対クアリゲ
早いものでもう最後の勝負だ。
グダグダと会話、煽り合い…そんなことをしながら戦っていた私と双子達とは違って、ほぼ喋ることの無い本気の勝負だからか、時間もちょうどいい感じだ。
「私達には遠慮なしでいいんで。さっきも言いましたけど怪我怖くないですし」
「だから俺は怖いんだって…ガブリエルさん、絶対煽ったりしないでね?」
次に出るのは付き合い浅めの年上組。そう言えば、今までなんとも思ってこなかったけれど、どうしてこの二人だけ年齢が少し上なのだろうか。
「俺はそんな本気の攻撃はしないから大丈夫だけど…でも召喚魔法がちょっと危ないかもしれないから、それだけ気を付けてね」
クアリゲ先輩、今日来た人で最後の一人。何やら召喚魔法が特殊との事だが…名前からは特に想像がつかない。
レンさん曰く、名家の人は二つ上らしいし…周囲の反応を見るに、魔力量異常もなさそうだ。
「と言うか君達…やっぱり他の子達よりちょっと大人だよね?どうしてかな」
「俺は…家の事情?」
「勧誘を断ってたらいつの間にかこんな歳でした」
「それはお年寄りの台詞じゃないかな…?」
今更すぎるが、なんと言うか二人とも並々ならぬ事情がありそうだ。一人はただの面倒くさがりな気もしなくも無いけれど。
「まあいいや…それじゃあ、君達の都合がいい時に攻撃してきて。それを開始の合図にしよう」
なんと言うか…丁寧な人だな。今日初めてそんな言葉を聞いた気がする。
「すごい紳士だね、あの人」
先程横に戻ってきたスピカがそう囁く。
「あいつは良い奴。クセ強い私達のまとめ役」
「そうだね、私もそう思う」
そう呟いたのは私の横をスピカに取られて少し不機嫌そうなエルーナ先輩と、同じようにまとめ役をしてそうなアリス先輩。クセが強い集団の自覚はあったのか。
「でも、強さは確か。見てたらわかる」
召喚魔法そのものが強いのか、使い方が強いのか。どちらにせよ、この人が言うのであれば間違いない。
早速カロンが攻撃魔法を撃った。ガブリエルも、少し不服そうな顔をしながらそれに続く。
「好きにやってカロンくん」
「連携とか、要らないの?」
「むしろ私達の場合はそれが強みでしょ」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、何かを理解したかのようにすぐに前を向いたカロン。
その言葉の意味は、クアリゲ先輩側を見れば明らかだった。
「うわ、やりづらそう」
「…連携がないから波長が合ってなくて、攻撃を一度にまとめて防ぐことが出来ない…と言う事ですか」
恐らくアリス先輩の考察通りだろう。私も同意見だ。
攻撃の位置、届くまでの時間、速さ…全てがバラバラ。何一つとして合致するものがなく、おまけに連携や強力をする気も一切感じられない。
初心者の思い付いた突飛な手法が、稀に玄人に効果的に刺さるような…そんな感じ。
薄々勘づいてはいたけれど、ガブリエルは純粋な頭の良さだけで言えば、恐らく私達の中では群を抜いているだろう。
「っ…奔流!」
隙を見てクアリゲ先輩が地面に水の魔法を撃ち込む。砂場は見事に泥状になり、二人の足元を崩す。
私も一度レイラに使われた記憶があるが、その時よりも水気がなく泥々としており、練度の差が見て取れる。
…しかし足元を不安定にさせた程度では、攻撃の頻度が下がることはあれど、止まることは無い。現に二人も脱出を試みつつも攻撃を続けている。
それを分かっていてなお水の魔法を使ったのであれば…何か狙いがあってもおかしくは無い。
そんな私の予想は的中し、二人が一度本腰を入れて泥からの脱出を図ったその時、一番恐れていた詠唱が、飛び出す。
「召喚、ワニ」
「…その為の奔流ですか」
水棲生物のワニを効果的に活かすために使ったのだと、ようやく理解する。
クアリゲ…アリゲーターか。
