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夢のヘミスフィア  作者: カニぐま
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普段とは違う夢を見てパニクった

初投稿です。

タイトルをヘミソフィアにしようと思ったらどうも坂本真綾様の造語っぽいのでヘミスフィアになりましたよろしくお願いします。

 俺はずっと、現実から浮いてるような気分を味わいながら人生を生きている。

平凡な能力、平凡な容姿。取り立てて目立つものが無く人気者になれる事もない凡俗。社会人でありながらそんな状態でいるとどうしても世界から爪弾きにされてる気分になっても仕方ないとは思わないか? 誰にも褒められないから誰かに責め立てられてるように感じたり、今こうして歩いてる夜の住宅街の静けさが社会の賑わいに馴染めない愚物さを表しているようでげんなりしたり。


 結局夢も目標もないままグダグダとここまで生きてしまった俺はそれだけで人間失格の烙印を捺されたようなさ……。


「ただいま……」


 アパートのドアを開けて中に入る。当然返事してくれる相手はいない。八畳間のワンルームは乱雑に散らかったホビーやゴミがみすぼらしさを表現している。もしかしたらこれも一種の芸術だったりしないだろうか?


「飯食お……」


 スーパーのタイムセールで買ってきた半額のお弁当をレンジに放り込む。暗がりでブンとなる機械音はどこか地下鉄をイメージさせた。これもまた寂しさを表現しているようで孤独のアーティスト気分を浮かび上がらせる。


「ごちそうさまでした」


 食べてる間、特に感慨はない。一人で食べる食事はすべてが味気ないし、その間にテレビを見ることもない。無闇に明るさを振る舞われるのも、偏向報道でまともな情報も得られない上に同じことばかり繰り返すニュースも嫌いだった。結局やってることはスマホでぼんやりとSNSやブログを眺めているだけで自分が発信することはない。日々が同じことばかりのを繰り返しているのにそんなネタが思いつくわけもない。


 つまり、俺の一日のスケジュールは殆ど変わらない。朝起きて、仕事に行って、帰ってきて寝るだけ。もう少し趣味らしい趣味でもあれば日々に潤いが出るのかもしれないが、一人でやること出来ることって結局そこまで強い感情を生み出せないからどこかで飽きてしまう。だからリアルはこのままだ。何も、何も変わりやしない。


 でも、だけどと言えるものが実は俺にも一つだけある。風呂に入って、着替えて、寝る準備をする。ベッドの上だけはしっかりと整えていて、掛け布団を崩さないように静かに入り込む。その寝ている時間こそが俺にとって唯一の安らぎ。


 人は夢を見る。夢は取り留めの無い幻覚であり、記憶の最適化をしているのだのも言われる。あるいはお告げだのと勝手に神格化してみたり、占いの題材として扱われたりもあるだろう。俺が見る夢はどちらかというと後者に当てはまる、と思う。勝手にそう思っているだけかもしれないが実際そう思いたくなるほど都合の良さがあるから。


 限定的にだが、俺は自分が見たいと思った夢を指定できる。


 それはどういう風にかというと、寝る前に「もし自分が●●だったら〜」というイフを考えて寝るとそのとおりの夢が見られるのだ。イフの対象は自分だけであり、芸能人な自分とか、サッカー選手な自分といった違う人生を歩んだ己を客観的に夢見ることが出来る。他の誰かを対象にできないので自由にパーティ編成して夢を見るとかそういうことは出来ないし、明晰夢のように夢の中で自由に動けるとかそういう事もない。


 イフの自分の最も盛り上がってるストーリーをハイライトでお届けされる夢って感じ。夢の中の自分は彼なりの人生を歩んでいるのか、俺の知らない人との付き合いがあったり囲まれてたりする。その辺りが普通の夢とは大きく違うところではないだろうか。


 これを寝ながらに見て自己満足に浸るのが日々の日課になっている。俺ではない俺が目覚ましい活躍を果たしながら、人生の珍道中を歩む姿は見ていて誇らしくなる。同時に、起きた後で何も出来ない自分が惨めに感じることが無いわけではないが現実からの逃避先になっているのでいつまで経ってもこれをやめることができない。


 さて、それじゃあ今日は何の夢を見ようか。一人でいることに寂しさを感じたし、結婚生活をしている自分の夢でいいか。この手のネタは何回も擦ってきたからもう定番ネタなんだよな……。かといって結婚相手は毎回違うようだし、職業選択フリーな俺が夢に沢山いるなら結婚相手だってそういう風になるものなのかもしれない。


