対アリス
「説明して下さい」
広場への移動中、私はレンさんに詰める
「先輩達と対戦。初戦は君とスピカちゃん、対アリスちゃん」
「このやり取り何回目?」
何度聞いても納得は行かない。どうして私より練度の高い相手と戦わなければいけないのか、どうして私とスピカが一番すごいと評されるのか…
そもそも私達は共闘こそ重ねてきたけれど、双子や幼なじみ程では無い。
…改めて考えると訳が分からなくなってきた。何故私達なんだ?
「まあつべこべ言ってても仕方ないしさ。もうみんな待機してるはずだから、思う存分暴れておいで」
「仕方ないって言っても、先生が仕組んだんだけどね」
本当にその通りだ。しかし私は、それ以上に聞き逃せなかった発言を反芻し、そして問い返す。
「思う存分、ですね?」
「うん、思う存分。スピカちゃんはちょっと分かんないけど…ヒサメちゃんにとっては学べる事があるはずだよ」
きょとんとした顔をするスピカ。私も表情には出さないけれど、レンさんの言うことはよく分かっていない。
私以上の防御魔法を学ばせたいなら、スピカにも学びを得させたいなら、カトロ先輩と戦わせるはずだ。
…本当に、この人の真意が分からない。
「あ、後輩さん達。作戦会議は終わった?」
「いえ、レンさんを詰めてました」
「…もしかして、君もあの人の被害者?」
「アリス先輩もそうでしたか。そんな気はしてました」
どうやら、思った通り同族だったらしい。
苦労人同士、積もる話がありそうだ。
「すごいところはすごいんですけどね、あの人。ダメなところはほんとにダメで…」
「はいそこ、変な話しないで早く始めてね!」
聞こえてるのか聞こえてないのか知らないが、一体誰のことを話していると思っているんだろうか、あの人は。
「誰のせいでこんなこと話してるんでしょうか…金髪の子も、よろしくね」
自己紹介時点では少し硬そうな人だと思っていたけれど、どうやらそういう事では無い様子。
かと言ってカトロ先輩の様にほんわかともしていないし、勤勉で実直、そのような人なのだろうなと思った。
「さてスピカ、いつもの様に、お願いしますね」
「任せて!当てられるように頑張る!」
さあ、私達二人で、この学園での初陣だ。
「先手は君達に譲るよ。私がやるとどうなるかわからないですし」
そうアリス先輩は私たちに攻撃を委ねる。
他の人、それこそレンさんや双子なら完全に私に対する挑発としてその言葉を使うだろう。しかし、この人の場合は本当に何をしてくるか分からない恐ろしさがある…気がする。
レンさん曰く、優れているのは魔法全般。それは知識の話か?それとも威力か、はたまた両方か…
「ありがとうございます。じゃあスピカ、好きなタイミングでやってください。合わせます」
「あれされると当てられる自信ないんだけど…」
「適当に動かしてればそれでいいです」
レンさんいわく、攻撃方法については特に指定がないらしい。思う存分とも言っていたので、そうなると私の十八番が使えるという訳だ。
直後、背後からとてつもない速度で飛んでいくスピカの攻撃魔法。
「エルーナみた…い!?」
攻撃魔法成績一位の人はこんなやり方なのか。そう頭の隅で思いながら、無詠唱で大量の兎を、まるで壁の様に出す。
「魔力探知」
そして即座に魔力探知。兎達に大まかな攻撃場所を指定するための連携だ。
どうせ退くだろうと、そう考えて範囲を広めにしたにも関わらず、魔力の位置は私の想像とは真逆の場所にあった。
通常、これをすると魔物も人も退いていく。
しかしアリス先輩は…兎の壁に向かって来ていた。
「スピカ、来る」
その壁に大穴が空く。この円盤状になっている魔力で空けたのだろうが、これは…防御魔法?