泥をものともせず高速を維持し進む一匹のワニは、前衛のカロンを…
見事に無視し、ガブリエルに一直線に向かう。
潰すべきは頭脳と、そう考えるのは至極当然の思考回路だろう。
「…岩石」
いつも通り気怠げな声の詠唱から出された岩は、ワニの上顎に直撃する。
そしてそのワニはじたばたとするばかりで、口を一切動かせずにもがく。
「こいつら、噛む力はすごくても開く力は強くない…それにこうすれば足場にもなる。カロンもやって」
「俺岩石使えない」
「じゃあ踏めばいいよ、上顎」
「出来るかそんなこと」
「冗談はさておき」
「さておくなよ、俺が襲われたらどうすればいいんだ」
二人とも頭はいいものの、どうも仲がいいとは言えない様子。悪くもないだろうけれど。
ガブリエルは岩の上で座りながら、カロンは浮遊で浮かせた杖に捕まりながらそんな漫才を繰り広げている。
どこかの双子が見たらブチギレて本気で殺しに行きそうな光景だけれど、クアリゲ先輩は楽しそうにそれを見つめている。
「その弱点知られてたらどうしようもないから迷ってるんだ。どうしたらいいと思う?」
「水なんか使わずにそのまま走らせたらいいのでは?ワニは普通に足速いんですから」
「…それも知られてるか」
諦観の表情を浮かべる先輩。恐らく攻撃しか出来ない召喚魔法は全てそうなのだが、その動物、あるいは概念の弱点を知られていると手も足も出せなくなるのだ。私の場合は数で相性も何もかも覆すから特には感じないけれど。
「後はもう一匹のワニを囮に使うとかじゃないですか。量で解決する戦法にはなりますけど」
こっちを見るなガブリエル。私はそうするしかないんだよ。
「やっぱりそういう結論になるよね。それ以上を求めるのは厳しいのかな」
「知らない、岩石」
会話のついでに出されたその岩は、カロンの足元に落ちる。
「雑だな、もう…」
「カロン、スピカとかサバトみたいな攻撃魔法、やれる?」
「やれるわけないでしょ。出来ても多少曲げるぐらいだよ」
「…そっちの方がいいかも。頑張って当てて欲しい、頼んだ」
「俺はあんたとの戦闘本当に嫌いだよ!」
そう大声で叫びながらも杖をしっかりと構えるカロン。
攻撃を当てて欲しい、と頼むのであればガブリエルは一体何をするのだろうか。そんな疑問は、彼女が空に杖を向けたところでますます分からなくなった。
溜めがある…何か大きな一発を放つつもりか?
「…大岩」
スピカ曰く、極端な地面の魔法の、その最上位の上級魔法。
砂塵から岩石の時点で、一粒辺りの大きさの変化が尋常ではなかった。しかし岩石から大岩はそれ以上に…
「ほんとに極端だねこの魔法!ヒサメ、流石に防御お願い!」
「…広域防御」
素早さがないだけでほとんど隕石のようなものだった。
スピカの家くらいなら軽く破壊出来そうなそれが落ちる。それに付随して発生する衝撃波程度なら問題ないのだろうけれど、問題の泥…と言うよりほとんど水のような砂。これが周囲に弾け飛ぶのを悠長に無視してしまうと、私達の服や魔道具にとてつもない被害が及んでしまう。戦っている当の本人達も無事ではなさそうだな。
広域防御を解き、視界の邪魔過ぎるそれが嫌な音を立てて落ちると、思い切り吹き飛ぶクアリゲ先輩の姿があった。
「あの視界不良の中クアリゲに一撃当てたの、普通にすごい」
エルーナ先輩も素直に賞賛している。
恐らく大岩が落ちる前に視認していた距離感を掴み続け、後退して防御しないことに賭けて動かしたのだろう。
その博打を通せる運も、魔法の扱いも、空間把握能力も、何もかもが見事に噛み合った一撃だった。
「攻めるよ、カロン」
「ワニは頼む」
「…召喚、ワニ…!」
案外息が合っている。そこまで考えて、私は一つの仮説にたどり着く。先程の、てんで息の合っていない連携攻撃は、意図して行われていた…?
