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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
北部魔法学園編
22/34

エルーナと友人

季節は初夏。学期は終わり際。レンさんから渡された時間割には、謎の空白。夏の長期休暇をこんな風にして示すなんて、あの人私達より休みを楽しみにしている気がする。子供か?

そんな彼女が担当する授業も無事に最終回を迎え、急に降る恵みの雨のごとく長期休暇は始まった。しかし気分は特に浮くことも無く、隣の部屋には大体いつもスピカが居て、たまにレンさんがやって来てと何ら変わりのない日常だ。強いて言うなら、男子達と会わなくなったぐらいだろうか。変わった事と言えば。

休みに入って急に食料の消費が増えたので、買い物に行くことが多くなったのも変わった事か。そんな事を思いながら大通りを渡っていると、ふと見覚えのある小動物が見えた気がした。一人と一匹。

「…何やってるんですか」

路地裏、屈んで何かに手を伸ばしている彼女はそこに居た。視線はこちらのまま、しかし意識は確実にこちらを向けて彼女は応えを返す。

「見ての通り猫だよ、ヒサメ。見覚えあるんじゃない?」

撫でている方の小動物、エルーナ先輩の視線は未だに猫へ向けたまま。しかし彼女はすぐに虚空を見る事になる。

見覚え、と言われてもなんのことかさっぱり分からなかったけれど、猫の動きを見て思い出した。この子は。

「…カトロ先輩の?」

私を見るや否や飛びついたその猫は、確かに見覚えがあった。いつだったか、カトロ先輩と初めて会った時にも私に懐いていたあの愛玩用の猫だ。

「そう。なんで猫だけ歩いてるのかは分かんないけど」

「飼い主が行方不明ですね…」

主従どちらも自由奔放である。もしかすると、魔法使いは召喚魔法の動物に似てしまうのかもしれない。

…いや、そもそも名前に関する召喚魔法しか使えないわけだし、名は体を表しているのか?これは鶏が先か卵が先かみたいな問題だ。考えるのはやめよう。

「…で、結局何やってるんですか」

そう言えば曖昧にはぐらかされていたな。こんな所で何をしていたんだろうかこの先輩は。

「猫吸いだよ猫吸い。知らない?」

「その猫好き特有の謎単語やめてください、怖いです」

エルーナ先輩は喋り終えると、猫を振り向かせるためか、口から鳥の鳴き声を模した音を出している。だから猫好き特有の変な事をしないで欲しい。伝わらない。ってか猫吸いって本当に何。

「とにかく、猫が好きで追いかけていたんですね。分かりました」

「正直なところ、今は猫より気になる人が目の前に現れた、からそっちについて行きたいかも」

さて、気になる人とは誰のことだろう。なんてすっとぼける暇もなく、小さな先輩は私に指を指す。

一人と一匹をまとめて小動物なんて呼んでた罰か。両方着いてくることになってしまった。

「…私これから買い物ですよ」

「大丈夫。ついて行って私が勝手に喋る」

「もう好きにしてください」

動物の心は掌握し切れないらしい。少なくとも私には無理だった。

ちなみに、小さい猫は偶然出会った飼い主様に返す事が出来た。小さい人は…お察しの通りだ。


「私が聞きたいのはそんなことじゃなくって」

「何度も言ってますが私は森育ちの非知者で、スピカは村育ちの知者です」

エルーナ先輩は着いてくるなり私に質問攻めした。いやこれがまたとても簡単なはずなのに面倒臭くて、延々と同じことの繰り返しなのだ。

「…おかしい。そんなぽっと出の二人が、連携はさておきあんなに技術が卓越してるのは…妙」

「違和感について語らいたいならアリス先輩の所にどうぞ。あの人そういうの結構好きですよ」

ぽっと出って言われても、お二方もそう変わらないのでは、と言葉が出かけたけれどそっと飲み込む。一応私としては、年上の人達を尊敬しているので。

「もう散々した。それでも分からないからこうやって聞いてる」

「散々したって…そう言えばアリス先輩とエルーナ先輩、仲良いですよね」

「まあほとんど幼馴染みたいなものだし。ヒサメが聞いたであろう色々も昔から知ってるよ」

あまりにも真逆過ぎる幼馴染で少し驚いた。いや、私とスピカもそこそこ真逆の存在ではあるけれど。

そんな事を考えて、ふと思う。私、あまり学園の生徒の事を知らないな。ついでだし聞いてみるとしよう。多分この人なら聞けば教えてくれる。

「別に嫌味という訳ではありませんが、よくアリス先輩と仲良くやってこれましたね。他にはどんな交友関係が?」

「同級生とは基本仲良いんじゃないかな。少なくとも仲が悪いってことは無い。みんな変だけど良い奴。楽しみにしとくといいよ」

やはりみんな変なのか、と少し失礼なことを思いながらもまだ私の知らない先輩達が居ることに若干の嬉しさを隠せない。

…そしてそれ以上に、まだ裏切り者の容疑者が居るのかと言う絶望も隠せそうになかった。

「どうした、険しい顔して」

「…いえ別に。先輩の先輩は?どんな人が多いのでしょうか」

要は私達の二つ上。少し知っている人が一人だけ居るけれど、出来るならそれ以外も聞いてみたい。

「一つ上は…あんまり関わりがないな。明確に嫌いな奴と仲の良い奴、一人ずつなら紹介出来る」

「嫌いな奴は以前お聞きしました。例の天使の方ですね」

「あのクソ」

「私が言えた口じゃありませんが、もう少し穏便にお願いします」

一体何をされたらそれほど嫌う事が出来るのか。逆にシンエンなるものが気になってくる。

「…もう一人はヨウユウ。ヒサメとか先生と同じ、非知者の子だよ」

「へえ、いい事聞きました」

これは本音だ。おじい様の弟子以外の非知者とは会っていなかったので、正直非知者と言う存在そのものを疑い始めていた。しかし今回、その存在を知れた事実だけでも、十分に大きい。