「先生、色々ごめん!」
「分かってくれたー?」
「はい!これは面白いです、し!浮遊!」
大声で会話をしながら浮遊魔法を使っている。かなり器用だな。
さて次はと、考えていると目の前に炎が広がる。
「っ…ごめん、スピカ」
「ちゃんと見て…って言いたいけど今のは仕方ないかも」
無詠唱の炎の魔法。恐らく中級以上。兎ばかり見ていたので防御が間に合わず、スピカの防御魔法による支援が入る。もし支援が無ければ、今私は丸焦げだった。
魔法全般の手練、とはこういうことか。
「…先生がこの子と戦わせたかった理由、分かりました」
いつの間に着地していたのか、スピカの攻撃魔法をよく見て杖を振るい、それを掻き消す。杖自体に防御魔法を貼っていたか、そもそも膂力で解決したのかは分からない。けれどどちらにせよ、そうそう出来る芸当ではない。
私とこの人が戦う理由、相性?いや、現状そんなものは分からない。
レンさんの人選の意味は、一体何だ。
「アリスちゃん、分かったと思うけど手加減要らないからね」
無詠唱の暫定中級炎魔法を使っておきながら、手加減は要らないと指示を受けている。
ちょっとは私たちに容赦して欲しい。まだ半年もこの学園に居ないのだけれど。というか私に至ってはこの世界そのものに五年もいない。
「結構やれることやったんですけどね、まあいいでしょう…召喚」
来る、個性が。
「ウサギ」
「ヒサメっ!」
ウサギ、と言った?
私と同じ、召喚魔法だったのか。
「君が量なら私は質と知識です」
この人から学べること…成程、同じ召喚魔法使いだからか。
私よりも少し前に出される大きな兎。どの方向からいくつ来るのかを警戒して…いたのだけれど、なんの前触れもなく、左腕に子供一人くらいの重量がかかる。
その重さの正体は見たこともない程の大きな兎。可愛さは欠けらも無い。この召喚魔法を、攻撃以外の用途で使ってくるのか。
「初見殺しはお互い様。ウサギって案外可愛くないのも居るんですよ」
「初めて知りました。おかげで躊躇無く消せます」
自分の背丈ほどある杖を、この兎に向けるのは恐らく無理だろうと判断。空いている左手を上手く使い、攻撃魔法を出す。
「そういえばさっき、無詠唱で何体ぐらい出したんですか?」
「私の場合魔力なんかどうとでもなるので、五十以上は数えてないです」
「無詠唱でそれ、ね…それで、詠唱ありだと最大どのくらいでしょう?」
「それなら大体五百…浮遊!」
スピカの体に負荷がかからない程度に、浮遊魔法で急上昇させる。もちろん私も。
質問の意図を見誤った。私も同じことは出来るぞという暗喩だ。恐らく。
直後、地面から飛び出してくる五匹の兎。全てスピカが居た辺りから飛び出していた。危なかった、やはり牽制か。
「人そのものを浮かせてる…」
「おじい様がやってたので」
「私は何回やっても慣れないけどね!これ!」
上からスピカの叫び声が聞こえてくるけれど、まだこれが二回目のはず。
…だとしたら尚更慣れているわけが無いか。
それはさておき。確かに地面を掘る兎は居た様な気がする。それは私のものとは違う、正しく真っ当な奇襲手段だろう。確かにこれはいい学習機会だ。
「あー怖かった…普通に生きてたら急に浮くことなんか無いから怖いよほんとに…」
「スピカ、次、攻撃魔法を全力で頼んでもいいですか」
ゆっくりと地面に降りるスピカに対して、そんな頼み事をする。その言葉を聞いてすかさず彼女は問い返した。
「出来るけど…星霊、どうする?」
致命傷や出血多量と言った言葉が似合う程では無いけれど、私達は確実に怪我をしている。
そんな状態でなお出された全力という発言。それに引っかかりを覚えるのは、当然だろう。
「今ある魔力だけで済ませて、残りの魔力全部攻撃に割いてください。終わらせます、次で」
あとはどれだけこの人の初見殺しを捌けるかと、私がどれだけ即興で上手くやれるか。
この二つさえこなしてしまえば、私達の勝ちだ。上手く出来て五分、だなんて思っていたけれど、案外やれるものだ。どれもこれもスピカのおかげだ。
「全力って、さっきのでも結構エルーナみたいできつかったんですけど…ふらふら動く攻撃魔法はほんと苦手!」
「でしたら次はそれ以上です」
二人の傷は治り、星霊も消えていく。これで、準備は整った。スピカに目配せをすると、すぐにアリス先輩の言うきつい魔法が彼女の元へ飛ぶ。
