カトロと意思
とある日の昼下がり。私もスピカも各々好きに行動する、そんな何の変哲もない時間。そろそろスピカが間食でもしそうだなと思い席を立つ。
…と同時に、部屋中に鳴り響く戸が叩かれる音。居間に向かうと、スピカも気になっていたようで、入口を見つめている。
「先生かな」
「いや、あの人なら戸は叩いてこないでしょう」
「確かに…と言う事は?」
「珍しく本当の来客でしょうね。出てきます」
レンさんはもはやこの寮室の三人目の住人と言っても過言ではないほど、知らぬ間に入室しては知らぬ間に入り浸っている。
ガブリエルは長期休暇に部屋から出ないらしいし、アロゼは基本、事前に許可を取っている状態でこの部屋にやってくる。男子はそもそも許可を得ていないと女子寮禁制で…となると、本当に誰だろうか。
「…どちら様でしょう」
「お久しぶりね。こうして直接話すのって…入学の前以来かしら?」
物腰柔らかな高身長お嬢様、かと言ってそんな風貌に圧倒されることは無い親しみやすさ。カトロ先輩だ。
「そうですね、顔は何度か合わせてますけど」
「あ、カトロ先輩だ!どうしたんですか急に」
「どうってことは無いのよ。休暇前の二学年合同の授業があったじゃない?その時から二人の防御魔法と攻撃魔法について話を聞きたかったの。でも忙しくてなかなか来れなくて…」
休暇前の授業と言うと…二対一で戦闘した時の話か。
自分で言うのもなんだが、確かに私達とアリス先輩の戦闘には目を見張るものがあっただろう。私は防御魔法の扱いに長けているし、スピカに至ってはエルーナ先輩を一部とは言え上回っている。
「私は構わないですけど…スピカは?」
「私も良いよー?どうせこれからお茶の時間だったし、カトロ先輩とはちゃんとお話したかったんだよね」
「…と言う事なので、どうぞ遠慮なく入ってください。私はお茶を用意してきます」
「あらいいの?それじゃあお言葉に甘えようかしら」
湯を沸かし、お茶を入れとしているうちに随分と時間がかかってしまった。先輩の好みは分からないが、大丈夫そうだろうか。
そんな人の不安を他所に、スピカは猫を抱えて遊んでいる。何をやっているんだこの子は。
「お待たせしました。そこから適当にとって食べてください」
「ありがとう。ご馳走になるわね」
「ヒサメ…この子すごいよ、召喚魔法の猫なのに現実の猫と大差ない!」
「そうですか。それで先輩、何を聞きたいんでしょうか」
「扱いひどいなあ」
一度その子には触れた事があるし、そもそも魔力が見えない私にはそんな事は分からないのだ。それはそうと、スピカはここまで猫好きだっただろうか。
…まあ流石に、自分が話を聞かれる番になったら真面目になるだろう。
「エルーナから色々聞いたの。ヒサメちゃんは多分結界のカモだーとか、スピカちゃんは多分私を超えるーとか」
「あの人いつかぶちのめさなきゃ行けませんね」
また結界…何を言ってるんだあの人。スピカの事は褒めてるのに…と言うか裏で言ったこと全て筒抜けになってるし…
決めた。次にあの人が恥ずかしい目に合っていても絶対に助けないことにしよう。誘いにももう乗らない。
そんなことを考えながら、この人の目的を聞いた時からずっと思っていたことをぶつけてみる。
「…私も防御魔法には自信がある方ですけど、先輩が戦ったアロゼも扱いが上手だと思いますよ。それこそ私以上に」
「あの子とはもうお話したの。詠唱を変えずに形を自在に変えて、すごいわよね。やってる事はエルーナとほぼ同じだもの」
着眼点が同じだ。私の考えや目は誤りではなかったのだな、と胸を撫で下ろす。
アロゼに防御纏いを早く教えてあげたいのだけれど、スピカの感覚の話があるのでまだ踏みとどまっている。その障壁さえ無ければ、彼女の守備力、補助力は私を優に超えるはずだ。
「そしてそんなエルーナがいつか自分を超えるって言うスピカちゃん…純粋な疑問なのだけれど、二人ともどうやって攻撃魔法を動かしてるの…?」
「うーん…なんかこう、ぐーって」
「私には恐らく一生分からないことが分かったわ…」
私が言えた口では無いけれど、どうして魔法使いはこうも感覚派で、説明が雑な人が多いのか。
人智を超えているものの説明は人に出来ないと言われればそれまでだけれど、それならレンさんはどうやって攻撃魔法と防御魔法を人に教えたのか。
…心底謎である。
「そういう先輩は、どうやって防御魔法を強くしたんですか?地創…でしたっけ、あの床作るすごい魔法」
「私も気になります。カトロ先輩のあれは、正直私のものじゃ比較にならないと思うんですが」
口ではそう言ったけれど、正直なところ地創以外も気になる物はいくつかある。
真偽は定かでは無いけれど、極限まで削ったらしい魔力量の消費や多重展開とその継続…どれも一朝一夕で完成するものでは無いはず。
私としては特に悪意は無い質問だったのだけれど、陶器を置いた彼女の顔は…少し辛そうな顔をしていた。
「…すみません。質問がまずかったでしょうか」
「ううん、いいのよ…そうね、どこから話そうかしら」
そんなふうにして始まったのは、カトロ先輩の昔話。
彼女の意志と魔法に関する、少し悲しいお話。