だとすれば辻褄は合う。ガブリエルの発言や、その時のカロンの切り替えの早さ。そして眼前の光景。
時間稼ぎで出されたワニに対して、岩石や踏みつけを行って口を開けることを拒否するガブリエル。そしてワニに攻撃を入れて消し飛ばすカロン。
この二人は、私達より少しだけ長く生きている分、人との調和が上手いのだ。
「即興でも連携出来るのが、あの二人の強み、と言う事ですね」
「恐らく。背格好だけ見れば私達と同じ学年かそれ以上も有り得そうですし、人生経験の豊富さゆえ、と言ったところでしょう」
そんなふうに大絶賛されている二人は、あっという間に敵の目の前まで近付く。先程の大岩で水分を吹き飛ばし、難なく走れたからだろう。
「ほんとにワニ踏めるんだな、あんた」
「陸上だと速さが読みやすくて助かるからね」
最終試合はあまりにも呆気ない結果になりそうだ。ガブリエルは前線から退き、カロンが前に出て杖を構える準備を…
「何か違う」
「ん?なんか言った、ヒサメ」
「いや、足りてないんですよ、何かが。あまりにも呆気ないですし…何か違うなって、そう思ったと言うか…」
他の三人の先輩方にはあって、クアリゲ先輩には無かったもの。
無かった…?いや、違う。
まだ見せていないもの、だ。
「召喚…」
密かに聞こえた詠唱。泥にまみれた彼が次に出すのは…ワニ以外の何かだ。
「やれカロン」
「手下扱いするなよ」
ワニの処理を一時中断。カロンは杖の標準をクアリゲ先輩に合わせる。
「…星霊」
ワニの使い方は何の変哲もない。本当にただの召喚魔法だった。それどころか、あろうことか対戦相手に使い方の指南まで貰う始末。
だとしたら、彼の特異性…即ち、召喚魔法の成績一位は何に由来していたのだろうか、とようやく思い出す。
彼の特異性は恐らく、少なくとも私は今まで見た事がない、二種類の召喚魔法使いだ。
詠唱に応じて現れた小さく青白い光は、ゆっくりと二人に近づいて…
凄まじい衝撃音を鳴らした。
カロンは回避、ガブリエルは防御の選択を取り…これが命運をはっきりと分けた。
「っ…」
「ガブリエル!」
一瞬受け止めるも、その後すぐにしゃがみ、転がり、その場から退避する。
「星…リゲル…巨人の足、ですか」
恐らく青白い光そのものが星霊。そして目には見えないけれど、大きな足をかたどっている魔力があるはずだ。
「スピカ、なにか見えますか」
「いや…ヒサメは足って言ってたけど、何も…ガブリエルもよく分からない動きしてるし」
彼女が咄嗟に出した左手は、今はかなり痛んでいるはず。骨折とまでは行かずとも、苦痛を伴っていることに違いは無さそうだ。
「立てるか、ガブリエルさん」
「よく避けたね…優秀。私はちょっとだけ下がるから、出来るだけ、対面頼んでもいい?」
「…ワニ出されても踏めないぞ、俺は」
「程々に期待しとく。召喚、天使」
そう言えば、これが初めて見る天使だった。ガブリエルはスピカの星霊とは違って、実体がはっきりと見える。想像通りの、みんなが思うような天使と言った感じだ。
始めてみるそれに見蕩れていると、横から何やら声が上がる。
「うっわ」
「…どうしたんですか」
常に気怠げ、誰に対しても等しく当たりが強いイメージのあったエルーナ先輩が、今日一悪態を付いたような声を出す。
「…ごめん。ちょっと天使見たら嫌なもの思い出した
」
「シンエンだね。多分この学園みんなのトラウマ…と言うか、希望の光というか…説明が難しい物なんです、とにかく」
「シンエン、と言うのは何でしょう?」
一切聞き慣れない単語だった。と言うより天使に結びつかない。
深淵であったり真円であったり、思い浮かぶには思い浮かぶのだ。
「聞いたことないです?君達の二つ上の、最強の召喚魔法使い」
「ウリエル。家柄インチキ女」
「酷い言いようですね…家柄と言う事はもしかして、苗字と召喚魔法が直結してる方ですか?」
「知ってはいるんだ。ウリエル、超攻撃型の天使が使う超強い魔法のことだね、シンエンは」
そのシンエン、という技もいつか見られるのだろうか。
…いや、敵を倒す技としても、実際に私が相対するとしても、そんな語彙力が消え失せるほどの技なんか、そしてそんな状況は見たくは無い。願わくば一生見ずに済む事を祈っている。
そんなふうに別の天使についてあれこれ話しているうちに、ガブリエルの出した天使は役割を終え、消滅した。
先程まで痛そうに抑えていた腕で、彼女は杖を振る。それにしても、随分と回復が早かった気がする。スピカの星霊よりも、だ。
天使の召喚魔法は他のものよりも秀でているのだろうか。
…一体何故?
