そして次に私は…激しい痛みを感じた。一体、何をされた?

「外したか」

腕に擦り傷…いや、もうそういう次元では無いな。完全に何かに斬られた後だ。

迂闊だった。相手の出方を伺っている暇などなかった。大男は…岩石を浮遊でこちらに飛ばしてきたのだ。

それで本人も浮いていなかったのか、と密かに納得した私と真逆で、全て計画通りだとでも言いたげな嫌な笑みを大男は浮かべている。

「…そうか、攻撃魔法はまだ…」

「何小声でグダグダ言ってんだ!さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ!」

攻撃魔法と防御魔法は、まだごく一部の人間しか知らない魔法だった。それらに慣れすぎた私は、岩石と言う魔法と浮遊という魔法、そしてその組み合わせで攻撃されることに慣れていなかったのだ。

…それは相手も同じなのでは?

「…あなた、戦闘は慣れてるんですか」

「そりゃあ、職業柄な。時間稼ぎはもういいって、大人しく俺に着いてきたら傷付けずに扱ってやるよ」

「そうですか…召喚、兎」

「何を甘えた魔法を…?」

私の足元に十匹、五十匹と、小さな兎が湧き出る。相手の顔がどんどん歪むが、それは数に怯えているのか容姿に怯えているのか。

「はっ…やっぱり非知者は、そう言う特異性を持ってなくちゃなあ!」

男の叫びと共に、カラスが一斉に鳴き始める。

…何かして来るな、そういう合図を出す所が賢くない。

「疾風、黒風!」

聞いた事のない詠唱、それに伴ってカラスが翼を広げて…

「防御魔法」

詳しい仕組みは完全には分からないが、恐らく疾風で出した風にカラスを乗せ、勢いを付けてこちらに飛ばし攻撃する。その一連の動作があの詠唱に込められていたのだろう。そんな事まで出来るのか、魔法というものは。

辛うじて立っている状態にまで追い込まれる様な風を受けながら、カラスの突進も防ぐと言うのは流石に無理があったのか、所々体が痛む。

風を真正面から受けて声を出すことは勿論息も少し苦しい…ただでさえあまり使ったことの無い魔法を出しているのに、そこに重ねて出せるかは分からないが…火の魔法を、着火を使ってせめてカラスは潰さなければ。

無詠唱で、なるべく出力を高く…

「…っ、テメェ、着火以上も出来たのか」

風が止む。熱から目を守る為に瞼を閉じて状況は見れなかったが、カラスの一掃は出来たらしい。

大男に見える露骨な焦り。今が攻め時だ。

「召喚、兎」

「召喚、カラス!」

相手の顔がまた歪む。そこに今度は、明確な恐怖が見えた。

兎に紛れて姿を暗ませる。先程の防御魔法は恐らく相手も見えていなかったはずなので…この不意打ちは上手くいく、作戦通りに行けば。

相手のカラスに攻撃するように設定したので、兎は高く飛ぶ。大男の目線も自然と上に上にと上がっていく。

目線誘導、そして相手の知らない魔法での不意打ちは…

「刺さる」

「なっ…!?」

しっかりと踏み込み、攻撃魔法を撃った。私が言えた口では無いが、愚かにも反射的に大男は杖で自分の体を防御した。

私の渾身の攻撃魔法を喰らった杖は…痛ましい音をあげて、無惨にも二つに割れた。私の魔法の威力が高すぎたか、今までの杖の扱いが粗雑だったのか…どちらかは知らないが、魔法使いとしての勝負は私の勝ちだ。

「この町、刑務所的な場所が無いんです。なので大人しくどこかに立ち去ってくれませんか」

「…」

大男は黙る。

杖が折れて腐っても魔法使いだ。杖が無くとも魔法を使ってくる可能性があるし、町の人達に身柄を受け渡すことは出来ないだろう。つまるところ、このお願いを断るのであれば…おじい様に後処理を任せることになる。迷惑がかかる上に、その後この男がどうなるのかが分からないので、あまりそういうことはしたくない。

「…勝った気で、いるのか?」

「いえ、悪足掻きされた時のことを考えていました」

「このガキ…!」

やはり、杖が無くとも魔法は使えるか。しかしそこまで凝った魔法は出来ないはずだし、出来たとしても魔力消費が半端じゃ無いはずだ。

「疾風、黒…」

「召喚魔法!」

黒風、と言う詠唱に、二度目は無かった。強い風が吹く中、大男は吹っ飛んだのだ。

「…これ生きてますか?ショウさん」

「気絶してるだけ…だと思うんだけど」

昨日聞いたばかりの馬の召喚魔法。てっきり遠距離の移動でしか使えないと思っていたが、その脚力をショウさんは攻撃にも活かしたという事だろう。

…本当にこの大男、生きているのか?

「僕も今日色々お話を聞いてどうにかしなきゃなあって思ってたんだけど…まさかヒサメさんがやってくれるとは」

「私はただ…クラゲにこの町を、この町の本来の姿を見せたかっただけなんです」

「だってさ、クラゲさん」

そう言いながらどこかを見たショウさんの目線の先、彼の後ろ側からクラゲが顔を出す。

「姉様すごいです。あんなに大きな人を傷一つなく」

「…いえ、傷は結構負いましたが」

そう言いながら裂傷のある腕を二人に見せようとした…が、傷は確かに付いていない。ただし服は破けているし…一体いつ傷が癒えたのだろうか。

「あの、ショウさん」

「…なんで魔法使いが、こんなクソ田舎に何人も居るんだ…!」

相当な距離吹っ飛んだものだから、気絶したのだと思い込んでいた。

後ろを向き、男を見る。こちらに右手を伸ばして、カラスをいくつも召喚し…

防御は、間に合わないか?

「ヒサメさ…」

「姉様!」

今度は私が、と言わんばかりに、クラゲは私を通り過ぎて手を伸ばす。黒が渦巻く大男の手に相対して、クラゲの手は、刹那白が輝く。

そういえばクラゲの魔法、まだ見たことがなかったな。


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