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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
北部魔法学園編
26/34

結界

新技が出ます

結界。それは、魔法使いの技術の終着点とも言われている。

魔法使いは一人一人違う魔力を持ち、違う召喚魔法を持ち…そして、違う結界を持つ可能性を有している。

結界は自らの魔力を完全に引き出す行為であり、そのためには魔力の扱いに長けている必要があるのだ。

「結界」

私はその技術を前にして…

「攻撃空間」

絶望を、噛み締めた。


長期休暇もあと少しになったある日の朝。中央都市にある学園からの手紙が帰ってきた、と私たちの部屋にレンさんが報告をしにやって来た。

「外部流出の危険性を鑑みて貸出はできない、だからこちらまで来い…と言う事ですか?」

来客用に用意した紅茶を持ち、レンさんとスピカの居る方に向かう。

「そ。しかも期間指定で。北部は冬季の休暇が長いだろうから冬に来いーってさ。向こうの上層部もこっちと態度変わんないねほんとに」

そう怒り気味に話すのは、いつか話した召喚魔法をまとめた書物に関するお話。中央魔法学園からのお達しは、簡単に言ってしまえば、こちらまで来いと言っているようなものだった。

「出張じゃないならのびのびと出来るし、君達二人を連れて中央都市まで行けるってなったら楽しみなんだけどね。態度が気に食わないわ」

「あっ、私も行くのは確定なんだ」

背伸びをしながらそう話すレンさんと、紅茶を飲むのを辞めて驚くスピカ。

天衣無縫の人にいつも通り巻き込まれる私達。見慣れはしたが、目ではなくこの体が慣れることは果たしてこの先あるのだろうか。

「あっ、君達二人、で思い出したんだけど」

「どうかしました?」

「たまに広場で好き勝手やってるって、本当?」

私達二人の、手が止まる。

よく考えてみれば、私達もまれにこの人を厄介事に巻き込んでいた…そんな気が、しなくもない。


「ちゃんと利用許可取ってたのは偉い!流石ヒサメちゃん!」

「…ならどうして着いてくるんですか、私達の練習に」

学園内の広場で私とスピカが定期的にやっていた自主練。レンさんでは無い先生に一応許可は貰っていたものの、さすがにその派手さが教員学生問わず、噂として語られてしまっていたらしい。

「…見るだけだよ?見るだけ」

「これ絶対信用してないやつだ!」

そりゃそうなる。閑古鳥が避けて通るほど騒がしいのだ。風の噂どころか爆音の真実がそこら中に轟いていたことだろう。

そしてこの人は教員という立場上、許可を得られていた練習だったとしても見ておきたいものなのだろう。なんか申し訳なくなってきたな。

半ば諦めつつある私とは打って変わってまだ逃げの姿勢を見せているスピカは、すかさずれんさんに質問している。

「もうすぐ新学期ですけど、仕事の方は大丈夫なんですか?」

「今の私の仕事は君らの自主練を見ることだねえ」

話を逸らすことに見事に失敗し、スピカは項垂れる。顔は笑っているけれど、口調が若干怒っていないか?この人

まあこればかりは私達が全面的に悪いか、と思いつつ広場に向かう途中、最近よく聞いた声二つが私達に向けて掛けられた。

「レン先生、どうして休みにこんなところ歩いてるんですか?」

「それに前に居るの、ヒサメでしょ」

「あれ、ルナちゃんとクアリゲ君じゃない」

一人は夕食を図々しくも共にしていった友人、もう一人は夜間に色々お世話になった先輩方だった。

そんな風に、二人の先輩に関する記憶を思い起こしていると、じっと私の顔を見て悩むレンさんが目に入る。私とエルーナ先輩を交互に見ては唸り声をあげ、終いに何か納得がいったようによし、と呟いた。