全力。これは私とスピカの間で、事前にしてあるいくつかの取り決めの中核を担う部分だ。
一つ、そもそも彼女は回復役。非常時の事も考えて、普段は攻撃魔法控えめ、出しても三発までにすること。
二つ、私が全力を頼んだ時は、上限を引き上げる。具体的に言えば、攻撃魔法を十発動かしてもらう。
私が十発も意図して動かそうものなら、頭が痛くなるか動かせなくなるかのどちらかなのだが、スピカにはそれが出来る。本当に、彼女の伸びしろは青天井だ。
「これっ…!嫌すぎ…!二対一、無理!」
余程きついものなのか、先程までの余裕が崩れているアリス先輩。確実に一発、また一発と攻撃を掻き消しても、すぐさまスピカが補充、絶え間なく追撃されている。
「メテオラビット…っ!」
スピカの攻撃に合わせて、物体を貫通しない程度、速度重視のメテオラビットを放つ。これだけは直感で危ない物と認識されているのか、防御魔法を使って確実に打ち消される。
しかしあろうことか、それに合わせて反撃を仕掛けてきた。ただでさえ逃げて掻き消してを繰り返しているはずなのに、一体どこにそんな余裕があるのだろう。
とりあえずスピカの攻撃に誘導を…
「隙あり、です」
しようとしたけれど、右肩に衝撃を受ける。攻撃魔法を一撃もらったのか。
一体いつ放たれた?分からないけれど、やられっぱなしは少し、癪に障る。
一度攻撃を中断し、地面に降りる。
「召喚、兎」
いくらかは杖に。残りは…出来るか分からないけれど、やるだけやってみよう。
被弾は最悪防御魔法で気にせずに済む。今は目的遂行だけを考えよう。
すぐさまもう一度浮遊魔法を使い、攻撃を仕掛けに向かう。一瞬別の事をしただけなのに、スピカの攻撃魔法はいくつか消えていた。
その余裕からか、アリス先輩は何度も攻撃魔法をこちらに撃ってくる。
防御を破られてはすぐ纏わせ直してを繰り返す。かなり魔力を使うな、これは。
何度攻撃を当てても一切のたじろぎを見せなかったからか、少し不思議そうな顔をするアリス先輩。
油断した。今だ。
「メテオラビット」
「危なっ…!」
体勢が崩れた。このまま地面に近付いてくれれば…
今だ。
「…!出て!」
そんな無茶苦茶な詠唱に応じるように、地面から…私の角付き兎が飛び出した。
が、あと少しでと言う所で防御されてしまう。
アリス先輩はほんの一瞬こちらを睨んだ後、またすぐに逃避行動に戻った。
そう思ったのも、束の間。
「出来るかわかんないけど真似するだけ、浮遊!」
詠唱の後、急上昇。さっき使った私の浮遊、私の悪癖を完璧に模倣された。
意趣返しに対して意趣返しをされる。穴掘り兎を模倣した私の不器用な浮遊魔法を、模倣される。
流石にスピカもこれは予想していなかったのか、攻撃の追従に明らかな遅れが出た。そんな風に即興で、才能を見せながら生み出した隙を、この人が見逃すわけがなかった。
ここまで大きな隙が出来てしまえば、なにか大きな一撃を貰ってもおかしくは無い。
「一回やり直し!攻撃魔法!」
「範囲防御」
攻撃魔法の詠唱は滅多に聞くものでは無い。
その用途は、ただでさえ出しやすい攻撃魔法の精度向上と消費魔力量軽減。
今それを使ったという事はつまり。
「大きすぎない!?」
「見掛け倒し。さっき兎にも使われた、円盤状の攻撃魔法です…怪我、無い?」
「あ、うん。おかげでなんともないけど…」
精度向上をした割には見た目は先程と大差が無かった。と言う事はやはり残り魔力が少ない、と見て間違いないだろう。
「エルーナみたいに上手くは行かないですね…でも、見掛け倒し呼ばわりされるのは結構心外…」
浮遊を解除したのだろう。綺麗に地面に降り立つアリス先輩。
「魔力切れで降参、という事で良いでしょうか」
「いや、まだ最後に少しだけ」
言われてみれば、魔力切れでギリギリ立てている様子では無い。その足でしっかりと、地を踏んでいる。
最後、と言い切った。つまるところ、それで決着は着くのだろう。先程までの攻撃以上の何かが来るということか。
「流水…あ、ちゃんと守ってね。弱めにしますけど」
「…それで何を?と言うか水が見えないんですが」
なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
「さっきも言いました。私の魔法は…質と知識です。爆炎」
目には見えない水、水蒸気?