「悪いねカロン、遅くなった」
「別に良いよ。コツも掴めてきた」
「そうだね。外郭が分からないのがかなり厳しいけれど…」
「如何せん動きが鈍過ぎる」
ガブリエルの治癒中、カロンはひたすら星霊の攻撃を避け、一応ワニも踏みつつ、回避に専念していた。その結果、星霊の特徴を理解し始めたのだろう。
息ぴったりの問答で召喚魔法の特徴を共有。そんな様子を見ると、その対策についても既に概ね理解出来ていそうだ。
「君達は自分の召喚魔法について、どれぐらい理解してる?」
クアリゲ先輩から投げかけられるそんな問い。それに二人は淡々と答えていく。
「私は程々に。天使系統は、どうしてか知らないですけど、文献に結構残ってますし」
「…俺は黙秘権を行使します」
「自分の召喚魔法を易々と話さないのはいい事だよ。そうだな、分かりやすい話、詠唱に関しての話をしよう」
戦場の三人が、立ち止まる。場は一時休戦、と言った所だろうか。
そもそもこの時間は授業なのだ。上の立場の人間が、下の立場の人間に知識を与え共有させる事は、今この瞬間に最も合っている行為なのだ。
「基本的に無詠唱で魔法を使うと、精度は落ちる。その逆の見方を捉えるのもありです。ですが召喚魔法はどうでしょう。無詠唱だと動物が見にくかったり、詠唱をすれば綺麗になったり、そんなことは基本無いですね?まあ体躯の変化なりはあるんでしょうが…」
言われてみれば、そうだった。私の兎も、カトロ先輩の猫も、無詠唱をした所で汚くはならない。せいぜい小さくなったり、その程度なのだ。
「だとすれば、召喚魔法における精度向上って何なんでしょうか?というお話です。例えば、星霊ならその固有能力の威力や出力が向上したり、先程の天使なら…恐らく治癒力は高くなっていたんじゃないでしょうか」
そう指摘された途端、ガブリエルの顔が途端に曇った。
一方カロンは特に響いていない様子。こいつの召喚魔法は本当に何なんだ。
「ここで話は少し戻って…私の召喚魔法、何でしたっけ」
今までの会話の内容を総合して噛み砕き、咀嚼し…それらが繋がって成す意味をいち早く理解したカロンは、声を荒らげる。
「…ガブリエル、構えろ!」
青白い星霊、リゲルが、先程までは見せなかったスピードで浮かび上がる。
切り札の切り札の為の授業だったのか。
「赤色」
固有能力の威力や出力の向上、なんて話をしていたけれど、その話はなんら関係のないものだった。正確に言えば少し関係はあるのだろうが、それははったりに近いものだ。あの星霊は恐らく、無詠唱だった場合は赤色とやらは使えないのだろう。
では一体何が起こったのか。
全員の目をほんの一瞬使い物にならなくさせるほどの量の光。確かリゲルは超新星爆発がどうのとかで一瞬だけ赤色になる…なんて予想があった気がする。
杖を構えていた二人はそんな手法には対応出来ず、思い切り光を目に貰う。無論私達も、だ。
次に目を開いた時に見えた景色はちょっとした地獄。小さいワニが次々に二人に襲いかかる、そんな光景だった。
「これ…」
「岩石で口塞ぐのも出来ないし、一匹だけ踏むのも厳しそうだな」
ずっと半目状態でとても嫌そうなガブリエルと、ただ状況を報告するだけのカロン。本当に真逆だな、この二人。
カロンは触れていなかったが、星霊はどこかに消えていた。流石に超新星爆発の威力までは人間の想像の範疇ではなかったのか、それともただ発光するだけだったのか。真意は定かでは無い。