「私って学園街の出身じゃないんだけど、そのお話ってしたかしら?」
「カトロ先輩の口からは聞いたことは無かったですけど…人の口から聞いた事は何度がありましたね」
エルーナ先輩が言っていた記憶がふと蘇る…のだけれど、一度もこの人を寮で見かけた記憶が無い。学園街の出身では無いけど、寮に住んでいる訳でも無く…今考えると、ここから既に違和感は生じていたのか。
「そうだったの、エルーナから聞いたのかしら…っと、それは今は関係ないわね。でも二人共、私を寮で見かけた事ないでしょう?」
「…確かに!」
「そうですね、丁度そう思ってたところです」
街の外の人間のはずなのに寮に住んでいない。その状況が指し示す事実は恐らく…
「…カトロ先輩、聞いておいてあれなんですけど、無理に話してもらわなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫、大丈夫よ。いつかは話さなきゃならなかった事だもの」
「二人とも、さっきから何の話してるの…?」
状況の特殊さ故に、どんな事実があるのか気付いていないスピカ。
この子はこの話を聞いて、どんな反応をするのだろうか。
「スピカ、私達って寮に入る為に一つだけ重要な要件があるんですよ。私の場合はレンさんで…スピカの場合はちょっと誰だかよく分からないけど…」
「ヒサメちゃんは先生が後見人になるのね」
「後見人…?って事は先輩は…」
「そうね、私っていわゆる…親族って言うのが居ないの」
さっきから薄々わかってはいた、それでもどうしても口に出せなかったその事実に、私達二人は口を閉ざす。
辛い話だ。それは勿論理解は出来る。でも私達は二人共…ちょっと境遇が特殊。
私の親は分からないし、スピカは両親から愛を受けずに生きてきた。
だから言葉が出てこない…いや、出せないのだ。
「入学する何年前だったかしら。当時から日常的に魔法は使っていたのだけれど学園なんて存在に目もくれず、住んでいた村のみんなもそんな風で…」
私も最初はここに入るつもりは無かったし、その事を考えれば、学園の存在を気にせずに自分達で鍛えていく集団が居ることも頷ける。
しかし気になるのは住んでいた村、という発言。彼女がこの学園街のどこかで暮らしている理由、親族が居ない事。
繋がって欲しくなかった点と点が繋がっていく。
「だからなのかは分からないけれど、やってきた旅人…まあ魔族だったのだけれど、そいつが爆炎を村中に放って…私の両親含め、色んな人が…ね」
「そう…だったんですね」
人型の魔物は、神降ろしであろうとなかろうと人間に悪意を向ける。
不謹慎だけれど、規模の小さいながらも伸びていく芽は…確かに魔物達にとっては潰したくはあるのだろう。しかし彼ら彼女らは魔物にとって害だったのか?そうであったとしてもなかったとしても、人の幸せを急に奪うことは許されるのか?
そんなことは、決してない。
「…許せない」
スピカはそう呟く。私だって、同じ気持ちだ。
「でもね、私はずっと後悔してたし…恨んでたの。私とこの世界を。なんで回復魔法はみんな使えないんだろうって。なんで防御が魔法で出来ないんだろうって…それで…四年前だったかしら。学園街に移り住んで、運良く先生に出会えたの」
最愛の人を亡くし、誰よりも人を護る力を願った。そんな彼女がレンさんに巡り会えた事は、奇跡と言うしかないだろう。
そして私達は共にレンさんに救われた人間なのだと言う事実が、カトロ先輩に対する親近感を湧かせた。一瞬でも彼女に裏切り者の容疑をかけていた自分が恥ずかしい。
「…よし、辛い話はこれでお終いね」
「すみませんでした、本当に」
「良いのよ、気にしないで。さて、ここからは私の推測の話になるのだけれど、いいかしら?」
「推測でも何でも、魔法が上手くなれる術があるのなら聞いてみたいです」
「私は、多分だけど…この世界の魔法には意思の力が強く作用してるんじゃないか、って考えてるの」
意思、何かを強く思う事が魔法の熟練度に関係する。確かにそう考えれば、カトロ先輩も、アロゼも、防御魔法を上手く扱えることに納得が行く。
おじい様からは聞いた事のなかった、ある経験を経た人の的を射た話を聞けたのだ。私は本当に、周りの人に恵まれているな。
「ふふ、納得がいったって顔してるわね。それじゃあ私はお暇しようかしら」
そう言って食器を持って立ち上がった所を私達は必死に止める。それに折れた先輩は渋々食器を置きつつ、お言葉に甘えようかしら、と言葉を漏らした。
「スピカちゃん、私はもう立ち直ってる事から、そこまで気にしなくてもいいのよ?」
「…はい。それでもやっぱり、気になっちゃって」
「あなたはいい子ね。エルーナには技術以外似なくて良いのよ?」
そこまですると、スピカはようやく少し微笑んだ。
自分が一番苦しかったはずなのに、それでいて人を気遣う…本当にいい人はどっちなんだろうか。
さていよいよお茶会は終わりだ。そんな瞬間。
今日一番に重く、彼女の悲痛な思いが込められているであろう一言が放たれた。
「君たち二人は…魔法、上手くならなくてもいいのよ」