「ヒサメちゃん、君の罰が決まりました」

「ついに隠さずに罰って言いましたね」

嫌な予感…いや、ここまで来ればもう予感では無いな。眼前に嫌なものが迫っている。

「お勉強も兼ねて、本気のルナちゃんと戦ってもらいます」

「どこまで本気でやっていいの?」

また突拍子もないことを言い始めたレンさんに、目を輝かせてそう問うエルーナ先輩。

それに対して返されたレンさんの答えは、私からすると意味のわからない物だった。

「包み隠さず、全部、秋学期の予習」

「えー…」

目の輝きが一瞬にして消え失せた。というか私はこの人と戦うのが怖いのだけれど…

そんな不安は露知らずか、スピカが嬉々としてレンさんに質問する。

「私は?私はやらなくていいんですよね?」

なんでやらなくていいことに喜んでるんだこの子。私もやりたく無いんだけど。

「スピカちゃんは特に何もしてないから…」

「そいつですよ、攻撃魔法で暴れてたの。私防いでただけです」

「珍しくヒサメが怖い!怒んないで!」

怒るでしょそりゃ。そもそも、攻撃魔法を教えるならスピカの方が向いているし…

なんて頭の中で文句を言っていても仕方ないか。

「…まあいいです。やるなら早いとこやりましょうか。予習とやらも見てみたいですし」

「それが見れる時まで立ってられると思ってるんだ。私も舐められてるものだね」

「エルーナとヒサメさん、そんなに仲悪いの…?」

優しいクアリゲ先輩の、何かを気にしたような問いかけ。

しかし私達は、もちろんこう即答するのだ。

「仲は良いです」

「逆。仲良し」

「ほんと意外なところが仲良くなるわ、私の教え子」

意外、とは言われたものの、実は私達は共通点がそこそこある。明朗快活な親友が居たり、出不精だったり…

しかし戦い方は真逆だ。消耗戦が得意な私と、ただひたすらに攻める先輩。そんな彼女の本気とやらがどんなものなのか…そこに好奇心は全く湧かなかった。


杖に浮遊を掛けて手放し、伸びをする。

これをやれる状況は、いわゆる実戦では無い証なので、心を落ち着かせる事が出来る。というよりこの場合は、杖を握った獣が目の前に居るので、こうでもしないと落ち着かない。心を落ち着けさせられない。

杖を手に取り、構える。

エルーナ先輩は、先程までの気怠げな目から打って変わって鋭い目をしている。

…そう言えば、この人に防御魔法纏いの話、したっけ。

「今回はどっちが勝ってもおかしくないし、ヒサメちゃんの方が先とかは無しね。私が合図する」

この人の手法はよく覚えている。他の誰よりも卓越した攻撃魔法…ただこれには、スピカに劣る部分もあると言う明確な弱点があり、そこに関しては普段の練習が活かせそうだ。

問題は、双子との戦闘では見せなかった部分。具体的に言うならば、レンさんが全力、秋学期の予習と言っていた所だろう。

それがただただ、得体の知れない恐怖でしかない。けれど、向こうが全力でやるというのなら、こちらも迎え撃つだけだ。

「始め!」

開始の合図を耳に入れ、私達が初手に繰り出すのは。

「召喚、兎」

「召喚、星霊」

思惑通り、初っ端普段は彼女が切り札として運用するらしい月を引き出すことに成功した。 どうせ兎は掻き消されると思っていたので出したのは十数匹だったが、結果的に正解だったらしい。

「…狙った?」

「何のことでしょう」

お互いに悪い笑みを浮かべながら、得意魔法を繰り出す。

私はメテオラビットを、エルーナ先輩は自由自在、変幻自在の攻撃魔法を、相手の懐目掛けて撃ち込む。

一発くらいは余るものだと思っていたのだけれど、しっかりと全ての兎が防がれていた。防御魔法はあまり上手くないと聞いていたはずなのだけれど…私達の一つ上の代における常識、とやらはやはり通用しないのだな、とそんなことを思う。