 できればどうか、今日もまた幸せな夢を。そう思いウトウトと瞼を閉じるとーー。



 ガツン、と頭をぶつけたような気がして睡魔に呑まれた。





「…………ーーーーんぇ」


 朝、か? レース地を抜けてキラキラと差し込む光が目をくすぐる。おかしいな、確か結婚生活を夢見たいと考えていたはずだが何も見ず目覚めるのは珍しい。滅多に無いことにこんな事もあるのかと体を起こす。何も楽しめずに会社に行くとか最悪だな。なんか妙にベッドも柔らかいし……。


「いや、どこだよここ」


 目覚めればそこは見知らぬ部屋だった。俺のワンルームより広く、それでいて雑多な生活感がない。普通のワンルームってのはそこだけで生活できるように様々な家具家電が詰め込まれているが、ここはベッドと窓際のデスクに小物が置いてあるくらいで必要最低限しか物がない。それに部屋が輝いて見える。これは白を基調としているからとかではなく、きちんと掃除や手入れが届いてるが故の輝きだ。ホコリが減るだけで部屋の明るさは大きく変わるものだ。


「これ、ダブルベッドじゃん……こんな大きいもの置いた覚えないんだが」


 ベッドルームというやつかもしれない。とすればこの部屋は全体の一部で、家自体がかなり広いのだろう。実家は和風の一戸建てだったからこういうのは新鮮だ。しかしこんなところにいる状況とは一体何なのか。自室で寝てからの記憶が無いし、あたかも他人の家に潜り込んでしまったような状況はそれまでの記憶が全く無いのがやはり癪だ。他に情報は何か……。身体を揺らしながら視界に収めてみる。


「パジャマも違うな……、それになんだ、指に違和感が……えっ」


 窮屈さを感じた左手を掲げてみればその薬指には、指輪が。小さいながらもきれいにカットされたダイヤモンドが嵌っており、今の給与ではとても買えなさそうな高級感が漂っている。んん、つまりこういうことだな? 俺は誰かと婚約無いし結婚していて、同じベッドで寝るほどの中で、仮説同居している??? 相手の顔も知らないのにか?


「どう考えても夢だろこれ、いてぇ……夢じゃねえ」


 頬をつねると痛覚があった。マジかよ現実かよ。あまりの突飛さに顔を覆うわ。


「え〜〜〜〜っと……。いやでも確か寝る前に結婚生活を見たいな〜とか思ったけどこうなるとは思わないでしょ。夢が現実になった、とか? でも今までこんな事なかったしあまりに非科学的だし誘拐されたほうが自然なんだけどそれはそれで大問題だしやらかした方も絶対やべーやつになるしどういうことなんだよこれよぉぉぉ」


 助けていもしない心の友よ、もしくは見知らぬ知人か一回遊んだことのある同級生でもいい。交友関係の少なさが心に刺さる。


「はっ、そうだ。スマホ、スマホでもあれば……」


 あやつこそが現代の心の友よ、とりあえず手に取ればこの局面を打開してくれるに違いないと過剰な期待を向けてみる。ババッと見回せばベッド右手のサイドテーブル、充電台の上に神のごとく鎮座していた。空いている充電台もあるが気にしてはいけないやつだ。さっと手に取り顔認証を解除して……ってこのスマホ俺のじゃねぇ!?


「見たこと無い機種じゃん……何で俺の顔で開いたのよ。はっ、圏外!? こんなあからさまに都会にありそうな部屋にいるのに!? 連絡先、連絡先は……し、知らない名前が一杯……いや連絡できないんだけどさぁ……」


 もうどうしたらいいのこれ。お手上げでーす、私めにはなん、にも、わかりません!


「クソ、とりあえず部屋から出るしかねーか。実行犯は女か? 男だったらもっとコエーけどこんな事しでかすやつはぜってーヤンデレ、間違いない。出会ったら殺されると思えよ俺……行動は慎重にだ。とりあえず……よし着替えは置いてあるな、誰が準備したのかは考えない考えない」


 そっとベッドから抜けて外出可能な服に着替える。これに関してはごく普通のシャツとジーンズだった。音を立てないようにゆっくり、ゆっくりとドアを隙間から外が見える程度に開ける。防音がよく効いてたのか、開けた側から音が入ってくるようになった。先からはパタパタとスリッパ音。もう少しじっくり聞いていると何か調理しているらしき音も聞こえる。疑うべくもない平和な生活音だ。状況が状況で無ければだが。音源は更にドア一枚を隔てたリビングらしき場所。ダイニングキッチンも兼ねてるのか? 羨ましいことだ。


 すり足差足忍び足、だ。ゆっくり、ゆーっくり出るんだぞ。ドアを少しずつ開き音を立てないように、本のページを捲る丁寧さを発揮するんだ。よし、もう少し、もう少しで身体を出せるくらいには開く。はーっ、はー!