「でもこれ、召喚魔法のぶつかり合い、だよな?」
「それはそうだけど、出していいの?カロン」
「やるしかないだろもう…で召喚魔法出したあとなんだけどさ、ガブリエル」
「しれっと呼び捨てだよねさっきから。で何?」
ついにカロンの召喚魔法が見られるのか。入学以来ずっとひた隠しにされてきたそれを。
しかし次の瞬間には、そんな期待を全て打ち消すような一言が発せられた。
「俺多分倒れるから、倒すのは一人で頑張ってくれ」
「…うん?」
「召喚…渡し守」
渡し守。あまり聞きなれない言葉。川と川の間、その船頭を担う役職、のはずだ。
それがひたすら伏せておきたかった情報なのだろうか?あまりにも…衝撃が弱すぎる気がする。
そんな感想は、一瞬でかき消された。
「お前、これ…!」
「黙って」
カロンの背後に次々と現れ、繋がる骨。
小さなワニの足元に広がる黒い円。
もうすぐ二人の元に大量の獣が襲い掛かるというのに、皆がその光景に目を奪われる。
端的に言ってしまえば、死神と言う言葉がピッタリと合う生物だった。厳密に言えば生物では無いのかもしれないが。
やがて人の形になった骨は黒く薄汚い布に覆われ、大鎌を持ち…そしてカロンは倒れる。まだ渡し守、とやらは動いているところを見ると、カロンが死んだ訳ではなさそうだ。
意識のない人には目もくれない、と言わんばかりに、ワニはカロンの方向に向かうのをやめ、ガブリエルに一直線に向かう。
「やたら貯めが長いね、渡し守」
「そうですね…私も知ってはいましたけど、ここまで時間がかかるとは…」
「アリス先輩、知ってるんですか?あれ」
スピカがそう尋ねる。私も聞こうと思っていたところだった。
「あれは渡し守、って言われてるけど性格には…冥界の川の渡し守、かな。その能力は…」
ガブリエルが後退りをやめ、本格的に逃げの姿勢に入ろうとしたその時、大鎌が地に突き刺さる。
「指定した魔力の消失。上級魔法も、魔力を大量に使って出したとても大きい召喚魔法も、あの大鎌一つで全て…」
群れを成して二人のもとに突撃する獣。その足元に広がりつつあった漆黒が、一斉に広がる。
「…全て、無条件で、無に帰す」
現在進行形で出されていたワニが、全て消えた。
倒れた、とかどこかに去っていったとか、渡し守が切り裂いたとかではない。何の前触れもなく、全てが消えたのだ。
「あれは珍しく、魔法として代価の概念が有るんです。使える回数が少なくて研究に時間がかかったからか、文献はとても高価なんですが…エルーナ」
「使用者が詠唱した時にある魔力全て吸いあげる代わりに、狙ったものを全部、必ず消す。正直、あれもウリエルと一緒で対面したく無い。絶対に嫌」
高価な文献。粘土同様、それも恐らくエルーナ先輩の家では所持しているのだろう。
…狙ったものを必ず消失させるのであれば、それは召喚魔法に対してとても強い効力を発揮するのでは無いだろうか。
私やクアリゲ先輩のような物量で押す物、エルーナ先輩やカロンのように一発に賭ける人。これらの召喚魔法使いに窮地に追い込まれた時に、真価を発揮できるはずだ。無論、味方がいなければ意味は無いのだけれど。
思えばこの二人の召喚魔法、二つとも味方が居た時はとても役に立つ物で…やはりこの二人、いい相性なのでは無いだろうか?