それにしても、だ。

「以前見なかったやり方ですね、それ」

「それはそうだよ。全力でって言われたから」

厄介な事と言えば、私が防御魔法を展開した途端に軌道を変えて来ている事だろうか。それをされると普通の人にとってはただの魔法の出し損、魔力の無駄遣いになってしまう。

防御は全て纏いに任せて距離を詰めようかとも思ったけれど、恐らく割れていないこの手札は、今は存在の匂わせすらする訳には行かない。

「ヒサメ、攻撃魔法使わないね」

ピタリと攻撃が止み、そんな言葉が飛んでくる。

「…攻撃魔法を飛ばす事がそこまで得意では無いんですよ」

「まるで纏わせなら苦手では無いみたいな言い方」

この人、中々に目敏い…いや、耳聡いな。

とは言えつい漏らしてしまった私も悪い。バレたのなら仕方ないか。

「召喚、兎」

「星霊で掻き消すよ」

そんなやり取りの直後、互いの姿が目視不可能になった。

出した兎の量は先程の十倍以上。いつものような、目くらましの用途での召喚魔法だ。

星霊の公転の半径、そして速度は恐らく出始めの時以外一定。クアリゲ先輩のものとは違って何かしら特殊な任意の操作も出来なさそう。だとすれば、その懐にさえ入ってしまえばあの月は気にならない。

兎達の数歩後ろを走りながら、数多くの兎が消えていくのを確認する。

月は回る。その足跡は消えた兎が示している。私はその隙間に…少しの間だけ月が来ない空間を縫って、一気に間合いを詰めた。

何度か聞いた、乾いた衝突音。奇襲のつもりで杖で殴りかかったのだけれど、防がれてしまったらしい。

「…無茶苦茶な戦い方」

「先輩に言われたくないです」

双子との戦闘から、この人が近接戦闘が苦手な事は分かっている。

レイラ程身軽にとは行かないだろうけれど、私だって似たような動き方は出来る。杖に攻撃魔法を纏わせ、再び殴りかかった。やっぱりどうも、魔剣とは勝手が違うな。

「それもそうか、でもさ?」

この人は全方位の兎を気にしながら、真正面の私と近接戦闘しなければならない。これで勝てたとは思っていないけれど、ここで魔力を全力で削るべきだ。

周辺、月を避けるように配置してある兎に、こちらに向かうように命令する。多少はぶつかって消えるかもしれないが、攻撃魔法そのものが通ればいい。

この人の言葉に耳を傾けるな。あまりろくなことを喋るはずが…

「君も、近接そこまで得意じゃないでしょ。棘格子」

「…!」

攻撃魔法を使った防御。完全に失念していた。

それにぶつかったのか、もしくは星霊に消されたのか、周囲の兎が次々に消えていく。

「どうでしょうね。一度魔剣は使ったことあるんですが」

「一度、ねえ」

いつもの優しい彼女は一体どこに行ったのか、挑発的な態度で、攻撃的な行動をとる。

やはり戦闘時のエルーナ先輩は、少し苦手だ。

魔法使いにとって、自らの腕の様に扱うべき杖を私達はぶつけ合う。と言っても、ぶつかり合っているものは攻撃魔法なので…杖本体にそこまで衝撃は行ってないはず…だと信じたい。

この人も攻撃魔法の纏いが出来たのか、と一瞬驚きはしたが、お金持ちのご実家なら、魔剣の一つや二つくらいは普通に置いていそうだ。

近接の攻撃魔法は全て捌き切れるので構わないのだが、問題は遠隔で操作されている攻撃魔法だ。未だに動きながら撃つことが苦手な私にとって、纏わせで殴り掛かりながらただの攻撃魔法の操作までするなんて、荒唐無稽な話だ。

私も時折無詠唱で兎を出し、彼女を攻撃するついでに棘格子の破壊を目論んでいるけれど、一向に破壊出来る気がしない。

私はエルーナ先輩の攻撃魔法を防御や相殺で打ち消し、彼女は私の兎を回避や相殺で凌ぐ。目的である魔力を削ることは出来ているだろうけれど、恐らく私も同じくらい消費している。やむを得ないけれど、今は棘格子からの脱出が優先だ。

「広域防御」

杖がぶつかり合った衝撃を利用して、飛び退く。棘格子に突っ込みそうになるが、勢いは殺さない。

「…それ、カトロの」

当たっても無事で済むように、私の背に魔力を程々に使用した防御魔法を多重展開した。あの人の様に背に何重にも…という訳には流石に行かず、四重程度だけれど。

それでも十分だった様で、何かの割れる音と共に、私の体は重力に従って落ち始める。今思えば、びっしりと棘の生えた所に背から飛び込むだなんて、狂気以外の何物でもなかったな。