 ギィィィィィイ。だが現実は残酷だったー!? お前ぇ、高級感ある家のドアならもっとスマートに開きなさいよ!! 音なんか出してんじゃねぇ!


 同時に、パタパタ音が止んだ。あ、これはやべーやつですね。気づかれましたわ。

少しの間を置いてスリッパの擦るように移動する音が聞こえ、対面したドアがゆっくりと開かれる。そこから何故か相手も覗き込むように顔を出してきた。


 端的に言えば、その女は美人だった。ひょこりと覗き込む動作の小動物感もそうだが小顔でセミロングの左房に青いメッシュが入った髪がとてもキレイで、不思議な色が混じったような瞳孔を持つ細い目に吸いこまれそうな魅力を感じてしまった。

 

 だがエプロンを着ている。これは俺が想定していた中でも割とワーストに近い状態だろう。あろうことか彼女は俺との結婚生活をシミュレーションしているらしい。これが人を攫ってやることなのか? もっと手順というものがあっただろうに。直感的にゾワッとしたものを感じた本能は一目散に走れと命令をしてくる。俺は抗う事なく盲目的にそれに従い、


「す、すすすすいませんでしたぁぁ!!」


「……えっ、あ、ちょまーー」


 手近な靴を雑に履いてドアを押しのけるように開けながら外へと飛び出したのだ。

 即座にドアを閉じる。主導権が内側にある以上意味のない行為かもしれないが行方をまず眩ませなくてはとの思いでいっぱいだ。しかし直進しようにもすぐにたたらを踏む事になる。


「うぉ、たっか……!?」


 手すりからそのまま落ちそうな身体を制動しエレベーターがありそうな方向へ走る。マンションの高層階、眼下には住宅街らしきものと遠目に都市が見える。マジで一体どこなんだよここは!? 随分とご立派な場所に住んで!


「よし、エレベーターは来てる! はよはよはよ……!」


 ポーンという音と共に開いた扉に体を滑り込ませすぐに1階を押す。普段はどうとも思わない扉の緩慢な動作が今はいらつく。中に入れたことに安堵できたのか、一息ついて狭まった視野が広がった。どうやらここは9階だったらしい。いいとこにある部屋だと思ったが実際家賃はいかほどだろうか。部屋で見たあの女はそんなに稼いでるのか? キャリアウーマンってやつか、羨ましいな。俺を攫ったことを除けば普通に良物件だろうよ。


 滑らかな動作で地上に降り立った箱から抜け出てエントランスの自動扉を潜り、外へ出た。やはり見覚えがない。

 少し高台の町外れにでもあるのか、建物が密集しておらず合間合間に挟まれる木立のサワサワとした音が心を安らぐ。駐車場は地下にあるらしくゲートが見えた。


 とはいえ長々と観察もしていられない。追いかけられたら困るので距離を取らなければ。だが相手はこちらの寝入りを襲った計画的な人間である。自宅の場所を知られている以上一体どこに逃げればいいのか。外に出たのにスマホは未だ圏外表示のままだ。実はこれSIMカードが入ってないんじゃないだろうな? そんなバカな可能性は考えたくないが。


 誰かに警察に連絡してもらおう。そう考えながら道行くままを走り、一戸建てがいくつか並ぶ住宅街にたどり着いた。朝早いし、まだ誰かしらいるだろうとインターホンを鳴らす。ピンポンピンポン……出ない、留守か。次だ……また少し歩いてピンポンポン……出ない。ここの人たちは随分と忙しない朝を送っているようだ。そうして押した件数が2桁に達しようとして、しかし全く誰も出てこない事に愕然とする。


「どうなってるんだここは……実は全部空き家とでも言うまいな」


 生活感はあるのだ。土埃を掃いたようなタイル、子供の玩具が転がっている庭、続きをしようと置いたままの芝刈り機。反してどこにも人気がない。中で動いてる様子も、加えて外にも誰もいない。示し合わせて全員が出ていったというのもまたおかしな話だろう。


「地区の行事……いやそれも変か。それに今日は土曜日のはずだし普通はやす、み……」


 言いながら改めて見たスマホの画面には違和感があった。ゆっくりと休めるはずの土曜日くんはドタキャンして火曜日くんが出勤していたのだ。間はどこへ行った。そして更に異常事態を目にする。月日、そう月日だ。記憶が正しいなら今日は3月11日の土曜日。しかし示された日付は5月20日の火曜日だ。俺はどれだけ眠らされてたんだ!?


「いや、現実的じゃない……はは、そうだ。どうせ日付が狂ってるんだろそうに決まってる」


 脂汗を流しながら現実を見つめていないのは多分俺の方で、狂ってるのもそうだと気づいていたら、もう少し冷静になれたかもしれない。

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