爆炎、つまり…高熱。
「広域防御」
炎の上級魔法、爆炎の詠唱の後か、終わる前か、どちらかは分からないけれど体が反射で広域防御を詠唱する。
その後、すぐに小規模な爆発が起こった。小規模とは言え、一施設の中で起こしていいものでは無い音と衝撃。数秒後、もう大丈夫だろうと判断し、広域防御を解く。ついでに微風で砂塵も払っておこう。
しかしそれでも少し煙い。スピカも辛そうにむせている。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、だけど。何が起こったの?」
そうして開けた私達の視界には、珍しく教師しているレンさんと、真面目そうな柄に合わず怒られているアリス先輩が映る。
「アリスちゃんの阿呆!躍起になって使っちゃダメなやつ使ったな!」
「だって勉強の機会って言ってたじゃないですか!それに小規模に済ませたでしょう!」
「あーもう、これまた怒られる…」
また怒られる、と言う事は今までも何度か怒られていると見て間違いなさそうだ。この人、本当に自由過ぎではないだろうか…
そんな説教確定の先生はさておき、今からは、答え合わせの時間だ。
見えない水と爆炎で、明らかに爆炎以上の炎と衝撃が起こった。ではその正体は一体何か。私はそれに、心当たりがある。
「今のって、水蒸気爆発ですか」
「ご存知でしたか。その通りです」
水と高温の物体が接触した時に起こる現象。詳しい原理は私も知らないけれど…それが魔法で起こせるとは、思ってもいなかった。
「二人とも知識自慢してるところ本当にごめんなんだけど、あの数秒私は気が気じゃなかったよ」
「それは本当にすみません」
「ごめん」
未だに少し辛そうなスピカが睨みながら小言を呟く。ごめんって。
ふと横を見ると、レンさんが他の生徒に何かを喋っている。真似するな、とかまずこんなところで上級魔法を使うな、とか何やら色々聞こえてくる。多分あの人もスピカと同じで、気が気でなかったのだろう。
他人事のようにしている私だけれど、確かに少し怖かった。水蒸気を出す技術も、水蒸気爆発を起こせることにも、恐怖を抱いてしまった。
しかし怖いのは魔法だ。アリス先輩自体はとても優しいと、理解している。そんな彼女はこちらに向かって語りかけた。
「私はずっと、知識だけを誇りに戦ってきたんです。大きいウサギとか穴掘りウサギとか。流石に、昔絵本で読やんだ人喰いウサギはやった事ないですけど」
アリス先輩は、そう喋りながら頬をかく。
人喰いウサギと言われて、何となく記憶に引っかかりが生まれる。
この世界の童話と、私の知識に同じ内容がある…?
「でも、君達と戦ってみて、色々勉強になりました。ヒサメさんの大量のウサギとか、ウサギで大質量の攻撃したりとか…スピカさんの攻撃魔法も見事でした。本当に、エルーナの物と大差なくて…」
「アリス、それ合ってるけど違う…」
「わっ、びっくりした」
どこからともなく現れたのは、小柄で長髪の少女。見た目だけ見れば、私達より二つ下と言われても納得出来そうなほど。
「私の攻撃魔法、動き回るだけじゃない。やろ、私と」
小さな先輩からそう言い寄られる。しかし、やろ、と言われても…
「そうは言っても二人共、疲れてるでしょう?」
「私はまだやれると思いますけど、スピカが限界かと」
「日に日にヒサメの体力がおかしくなっていく…」
異常なのは魔力量、と心の中で訂正を入れる。
それにしても、このエルーナと言う人は攻撃魔法成績一位の名に恥じぬ…言葉を選ばずに言えば戦闘狂なのだろうなと思う。
戦ってみたくないと言えば嘘になるけれど…正直なところ恐怖が勝ってしまう。観戦に徹したい。
返事に迷っていると、観戦の方から二人組がやってくる。両方男で、これまた戦闘狂の奴らだ。
「だったら俺達とやらせてくれ」
「あ、双子だ」
「…先輩の前でもそれなんですね」
こいつらには敬意とか畏怖とか、そもそも敬語の概念は存在しないのだろうか。
ともあれ今は最高の助け舟。来てくれただけでありがたい。
「双子…強いの?」
「少なくとも片方は攻撃魔法を操れてると思います。では頑張ってください」
「あっ逃げた」
「まだやれるって嘘だろお前」
何やら聞こえてくるけれど今は無視。魔力も体力もそこまで減ってはいないけれど、心労がとにかく凄まじい。とりあえず観戦出来る所に移動しよう。
既に凹凸の激しい広場、それが今からどう荒れていくのかが、少し楽しみだ。