そんな何度目かの疑問を思い浮かべていると、戦闘は次の段階に移行していた。
攻撃魔法が飛び、刹那に防御魔法が見える。そんな単純かつ高度な戦い。両者とも残りの魔力量を気にして、控えめながらも凄絶な弾幕合戦が繰り広げられている。
「攻撃魔法は苦手ですか?」
「…そうだね、ちょっと苦手かな…!」
そう言いつつも、攻撃魔法はしっかりとガブリエルに当たっている。
…彼女の体に直に。
問題はそこなのだ。カロンが魔力切れで倒れてから、ガブリエルの防御をしない具合がどんどん酷くなっていく。防御したとしても顔面や足に攻撃が飛んできた時のみ。
「そういう君は、防御、しないのか?」
「しません。魔力節約」
怪我が怖くない、と言うのははったりでは無かったのか。
全てをしっかり防ぎ回避するクアリゲ先輩と、最低限の防御しかしないガブリエル。攻撃の頻度は同じぐらい。
このまま行けば先に魔力、体力が尽きるのは…
そんな事は考慮に入れているのかいないのか、ずっと傷付きながらも前に進むガブリエル。
その動き方に、見覚えがあった。
「…さっきの私だ」
「何か言った?ヒサメ」
「いや、追い込んでるんですよ、クアリゲ先輩を。ガブリエルが」
アリス先輩を地面に近付けた様に、何かしらの目的を持って追い込んでいる。それこそ、自分の体を顧みずに。
下から上に、杖を振る。攻撃魔法を撃ち出す動きだ。普通に見れば何ら違和感はない。
しかしある二人は、その動作の異常を見逃さなかった様子。
「…今!」
「二発目撃った」
そう言われてガブリエルの動きを見てみるが、特にそういった行動は見受けられない。
「二人には何が見えてたの…?」
「あの子、間隔あけて二発目の攻撃魔法出してる時がある。あれ見て」
エルーナ先輩が指さす先には、留められた複数の攻撃魔法。いつか私が使ったようなやり方をする気なのだろう。
「やるなら今だな」
「君、防御してくれないとそのうちほんとに深刻な怪我を…!」
「でしたらお返し、受け取ってください」
先輩の心労をよそに、その攻撃は放たれる。
正面から攻撃されると思っていたであろうクアリゲ先輩は、案の定上からの攻撃に気付けない。
「っ…!」
「これは、ヒサメの真似事」
直後、立ち上がる砂埃。あえて攻撃を当てなかったのか、それともそこまでの操作精度が無いのか。いずれにせよ命中率は低そうだ。
…と思っていたのだけれど、一向に砂埃が払われる気配がない。魔力切れを起こしたか、その寸前までいっているのか、あるいは…
「…お友達、凄いんだね」
一瞬不安が過ぎったが、クアリゲ先輩は咳払いをしながら姿を現した。と言うかまだ立てるのか。双方体力も魔力も異常では?
「ああ、杖構えないで。倒れそうだから、もうこれ以上やらないよ」
「なーんか不完全燃焼…」
完全な降参宣言をあげたクアリゲ先輩と、どこか不服そうなガブリエル。謙虚な彼とどこか幼げに思える彼女は、背丈が同じはずなのに、どちらが年上かは分からなかった。
「そんなことないよ。ほぼ魔力切れの状態まで追い込んで、防御魔法もほぼしてないし…でも」
「…でも、何です?」
「自分の体は、ちゃんと労るべきだよ」
もっともな意見だった。
怪我に恐怖は感じないが痛みは感じてるのか、そもそも痛みを感じていないのかは定かでは無いけれど、確かにあのやり方は褒められたものでは無いと私も思う。
防御魔法に割く魔力も少なくなり、相手に一定の畏怖を抱かせることは出来るだろうけれど…それは相手が人である時のみだ。獣や魔物なんかに、その感情は与えられない。
恐らくレンさんも、そう説教するだろう。クアリゲ先輩の発言を聞き、この先輩達はみんなレンさんの意志を継いでいるのだな、と思った。




