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竜と兎の召喚士  作者: 九十九
魔法使いの旅立ち編
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兎の召喚士

初投稿です

目が覚めると、森の中に居た。

と言うか、森の入口?眼前には平原と…少し遠くに町が見えて、後ろを向けば奥の見えない深い森。

今いる場所がどんな所かも分からないし、目が覚める前のことも分からない。

とりあえず町の方まで行ってみれば、何か分かるだろうと思い立ち上がる。身に纏っていた布は明らかに私の体に合う大きさではなく、少し汚れ気味。

自分の今の状態すら分からなかったので歩けるかどうか怪しかったけれど、歩けるみたいだ。

靴もないのか足の裏がチクチクするな、と思い始めた時、後ろから声が掛かる。

「今のお前が町に行くと、間違いなくろくな目に合わんぞ」

草の先っぽが足の裏で感じられるほどの短さだったとは言っても、さすがに人が歩いてきたら音で分かったはず。それなのに、その人はそこに居た。

「…あなたは?」

「森に住んでるただの魔法使いだ。とりあえずうちに来なさい」

そう言ってその人は今度こそ葉音を鳴らして歩いて行く。


森に入った途端、明るさも足元の快適さも数段落ちたが、それでも前に居る大きな人を追い掛ける。

町の人よりも、文字通りいきなり現れた得体の知れない人を信じたのは、正しかったのだろうか…

「それで、この世界ではだいたい非知者は差別される。お前がどこから来たのかは分からんが、だからこそ間違いなく非知者と言えるだろう」

知者、とはこの世界のことを知っている人の呼び名との事。そして非知者はその逆で、この人は非知者を知者にして送り出す事をしているらしい。

非知者で、酷い目に遭うかもしれなかった私をすぐさま助けてくれたこの人は、もしかすると魔法で飛んで空から見ていたのだろうか。足音がしなかったことも、魔法使いだということも、それで納得がいく。

「ありがとうございます…その、なんて呼べば…?」

「なんとでも。好きに呼ぶといい」

「じゃあ…おじい様?」

「そこまで老けて見えたか、私は…まあ確かに長く生きてはいるからな。頑張って慣れるとしよう」

「家族はいらっしゃるんですか?」

「居らん。さっきも言ったが、知者として送り出した弟子のような者なら多く居る」

優しい人なんだろう。さっきまで少しでもこの人を疑った自分が恥ずかしい。

「お前の名前は?」

「名前、…分からないです」

「そうか…となると非知者だな。悪いことは言わない、うちでしばらく過ごしなさい。」

その方が良い、とおじい様が呟いた次の瞬間、私の次の一歩は地につかなかった。

「…えっ?」

多分今までに味わったことの無い、体は動くのに自分の思い通りに動いてくれない奇妙な感覚。

「そうなると、魔法も知らんだろう。今お前が浮いているのは魔法の一つだ。本来は物にかけるんだが…技量次第で人も浮かせる。靴が無かったこと、今の今まで失念していた。すまない、痛かっただろう」

ふよふよと浮かぶその感覚は本当に奇妙で、なんと言うかお腹の所に腕があって落ちない、けれど物がある感じもしなくて、痛覚もはたらいている様子がない。実態のない何かに担がれてるような…そんな感覚。

姿は恐らく、傍から見れば服装も相まって足のあるお化けだろう。誰も居ない森の中で良かったかもしれない。

「…名前、どんな風に呼ばれたいかとかはあるか?」

「私の、ですか?でしたら、おじい様が決めてください」

「そうだな…ならお前は今からヒサメだ。髪も紅いし、丁度いいだろう」

ヒサメ、緋雨…雨の部分はどこから、なんて疑問が浮かぶが、響きは特に気にならないので言わないことにする。

「ヒサメ、ですか。分かりました。では私もこれから慣れていきます」

その後、これと言って会話が行われることも無く、少し歩けば…と言っても私は歩いていないけれど…開けた明るい場所に着いた。

「ここが私の家だ。子供には少し手狭かもしれん」

おじい様はそう言うけれど、そこは森の中をどれほどの時間をかけて切り広げて作ったのかと思うほど広い場所で、何か遊具?のようなものもある。

周囲を覆う柔らかな緑と、降り注ぐ暖かい日差し。楽園と言われれば、こういう場所が思い浮かんでもおかしくは無い。

「とても…綺麗でいい場所です。ありがとうございます」

「…そうか。それじゃあ、家に入りなさい。」

おじい様は表情の変化こそ少ないものの、少し照れ臭そうにそう答えた。


「おじい様、魔法はどんな時に使うんですか?」

「…魔法が気になるか?」

「いえ、お料理する時におじい様の魔法をずっとお借りしてるじゃないですか。それ以外にも火をつける方法はないのかな、と。」

この場所に来て七日ほど、私のこの家での役割がはひとまず家事に落ち着いた。

そうなってから、気付くことも多くなった。一部の掃除や飲料水は井戸から出た水で、燃料は蓄えられた木や葉っぱで賄っている。しかし火だけは魔法でつけていることが、ふと気になってしまったのだ。

