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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
北部魔法学園編
21/34

アリスと違和感

よく訪れる書店…の、二階。

書店自体はしょっちゅう練り歩いているのだけれど、住人の居住場所である二階にまでやって来たのは初めての事である。

では何故私はそんな事をしているのか。なんと答えをこの部屋に住む住人は知らない。

「いらっしゃいますか、アリス先輩」

ドアを数度鳴らし声をかける。するとすぐさま中から物音が聞こえ、数秒経って落ち着いた。

更にそこから扉が開くまで数秒の遅れがあり、怪訝な目でこちらを見る先輩が現れた。

「…なんでこんな所にいるんですか」

「いや店の中で何度も見掛けましたし。レンさんに教えて貰って、親御さんに許可も貰ってます」

「どうして私の周りの大人達はああなんでしょうか!?」

ごもっともな文句である。一方的に知っていた私に躊躇いなく確定情報を渡してしまったレンさんも、嬉々として私に入室の許可を出してくれたお母様も、アリス先輩からすれば悩みの種でしかないだろう。

「…まあいいでしょう。要件は中で聞きます。入ってください」

「ありがとうございます。お邪魔します」

思えば人の部屋に入るという行為はあまりしたことがない。先輩となると尚更だ。

何気に楽しみな空間に足を踏み入れたその先…広がっていたのは少し想定外な、しかし彼女らしい部屋だった。

「これ…何ですか?」

「そう言えば非知者でしたね、ヒサメさんは」

そう呟きながら周囲を見渡し、よく分からない物を一つ手に取った。

アリス先輩の部屋は整っているけれど非常に物が多く、そのどれもが見た事の無いものばかり。それだけならまだいいものの、形も不思議で用途の見当がつかないものもいくらかはある。

「これとか。面白いですよ」

「良いですね。便利じゃないですか」

鷲掴みにされながら持ってこられた球体は、さも当然のように光り始める。アリス先輩が持った瞬間は光っていなかったことを考えると、これは恐らく…

「魔道具、ってやつですか」

「魔道具ってやつです。これは確か…結晶の内部で魔力を乱反射させて光を起こす道具らしいですよ」

「そんな便利なもの、どうして一般化されないんでしょうか」

「持ってみます?」

少し怖いながらも手を差し出してみると、アリス先輩は何の遠慮もなく私の手にそれを預ける。重かったり熱かったりするのかなんて杞憂はなかったのだけれど、一つだけ、明確な異変が起きた。

「…光らない」

「それ、光らせようと思ったら常に魔力が要るらしくて…貯めたりとかも出来ないみたいです」

魔力の貯めが出来ないのであれば、継続的に光らせることは難しい。それにどうもアリス先輩が持っていた時とは光り方が違う気がするし…鷲掴みにしていたのは、手全体から効率よく魔力を流す為?

成程、確かにそれでは光源としてあまりにも不便過ぎるか。でも上手くやればなんだか役に立ちそうな…

いや、今日はそんなことをしに来たのではない。

一癖ある人達に囲まれた苦労人、それでいて好んで魔道具蒐集を行う彼女の元に来た理由は別にある。

「あの、これもかなり興味はあるんですが、今日は別件です」

「そうでしたね。私の悪い所が出てしまいました…それで用件というのは?」

「この世界の歴史を、教えて欲しいんです。アリス先輩目線で」

私が知りたいのは魔法史では無くただの歴史だ。いつ何が起こったのか、誰が何をしたのか。そんな事を、大雑把でも良いから、若人…と言っても私もそうなのだけれど、とにかくそんな人から聞いてみたいとふと思ったのだ。

あともう一つ知りたいことがあるのだけれど、そっちは完全に私用。

「私でよければ喜んでお話しますけど…逆に私でいいんですか?」

「今現在知っている北部の生徒の中でアリス先輩が一番賢そうなので」

単純明快な理由を即答する。褒め言葉でしかないはずなのだけれど、そこにあったのはアリス先輩の気まずそうな顔。何かまずい事でも言っただろうか。

「…いやまあ、言いたいことはわかりますけど、ヒサメさん、いつか刺されないように注意してくださいね」

「…?はい」

どうしてここで刺されるなんて物騒な単語が出て来るのだろうか。魔法使いのいる世界ならば燃やされるとかじゃないのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えつつ、アリス先輩の話に耳を傾ける。