「それと、これ言うか迷ったけど…多分ヒサメに近い存在かも」

「と言いますと?」

食材を選んでいた手が止まる。私に近い?一体どういう事だろうか。

「召喚魔法だよ。ヒサメの角生えたウサギみたいに、見た事ない悪魔…あ、ヨウユウの召喚魔法は悪魔なんだけど」

悪魔の召喚魔法の説明が懇々となされているけれど、頭に入ってこない。私に似ていると言う点だけ詳しく聞いてみたい。

しかしそんな事を口に出せる訳もなく、私はエルーナ先輩の親切心によって紡がれる言葉を耳に入れる。人で扱えるのは希少だとか魔人化だとか妙に怖い言葉が聞こえてくるけれど、今の私には難しいので覚えておくだけしておこう、とりあえず。

さて、恐ろしい説明も終わったところで、次いで私が聞きたいことを聞いてみることにしよう。

「そのヨウユウ…さん?の召喚魔法って、あの家系由来の召喚魔法についてまとめた本に載っていたりしますかね?」

家系由来の召喚魔法の本。実物が今手元に無いのでそう説明したが、実体は先日アリス先輩から貸して貰ったものだ。

歴史について教わりに行った日のもうひとつの用事。それが特殊な召喚魔法についてまとめた本を貰うという完全な私用だ。頼んでみたところ、エルーナ先輩も知っているというその本を、アリス先輩は快く貸してくれた。

何故かゴーストに関する記載があったりと正直胡散臭いものではあるけれど…ウリエルが描かれてもいたので、少ないながらも信憑性はある。はず…

「あの胡散臭い図鑑か。載っていなかったんじゃないかな」

「そうですか…」

結果としてその正体は突き止められそうに無くなったけれど…エルーナ先輩の発言の真実性は増した。

私と同じ、誰も見た事のない召喚魔法で、どこか特殊な家庭出身という訳でも無い。ヨウユウ先輩は、正しく私に似た非知者である可能性が高い。

「すまない。もう少し教えてあげられたらよかったのだけれど」

「構いません。どうせ私の兎は一生かけて探さないといけないものなので」

「…ああ、そうだ。聞きたかった事を思い出した」

また何かを延々と聞かれるのだろうか。そう思って、再び食材に向いていた手を宙に放り、意識を彼女に向ける。

「ヒサメのあのウサギ、ヒサメ自身はどれほどあれについて理解したいと思っている?」

投げかけられた問いは案外呆気なく終わるものだった。そしてそれに対する答えも単純明快。

「あれ、私の、どころか多分世界の謎ですよ?とても、とても知りたいと思っています」

誰に聞いても、あのおじい様ですら知らないと答えた妙な兎だ。誰かが知りたいと思っているその倍以上…いや、世界で一番、私が理解したいと思っているはずだ。

「そう。じゃあ約束する。私が持つ物全てを使って、ヒサメのそれに協力してあげる」

世界一理解したいそれに関する、世界一有難い申し出だ。けれど…

「有難いですけど…そこまでしてもらう様な何かをした覚えはありませんよ、私」

何故かやたらと気に入られているのは自覚しているが、単なる好奇心で力を割いてもらう道理は無いはず。それに彼女の家庭は大金持ち。私が想像する持つ物全てよりもはるかに多く彼女は力と知識を得られるはずだし、そんなものを易々と借りられない。

そんな私の心配を、エルーナ先輩は笑顔一つで握りつぶした。

「そんなの簡単。友達が何かしたいと願っているのに、持つ者としてそれを手伝わないのは有り得ないよ」

「友達…」

考え方としては富の再分配に似た物なのだろう。しかしそこにあるのはそんな冷たい話ではなく、もっと何か…感情的なものだ。

アリス先輩と言いスピカと言いガブリエルと言い…一癖ありながらもこんなに頼もしい友人を持てることはどれだけ幸せか。彼女の言葉を借りるなら、持つ者としていつか私も他者に分け与えないといけないな。

「何か変なこと言ったか、私」

「いえ。ただ単に…エルーナ先輩と言う人物を見直していました」

「見直されるほど地に落ちていたか…?私の評価…」

「第一印象戦闘狂ですよ」

「分かった、いつかボコボコにしてやる」

そうして脅迫を頂いたのはさておき、私は買い物の続きをして拾い猫…じゃない、友人と喋りながら帰った。

…帰った先でスピカを驚かせた挙句、図々しく夕飯を食べて行った小動物が居たのはまた別の話である。

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