「お前の年ぐらいならもう少し魔法に興味を持ってもいいと思うんだが…まあいい。そうだな、火ばかりは魔法が楽過ぎるんだ。原始的な火を起こす方法はあるが、時間がかかるだろ?」

「私にも火をつける魔法は使えますか?いつまでもおじい様の魔法をお借りするのは、その…魔力も手間もかかるでしょうし。」

この家に来た最初の日からしばらく、私はおじい様から多くの知識を授かった。と言うより今も色々教えて貰っている最中だ。

魔法という概念が当たり前に存在すること、それを使うには魔力が居ること、魔法の適正と魔力の質と量は人それぞれな事…

後は魔物について、人について、とにかくこの世界についてを大雑把に教えてもらった。これからもっと細かく、色々なことを、この世界の人と話しても齟齬が極力起こらないように教えてくれるとの事。

安易に街に行くよりも、やはりおじい様について行く方がずっと賢かったのだと思った。

「この程度、魔力なんか使っていないのも同然だが…いい機会だし、やってみるか?」

外にあった遊具みたいな物は、どうやら魔法練習用の場所だったらしく、あの質問に二つ返事で答えた私はそこに連れて行かれた。

「料理で使う程度なら、着火で済む。魔法はいくつかの例外を除いて想像力が重要だ。細い木の枝に火がついているのを想像して、詠唱してみろ」

「マッチに火が着いている感じですね。やってみます」

焚き火で使うのなんかよりももっと細く、小さい棒に火がつくのをイメージする。もし適性が無かったらどうしよう。そんな不安を抱えながら、詠唱をする。

「点火…あっ」

「…いや、点火、じゃなくて着火だ。料理意識が少し強いな」

そう言っておじい様は私の頭を撫でる。大きな手が、とても慎重に置かれた…気がした。

「もう一度…着火」

その詠唱に応じるように、指先が少し暖かくなり、想像した通りに火が飛ぶ。

着火、の名の通り威力はそこまでで、的に当たった火はすぐに消えた。

「…初めてで魔道具なしにでも使えるのか」

「おじい様がいつもそうしていたので、それを想像したのですが…」

想像次第ではどうにでもなるのか、と呟いたのが聞こえた。普通は何かしらの道具を使うのだろうか。だとしたらおじい様も普通では無い側の人間と言う事だけれど…どういう事だろう?

「そう言えば、先程のいくつかの例外ってどんな魔法ですか?」

「分かりやすく言えば人智を超えた魔法だ。簡単な物だと風の魔法、難しい物だと大体の上位魔法。後は…召喚魔法か」

「私は着火が出来ればそれで良いです」

「いや、召喚魔法についてはそのうち授業をする。これは多分、お前もそのうち使うことになるはずだ」

「どうして使うことになるんです?」

「召喚魔法は…自分の名前に関わるから、だな」


召喚魔法。

おじい様が言うには、この世界における特異性の一つ…らしい。

昔、まだ神様が居た時代、誰でも色々な魔法が使えた時代。

地上に神を降ろそうと…つまり召喚しようと企んだ、魔法を極めた魔法使いが居たらしい。そしてそれは本当に神様を召喚するまでに至ったけれど、神様達は人間よりも一枚上手で、その召喚は世界に呪いを蔓延させることとなった。

結果、人間達は自分の名前に関するものしか召喚が出来なくなり、全ての人間が誰一人として同じ魔力を持たなくなった…人間の魔法に適正の概念が生まれるきっかけとなったもの。