「まずは、そうですね…文明とかそう言うのは全てすっ飛ばして地理的な話からしましょうか」


一般的には天地創造だの創世だのと言われるそれは、やはりと言うべきか理解出来ない事象に包まれていた。

「ああ言ったのはいいものの、正直分かってることが少ないんですよね…地理的な話も文明的な話も」

「仕方ないのでは?どうせ神様のせいでしょう」

今のところ、よく分からないことや不都合は大体神様のせいだと思う事にしている。

…いや、思うことにしている、と言うか実際にそうある事が多い。

「まあ言ってしまえばそうです。この世界…地面も火も水も、私達の存在意義でさえ謎なんですよね、神様の存在の前では」

「…では文明の方は?そっちなら、地学なんかより分かることが多いのでは」

「そうですね…でもどのぐらい詳しく話しましょうか。どんな人がどうしたーとか、どの貴族がこんな事したーとか、言い出せば結構キリがないんですよ」

学園で歴史そのものを扱わない理由はこれですね、とアリス先輩は付け足す。

盲点だった。学園設立が四百年前となると、少なくともその分の歴史がある。そんなものの解説、一日で終わるはずがない。更に言えば、何を聞きたいかなんかもまとめてない…というかそもそも分からないし…何か歴史をまとめた本でも貰って今日は帰るべきか?

「私だけが教えられることもそんなに無いですし…」

アリス先輩だけが教えられること…

…そうだ。私は何故この人を頼ろうと思ったのか。思い出した。

「少し難しいかもしれませんが…言ってみてもいいでしょうか」

「遠慮しなくていいんですよ。私は先輩で、頼られた人です。なるべく答える責務があります」

相変わらず頼もしい人だ。そこに知識があると言うのであれば、遠慮なく信じてみよう。

「…アリス先輩が感じた、歴史の違和感を教えてください」

この人は、色々な知識を持っている。

それだけでは無い。それらを組み合わせて、もしくは比べて、昇華させたり参考にする技能がとても高い人だと私は思っている。

一か八かの賭けのような質問であることには変わりないが、どうせ賭けるのであれば最も勝つ可能性が高い人にかけてみたい。

あまりにも奇特な要望だったからか、アリス先輩は少し目を見開いた後、何かを考え込む。

「…想像の斜め上難しい質問が来てちょっと動揺してます。いや、無いことは無いんですけど…とても些細ですし、主観的です。それでも良ければ、お話しますよ」

有難い。予想よりも遥かに好感触な返答だ。少し遠慮がちなのが気になるけれど…それを前にして断る事があるだろうか。いや、有り得ない。

私は嬉々として、こう答える。

「ぜひ聞かせてください。どんな事でも」


「些細な事、と言いましたが、割と大きめのものもいくつかあります。どちらから聞きたいですか?」

「先輩にお任せします。私にはさっぱりなので」

場所は移って一階。普段よりも少なめの照明と、制服を着ていない先輩の姿。普通であれば見られない姿を見ると言う事は、いつ何時、誰であっても背徳感がある。

少しの嬉しさもあるのは、これから予定されていることがあるからなのだろうか。

「では…ヒサメさん。早速ですが質問です」

「なんでしょうか、先輩先生」

「この世界に大結界っていくつ存在すると思いますか?」

…どうして急に大結界の話が始まったのだろうか。案外呆気ない語り出しに少し唖然とする。

そんなもの決まっている。学園の大結界の…一つ…じゃ…

「気付きました?とても大きい違和感に」

「…一つしかない大結界に、どうして名前がついているんでしょうか」

本来、一つしか種類がないのであればその細分化は必要が無いはずなのだ。要するに、大結界が一つのみなのであれば、学園の、なんて修飾は要らない。

そこから類推するに、恐らく…

「これがまず一つの大きな…万人にも伝わるであろう違和感。大結界は二種類、もしくは数種類あるのかもしれない、と言う話です」

「この話は他に誰か?」

「いえ、ヒサメさんが初めてです。こんなこと誰かに言っても、変な奴だって思われかねないですし」

控えめに言葉を漏らしながら、アリス先輩は苦笑する。

本来であれば私が、私達は異端なのか。今更そんなことを思い出した。先程少し遠慮していた理由も、なんとなく納得が言った。今までずっと抱えていたその違和感を吐き出せる人が、この人には居なかったのだ。

もし私がその人になれるのであれば、そのついでに世界の核心に迫ることが出来るのであれば…

答えは単純、そんなの願ったり叶ったりだ。

「…でしたら、もっと教えてください」

多少の企みはあれど何ら偽りはないそんな言葉を、アリス先輩は目を輝かせて受け取る。私の推測は当たっていそうだし、企みも上手く行きそう…

…いや、企みなんて言うけれど、聞こえを悪くしているだけだ。正直なところ、彼女の予想はかなり…面白い。

「ならもっと、もっと聞いていってください。不思議な道具の話とか、人口の話とか、歴史上の変な人の話とか…!」

不安そうだったその顔に、ようやく花が咲いた。

楽しくて短い一日になりそうだ。そんな事を、笑いながら思った。

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