「本当に無茶苦茶するね。怖くないの?」

「作戦が遂行出来ない事の方が怖くないですか?」

「つまり痛みは怖くないと」

「ここに来る以前に少し、怖い事があったので」

人型の魔物と戦った時のことを思い出す。あの時の自分の横腹は、本当にどうなっていたのだろうか。立派な戦歴と言えど、思い出すことすらしたくない。

「そう。じゃあある程度上限上げるね」

まだ全力では無かったのか、なんて思う暇もなく、腹部に嫌な衝撃が走る。対処出来ずに、思い切り纏わせていた防御魔法が削られた。当然貫かれてはいないけれど、この人、威力も速度も本気でやったな。

「…アリスと先生が言ってた防御魔法って、そう言う事か」

「ようやくバレましたか」

もう少し、隠しておきたかったな。

しかしまだ詰みでは無いはずだ。むしろその手札がバレた以上、エルーナ先輩はもっと操作に気を遣わなければならなくなる。

…そのはずなのに。

どうしてこの人は、不敵な笑みを浮かべているのだろう。

いや、不敵な笑み、と言うよりは…格好の獲物を見つけた、狡猾な獣の表情?

「使えるようになったのはいいけど、あんまり実感が得られなくて。ようやく、見つけた」

「何の話を…」

訳が分からない。棘格子や通常の攻撃魔法以外に、まだ何か厄介な攻撃魔法があるというのだろうか。

そう逡巡している所に、遠くから声を掛けられる

「ヒサメちゃん!それ、ちゃんとよく見て覚えてね!」

「何の話ですか、本当に…」

嫌になる。今この戦闘において、私だけが、何も知らない。

エルーナ先輩は小さな体に見合わない杖を放り投げ、手を合わせ、目を瞑っている。何か…集中でもしているような…

「やるよ。結界、攻撃空間」

「それって…」

レンさんが散々私に勧めていた結界術。

私はそれをてっきり、結界を解析するための術だと思っていたのに。

「普通の人が、使えるものなんですか…!」

体に纏っていた防御魔法が、どんどん破られる。補おうとしても、使った瞬間に破られる。

周りにじわじわと満ちていく嫌な感じ。これは、魔力か?

「もう防御魔法は使えないよ」

「これ、なんですか」

「結界。私達魔法使いの、魔力の扱いという技能の終着点」

「…それは、私も使えるんですか」

「人による。けど非知者が使えないなんてことは絶対にない」

そう話しながら、エルーナ先輩はちらりとレンさんの方を見た。あの人も、使えるのか。

…分かっている。この人は私のことを見下したり、差別したりはしない。

分かっているけれど。

…私はその差を見せ付けられるのが、本当に嫌だ。

私の勝手な想像では、結界は特別な範囲防御と言った感じだ。

レンさんは、見て覚えろと言った。ならば試してやろう。魔力の扱いと言ったか。なら私の得意魔法は防御魔法だ。それを意識して、特定の範囲に自分の魔力を流し込めば…

「…嘘、私だって、使えるようになるまで、半年はかかったのに」

結界とやらは、出来るのでは無いだろうか。

「結界…」

「二人とも一旦止め!」

そんな大声を受けて、はっと我に返る。それはエルーナ先輩も同じだったのか、目を見開いてからその大声の主を、レンさんの方を向く。

周囲に立ちこめていた魔力も、徐々に薄れていく。

「ヒサメ!あれだよ、あれが黒い砂塵!」

休暇の初めの方から聞いていなかった、スピカの口から発せられたその単語は、すぐに頭に浮かんでこなかった。しかしその特徴的な印象が、私の頭を強く叩いた様に思い出させた。

七不思議の一つ。洞窟での事件と関係のありそうな、その現象。

レンさんから報告があがったという事は…

「…見える」

私達にも。

…魔力の見えない、私達にも。

「ヒサメとレン先生にも見えるってことはつまり」

「あれは魔力じゃ…ない?」

魔力不可視の私達にも見える黒い砂塵。

それは私の想像よりも遥かに奇妙で、広範囲に及んでいて…

そんな驚異を前にして、私は何もすることが出来なかった。

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