おじい様の話をまとめるとこうなる。しかし…

「本当に神が居たのかも、神の策がどんなものだったのかも分からない。間違いないのは、人は誰でも魔法を使えたという時代の歴史と、呪いの確かな痕跡だけ。」

との事。

おじい様は今回、その呪いを逆に利用し、私の本当の名前を突き詰められる所まで突き詰めてみよう。そう考えたとの事。

そういう訳で、書庫にあった召喚魔法について書かれた本を貰って以降、暇があれば片っ端から詠唱を試している。

話を聞いてから二十日程、ここに来てからはもう一ヶ月以上、本に書かれている物の半分程を試したけれど、成果は一向に現れない。

「私って本当は名前が無いんじゃ無いでしょうか…それか、ヒサメでサメが呼び出せる、なんて結果になるんじゃないでしょうか?」

「そんなことは無いはずだ。送り出した者は全員何かしらを呼び出せた。お前もいつか出来る。」

「そう言えば、おじい様は何が召喚出来るんですか?」

「魔法使いは手の内をあまり明かすべきでは無い…ところで、空き時間に試していると言っていたが、日にどれ程の量を詠唱しているんだ?」

「そうですね、一日に二十、と言ったところでしょうか。差異はありますが」

「体に不調は?」

「ないです、特に」

それを聞いた途端、おじい様は急に困ったような、悩むような表情をする。

それほど呼び出していない日もあると言っても、だいたいそれぐらいは試しているし、嘘は吐いていない。

「…召喚魔法は呪いによって使えなくなった、ではなく呼び出せなくなっただけなんだ。つまり使えはする」

「…と言うと?」

「召喚対象によって使う魔力も違ってくるが、お前と同年代の人なら、普通は一日三回が限界だ。ウシだのウマだのウミボウズだの、そこら辺の物は普通は連続でやれば倒れる。道具いらずで放つ魔法と言い魔力量と言い、どうやらお前は才能があるみたいだな」

「でも私、着火しか出来ませんよ?」

「出来ない、ではなくしてないだろう?」

「…それもそうですね。家事が出来れば、私は十分なので」

そんなやり取りをしながら、くすくすと笑う。私はいつまでもここに留まって、おじい様に恩を返す気でいるけれど、おじい様は果たしてそれを受け入れてくれるのだろうか。

「もしお前が、色々な魔法を試したくなったと言えば、私はそれを止めまい。その気になったらいつでも言うといい」

「分かりました。でもしばらくは、この召喚魔法に集中しても良いですか?」

「ああ、構わん」

とりあえず今日は寝るまで、まだ十しか試していないので、試せるだけ試そうと、紙をめくる。

大きなもの、小さなもの、鳥、馬、果ては幻想的な生物など、色々試してきた。

次は兎。非戦闘員の私にはこれがお似合いだろう。

そう思い、詠唱する。

…手のひらに、何か、着火の時とは違う温かさが起こる。

「…兎だったか」

「兎、ですね…」

私はこの時、初めて召喚魔法の光を目に入れた。

「もうちょっと戦闘に使えそうだったら、良かったがな、と思ったが…」

私たちの目線の先には、その小さな体躯には合う、ただしお世辞にも兎には似合ってるとは言えない、小さな角。

私の呼び出した兎には、申し訳程度にそれが生えていた。

「…本当に兎を召喚したんだな?」

「はい。こちらです。」

そう言って私は本をおじい様の前に持っていき、詠唱する。すると、もといた一匹は光の粒になって消え、その代わりにもう一匹が私の手の中にぽんと現れる。同時召喚は出来ないのだろうか?

「兎なのは分かった。もう一度、私に見せたいと言う意志を無くして召喚出来るか?」

「…どうしてそうしてると、分かったんですか?」

「兎は大体多重召喚をして使う。多重召喚より見せることを意識したんだろうな、と言うのはすぐに分かる」

時々、おじい様はどれ程の魔法使いなんだろうと疑問に思うことがある。

道具を使わずに魔法を使うこと、私に浮遊魔法を使ったこと。今回だってそうだ。私が意識していることをいとも簡単に見抜いたし、自分が使わない魔法に関しても、造形が深い。

まだほかの魔法使いに出会ったことがないので、私から見れば、私とおじい様は普通だ。

と、人の魔法を考えながら、手慰みの要領で五匹ほど角の生えた兎を召喚する。

「それが出来るなら、万が一があっても対処出来そうだな。」

「万が一ってどんな時です?」

「この近辺は軒並み魔物を淘汰してるからあまり無いが、襲撃された時だな。五匹出せれば五十匹も同じだ」

「そんな事が起きないといいですけどね」

こうして私は、兎と名のつく兎と似て非なる獣の召喚士になった。

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